2 / 38
第1話 異世界転生
しおりを挟む
あれ? と少女が不思議に思ったのは、何やらふわふわと心地いい感触に包まれているからだった。トラックが走ってきて、夢中で道路に飛び出し、とても痛くなって……それから?? 疑問を抱きつつも、瞼が重くて目が開かない。睡眠時の半覚醒状態のよう。意識はあっても身体が動かない。まだまだ眠っていたい、心地よい中にいたい、と起床することを少女は放棄する。あまりにもベッドが感触の具合がよかった。
それから何日も経った日のこと、天井から明かりが射し込んできた。目を閉じていても感じる眩しさに、否が応でも少女の意識は微睡みから揺り起こされる。
徐々に頭上の明かりが広がっていき、まるで朝方にカーテンが全開になったような光が部屋を満たす。
とうとう少女は目を開け、身体を起こした。大きく両腕を高く上げて伸びをする。
「ふぁあ……」
それから寝惚け眼に周りの光景が飛び込んでくると、眠気がすべて吹き飛んだ。そこは自室でも病室でもなく、外——しかも木々や草花が生える森の中だ。
「えっ?!」
予想外の状態に起きたばかりで少女は目を白黒させる。
しかも、ベッドだと思っていた柔らかいものは寝具ではなかった。白色の五枚の花弁からなるラッパ型の花だ。綻んだ花の中に少女はいた。ブランケットと思っていたのは花びら、敷き布団は雌しべの先端部分である柱頭。なぜか少女はつぼみの中で眠っていて、花が開いたところで目が覚めたということになる。
そんな不可思議なことがあるのだろうか。まるで童話の親指姫だ。事故で頭がどうかしてしまったのではないか。それとも、まだ夢の中なのでは……。
頭はすっきりと冴えているし、太陽の光や草花の香りは現実的だ。肌を撫でる風の感触までする。ますます訳が分からない。一体何が起こったのだろう。
身動ぎをすると、背中に花びらが当たった。といっても、直接的ではない——背負ったリュックサックに触れたような間接的な感触だ。リュックサックなど背負っていないはずだが——。
少女は背中に手を伸ばし、身体を捻って確認しようとした。
「はっ?!」
背中に出来物がある……? いや、羽だ。セロファンのような半透明の薄い二対の羽が背中にある。苦労して指で根元まで辿っていくと、肩甲骨辺りから直接生えているのだ。皮膚にしっかりと繋がっている。糊やテープなど、何らかの方法でついているわけではない。まさに身体の一部になっている。
小さな身体、背中から生えた薄い羽——まるで少女が大好きな本の中に出てくるファンタジーの妖精だ。
そして、景色ばかりに注意が向き、忘れていた最も大事なことにやっと気がついた。柔らかい花に包まれていたから違和感が少なかったのだろう。意識を失う前は制服を着ていたはずが、なぜか一糸まとわぬ姿になっていた。
「きゃっ」
——何が起こったの?? どうして裸なの?
慌ててしゃがんで花の中に隠れた少女に、何枚かの葉が風もないのに飛んできた。しかも、その葉はすべて金色に輝く光をまとっている。生きているように少女の周りを泳ぎ、身体に巻きついた。タオルの役目を果たしてくれたのだ。
不思議な現象に首を傾げるも、これで恥ずかしがる必要はなくなった。思い切って花から身を乗り出す。すると、背中の羽が上下し、身体が宙に浮かんだ。どうやら羽は手足のように自然に動かせるらしい。それでも乗りたての自転車のようにバランスを取るのは難しい。ぐらつきながら外の様子を見る。
木や花の形が近所で見るものとは違う。木は幹が太く捻れ、どれも歴史を感じさせる。花は大振りで亜熱帯地方のものを思わせる種類が多い。それぞれが幻想的な雰囲気を醸し出している。やけに鮮やかな色の大きなキノコも生えている。
日本じゃないみたいと目を見張っていると、草むらから野ねずみが現れた。ちょろちょろと少女の近くを走り抜けていく。その背中に大きなカタツムリの殻のようなものがある。
今度は頭上で大きな羽音がした。見上げると、空を飛んでいるのは、鳥ではなく馬。白馬が羽を広げて空を駆けている。まるで本で読んだような空想の世界だ。
「どういうこと??」
理解を通り越して目眩がする。気が遠くなりかけた中で、威厳のある女性の声が頭に甦った。意識を失っているときに聞いていた気がする。目覚めたときに消えてしまう夢のような感覚だ。それを思い出したのだ。
