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【神アカシ篇】(1項目)
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僕はゆっくりと、少年のほうへ歩み寄って行く。
「よ……っ寄るな! 来るなぁ!」
地面に這い蹲った状態のまま後ずさる。
若頭はそれを静かに見つめていた。
少年の傍まで到達すると、膝を折って屈み込み、満面の笑顔を向けた。
「ねえキミ、名前はなんていうの?」
その場にポカンと拍子抜けした空気が流れた。
少年も若頭もキョトン顔だ。 でも構わず、僕は話しを続ける。
「キミはどこから来たの? その服カッコイイね」
少年はうつむいて黙りこんだ。
「この学園に苺を生やしたのってキミだよね。
僕たちは、ただそれを止めてほしいだけなんだ。そうすればもう何もしないから」
頑なに口を開こうとしない。
「じゃあ、わかった。
その仮面だけでも外してくれないかな? おにいちゃん、キミのお顔が見たいなぁ~」
後ろで引きつる若頭。
「ゾーーーヨーーー!!
ゴッドファーザーよ!何をしておる! さっさとその少年を殺せゾヨ!!」
ついに痺れを切らせた。
「五月蠅いよ、若頭。 ちょっと黙っててくれる? でないとキミから先にお陀仏させるよ?」
笑顔のままそう言うと、若頭は目を泳がせて顔を逸らした。
「ねえ、キミ……どうしてこんな悪戯するの?
もしかして何か理由があるの?
やめてくれないと、僕はキミを無理矢理にでも止めないとならないよ……」
今度は僕のほうが俯いてしまった。
「……ワタクシは……ナイト……」
「――えっ?」
「ネオ・ネヴァーランド王国、第Ⅶ王子……。
リ・ナイト・リトルロードネヴァーと申します……」
僕は驚いてしまった。
「それがキミの名前?」
少年が頷く。
「苺を生やしたのは、姫君との約束を守るため……。
もう一度ここで逢おうって約束したから……姫は苺が大好きだから……苺を食べると皆、笑顔になるから……」
「ゴッドファーザーよ、この人形はもう……」
無言のまま答えた。
「既に壊れているのではないのか……?」
そう、壊れている……。見ていて痛々しかった。
【ネオ・ネヴァーランド】というのはこの街で有名なテーマパークの名前で、【リ・ナイト】というのもそのテーマパークのウサギのキャラクターの名前だ。
「お願いデス! 助けてください!殺さないでっ!」
少年が僕の脚にすがりつく。
「やっと、やっと自由になれたのデス……。
光となって世界を救うのだから……。姫と、もっともっと遊ぶのだもん……」
何のことだか解らない、僕には全て意味不明なことだった。 けど……。
仮面の下から、涙が溢れて頬をつたう。止まらない。
その少年の身体が、やわらかくて温かいのだ。
……人形なのに……。
「お願い、助けて……お兄ちゃん……」
……ピシッと何かに亀裂が入るような音が聞こえた気がした……。
その言葉で、脳裏に弟のナイトの姿が過ぎった。
――ナイトと同じ名前――。
「ゴッドファーザー! 騙されるな!!」
僕は地面に膝を付く。 そして……。
……少年の身体を、抱きしめた……。
「大丈夫だよ、おにいちゃんもう怒ってないから。 だから泣かないで」
笑顔で優しく囁いた。
ピシッ……ピシッ……と音が段々と大きくなっていく。
辺りが静寂に包まれたような気がした。 が――。
パキイィィン……。
少年の仮面に亀裂が入り、真っ二つに割れて地面に落ちた。
隠れていた顔があらわになったのだ……。
少年は服の裾をぎゅっと握り、唇を震わせてぐしゃぐしゃな泣き顔を見せた。
「――ナイト?」
思わずこぼれたその言葉に、自分自身で驚いてしまった。
