三度目の衝撃。

帯刀通

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瞬く間の僕ら

星の瞬く間に

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星が輝く空の下を、黙って歩いた。
そう簡単に距離は縮まらない。ただ同じ歩幅で、同じ呼吸で、歩いている時間は嫌いじゃなかった。

好き、って何だろう。
僕の頭をぐるぐると回り続ける問いかけ。でも性急に答えを出す気はない。

僕はまだもう少し、僕のままでいたい。
たったひと言で自分の全てを変えられてしまうだなんていう理不尽には、素直に頷けない僕の方が僕らしい。今更取り繕う必要もないし、しおらしく愛だの恋だのにやすやすとは流されない僕を、彼は好きだと言ってくれたはずだから。

「足、痛む?」

大立ち回りの末、脱げてしまった長靴のせいで痛めた足の裏。歩く度にじんわりと痛みが込み上げてくるけれど、他人に気取られるようなヘマはしていないつもりなのに。何で彼には分かってしまうんだろう。

付き合いが長いから、だけじゃない。彼がよく気がつくタイプだから、だけじゃない。これが誰かに愛されるということなんだろうか。

───”最後にプラネタリウム見ていこうよ”

当たり前のように僕たちを繋ぐ星空。
たった数日でこんなにも目まぐるしい変化を遂げるちっぽけな僕たちと、悠久の時を生きる星。比べることも出来ない存在同士が今、同じ時を生きている。

ギリギリ、夜の最終上映に間に合った。僕が倒れている間に元々のスタッフが復帰したと聞いている。チケット売り場でお金を出すと、ニッコリと圧の高い笑顔で首を振られた。……有難く甘えさせてもらおう。頭を下げて通り過ぎる。

ドームに入って開口一番。

「うわぁ……」

ドームの天井を仰げば、創りものだと分かっていても圧倒される量の星、星、星。首が痛くなるまで見上げてしまう、闇を彩るのはこの宇宙の歴史。半円の空に映し出されている何百億年も連綿と続く星の人生を僕たちは傍観している。

邪魔にならないように最後列に腰を下ろす。
隣同士に座れば腕が触れ合った。今まではスっと避けていた距離も今夜はほんのり近づいている。

ゆっくりと暮れていく凝縮された空。プラネタリウムなんて何度も見てきたし、予定調和な解説の中身はここにいる誰よりも詳しく知っているし、感動する要素なんて今更ないはずなのに。

気づけば圧倒されていた。

星は変わらない。
変わるのはいつだって僕たち人間だ。

悲しいことがなくても人は泣けるのだと知った。
胸に込み上げる想いの正体が何かも分からない僕は、はらはらと涙がこぼれるに任せて、ただ空を見上げていた。ドームの空が白むまで、左手は温もりに包まれていた。

ショップでチケット代の代わりに、と星空のしおりを買った。二枚。
夏の大三角が大きく映し出されたそれを手渡す。

「え?くれるの?やった!」
「……お礼」
「あ、しかも大三角じゃん。オレ好きなんだよね、デネブ」

そんなこと、知ってる。好きな特撮番組で白鳥にちなんだヒーローが出てるからだろ。これだけ長く近くにいたんだ。僕だってお前のこと、それなりに知ってるんだよ。なんて口に出しては言ってやらないけど。

ドームを出てまた星空の下をそぞろ歩く。東京よりも控えめな光。目には見えない程小さな星も、目にしている光が数百年前の星も、確かに今この瞬間に息づいている星の光を僕たちが目にすることはなくても。

今を生きている。この身体が、心が、この夜に息をして存在している。
そんな当たり前のことがとてつもなく尊いことに思えた。

「ありがと。大切にするね」

嬉しそうにしおりを手にする、暗がりですら目映い彼の笑顔。
見失いようもなく輝く一等星みたいに、僕を照らしている。

いつか遠い未来、これまで歩いてきた道を振り返った時に、今この瞬間を懐かしく思い出すのだろうか。その時、隣りには今日と同じように彼がいて、そっと手を握ってくれているのだろうか。

短い人の一生に確かなものなど何もない、だからこそ一歩一歩踏みしめながら道を作っていくのだ。昨日の僕は今日の僕であるための欠片のひとつ。何が欠けても今の僕にはならない。そう思えば、少しは許せる過去になるかもしれない。

当たり前の日常は続いていく。
何万分の一の確率だとしても起きる時には起きてしまう衝撃が背中合わせに潜んでいるという恐怖。運やタイミングひとつで出遭ってしまう事実は変わらない。怖いものがこの世から無くなることなんて多分きっとないんだ。

だけど、その隣りには同じだけ優しくあたたかい希望が在って、運やタイミングひとつで救われてしまう未来もあるんだということを知った。愛しさがこの世から無くなることも、きっとない。

晩夏の夜風にさらわれていく、言葉にならない気持ちの欠片を夜空に放り投げる。星は変わらずに瞬く。僕が痛んでも苦しんでも変わらずに。それならばいっそ、幸せになってやってもいいか。自然と浮かんでくる想いに身を任せて、幸せへと続く道を選び取ってやってもいいじゃないか。太陽みたいに笑う彼が傍にいればきっと、どんな衝撃が訪れたって乗り越えていける。

前を行く白い手を取る。

「一緒に帰ろう」

振り返った彼は目をいっぱいに見開いて、信じられない衝撃を受けたって顔をしてから、心底嬉しそうに微笑んだ。

「うん、一緒に帰ろう」

僕たちの日常に。
手に手を取って。
さあ、帰ろう。
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