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【星ワタリ篇】~第1章~(題2部)
夢現六時
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モノクローム色の教会の中で、ミュウの血だけが恐ろしいほど鮮やかに、滴り落ちる。
ナイトはポケットに入っていた白いレースの縁取りのあるハンカチをミュウの傷口に巻きつけた。
少し腕をかすっただけで、血は出たものの傷はたいしたことは無さそうだ。
「ナイト……アンジェラさん、どうしちゃったのかな……?」
付いてきたハートさんもオロオロとミュウを心配するように傍を飛び回っている。
ナイトは前を見据えて再び、マスター・アンジェラを睨む。
ミュウを自分の後ろに、一歩前に出て身構える。
アンジェラの背中には、まるで蜘蛛を模るかのように数本の人形のような腕が生えている。
生命を感じられない機械の体へと変貌していた。瞳だけが不気味に紅い。
元は左手だったであろう腕に、赤いサンタクロースの帽子をつかんでいた。
それが力無く落とされる。
……ナイトは24日の昼間の出来事を思い出した。
アンジェラは夜に孤児たちにプレゼントを配る仕事がある――そう言っていた。
ムーンチャイルドと呼ばれる子供たち。
その子供たちが住んでいる孤児院……この教会が、そうなのだ。
でも今は、自分たち二人とアンジェラ以外に誰も見当たらない。
「……血……血が足りない……。喉が渇く……。
――血を吸わせろッ!!」
アンジェラが凄まじい勢いでこちらに向かってくる。
「ローゼン・クロイツァ、プロテクト!」
ナイトが叫ぶと言葉に反応するように、左手に装着していた杖が目にも留まらぬ速さで巨大な十字架へと姿を変えた。
「――ギャアアアアアアアアア!!」
十字架は眩い輝きと共にアンジェラの体を弾き飛ばす。
ナイトの背丈よりも遥かに高く、薔薇の装飾が施された金の高貴な十字架……。
ナイトも毅然として誇らしげに立っていた。
前を見つめたまま口を開く。
「ミュウ様、残念ですがアレはもうマスター・アンジェラなどではありません」
「――え?」
「差し詰め、吸血人形……とでも言いましょうか」
「そんな……」
ミュウの瞳から涙が零れそうになる。
「この状態だと少し脚が辛いのデスが、しかたがありませんね」
ナイトは左脚の靴のつま先を地面に軽く叩いてコツコツと音を鳴らす。
「まさか、こんな風に貴方と相対することになろうとは、夢にも思いませんでしたよ」
ため息混じりに続ける。
「……貴方、ワタクシのミュウ姫様を傷付けるということがどういうことであるか、解っておいでデスよね……?」
呟くようにアンジェラに問い掛ける。
手をかざし、十字架を前に。
「手元が狂って殺してしまったらゴメンナサイ。
もっとも貴方はもう死んだも同然デスけど、ネ♪」
ニヤリと口元を歪める。
「血……血ィ――!!」
アンジェラが再び向かってくる。
「ローゼン・クロイツァ、プロテク……」
呪文を言いかけて止めた。
「お願い、やめて!」
ナイトの目の前に、両腕を広げてミュウが立ちふさがっていた。
ナイトを守るためではなく、アンジェラを助けるために。
悲しみの瞳をこちらに向けていた。
アンジェラの長い腕が伸びてくる。
ナイトは急いでミュウの体を掴み、避ける。 そのまま二人一緒に地面に倒れこむ。
「ミュウ様!」
ミュウの体を抱きかかえる。
「う……」
頭を少し打ったのか動けないでいる。
後から、巻き添えになったと思われるハートさんがヨレヨレとミュウの胸の上に落ちてきた。
「みひぃ……」
ナイトは歯軋りをさせた。
「マスター・アンジェラ……」
アンジェラの方へ向き直り、十字架に両腕をかざす。
「もう、どんなに泣いて謝っても許してやりませんよ。
とっとと、かかってきなさい! このカマ野郎がッ!!」
その声に反応するように、怒りの形相でアンジェラは向かってくる。
「プロテクト!」
だが何度でも十字架の光に弾き飛ばされる。
ナイトはそれを見ながら考えていた。
マスター・アンジェラ……。
貴方にはとても感謝しています。あのお店で働かせてくれて。
ですが、こうなってしまってはもう……。
「ナイト……」
気が付くと、ミュウが地べたにへたり込んだまま、ナイトの脚にしがみ付いていた。
「やめて……お願い……」
「ミュウ様、危険です。 下がっていてください」
ミュウの瞳から涙がぼろぼろ溢れ出す。
「やだ……いやだよ……ナイト……」
ナイトはまだ守りの呪文しか唱えていない。ミュウもそれを解っていた。
だけど次にアンジェラが向かってきた時には――。
「……アンジェラさんは、ミュウがこの世界にきてはじめてできた、【人間】のお友達なの……」
驚いた。
だってナイトは人間ではないから。
でも突然出たその言葉にミュウ自身はもっと驚いていた。
あれ……? ミュウなに言ってるんだろ……。
この世界って、なんだろ……人間のって、なんだろ……。
◆◆◆◆◆
――それは、ミュウがナイトと出逢うより少し前の出来事だった。
ミザリィ・ロンドの店の前。
手紙を手に、ミュウはどうしようかとオロオロ辺りをうろついていた。
冬ではないが少し寒い。雨が降ってきた。
もう帰ろうか、と店を離れかけたその時、
「あら、可愛らしい子猫ちゃん♪ こんな所でどうしたの?ズブ濡れよ?」
