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解放の解法
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とりあえず仮住まいの部屋にあげてやると、人が荷物を片している横で、寝そべりながら手近にあった文献をのんびり読み始めた。無性に腹が立って背中を足蹴にしてやると、ぐえっと大袈裟な声と共にべしゃりと床に潰れた。テーブルに置いていたペットボトルがたぷんと揺れて倒れる。
「熱出して苦しそうだったからさ、手握ったんだよね」
ひらひらと振った手のひらをじっと見つめて。それから、僕の目をじっと見つめた。
「……先輩ずうっと謝ってた、『ごめんなさい』って」
ヒュっと喉が鳴った。
「ねえ、……何に謝ってたの」
唐突に心臓を素手で鷲掴みにされる。触れられたくない場所、ほんの少しだけ前向きに回復してはいるけれど薄いカサブタの張りついた場所。軽い衝撃にすら耐えられずに鮮やかな血を覗かせて、そこにまだ明確な傷跡が在ることを教える。
「お前には関係ない」
汚くて醜くてどうしようもない僕なんかに触れようとするなよ。
お前が、汚れちゃうじゃないか。
先輩にはなくても俺には大ありなの、と呆れた声を出してから両手で顔を覆う。はぁ、と盛大なため息が指の隙間から染み出してくる。
「先輩ってさ、人付き合い避けまくってるからかもしんないけどさ、コミュ力底辺だよね」
「あ?」
事実じゃん、と悪びれずに言い放って口を尖らせる。事実だから言っていいもんでもないだろ、むしろ間違っていないからこそ腹が立つ。そんな僕の苛立ちを知ってか知らずか、
「……いい加減気づいてくんないかな」
ため息と共に吐き出された小さな呟きは床に跳ね返って転がった。
「先輩、『ドリームキラー』って知ってる?」
「何だよ突然」
話の矛先が急に転換して、耳慣れない言葉に首を傾げた。
「何かをしたいとか叶えたいって誰かに言った時、"それは危険だから止めなよ"とか"あなたには似合わないよ"とか難癖つけて諦めさせようとする人っているじゃない。"あなたのためだから"みたいな?」
余計なお世話というかありがた迷惑というか、確かにそういう輩はいたりする。とりあえず頷けば、後輩はペットボトルの麦茶をぐいっと呷ると、面白くなさそうに口を尖らせてキュッキュッと蓋をしめた。トンっとテーブルの上に置かれたボトルで宇宙が揺れる。
「助言のフリして否定的なこと言うヤツ。よくいるでしょ?そういう人のことを呼ぶんだって」
「まあ、いるな」
「難癖つけないでさ、応援してくれたらいいじゃん?無理なことでも単にダメだしするよりさ、どうしたら実現出来るかとか一緒に考えてくれる方がよっぽどよくない?」
「それは他人に期待し過ぎだろ」
何かにつけて性善説を採用したがる後輩は、そうかなぁと首を傾げて納得しない顔のまま続けた。
「でもさ、これって他人だけの話じゃないと思うんだよね」
屈託のない笑顔で瞳を覗き込んでくる。その透明度に何故だかハッと息を飲んだ。ガラス玉みたいな瞳に、試されている気がした。
「先輩の中にもいない?『ドリームキラー』」
「……ぼく?」
そもそも他人を否定も肯定もしない、関わらないがモットーだ。そんな僕が、他人に干渉するなんてことがあるわけない。顔を顰めて否と答えれば、彼はゆっくりと首を振ってじっと僕の目を見つめた。覗き込まれたのは心の奥の奥。誰にも見せることのなかった、打ち明けることのなかった傷の在り処。
「先輩の『ドリームキラー』はさ、先輩自身だよ」
確信に満ちた声で、核心を突かれた。
「何がそうさせてんのかまでは分かんないけどさ、ああでもない、こうでもないって理屈つけてダメな理由探しちゃうトコとか、予め自分にストップかけて出来ないって決めつけちゃうトコとか」
天井を見上げて指折り数えられる欠点は、聞いていて楽しいものでもない。ましてや自覚している物であれば尚更。
「知ったふうな口きくなよ。お前に、……お前に何が分かるって言うんだよ」
知らず、怒りを孕んだ低い声が地を這った。チリチリと目の前に弾ける火花の音。一体、僕は何を、こんなムキになって、
「知ってるよ。だって先輩のことずっと見てきたんだから」
こんなに近くでさ、と言うと後輩は震える僕の手をとって両手で包み込んだ。思わず引き抜こうとした冷たい手、引き止めてぐっと握り締めるあたたかい手。温もりに侵される。
「何を我慢してんだか知らないし、先輩自分のこと何も言ってくんないから全然分かんないし、オレ気が利くタイプでもないしさ」