『哀れな娘よ、こちらの世界での生は終わりを迎えた。永遠の眠りにつく前に、新しい命をそなたに与える。こちらではない別の場所で愛を知れ。それが私の最初で最後の贈り物だ』
頭の片隅に残っていた言葉は、夢の一部ではないのかもしれない。「別の場所」——今、目の前に広がる光景が裏づける。ここは別世界なのだ。そして、夢でも幻でもなく明らかに現実。
少女は頬に手を当て、呆然と言葉を発するのだった。
「おとぎ話の世界にでも来ちゃったの??」
どこか遠くへ行きたいとい願望が、憧れていたファンタジーの世界を引き寄せてしまったのだろうか。
少女は花から離れ、現状を知る手がかりを探し始めた。空を飛べるのは便利だが、どうやら身体が小さくなってしまったようだから、移動するのも一苦労だ。おまけに鋭い牙や爪のある動物が時折現れる。どれも見たことがない生物だ。もしかしたら、大人しい性質かもしれないが、少女にとってはすべてが恐怖の対象だ。もし攻撃を受けたら、小さな身体は一溜りもないだろう。
草の陰に隠れながら少しずつ進み、三十メートルほどーー彼女にとっては大冒険だーー移動したところで、小川があるのをやっと見つけた。ちょろちょろとせせらいでいる。
少女は恐る恐る川に自身の姿を映した。亜麻色の波打つ髪に若緑の瞳、髪の隙間から尖った耳が覗いている。凹凸が少なく性別を意識させない胴体から華奢な手足が伸びている。そして、背中には半透明の薄い羽。太陽光を受け、きらきらと輝いている。お伽噺の妖精だ。
少女は呆然とその姿を見入った。まるで今までの自分と異なる。映っているのは確かに自分であるはずなのに実感が湧かない。
しばらくそうしていると、川の中にいる妖精が自分と同じタイミングで瞬きをしていることに気がつき、ようやく少しだけ隔たりが狭まった。
それから何日も経った日のこと、天井から明かりが射し込んできた。目を閉じていても感じる眩しさに、否が応でも少女の意識は微睡みから揺り起こされる。
徐々に頭上の明かりが広がっていき、まるで朝方にカーテンが全開になったような光が部屋を満たす。
とうとう少女は目を開け、身体を起こした。大きく両腕を高く上げて伸びをする。
「ふぁあ……」
それから寝惚け眼に周りの光景が飛び込んでくると、眠気がすべて吹き飛んだ。そこは自室でも病室でもなく、外——しかも木々や草花が生える森の中だ。
「えっ?!」
予想外の状態に起きたばかりで少女は目を白黒させる。
しかも、ベッドだと思っていた柔らかいものは寝具ではなかった。白色の五枚の花弁からなるラッパ型の花だ。綻んだ花の中に少女はいた。ブランケットと思っていたのは花びら、敷き布団は雌しべの先端部分である柱頭。なぜか少女はつぼみの中で眠っていて、花が開いたところで目が覚めたということになる。
そんな不可思議なことがあるのだろうか。まるで童話の親指姫だ。事故で頭がどうかしてしまったのではないか。それとも、まだ夢の中なのでは……。
頭はすっきりと冴えているし、太陽の光や草花の香りは現実的だ。肌を撫でる風の感触までする。ますます訳が分からない。一体何が起こったのだろう。
身動ぎをすると、背中に花びらが当たった。といっても、直接的ではない——背負ったリュックサックに触れたような間接的な感触だ。リュックサックなど背負っていないはずだが——。
少女は背中に手を伸ばし、身体を捻って確認しようとした。
「はっ?!」
背中に出来物がある……? いや、羽だ。セロファンのような半透明の薄い二対の羽が背中にある。苦労して指で根元まで辿っていくと、肩甲骨辺りから直接生えているのだ。皮膚にしっかりと繋がっている。糊やテープなど、何らかの方法でついているわけではない。まさに身体の一部になっている。
小さな身体、背中から生えた薄い羽——まるで少女が大好きな本の中に出てくるファンタジーの妖精だ。
そして、景色ばかりに注意が向き、忘れていた最も大事なことにやっと気がついた。柔らかい花に包まれていたから違和感が少なかったのだろう。意識を失う前は制服を着ていたはずが、なぜか一糸まとわぬ姿になっていた。
「きゃっ」
——何が起こったの?? どうして裸なの?