弟のナイトがこんな所にいるはずがない。
顔も髪の色も外見だって違う。
弟は普通の人間で、この少年は人形だ。
そんなことは解りきっているのに――。
瞬間、腹部に強烈な痛みを感じて、後ろに弾き飛ばされた。
少年はちぎれた自分の左腕と、壊れた仮面を急いで掴む。
ふわりと髪が揺れて、涙の溢れる瞳が見えた。
「……ナイトっ!!」
叫ぶ僕から逃げるようにして、
巨大な満月を背景に翼を広げて、再び星空の彼方へと消えていった……。
腹部を押さえる。
アザになりそうな程度で、大したことはなさそうだ。
だけど、それよりも……。
「良かったゾヨか? これで……」
若頭の声で我に返った。
「ああ、いいんだ……。
もしあの場であの少年を殺していたら、僕は絶対に後悔する」
「殺さなくても後悔するかもしれぬゾ」
「それでもいいさ」
「……主には少し甘い所がある。 余はそういった考え方は嫌いゾヨ」
若頭は自分の胸元を見る。腕に抱いていたウサギがモソモソと動いていた。
「そのウサギ、生きてたの!?」
「気絶していただけゾヨ」
「でも、あの時は死んだって……」
「こうしてこちらの術中に収めておけば、ヤツはまた必ず現れるゾヨ。 ウサギを取り返しに」
「……それって、僕があの子を逃がすって分かってたってことじゃないのか?」
若頭は頬を赤くして、背を向けた。
こいつは、本当にひねくれてるヤツだ。
まあ、こういう所は嫌いじゃないけど。
もしかするとお互いに、同じようなことを思っているのかもしれない。
僕たちは満月の浮かび上がる夜空を眺めた。
どこか遠くで、夜の魔術師のベルの音が響いている気がした。
……チリン……チリン……。
……。
翌日――。
朝。 学園に来て見ると、苺畑は消え、まるで今までのことが嘘のように、元のグラウンド場へと戻っていた。
それでもまだ周りに苺は沢山生えているけど、邪魔になるほどのものじゃない。
これで生徒会費の赤字も解消されるだろう。
とりあえず、一件落着、か。
それを眺めながら、一物の不安を胸に抱えていた。
何度考えても分からない。どうしてもあの少年のことが頭から離れないのだ。
どうしてナイトだなんて思ったのだろう。
でも、あの泣き顔は幼い頃からずっと見てきた、僕の大切な弟に違いなかった。
だから少年のことを、ずっと知っていると思い込んでいたのだ。
何かとても恐ろしい、あの少年は幻覚を見せる悪しき者かもしれない。
そうすると、合点が行った。
でも、この時の僕は、まだ何にも気が付いていなかったんだ。
……夜の魔術師の本当の秘密に……。
「よ……っ寄るな! 来るなぁ!」
地面に這い蹲った状態のまま後ずさる。
若頭はそれを静かに見つめていた。
少年の傍まで到達すると、膝を折って屈み込み、満面の笑顔を向けた。
「ねえキミ、名前はなんていうの?」
その場にポカンと拍子抜けした空気が流れた。
少年も若頭もキョトン顔だ。 でも構わず、僕は話しを続ける。
「キミはどこから来たの? その服カッコイイね」
少年はうつむいて黙りこんだ。
「この学園に苺を生やしたのってキミだよね。
僕たちは、ただそれを止めてほしいだけなんだ。そうすればもう何もしないから」
頑なに口を開こうとしない。
「じゃあ、わかった。
その仮面だけでも外してくれないかな? おにいちゃん、キミのお顔が見たいなぁ~」
後ろで引きつる若頭。
「ゾーーーヨーーー!!
ゴッドファーザーよ!何をしておる! さっさとその少年を殺せゾヨ!!」
ついに痺れを切らせた。
「五月蠅いよ、若頭。 ちょっと黙っててくれる? でないとキミから先にお陀仏させるよ?」
笑顔のままそう言うと、若頭は目を泳がせて顔を逸らした。
「ねえ、キミ……どうしてこんな悪戯するの?
もしかして何か理由があるの?
