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おやすみのその先で
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「…ねえ」
「ん?どうした?」
ベッドに横たわる俺の隣りで静かに本を捲っていた影に呼びかけると、柔らかな声が降ってきて、かさつき始めた手の甲に口唇がおとされた。
「眠いんだ」
「寝ていいよ。ここにいるから」
「一緒がいい」
「…いいよ」
衣擦れの音がして、重い目蓋に射す光の角度が変わる。軋むスプリング、マットレスにかかる重み、ゴソゴソとした音の後に訪れる温もり。緩く抱き締められて髪を指が梳いていく。気持ちがいい。穏やかで静かな空気が波のように身体を滑っていく。緩やかに過ぎていく時間はどこまでも続く夢と境目がなく、これまでもこれからもずっと、この場に在って失われていく。自分と世界の境界線も甘くほろ苦い空気に溶けていく。フィナーレへ向かってテンポを落としていく鼓動。このまま世界と調和していけたなら。
「ねえ、」
「なに?」
「いま、しあわせ?」
「しあわせだよ」
何を当たり前のことを、とでも言いたげな声音にくすりと笑いがもれた。乾いた喉がコホコホと音を立てる。
「今、おれ、なに色してる?」
能力の使い過ぎか、fortune故の特性か、俺の首筋に咲いていた百合の花は刻々と色と形を変え、首の片側にまで花びらが伸びていた。機嫌がよく穏やかな時、ポジティブな波動の時には深い藍色になり、精神的にダメージを受けたりネガティブな感情に支配された時には深紅に変わる、サーモグラフィと化した痣は今ではくすんだ黒みがかった色へと変わってしまった。
「夜の色だよ」
それをこの男は、美しい星を湛えた夜の空の色だと云う。皺に埋もれた染みのように成り果て、花としての寿命を使い果たした俺をまだ、愛しいと云う。
どうか神様、
俺のこれまでの努力を認めてくれるというなら、
この誰よりも美しく優しい男に、
抱えきれないほどの幸せを与えてやってください。
これからの人生が穏やかであたたかく、誰にも邪魔されずに好きな読書を楽しんだり、思索に耽ったり、毎日をのんびりと笑顔で過ごせるように。俺がいなくなった後でも。
悲しみに暮れたり、淋しくて眠れない夜が来たりしませんように。
俺のことを思い出さず、淡い記憶を胸にしまい込んで、
出来ることなら一日も早く忘れてくれますように。
当たり前の日常を今度こそ、過ごせますように。
俺と係わったせいで狂わされてしまった日々はもう取り返すことは出来ないけれど、これからの人生がこれまでより何倍も明るく楽しく希望に満ちたものになりますように。
この世界が、誰よりも愛しく美しいこの男にとって、
優しくあたたかなものでありますように。
おれはもうすぐ実在した花として散っていくけれど
おれが愛した男が世界中の誰よりも
誰よりも一番
しあわせになれますように。
「あ、色が変わった…」
そっと指が首筋に触れた。
薄く目を開けると、世界が金色に輝いていた。
初めてwaterをした日のように、部屋中を黄金色の粒子が埋め尽くしている。目映い光に目を細めながら、目の前の男の頬に手を伸ばす。
ああ、満ち足りた人生だった。
お前がいたから、俺はここにいる。
花として存在できたことは俺の誇り。
でも本当なら、お前のためだけに咲く花でありたかった。
世界はあまりにも美しくて果てしなくて終わりがなくて
こんなにも愛しいものだと教えてくれたのは、お前だった。
こんなにも人を愛せることを教えてくれたのも、
全部ぜんぶお前だったね。
「花、星みたいに光ってる」
うっとりと蕩けた声で俺を見つめる瞳。
愛してる。存在の全てでお前を愛してる。
「ねえ、」
「うん」
「あいしてるよ」
「俺も愛してるよ」
「ありがと」
「俺も、ありがとう」
神様、お願いだからどうか。
最期のワガママをきいてください。
「おやすみ」
「おやすみ」
次に目が醒めた時もきっと、