買い物袋を数個抱えた、長身の美しい女性が優しくこちらに微笑んでいた。
それが、ミュウとアンジェラとのはじめての出逢いだった……。
ナイトはポケットに入っていた白いレースの縁取りのあるハンカチをミュウの傷口に巻きつけた。
少し腕をかすっただけで、血は出たものの傷はたいしたことは無さそうだ。
「ナイト……アンジェラさん、どうしちゃったのかな……?」
付いてきたハートさんもオロオロとミュウを心配するように傍を飛び回っている。
ナイトは前を見据えて再び、マスター・アンジェラを睨む。
ミュウを自分の後ろに、一歩前に出て身構える。
アンジェラの背中には、まるで蜘蛛を模るかのように数本の人形のような腕が生えている。
生命を感じられない機械の体へと変貌していた。瞳だけが不気味に紅い。
元は左手だったであろう腕に、赤いサンタクロースの帽子をつかんでいた。
それが力無く落とされる。
……ナイトは24日の昼間の出来事を思い出した。
アンジェラは夜に孤児たちにプレゼントを配る仕事がある――そう言っていた。
ムーンチャイルドと呼ばれる子供たち。
その子供たちが住んでいる孤児院……この教会が、そうなのだ。
でも今は、自分たち二人とアンジェラ以外に誰も見当たらない。
「……血……血が足りない……。喉が渇く……。
――血を吸わせろッ!!」
アンジェラが凄まじい勢いでこちらに向かってくる。
「ローゼン・クロイツァ、プロテクト!」
ナイトが叫ぶと言葉に反応するように、左手に装着していた杖が目にも留まらぬ速さで巨大な十字架へと姿を変えた。
「――ギャアアアアアアアアア!!」
十字架は眩い輝きと共にアンジェラの体を弾き飛ばす。
ナイトの背丈よりも遥かに高く、薔薇の装飾が施された金の高貴な十字架……。
ナイトも毅然として誇らしげに立っていた。
前を見つめたまま口を開く。
「ミュウ様、残念ですがアレはもうマスター・アンジェラなどではありません」
「――え?」
「差し詰め、吸血人形……とでも言いましょうか」
「そんな……」
ミュウの瞳から涙が零れそうになる。
「この状態だと少し脚が辛いのデスが、しかたがありませんね」
ナイトは左脚の靴のつま先を地面に軽く叩いてコツコツと音を鳴らす。
「まさか、こんな風に貴方と相対することになろうとは、夢にも思いませんでしたよ」
ため息混じりに続ける。
「……貴方、ワタクシのミュウ姫様を傷付けるということがどういうことであるか、解っておいでデスよね……?」
呟くようにアンジェラに問い掛ける。
手をかざし、十字架を前に。
「手元が狂って殺してしまったらゴメンナサイ。
もっとも貴方はもう死んだも同然デスけど、ネ♪」
ニヤリと口元を歪める。
「血……血ィ――!!」
アンジェラが再び向かってくる。
「ローゼン・クロイツァ、プロテク……」
呪文を言いかけて止めた。
「お願い、やめて!」
ナイトの目の前に、両腕を広げてミュウが立ちふさがっていた。
ナイトを守るためではなく、アンジェラを助けるために。
悲しみの瞳をこちらに向けていた。
アンジェラの長い腕が伸びてくる。
ナイトは急いでミュウの体を掴み、避ける。 そのまま二人一緒に地面に倒れこむ。
「ミュウ様!」
ミュウの体を抱きかかえる。
「う……」
頭を少し打ったのか動けないでいる。
後から、巻き添えになったと思われるハートさんがヨレヨレとミュウの胸の上に落ちてきた。
「みひぃ……」
ナイトは歯軋りをさせた。
「マスター・アンジェラ……」
アンジェラの方へ向き直り、十字架に両腕をかざす。
「もう、どんなに泣いて謝っても許してやりませんよ。
とっとと、かかってきなさい! このカマ野郎がッ!!」
その声に反応するように、怒りの形相でアンジェラは向かってくる。
「プロテクト!」
だが何度でも十字架の光に弾き飛ばされる。
ナイトはそれを見ながら考えていた。
マスター・アンジェラ……。
貴方にはとても感謝しています。あのお店で働かせてくれて。
ですが、こうなってしまってはもう……。
「ナイト……」
気が付くと、ミュウが地べたにへたり込んだまま、ナイトの脚にしがみ付いていた。
「やめて……お願い……」
「ミュウ様、危険です。 下がっていてください」
ミュウの瞳から涙がぼろぼろ溢れ出す。
「やだ……いやだよ……ナイト……」
ナイトはまだ守りの呪文しか唱えていない。ミュウもそれを解っていた。
だけど次にアンジェラが向かってきた時には――。
「……アンジェラさんは、ミュウがこの世界にきてはじめてできた、【人間】のお友達なの……」
驚いた。
だってナイトは人間ではないから。
でも突然出たその言葉にミュウ自身はもっと驚いていた。
あれ……? ミュウなに言ってるんだろ……。
この世界って、なんだろ……人間のって、なんだろ……。
◆◆◆◆◆
――それは、ミュウがナイトと出逢うより少し前の出来事だった。
ミザリィ・ロンドの店の前。
手紙を手に、ミュウはどうしようかとオロオロ辺りをうろついていた。
冬ではないが少し寒い。雨が降ってきた。
もう帰ろうか、と店を離れかけたその時、
「あら、可愛らしい子猫ちゃん♪ こんな所でどうしたの?ズブ濡れよ?」
買い物袋を数個抱えた、長身の美しい女性が優しくこちらに微笑んでいた。
それが、ミュウとアンジェラとのはじめての出逢いだった……。
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