◆闇騎士◆(ナイトメシア)~兎王子と人形姫の不思議な鏡迷宮~

卯月美羽(うさぎ・みゅう)

文字の大きさ
上 下
18 / 59
【星ワタリ篇】~第1章~(題1部)

夢二夜

しおりを挟む
――12月24日、感謝祭前日。

街では聖歌が流され大勢の人で賑わい、広場には色とりどりのイルミネーションで飾られた大きなツリー。

商店街もクリスマスカラーに染まり、所々で赤いサンタ服を着た店員がセールの看板を掲げて経営を争い合っている。

ツリーのすぐ傍にある小さな時計台の下で、ナイトとミュウは待ち合わせの相手を探していた。

「まったく、時間にルーズな男ですねぇ」

ナイトに話し掛けられても、ミュウは浮かない表情のまま返事をしなかった。

「……もしかして、さっきのことを気にしているのですか?」

とっさに、ミザリィ・ロンドでの戦争孤児の会話を思い出した。

「あっ。ううん、そうじゃないの……」

ミュウは少しだけ寂しそうに、続けた。

「ミュウね、ナイトとメアリたちに出逢う前のこと、よく憶えてないの。
えと、昔のこととか、おとうさんとおかあさんのこととか……」

――記憶喪失?

そんな言葉が不意にナイトの脳裏を過ぎった。

「きっとミュウ、すこしおかしいのかも……」

ミュウの瞳が不安に揺らめく。

「大丈夫ですよ、ミュウ様。
あの頃は幼かったですし、きっとまだ戦争のショックが抜けていないからかもしれません」

ナイトは安心させるようにミュウの肩に手を添えて、優しく微笑む。
するとミュウも微笑み返した。

……何か符に落ちない。
そんな思いを噛み締めて、心の奥底へしまい込んだ……。

「……ねえ、ナイト。 今日が何の日か憶えてる?」

「ハイ、今日はクリスマス・イヴですね。
……あれからもう何年も経つのですね」

「うん、今日はナイトの誕生日。
ナイトがはじめてお家に来た日だよ!」



「……で、俺は荷物持ちなわけかw」

前が見えなくなるほどの大量の箱や紙袋を抱えて、街道を歩きながら文句を漏らす男性。

全身黒で統一した服装にシルクハットを被った紫色の髪の毛、長身でかなりの美形なためやたらと目立っている。

前を歩いていたナイトとミュウが振り返る。

「ワタクシはこの通り、脚が不自由で成りません。
ミュウ様に持たせる訳にはいきませんし、こういう雑用は我が下僕であるメアリ、貴方の仕事なのデス!」

彼の名前は、【メアリード・ハイヴェルダルク・ウォン・ヴァレンシュタインⅠⅣ世】。
居候兼、ふたりの保護者役でもある。

ナイトは意地悪く口元をニヤつかせ、左手に装着している杖をブンブンとメアリに向かって振り回した。

隣りで日傘を差している小さなミュウが、さらに小さく縮こまり体を震わせている。

「おい、俺がいつお前の下僕になった?
ナイトお前、どう見ても実は歩けるだろ!? その杖、絶対必要無いだろ!?」

「NOn!!煙草臭い上に酒くさっ……貴方、また昼間からカジノで遊んでましたね。
……ワタクシ達が汗水流して稼いだ銭をくだらない賭け事に使うなどと、なんて卑劣な……」

「その湿気た金を増やしてやってるのは、何処の誰だと思ってるんだ、あ?」

そんな皮肉なことを言いながらも、メアリは実のところカジノでディーラーとして働いているだけである。
煙草は吸うが、酒はマナーのなっていない客に無理やり飲まされてしまったのだ。

ミュウはささっとナイトの背中にしがみ付いて隠れた。
恐る恐る、ひょっこりと瞳だけを覗かせる。

「メアリ、こわいよぅ……」

男の人の香りと煙草と、知らないお酒の香り。
それは全てミュウにとって未知の世界で、それがとても怖いのだ。

「うっ……」

引きつるメアリ。
それを見てニヤリッとするナイト。

「メアリ、ごめんなさい……」

頬を赤くして、ぷるぷる震えるミュウ。

水晶玉のように丸い大きな瞳から、じんわりと真珠のような涙がこぼれそうになる。

……。

メアリは「はぁ……」とため息をついて、ミュウの頭にポンポンと手を置いた。

「で、後は何を買い物するんだ?」

一瞬だけビクッとして、ミュウは指折りして数えながら言った。

「えと、デコレーションケーキとチキンとビスケットも買ったし、後はお家に帰ってツリーに明かりを付けるの」

「イチゴジャムとストロベリーキャンディーとイチゴミルクティーも大量に買い占めましたし、これでパーティーの準備は万端デスね☆」

お前には聞いていない。
そう思うメアリだったが、嬉しそうにはしゃぐふたりを見守るように歩調を合わせながら、

3人は家路へと続く道を進んで行った――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

騎士志望のご令息は暗躍がお得意

月野槐樹
ファンタジー
王弟で辺境伯である父を保つマーカスは、辺境の田舎育ちのマイペースな次男坊。 剣の腕は、かつて「魔王」とまで言われた父や父似の兄に比べれば平凡と自認していて、剣より魔法が大好き。戦う時は武力より、どちらというと裏工作? だけど、ちょっとした気まぐれで騎士を目指してみました。 典型的な「騎士」とは違うかもしれないけど、護る時は全力です。 従者のジョセフィンと駆け抜ける青春学園騎士物語。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...