やめてくれないと、僕はキミを無理矢理にでも止めないとならないよ……」
今度は僕のほうが俯いてしまった。
「……ワタクシは……ナイト……」
「――えっ?」
「ネオ・ネヴァーランド王国、第Ⅶ王子……。
リ・ナイト・リトルロードネヴァーと申します……」
僕は驚いてしまった。
「それがキミの名前?」
少年が頷く。
「苺を生やしたのは、姫君との約束を守るため……。
もう一度ここで逢おうって約束したから……姫は苺が大好きだから……苺を食べると皆、笑顔になるから……」
「ゴッドファーザーよ、この人形はもう……」
無言のまま答えた。
「既に壊れているのではないのか……?」
そう、壊れている……。見ていて痛々しかった。
【ネオ・ネヴァーランド】というのはこの街で有名なテーマパークの名前で、【リ・ナイト】というのもそのテーマパークのウサギのキャラクターの名前だ。
「お願いデス! 助けてください!殺さないでっ!」
少年が僕の脚にすがりつく。
「やっと、やっと自由になれたのデス……。
光となって世界を救うのだから……。姫と、もっともっと遊ぶのだもん……」
何のことだか解らない、僕には全て意味不明なことだった。 けど……。
仮面の下から、涙が溢れて頬をつたう。止まらない。
その少年の身体が、やわらかくて温かいのだ。
……人形なのに……。
「お願い、助けて……お兄ちゃん……」
……ピシッと何かに亀裂が入るような音が聞こえた気がした……。
その言葉で、脳裏に弟のナイトの姿が過ぎった。
――ナイトと同じ名前――。
「ゴッドファーザー! 騙されるな!!」
僕は地面に膝を付く。 そして……。
……少年の身体を、抱きしめた……。
「大丈夫だよ、おにいちゃんもう怒ってないから。 だから泣かないで」
笑顔で優しく囁いた。
ピシッ……ピシッ……と音が段々と大きくなっていく。
辺りが静寂に包まれたような気がした。 が――。
パキイィィン……。
少年の仮面に亀裂が入り、真っ二つに割れて地面に落ちた。
隠れていた顔があらわになったのだ……。
少年は服の裾をぎゅっと握り、唇を震わせてぐしゃぐしゃな泣き顔を見せた。
「――ナイト?」
思わずこぼれたその言葉に、自分自身で驚いてしまった。
弟のナイトがこんな所にいるはずがない。
顔も髪の色も外見だって違う。
弟は普通の人間で、この少年は人形だ。
そんなことは解りきっているのに――。
瞬間、腹部に強烈な痛みを感じて、後ろに弾き飛ばされた。
少年はちぎれた自分の左腕と、壊れた仮面を急いで掴む。
ふわりと髪が揺れて、涙の溢れる瞳が見えた。
「……ナイトっ!!」
叫ぶ僕から逃げるようにして、
巨大な満月を背景に翼を広げて、再び星空の彼方へと消えていった……。
腹部を押さえる。
アザになりそうな程度で、大したことはなさそうだ。
だけど、それよりも……。
「良かったゾヨか? これで……」
若頭の声で我に返った。
「ああ、いいんだ……。
もしあの場であの少年を殺していたら、僕は絶対に後悔する」
「殺さなくても後悔するかもしれぬゾ」
「それでもいいさ」
「……主には少し甘い所がある。 余はそういった考え方は嫌いゾヨ」
若頭は自分の胸元を見る。腕に抱いていたウサギがモソモソと動いていた。
「そのウサギ、生きてたの!?」
「気絶していただけゾヨ」
「でも、あの時は死んだって……」
「こうしてこちらの術中に収めておけば、ヤツはまた必ず現れるゾヨ。 ウサギを取り返しに」
「……それって、僕があの子を逃がすって分かってたってことじゃないのか?」
若頭は頬を赤くして、背を向けた。
こいつは、本当にひねくれてるヤツだ。
まあ、こういう所は嫌いじゃないけど。
もしかするとお互いに、同じようなことを思っているのかもしれない。
僕たちは満月の浮かび上がる夜空を眺めた。
どこか遠くで、夜の魔術師のベルの音が響いている気がした。
……チリン……チリン……。
……。
翌日――。
朝。 学園に来て見ると、苺畑は消え、まるで今までのことが嘘のように、元のグラウンド場へと戻っていた。
それでもまだ周りに苺は沢山生えているけど、邪魔になるほどのものじゃない。
これで生徒会費の赤字も解消されるだろう。
とりあえず、一件落着、か。
それを眺めながら、一物の不安を胸に抱えていた。
何度考えても分からない。どうしてもあの少年のことが頭から離れないのだ。
どうしてナイトだなんて思ったのだろう。
でも、あの泣き顔は幼い頃からずっと見てきた、僕の大切な弟に違いなかった。
だから少年のことを、ずっと知っていると思い込んでいたのだ。
何かとても恐ろしい、あの少年は幻覚を見せる悪しき者かもしれない。
そうすると、合点が行った。
でも、この時の僕は、まだ何にも気が付いていなかったんだ。
……夜の魔術師の本当の秘密に……。
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