55 / 59
【神アカシ篇】(1項目)
ページ9
しおりを挟む
今にも満ちそうな月が、渡り廊下を大きく照らしている。
とても嫌な気配を感じた。
尋常ではない何かが辺りを取り囲んでいる。
ザワザワと小さく音を立てて、徐々にそれが近づいてきている。
「若頭――」
「ウム……」
僕たちは自然と、背中合わせになった。
どこから来る――? 前か?後ろか? いや――。
それは下から現れた。
地面から苺のツタがニョキニョキと生え出し、僕と若頭の脚に絡み付いていく。
あっという間に顔の傍まで巻き付いて、動きを封じられてしまう。
「チッ……小賢しい真似をしおって……」
でも、それだけじゃない。
「若頭! ヤバイよ!前後から何か来てる!」
「分かっておる!」
「後ろは任せたからね!」
その言葉に、若頭はピキッと眉を引きつらせた。
「ゾヨ~~!? 何故、余が主の背を守らねばならぬ!?
大体、余が向いている方角が前であろう!?」
「ああ……わかったよ、わかったから!」
お話しが進まないので、こちらから折れることにした。
「キミの後ろは僕が守るから! 若頭は前だけ向いてて!」
「御意、承知した。余の背は主に任せたゾヨ」
キラーンと瞳を鋭くする若頭。
……つ、疲れる。
そうこうするうちに、廊下の隅のほうから白い小さな大群が向かってきていた。
どんどんこっちに近づいてくる。
あれは――。
「ウサ……」
「ッギャアアアアアアアーーーーッッ!! ネーズーミーーーーーッッ!!」
若頭の悲鳴が上がった。
「ああああ耳をカジられるぅ!! 死んでしまうッ!! おおおお……」
……えええええーーっっ!?
「いや、あれはウサギだよ! ちいさいけど……」
つっこむが、若頭はすでに灰人と化し意識がなかった。
――想定外だ。
まさか若頭が、ネズミ恐怖症?だったなんて……。
けっこう頼りにしてたのに……。
ウサギたちは僕の足下まで到達し、こちらの様子を窺うように、つぶらな瞳を向けている。
可愛いけれど、数が多すぎてさすがに不気味だ。
……リン。 チリン……チリン……。
唐突に、廊下の奥から音が響いた。
「……オヤオヤ、何をしているのデスか。
いけませんよ、人間さんに近づいては」
――まるで幻のように現れた。
首元に結わえた、紅いリボンに付いている小さなベルが、揺れて静かに鳴っていた。
透けるような白い肌、煌く金の髪、芸術品のような蝶の仮面……。
夜の魔術師――。
それはこの世のものとは思えないほどの、本当に美しい少年だった。
怖いくらいに。
「こっちへ、おいでなさい……」
夜の魔術師が囁く。
すると大量にいたウサギが一瞬で霧のように消え去り、一匹だけが残った。
首元におそろいの赤いリボンを付けている。
ウサギは身軽に飛び跳ねていき、少年の左肩の上によじ登る。
「いい子いい子♪」
指で優しくウサギの頭を撫でる。
……こうして間近で自分の目で、夜の魔術師を確認して、改めて思った。
僕はやはりこの少年のことを知っている――。
でも誰なのかが、どうしても思い出せない。
「キミは――」
思わず声が漏れてしまった。
夜の魔術師が僕に気が付いて、驚いたように動きを止めた。
「お兄ちゃん……?」
「――えっ?」
今度は僕のほうが驚いてしまった。
踵を返して少年は窓を開け放つ。 そのまま桟に足をかける。
「……むふふふふ♪」
「ま、待って!」
手を伸ばすが、ツタに捕らわれて身動きが取れない。
「キミは誰なの!?」
窓から飛び出すと、身につけていた黒いマントの背中が蝙蝠のようにバッと羽開いた。
それは悪魔の翼のようにも見え、別の何かのようにも思えた。
「……むふふふふん♪ ……むふふふふん♪……」
チリン……チリン……。
夜の魔術師は笑い声とベルの音を残しながら、夜空へと姿を消していった……。
同時に苺のツタも消えて無くなり、急いで窓に駆け寄る。
「で、デタラメすぎる……」
「逃げられてしまったな」
すぐ隣りから声がした。
「若頭!? 生きて……いや、起きてたの?」
「……手強い敵であった」
「……は?」
若頭は顔を真っ赤にして背を向けた。
「と、とても手強い、余と主が力を合わせても敵わぬほどの強敵であった」
「……そうだね、学園長にはそう報告しておくよ。
まさか苺に身体を縛られて、ウサギをネズミと見間違えて気絶して、捕まえられませんでした、なんて言えないしね」
ビクッと肩をすくめる若頭。
けれど、容易に捕まえられないのは事実だ。新しい策を練らなくてはならない。
星空を眺めながら、それぞれにため息をついた。
とても嫌な気配を感じた。
尋常ではない何かが辺りを取り囲んでいる。
ザワザワと小さく音を立てて、徐々にそれが近づいてきている。
「若頭――」
「ウム……」
僕たちは自然と、背中合わせになった。
どこから来る――? 前か?後ろか? いや――。
それは下から現れた。
地面から苺のツタがニョキニョキと生え出し、僕と若頭の脚に絡み付いていく。
あっという間に顔の傍まで巻き付いて、動きを封じられてしまう。
「チッ……小賢しい真似をしおって……」
でも、それだけじゃない。
「若頭! ヤバイよ!前後から何か来てる!」
「分かっておる!」
「後ろは任せたからね!」
その言葉に、若頭はピキッと眉を引きつらせた。
「ゾヨ~~!? 何故、余が主の背を守らねばならぬ!?
