三度目の衝撃。

帯刀通

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反転宇宙

02

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「…先生に」
「教授がどうかした?」
「仕事押しつけられた」
「何の?」
「…プラネタリウムのスタッフ」

急に瞳がまん丸く見開かれる。まるでビー玉みたいにキラキラと光を反射するそれは限界いっぱい拡大して、内に潜んだポジティブな感情が澄んだ池の底みたいに見透かせた。

「もしかして、それって例の?!」

嫌々頷いて顔を顰める僕を見て興奮気味に身を乗り出してくる。存在自体がうるさい。

「えっ、いいなぁ!オレも行きたい!」
「じゃ、代わって」
「ええー、どうせなら一緒に行きましょうよ!」
「断る」

後輩が騒ぐのには訳があった。教授に夏休みのバイトだと斡旋、否、押しつけられたプラネタリウムのスタッフの仕事。それ自体は別段驚くことでもないのだが問題は場所だった。

【森と風のプラネタリウム】

東京から車で二時間足らずの場所にあるそれは、郊外の鬱蒼とした森の中に点在するグランピング施設と露天風呂を備えた温泉施設、ついでに何とかいう有名なレストランも近くにあるとかで今話題の場所なんだそうだ。

しかも付随する施設は宿泊客にしか利用できない特別な空間と銘打っているらしく、予約も取れない人気っぷりだそうだ。この辺りの情報は学部生たちからの受け売り、つまり僕はミリも興味が無い。言うに事欠いてキャッチコピーが、

──ラグジュアリーな星空をあなたに、

だと。バカバカしい。都会で見る星空は濁っているし、プラネタリウムで見る満天の夜空は美しい虚構だ。そもそもどこの施設で見ようが、機材が良ければ全て綺麗に決まってる。人里離れた山奥で見上げる、世界を飲み込むような深い闇と星の光とは比べ物にならない。つまり、行きたくない。

「えーっ、いいじゃん、ちょっとした夏休み気分が味わえるじゃない」
「ならお前が行けよ」
「いつ行くんです?」
「お盆」
「あー、そりゃ実家に帰ってるから無理だわ」

北関東から上京してきた彼が家族思いの孝行息子だということは研究室の誰もが知っている基礎知識だ。一方僕はといえば、日帰りの帰省で済ますドラ息子。余りに近すぎると、いつでも会えると思って帰らなくなるのは首都圏出身者あるあるだろう。

頬杖をついて齧歯類みたいな前歯をのぞかせて笑う、小首の傾げ方があざといったらない。生まれてから一度も染めたことがないという黒髪ストレートは随分伸びて、ビー玉みたいにキラキラとした眼差しが前髪で半分隠れている。警戒心を抱かせない、人好きのする外見。いつまでたっても色褪せない夏休みの子供みたいだ。

およそ十年で外見も幾分落ち着いて、年相応とは言わないまでも大人のオトコに近づいてきてはいる。要領は悪いが出来はいい秀才で、ちょっとの鈍臭さがかえって愛嬌となり誰からも弄られつつ愛される稀有なタイプ。僕とは真逆のタイプ。

この腐れ縁も彼が博士号を取るまでかと思うと、長かったような短かったような、語るほどの思い入れはないけれど思い出ひとつもないとは言えない期間、気がつけばいつも傍に居たのは彼くらいなものだった。先輩も同期も後輩も就職して旅立っていく、同じ職種でもこの研究室に残っているのは自分だけになってしまった。彼以外はもう誰もいない。

「いいなぁ、実家から近かったら遊びに行くのになァ」

カタカタとキーボードを鳴らしながら残念そうに呟く声を聞き流し、パソコンを取り出して事務処理を進める。集中してしまえば声も音も聞こえない。暫く作業に没頭して、ふと静けさに顔を上げれば空っぽな箱の中に一人きりだった。

マグカップに入れたコーヒーはすっかり冷め、すぐ横に小さなチョコが二つ置き去りにされている。

『みっつは多いし喧嘩になる、ひとつは孤独で淋しい、だからふたつね』

お菓子を分けてくれる時の彼の口癖。すっかり覚えてしまった声も口調も。面倒くさくて厄介で鬱陶しくてうるさい奴でも積極的に嫌うまではいかないあたり、存外気に入ってはいるのだ、これでも。

カラフルな包みをひらく。ビスケット入りと、キャラメル入りがひとつずつ。好きだと言った覚えもないのに、細やかな気遣いが出来る彼はちゃんと見ていて覚えているのだ、僕みたいに靡かない偏屈な人間の好みさえも。ホントにお節介で、バカみたいに、いい奴。

疲れた肩をコキコキと鳴らしながらポイッと放り込んだ小さな茶色い粒はちょっぴりほろ苦くて、やっぱり甘かった。
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