ポン、ポンと一定のリズムを刻む指先。ぐつぐつと煮えている腸の裏側では、ここ数日ですっかり柔らかくなってしまった傷痕が怯えた顔をして様子を窺っている。虚勢を張らなければ隠し切れない程、弱くなった自分を持て余している。
「熱出して苦しそうだったからさ、手握ったんだよね」
ひらひらと振った手のひらをじっと見つめて。それから、僕の目をじっと見つめた。
「……先輩ずうっと謝ってた、『ごめんなさい』って」
ヒュっと喉が鳴った。
「ねえ、……何に謝ってたの」
唐突に心臓を素手で鷲掴みにされる。触れられたくない場所、ほんの少しだけ前向きに回復してはいるけれど薄いカサブタの張りついた場所。軽い衝撃にすら耐えられずに鮮やかな血を覗かせて、そこにまだ明確な傷跡が在ることを教える。
「お前には関係ない」
汚くて醜くてどうしようもない僕なんかに触れようとするなよ。
お前が、汚れちゃうじゃないか。
先輩にはなくても俺には大ありなの、と呆れた声を出してから両手で顔を覆う。はぁ、と盛大なため息が指の隙間から染み出してくる。
「先輩ってさ、人付き合い避けまくってるからかもしんないけどさ、コミュ力底辺だよね」
「あ?」
事実じゃん、と悪びれずに言い放って口を尖らせる。事実だから言っていいもんでもないだろ、むしろ間違っていないからこそ腹が立つ。そんな僕の苛立ちを知ってか知らずか、
「……いい加減気づいてくんないかな」
ため息と共に吐き出された小さな呟きは床に跳ね返って転がった。
「先輩、『ドリームキラー』って知ってる?」
「何だよ突然」
話の矛先が急に転換して、耳慣れない言葉に首を傾げた。
「何かをしたいとか叶えたいって誰かに言った時、"それは危険だから止めなよ"とか"あなたには似合わないよ"とか難癖つけて諦めさせようとする人っているじゃない。"あなたのためだから"みたいな?」
余計なお世話というかありがた迷惑というか、確かにそういう輩はいたりする。とりあえず頷けば、後輩はペットボトルの麦茶をぐいっと呷ると、面白くなさそうに口を尖らせてキュッキュッと蓋をしめた。トンっとテーブルの上に置かれたボトルで宇宙が揺れる。
「助言のフリして否定的なこと言うヤツ。よくいるでしょ?そういう人のことを呼ぶんだって」
「まあ、いるな」
「難癖つけないでさ、応援してくれたらいいじゃん?無理なことでも単にダメだしするよりさ、どうしたら実現出来るかとか一緒に考えてくれる方がよっぽどよくない?」
「それは他人に期待し過ぎだろ」
何かにつけて性善説を採用したがる後輩は、そうかなぁと首を傾げて納得しない顔のまま続けた。
「でもさ、これって他人だけの話じゃないと思うんだよね」
屈託のない笑顔で瞳を覗き込んでくる。その透明度に何故だかハッと息を飲んだ。ガラス玉みたいな瞳に、試されている気がした。
「先輩の中にもいない?『ドリームキラー』」
「……ぼく?」
そもそも他人を否定も肯定もしない、関わらないがモットーだ。そんな僕が、他人に干渉するなんてことがあるわけない。顔を顰めて否と答えれば、彼はゆっくりと首を振ってじっと僕の目を見つめた。覗き込まれたのは心の奥の奥。誰にも見せることのなかった、打ち明けることのなかった傷の在り処。
「先輩の『ドリームキラー』はさ、先輩自身だよ」
確信に満ちた声で、核心を突かれた。
「何がそうさせてんのかまでは分かんないけどさ、ああでもない、こうでもないって理屈つけてダメな理由探しちゃうトコとか、予め自分にストップかけて出来ないって決めつけちゃうトコとか」
天井を見上げて指折り数えられる欠点は、聞いていて楽しいものでもない。ましてや自覚している物であれば尚更。
「知ったふうな口きくなよ。お前に、……お前に何が分かるって言うんだよ」
知らず、怒りを孕んだ低い声が地を這った。チリチリと目の前に弾ける火花の音。一体、僕は何を、こんなムキになって、
「知ってるよ。だって先輩のことずっと見てきたんだから」
こんなに近くでさ、と言うと後輩は震える僕の手をとって両手で包み込んだ。思わず引き抜こうとした冷たい手、引き止めてぐっと握り締めるあたたかい手。温もりに侵される。
「何を我慢してんだか知らないし、先輩自分のこと何も言ってくんないから全然分かんないし、オレ気が利くタイプでもないしさ」
ポン、ポンと一定のリズムを刻む指先。ぐつぐつと煮えている腸の裏側では、ここ数日ですっかり柔らかくなってしまった傷痕が怯えた顔をして様子を窺っている。虚勢を張らなければ隠し切れない程、弱くなった自分を持て余している。
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