大体、余が向いている方角が前であろう!?」
「ああ……わかったよ、わかったから!」
お話しが進まないので、こちらから折れることにした。
「キミの後ろは僕が守るから! 若頭は前だけ向いてて!」
「御意、承知した。余の背は主に任せたゾヨ」
キラーンと瞳を鋭くする若頭。
……つ、疲れる。
そうこうするうちに、廊下の隅のほうから白い小さな大群が向かってきていた。
どんどんこっちに近づいてくる。
あれは――。
「ウサ……」
「ッギャアアアアアアアーーーーッッ!! ネーズーミーーーーーッッ!!」
若頭の悲鳴が上がった。
「ああああ耳をカジられるぅ!! 死んでしまうッ!! おおおお……」
……えええええーーっっ!?
「いや、あれはウサギだよ! ちいさいけど……」
つっこむが、若頭はすでに灰人と化し意識がなかった。
――想定外だ。
まさか若頭が、ネズミ恐怖症?だったなんて……。
けっこう頼りにしてたのに……。
ウサギたちは僕の足下まで到達し、こちらの様子を窺うように、つぶらな瞳を向けている。
可愛いけれど、数が多すぎてさすがに不気味だ。
……リン。 チリン……チリン……。
唐突に、廊下の奥から音が響いた。
「……オヤオヤ、何をしているのデスか。
いけませんよ、人間さんに近づいては」
――まるで幻のように現れた。
首元に結わえた、紅いリボンに付いている小さなベルが、揺れて静かに鳴っていた。
透けるような白い肌、煌く金の髪、芸術品のような蝶の仮面……。
夜の魔術師――。
それはこの世のものとは思えないほどの、本当に美しい少年だった。
怖いくらいに。
「こっちへ、おいでなさい……」
夜の魔術師が囁く。
すると大量にいたウサギが一瞬で霧のように消え去り、一匹だけが残った。
首元におそろいの赤いリボンを付けている。
ウサギは身軽に飛び跳ねていき、少年の左肩の上によじ登る。
「いい子いい子♪」
指で優しくウサギの頭を撫でる。
……こうして間近で自分の目で、夜の魔術師を確認して、改めて思った。
僕はやはりこの少年のことを知っている――。
でも誰なのかが、どうしても思い出せない。
「キミは――」
思わず声が漏れてしまった。
夜の魔術師が僕に気が付いて、驚いたように動きを止めた。
「お兄ちゃん……?」
「――えっ?」
今度は僕のほうが驚いてしまった。
踵を返して少年は窓を開け放つ。 そのまま桟に足をかける。
「……むふふふふ♪」
「ま、待って!」
手を伸ばすが、ツタに捕らわれて身動きが取れない。
「キミは誰なの!?」
窓から飛び出すと、身につけていた黒いマントの背中が蝙蝠のようにバッと羽開いた。
それは悪魔の翼のようにも見え、別の何かのようにも思えた。
「……むふふふふん♪ ……むふふふふん♪……」
チリン……チリン……。
夜の魔術師は笑い声とベルの音を残しながら、夜空へと姿を消していった……。
同時に苺のツタも消えて無くなり、急いで窓に駆け寄る。
「で、デタラメすぎる……」
「逃げられてしまったな」
すぐ隣りから声がした。
「若頭!? 生きて……いや、起きてたの?」
「……手強い敵であった」
「……は?」
若頭は顔を真っ赤にして背を向けた。
「と、とても手強い、余と主が力を合わせても敵わぬほどの強敵であった」
「……そうだね、学園長にはそう報告しておくよ。
まさか苺に身体を縛られて、ウサギをネズミと見間違えて気絶して、捕まえられませんでした、なんて言えないしね」
ビクッと肩をすくめる若頭。
けれど、容易に捕まえられないのは事実だ。新しい策を練らなくてはならない。
星空を眺めながら、それぞれにため息をついた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

騎士志望のご令息は暗躍がお得意
月野槐樹
ファンタジー
王弟で辺境伯である父を保つマーカスは、辺境の田舎育ちのマイペースな次男坊。
剣の腕は、かつて「魔王」とまで言われた父や父似の兄に比べれば平凡と自認していて、剣より魔法が大好き。戦う時は武力より、どちらというと裏工作?
だけど、ちょっとした気まぐれで騎士を目指してみました。
典型的な「騎士」とは違うかもしれないけど、護る時は全力です。
従者のジョセフィンと駆け抜ける青春学園騎士物語。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる