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調律と戦慄
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「……美澄」
本当の名前が如何であるか等最早関係ない。是は美澄だ。其れを僕が知っていれば善いだけのこと。
「起きなさい、美澄」
乱れたベッドの端に、そっと腰をかける。振動に軽く身動ぎする美澄の額に、一瞬だけ皺が寄る。如何な夢を見ているのだろうか。今は其の身を泉に任せているのだと云っていたが、深い眠りについているのならば、今此の身体の何処かにあの娘は、美澄は、漂っているのだろうか。
ーーー攫って仕舞いたい。
髪を一筋掬う。雪好みの黒く長い真っ直ぐな髪。寝乱れて緩く絡まっている情景は扇情的だが、僕ではない男に啼かされている姿を想起すれば、醜い嫉妬と苛立ちを生む。
傍らで密は、安らかな顔をして眠っている。美しく均整の取れた身体に潜むのは、同じ男でも思わず惹かれてしまいそうな引力を持つ雄の匂い。誰もが虜になってしまうのも頷ける。あの骨ばって大きい手は意外な程滑らかで、細く長い指は信じられない速さと繊細さで翻弄することを、僕はもう知っている。
思い出せば性的興奮で下腹部の奥の奥が疼く程には、心を裏切って身体が彼を求めそうになる程には、僕の身体は此の美しい獣に蹂躙され、服従させられた記憶が刻み込まれている。
そして其れに抗えない自分が居る。認める他ない。僕は密も拒絶出来ない程の情を植え付けられてしまっている。だが、其れが美澄をくれてやる理由には、ならないのだ。
きっと、そう、是がΩ化するという意味なのだろう。
でも僕は。
「美澄、美澄、起きて、僕を見なさい」
何度も何度も優しく髪を梳きながら、優しく甘く愛おしさを声に乗せて、口付ける。愛を語る代わりに何度も何度も名前を呼んで、深い闇の底でとろりとした眠りを貪っている筈のあの娘を呼び起こす。
「美澄……美澄……さあ、起きて美澄」
身体から声になって口唇から零れるその名が、美澄の身体に沁み込んで浸透していって羽根のように降り積もって、沈沈と白く染め替えるイメージを強く描く。黒と白のコントラストが眩しい程の静謐な世界。其処に眠るあの娘の魂をそっと掬い上げるように、其の名を呼び続ける。
「美澄、美澄、聴きなさい、美澄、僕だ」
あらゆる処に僕の印を刻み付ける。汗と白濁に濡れた肌を舐める。少しずつ立ち上がる反応を確かめながら、撫でて擦って温めて塗り替える。お前に触れているのは僕だ。お前が本当に愛したのは誰だ。この腐り切った退屈な世界で、運命を廻すのは。本能で、遺伝子レベルから、存在を創り返るのは。お前の其の手を取るのは。
僕しかいないだろう?美澄。
本当の名前が如何であるか等最早関係ない。是は美澄だ。其れを僕が知っていれば善いだけのこと。
「起きなさい、美澄」
乱れたベッドの端に、そっと腰をかける。振動に軽く身動ぎする美澄の額に、一瞬だけ皺が寄る。如何な夢を見ているのだろうか。今は其の身を泉に任せているのだと云っていたが、深い眠りについているのならば、今此の身体の何処かにあの娘は、美澄は、漂っているのだろうか。
ーーー攫って仕舞いたい。
髪を一筋掬う。雪好みの黒く長い真っ直ぐな髪。寝乱れて緩く絡まっている情景は扇情的だが、僕ではない男に啼かされている姿を想起すれば、醜い嫉妬と苛立ちを生む。
傍らで密は、安らかな顔をして眠っている。美しく均整の取れた身体に潜むのは、同じ男でも思わず惹かれてしまいそうな引力を持つ雄の匂い。誰もが虜になってしまうのも頷ける。あの骨ばって大きい手は意外な程滑らかで、細く長い指は信じられない速さと繊細さで翻弄することを、僕はもう知っている。
思い出せば性的興奮で下腹部の奥の奥が疼く程には、心を裏切って身体が彼を求めそうになる程には、僕の身体は此の美しい獣に蹂躙され、服従させられた記憶が刻み込まれている。
そして其れに抗えない自分が居る。認める他ない。僕は密も拒絶出来ない程の情を植え付けられてしまっている。だが、其れが美澄をくれてやる理由には、ならないのだ。
きっと、そう、是がΩ化するという意味なのだろう。
でも僕は。
「美澄、美澄、起きて、僕を見なさい」
何度も何度も優しく髪を梳きながら、優しく甘く愛おしさを声に乗せて、口付ける。愛を語る代わりに何度も何度も名前を呼んで、深い闇の底でとろりとした眠りを貪っている筈のあの娘を呼び起こす。
「美澄……美澄……さあ、起きて美澄」
身体から声になって口唇から零れるその名が、美澄の身体に沁み込んで浸透していって羽根のように降り積もって、沈沈と白く染め替えるイメージを強く描く。黒と白のコントラストが眩しい程の静謐な世界。其処に眠るあの娘の魂をそっと掬い上げるように、其の名を呼び続ける。
「美澄、美澄、聴きなさい、美澄、僕だ」
あらゆる処に僕の印を刻み付ける。汗と白濁に濡れた肌を舐める。少しずつ立ち上がる反応を確かめながら、撫でて擦って温めて塗り替える。お前に触れているのは僕だ。お前が本当に愛したのは誰だ。この腐り切った退屈な世界で、運命を廻すのは。本能で、遺伝子レベルから、存在を創り返るのは。お前の其の手を取るのは。
僕しかいないだろう?美澄。
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