誰よりも愛しいこの人にまた、
巡り合えますように。
ーーーばいばい。
またね。
「ん?どうした?」
ベッドに横たわる俺の隣りで静かに本を捲っていた影に呼びかけると、柔らかな声が降ってきて、かさつき始めた手の甲に口唇がおとされた。
「眠いんだ」
「寝ていいよ。ここにいるから」
「一緒がいい」
「…いいよ」
衣擦れの音がして、重い目蓋に射す光の角度が変わる。軋むスプリング、マットレスにかかる重み、ゴソゴソとした音の後に訪れる温もり。緩く抱き締められて髪を指が梳いていく。気持ちがいい。穏やかで静かな空気が波のように身体を滑っていく。緩やかに過ぎていく時間はどこまでも続く夢と境目がなく、これまでもこれからもずっと、この場に在って失われていく。自分と世界の境界線も甘くほろ苦い空気に溶けていく。フィナーレへ向かってテンポを落としていく鼓動。このまま世界と調和していけたなら。
「ねえ、」
「なに?」
「いま、しあわせ?」
「しあわせだよ」
何を当たり前のことを、とでも言いたげな声音にくすりと笑いがもれた。乾いた喉がコホコホと音を立てる。
「今、おれ、なに色してる?」
能力の使い過ぎか、fortune故の特性か、俺の首筋に咲いていた百合の花は刻々と色と形を変え、首の片側にまで花びらが伸びていた。機嫌がよく穏やかな時、ポジティブな波動の時には深い藍色になり、精神的にダメージを受けたりネガティブな感情に支配された時には深紅に変わる、サーモグラフィと化した痣は今ではくすんだ黒みがかった色へと変わってしまった。
「夜の色だよ」
それをこの男は、美しい星を湛えた夜の空の色だと云う。皺に埋もれた染みのように成り果て、花としての寿命を使い果たした俺をまだ、愛しいと云う。
どうか神様、
俺のこれまでの努力を認めてくれるというなら、
この誰よりも美しく優しい男に、
抱えきれないほどの幸せを与えてやってください。
これからの人生が穏やかであたたかく、誰にも邪魔されずに好きな読書を楽しんだり、思索に耽ったり、毎日をのんびりと笑顔で過ごせるように。俺がいなくなった後でも。
悲しみに暮れたり、淋しくて眠れない夜が来たりしませんように。
俺のことを思い出さず、淡い記憶を胸にしまい込んで、
出来ることなら一日も早く忘れてくれますように。
当たり前の日常を今度こそ、過ごせますように。
俺と係わったせいで狂わされてしまった日々はもう取り返すことは出来ないけれど、これからの人生がこれまでより何倍も明るく楽しく希望に満ちたものになりますように。
この世界が、誰よりも愛しく美しいこの男にとって、
優しくあたたかなものでありますように。
おれはもうすぐ実在した花として散っていくけれど
おれが愛した男が世界中の誰よりも
誰よりも一番
しあわせになれますように。
「あ、色が変わった…」
そっと指が首筋に触れた。
薄く目を開けると、世界が金色に輝いていた。
初めてwaterをした日のように、部屋中を黄金色の粒子が埋め尽くしている。目映い光に目を細めながら、目の前の男の頬に手を伸ばす。
ああ、満ち足りた人生だった。
お前がいたから、俺はここにいる。
花として存在できたことは俺の誇り。
でも本当なら、お前のためだけに咲く花でありたかった。
世界はあまりにも美しくて果てしなくて終わりがなくて
こんなにも愛しいものだと教えてくれたのは、お前だった。
こんなにも人を愛せることを教えてくれたのも、
全部ぜんぶお前だったね。
「花、星みたいに光ってる」
うっとりと蕩けた声で俺を見つめる瞳。
愛してる。存在の全てでお前を愛してる。
「ねえ、」
「うん」
「あいしてるよ」
「俺も愛してるよ」
「ありがと」
「俺も、ありがとう」
神様、お願いだからどうか。
最期のワガママをきいてください。
「おやすみ」
「おやすみ」
次に目が醒めた時もきっと、
誰よりも愛しいこの人にまた、
巡り合えますように。
ーーーばいばい。
またね。
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