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秘密と夜会
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だからこそ、引き取られた僕は完全に別人として育てられた。僕個人としては、そうするしかなかった。
αの令嬢、北白川次期当主の伴侶、北白川 美澄としてしか生き残れる手段がなかった。本家の使用人として、Ωとして、蔑まれて生きていくしか選択肢のなかった孤児を引き取り、養い、匿い、教育を与えてくれた養父母には感謝以外ない。あるはずもない。養父母が死ねと言えば、嫌だとは思っても黙って従うくらいには恩を感じている。
実際に伴侶となっても番になれるかは別問題だし、跡取りの出産問題などもあるのだがそこはそれ。いくらでも抜け道はあるらしい。こんな欠陥品を伴侶としなければならない兄たちが不憫でならないが、幸い兄弟としては健全な関係を築いてくれているのでそれほど心配はしていない。愛人でもなんでも、幾らでも持ってもらえればいい。直系の血を絶やさなければ、大概のことは大目にみてもらえるだろうから。
兄たちですら幼子だった頃に他界した僕の実母は、それはそれは美しかったらしい。想い出というフィルターがかかっていることは承知の上でもなお。兄たち曰く、妖精のような人だったと。
線が細く、全体的に色素の薄い姿は儚げで、日の光に透けるよう。きらきらと眩い笑顔で、歌うように名前を呼んでくれたと兄たちは言う。実の息子であるはずの僕は、名前すら呼ばれた記憶がないというのに。
幸か不幸かそんな母の美貌を受け継いだらしい僕は、一見しただけでは男とは分からないらしい。
『可愛らしいお嬢様ですこと』
無数に投げかけられた誉め言葉は、いつも僕に自信と安心を与えてくれる。まだ騙されてくれているのだと安心できる。決してバレるわけにはいかない。僕なんかのせいで、北白川を笑い者にするわけにはいかないのだ。しかし徐々に威力をましていく発情期に、今僕は怯えている。自分を、他人を、狂わせてしまう無意識の匂いに、心底怯えている。
身体が子どもの間は、大して問題にもならなかった。だが今年の初め、冬休みも終わりに近づいた頃に僕を襲ったのは、
強烈な飢餓感だった。
抑制剤を使っても滲み出る、圧倒的な渇き。差し出した手を握り返してくれたなら、何を捧げてもいいと思えるほどの狂おしい熱情。高熱に浮かされたように、頭のなかは霞がかかってぼんやりとしているのに、扉の閉まる音にさえ過敏に反応する身体。肌が粟立つ、とはこういうことかと身をもって思い知らされた。
下半身にいたっては筆舌しがたい。端的にいえば、暴力的な劣情に襲われた。
絶え間ない耳鳴りに身悶えし、だらしなく涎を垂れ流し、誰彼構わず懇願しそうになる。触れてほしい、沈めてほしい、狂わせてほしい、と。叫び出しそうになる。思い返すだけでもあの感覚がせりあがってきて、正気が侵される。抑制剤がなかったら、と思うとゾッとするほどの、まさに生き地獄だった。
そんな一週間を耐えられたのは、ひとえに門倉のおかげだった。
まず僕を北白川家特製・核シェルターにもなる通称『隔離部屋』に監禁し、躊躇いもなく縛り上げて、目隠しと猿ぐつわをかませた冷静さには感謝と尊敬しかない。
一切の世話を門倉ひとりでみてくれたのだから、本当に頭が下がる。執事としての当然の義務です、と言われてしまったが、いくらβとはいえ誰にでも出来ることではないだろう。精神が超合金で出来ているらしい、特に自制心。
だが、次またあのような発情期がきたらと思うと。僕は恐怖した。あんな醜態を人前で晒すわけにはいかない。まがりなりにも北白川の人間としては。僕の放つ強烈なフェロモンにあてられた直系たちも、同様に事態を深刻かつ冷静にとらえていた。
そして、僕は義務教育から先に進むことを断念した。
どうせ北白川から出られる身ではない。下手をしたら、この屋敷からすら出られない可能性もある。最低限、北白川の人間として必要な学力や教養は身につけるべきだが、学校に行かずとも問題はない。情操教育?友人関係?引きこもり?それが何だっていうんだ。
