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夢現の喪失
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今の美澄はもう、これまでの北白川美澄ではない。あれは、時任泉だ。
そして自分は、時任泉を、愛している。
離したくない。離れたくない。たとえ、自分ひとりのものにならなかったとしても。
誰よりも近くで、その行く末を見届けてやりたい。役目とやらを果たした後のあの子を、誰が顧みてやるのだろう。
北白川の娘という立場を失った後、一体どれだけの人間があの子を必要だと繋ぎ止めてやれるのだろう。
兄たち?否。
義理の両親?否。
家族でも友人でも、今身体を繋いでいる男達でもない。
唯一人、自分だけが。
この自分だけが、何者でもないあの子を抱き締めて、求めているのだ。帰っておいでと、傍にいて欲しいと、何の見返りも必要ないからと、言ってやれるのは自分だけなのだとそう信じている。
蓮華ですら、子を為した後のあの子を引き留めたりはしないだろう。
北白川美澄ではない、
誰も知らない「時任泉」という人間を自分は、
誰よりも必要としているのだ。
……だから、たとえ番だとしても、
「お前には渡さないよ?」
「…美澄は何処だ」
「オレが教えると思う?番ならさ、本能で判ったりするんじゃないの?」
当て付けがましく答えると、わずかに厭そうに眉をひそめた。どうやら痛い処を突いたらしい。あれだけ美澄のことを袖にした挙げ句、手元から離れた途端に惜しくなったとでもいうのか……馬鹿にするなよ。
「あの子はもうお前の知っている美澄じゃないよ。お前に会ったところであの子が喜ぶとは限らない。番になったと言ったって、あの子は未だにお前のものにはなってないだろう?お前だけの番にはならなかった。それが答えなんじゃないの?」
ガラにもなく熱量が高まる。一回り以上も若いこの麗しい天才に俺は思いの外、
ーーー嫉妬していたらしい。
あの子のことがある前は、これ程拘りも蟠りもなく接していられたはずなのに。どうもあの子のことが絡むと、冷静を保てなくなってきている。ヤキが回ったらしい。
「密。意見は訊いていない」
口元だけが動く、恐ろしい程に整った表情が何も感情を映さないから、まるで凍った人形だ。無関心と拒絶が、俺の発する熱量を触れる端から氷漬けにしていく。部屋の両端程にしか離れていない二人の距離に、瞬く間に氷柱の橋が架かる。
「あれがどうであるか、お前がどう思うか、微塵も関連性がない」
…珍しく、長台詞を喋っているな。
普段の意思伝達は表情のみ、話す言葉は片言に近く、極力人間としてのエネルギーを使わずに生きているような排他的で他人を寄せ付けない男だった筈なのに、美澄にだけ妙に拘りを見せ始めたのが苛立たしい。お前はあの子をずっと蔑ろにしてたじゃないか、あんなにも求められていた癖に。それが今更、本当に今更。
ーーー厭な俺が、顔を見せ始める。余裕がない証拠だ。
「僕が連れ帰ると決めた。それだけだ」
時折、人形の顔に影が過る。狂おしい程の激情なのか、苦しみ悶える一瞬に抑えようのない艶が走る。呼吸が乱れている。
……Ωの如く見えたのは、気のせいだけではないらしい。
発情を必死に抑えているΩのように、隠し切れずに漏れ出している欲情の波が、この場を満たし始める。
「……何に焦ってる?お前に、何が起きてるんだ?」
そして自分は、時任泉を、愛している。
離したくない。離れたくない。たとえ、自分ひとりのものにならなかったとしても。
誰よりも近くで、その行く末を見届けてやりたい。役目とやらを果たした後のあの子を、誰が顧みてやるのだろう。
北白川の娘という立場を失った後、一体どれだけの人間があの子を必要だと繋ぎ止めてやれるのだろう。
兄たち?否。
義理の両親?否。
家族でも友人でも、今身体を繋いでいる男達でもない。
唯一人、自分だけが。
この自分だけが、何者でもないあの子を抱き締めて、求めているのだ。帰っておいでと、傍にいて欲しいと、何の見返りも必要ないからと、言ってやれるのは自分だけなのだとそう信じている。
蓮華ですら、子を為した後のあの子を引き留めたりはしないだろう。
北白川美澄ではない、
誰も知らない「時任泉」という人間を自分は、
誰よりも必要としているのだ。
……だから、たとえ番だとしても、
「お前には渡さないよ?」
「…美澄は何処だ」
「オレが教えると思う?番ならさ、本能で判ったりするんじゃないの?」
当て付けがましく答えると、わずかに厭そうに眉をひそめた。どうやら痛い処を突いたらしい。あれだけ美澄のことを袖にした挙げ句、手元から離れた途端に惜しくなったとでもいうのか……馬鹿にするなよ。
「あの子はもうお前の知っている美澄じゃないよ。お前に会ったところであの子が喜ぶとは限らない。番になったと言ったって、あの子は未だにお前のものにはなってないだろう?お前だけの番にはならなかった。それが答えなんじゃないの?」
ガラにもなく熱量が高まる。一回り以上も若いこの麗しい天才に俺は思いの外、
ーーー嫉妬していたらしい。
あの子のことがある前は、これ程拘りも蟠りもなく接していられたはずなのに。どうもあの子のことが絡むと、冷静を保てなくなってきている。ヤキが回ったらしい。
「密。意見は訊いていない」
口元だけが動く、恐ろしい程に整った表情が何も感情を映さないから、まるで凍った人形だ。無関心と拒絶が、俺の発する熱量を触れる端から氷漬けにしていく。部屋の両端程にしか離れていない二人の距離に、瞬く間に氷柱の橋が架かる。
「あれがどうであるか、お前がどう思うか、微塵も関連性がない」
…珍しく、長台詞を喋っているな。
普段の意思伝達は表情のみ、話す言葉は片言に近く、極力人間としてのエネルギーを使わずに生きているような排他的で他人を寄せ付けない男だった筈なのに、美澄にだけ妙に拘りを見せ始めたのが苛立たしい。お前はあの子をずっと蔑ろにしてたじゃないか、あんなにも求められていた癖に。それが今更、本当に今更。
ーーー厭な俺が、顔を見せ始める。余裕がない証拠だ。
「僕が連れ帰ると決めた。それだけだ」
時折、人形の顔に影が過る。狂おしい程の激情なのか、苦しみ悶える一瞬に抑えようのない艶が走る。呼吸が乱れている。
……Ωの如く見えたのは、気のせいだけではないらしい。
発情を必死に抑えているΩのように、隠し切れずに漏れ出している欲情の波が、この場を満たし始める。
「……何に焦ってる?お前に、何が起きてるんだ?」
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