慌ててしゃがんで花の中に隠れた少女に、何枚かの葉が風もないのに飛んできた。しかも、その葉はすべて金色に輝く光をまとっている。生きているように少女の周りを泳ぎ、身体に巻きついた。タオルの役目を果たしてくれたのだ。
不思議な現象に首を傾げるも、これで恥ずかしがる必要はなくなった。思い切って花から身を乗り出す。すると、背中の羽が上下し、身体が宙に浮かんだ。どうやら羽は手足のように自然に動かせるらしい。それでも乗りたての自転車のようにバランスを取るのは難しい。ぐらつきながら外の様子を見る。
木や花の形が近所で見るものとは違う。木は幹が太く捻れ、どれも歴史を感じさせる。花は大振りで亜熱帯地方のものを思わせる種類が多い。それぞれが幻想的な雰囲気を醸し出している。やけに鮮やかな色の大きなキノコも生えている。
日本じゃないみたいと目を見張っていると、草むらから野ねずみが現れた。ちょろちょろと少女の近くを走り抜けていく。その背中に大きなカタツムリの殻のようなものがある。
今度は頭上で大きな羽音がした。見上げると、空を飛んでいるのは、鳥ではなく馬。白馬が羽を広げて空を駆けている。まるで本で読んだような空想の世界だ。
「どういうこと??」
理解を通り越して目眩がする。気が遠くなりかけた中で、威厳のある女性の声が頭に甦った。意識を失っているときに聞いていた気がする。目覚めたときに消えてしまう夢のような感覚だ。それを思い出したのだ。
『哀れな娘よ、こちらの世界での生は終わりを迎えた。永遠の眠りにつく前に、新しい命をそなたに与える。こちらではない別の場所で愛を知れ。それが私の最初で最後の贈り物だ』
頭の片隅に残っていた言葉は、夢の一部ではないのかもしれない。「別の場所」——今、目の前に広がる光景が裏づける。ここは別世界なのだ。そして、夢でも幻でもなく明らかに現実。
少女は頬に手を当て、呆然と言葉を発するのだった。
「おとぎ話の世界にでも来ちゃったの??」
どこか遠くへ行きたいとい願望が、憧れていたファンタジーの世界を引き寄せてしまったのだろうか。
少女は花から離れ、現状を知る手がかりを探し始めた。空を飛べるのは便利だが、どうやら身体が小さくなってしまったようだから、移動するのも一苦労だ。おまけに鋭い牙や爪のある動物が時折現れる。どれも見たことがない生物だ。もしかしたら、大人しい性質かもしれないが、少女にとってはすべてが恐怖の対象だ。もし攻撃を受けたら、小さな身体は一溜りもないだろう。
草の陰に隠れながら少しずつ進み、三十メートルほどーー彼女にとっては大冒険だーー移動したところで、小川があるのをやっと見つけた。ちょろちょろとせせらいでいる。
少女は恐る恐る川に自身の姿を映した。亜麻色の波打つ髪に若緑の瞳、髪の隙間から尖った耳が覗いている。凹凸が少なく性別を意識させない胴体から華奢な手足が伸びている。そして、背中には半透明の薄い羽。太陽光を受け、きらきらと輝いている。お伽噺の妖精だ。
少女は呆然とその姿を見入った。まるで今までの自分と異なる。映っているのは確かに自分であるはずなのに実感が湧かない。
しばらくそうしていると、川の中にいる妖精が自分と同じタイミングで瞬きをしていることに気がつき、ようやく少しだけ隔たりが狭まった。
10
お気に入りに追加
99
あなたにおすすめの小説

お色気要員の負けヒロインを何としても幸せにする話
湯島二雨
恋愛
彼女いない歴イコール年齢、アラサー平社員の『俺』はとあるラブコメ漫画のお色気担当ヒロインにガチ恋していた。とても可愛くて優しくて巨乳の年上お姉さんだ。
しかしそのヒロインはあくまでただの『お色気要員』。扱いも悪い上にあっさりと負けヒロインになってしまい、俺は大ダメージを受ける。
その後俺はしょうもない理由で死んでしまい、そのラブコメの主人公に転生していた。
俺はこの漫画の主人公になって報われない運命のお色気担当負けヒロインを絶対に幸せにしてみせると誓った。
※この作品は小説家になろう、カクヨムでも公開しております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる