◆闇騎士◆（ナイトメシア）～兎王子と人形姫の不思議な鏡迷宮～

追憶～【ユメノ・ナイト】～白兎

第四羽

ワタクシは深くお辞儀をしてから、ゆっくりと頭を上げて尋ねた。

「ワタクシはちょっぴり不思議なぬいぐるみです。
貴女の名前を教えてはいただけませんか？」

彼女は目を丸くしたまま動きを止めている。

……いきなり名前を聞いたのは失礼でしたでしょうか。

「できればこちらから名乗りたい処なのですが、ワタクシにはまだ名前がありません」

微動だにしない彼女。

「よろしければ貴女に名前を付けていただきたい」

彼女はワタクシを凝視している。

もしかしたら、
……また捨てられてしまうかもしれない……。

そんな不安が頭を過ぎった。

不意に彼女が両手でワタクシの体を持ち上げてくる。
すると瞳の色が一瞬にして変わり、キラキラ輝き出した。

「うわぁ～。　すごいすご～い！　しゃべってるっ！」

「あ、あの……」

ワタクシを高く持ち上げて部屋の中でくるくると回りだす。
ヒラヒラした彼女のミニスカートがふわりとめくれ上がる。

ぴたりっと止まり、

「わたし、ミュウ！」

……突然見せた満面の笑顔に驚いた。

ですが、まさかそれは本名ではありませんよね？

「いえ。　できればフルネームを……」

「ミュウミュウ！」

さっきと変わらない無垢な笑顔をこちらに向けてくる。

……この家に上がる時、【夢菱】と書かれている表札を見たことを思い出した。

まぁ、いいでしょう。
後で証明書か手帳か何かを盗み見てやれば済むことです。

「……こほんっ、ではMs.ミュウ様？　ワタクシに名前を付けてはくれませんか？」

「ぬいぐるみちゃん、お名前ないの？」

「ハイ」

私が言うと考える様なそぶりを見せ、

「ん～と、じゃあナイト！」

言われるがままにされているのもシャクだと思い、

「それは何か特別な意味があって言っているのですか？」

「ううん、夜にみつけたから」

……なんて安易なっ！
もう少し考えてはくれませんか！？

「……イヤ？」

「いいえ」

こんな、ちいさな女の子にそれは無理なお願いですね。
潔く諦めましょう。

「じゃあ決まり！　キミは今日からナイトだよっ！！　よろしくね。　ナイト～♪」

こうしてワタクシは彼女の【ナイト】となった。



結局、夜が明けても彼女の家族は帰っては来なかった。

ワタクシは何日かをこの家で過ごした。

彼女がワタクシの名前を呼ぶ。

彼女がワタクシを抱きしめる。

彼女がワタクシの頬にキスをする……。

ただそれだけのことなのに、

……とても嬉しかった。

きっと幸せってこういう気持ちかもしれません。



……だが、

そんなささやかな幸せも、長くは続きませんでした……。