率直にいって、またあの発情期が来る恐怖に比べたら、何もかもどうでもいい。
αの令嬢、北白川次期当主の伴侶、北白川 美澄としてしか生き残れる手段がなかった。本家の使用人として、Ωとして、蔑まれて生きていくしか選択肢のなかった孤児を引き取り、養い、匿い、教育を与えてくれた養父母には感謝以外ない。あるはずもない。養父母が死ねと言えば、嫌だとは思っても黙って従うくらいには恩を感じている。
実際に伴侶となっても番になれるかは別問題だし、跡取りの出産問題などもあるのだがそこはそれ。いくらでも抜け道はあるらしい。こんな欠陥品を伴侶としなければならない兄たちが不憫でならないが、幸い兄弟としては健全な関係を築いてくれているのでそれほど心配はしていない。愛人でもなんでも、幾らでも持ってもらえればいい。直系の血を絶やさなければ、大概のことは大目にみてもらえるだろうから。
兄たちですら幼子だった頃に他界した僕の実母は、それはそれは美しかったらしい。想い出というフィルターがかかっていることは承知の上でもなお。兄たち曰く、妖精のような人だったと。
線が細く、全体的に色素の薄い姿は儚げで、日の光に透けるよう。きらきらと眩い笑顔で、歌うように名前を呼んでくれたと兄たちは言う。実の息子であるはずの僕は、名前すら呼ばれた記憶がないというのに。
幸か不幸かそんな母の美貌を受け継いだらしい僕は、一見しただけでは男とは分からないらしい。
『可愛らしいお嬢様ですこと』
無数に投げかけられた誉め言葉は、いつも僕に自信と安心を与えてくれる。まだ騙されてくれているのだと安心できる。決してバレるわけにはいかない。僕なんかのせいで、北白川を笑い者にするわけにはいかないのだ。しかし徐々に威力をましていく発情期に、今僕は怯えている。自分を、他人を、狂わせてしまう無意識の匂いに、心底怯えている。
身体が子どもの間は、大して問題にもならなかった。だが今年の初め、冬休みも終わりに近づいた頃に僕を襲ったのは、
強烈な飢餓感だった。
抑制剤を使っても滲み出る、圧倒的な渇き。差し出した手を握り返してくれたなら、何を捧げてもいいと思えるほどの狂おしい熱情。高熱に浮かされたように、頭のなかは霞がかかってぼんやりとしているのに、扉の閉まる音にさえ過敏に反応する身体。肌が粟立つ、とはこういうことかと身をもって思い知らされた。
下半身にいたっては筆舌しがたい。端的にいえば、暴力的な劣情に襲われた。
絶え間ない耳鳴りに身悶えし、だらしなく涎を垂れ流し、誰彼構わず懇願しそうになる。触れてほしい、沈めてほしい、狂わせてほしい、と。叫び出しそうになる。思い返すだけでもあの感覚がせりあがってきて、正気が侵される。抑制剤がなかったら、と思うとゾッとするほどの、まさに生き地獄だった。
そんな一週間を耐えられたのは、ひとえに門倉のおかげだった。
まず僕を北白川家特製・核シェルターにもなる通称『隔離部屋』に監禁し、躊躇いもなく縛り上げて、目隠しと猿ぐつわをかませた冷静さには感謝と尊敬しかない。
一切の世話を門倉ひとりでみてくれたのだから、本当に頭が下がる。執事としての当然の義務です、と言われてしまったが、いくらβとはいえ誰にでも出来ることではないだろう。精神が超合金で出来ているらしい、特に自制心。
だが、次またあのような発情期がきたらと思うと。僕は恐怖した。あんな醜態を人前で晒すわけにはいかない。まがりなりにも北白川の人間としては。僕の放つ強烈なフェロモンにあてられた直系たちも、同様に事態を深刻かつ冷静にとらえていた。
そして、僕は義務教育から先に進むことを断念した。
どうせ北白川から出られる身ではない。下手をしたら、この屋敷からすら出られない可能性もある。最低限、北白川の人間として必要な学力や教養は身につけるべきだが、学校に行かずとも問題はない。情操教育?友人関係?引きこもり?それが何だっていうんだ。
率直にいって、またあの発情期が来る恐怖に比べたら、何もかもどうでもいい。
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