Fleurs existentielles

帯刀通

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悪役か ヒーローか

02

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懺悔を黙して聴く神職者の気持ちで、ただ耳を傾けるだけの俺に焦れた様子もなく、ぽつぽつと溢していく痛みと後悔と涙が床を濡らしていく。こんなに枯れても涙は尽きることがないなんて、俺もいつかそうなるのだろうか。止むことのない呟きが徐々に速度を落としていき、ついに枯れた時。

彼女は初めて小さく笑った。

「もう用済みよ、彼も私も。だから…熨斗つけてあげるわ。あなたがいなくなってから、彼、一度も笑ったことがなかった。仮面に貼り付けたみたいな薄笑いだけで、用事もない限り雑談さえしないの。心をどこかに置き忘れちゃったみたいに。知ってる?投薬用には血液を抜くの、それも頻繁に大量に。それでも泣き言ひとつ言わないのよ、あの人。waterもね、キスしかしてくれなかった」

今時の高校生の方がよっぽど進んでるわよ、と冗談めかして笑った彼女を初めて、可愛い人だと思った。浮かぶ雫には気づかない振りをした。

「結婚して、ってお願いした時も何て言ったと思う?『好きにしていいよ』ですって。分かる?あの人、私のことなんて一度も見ようとしなかった。向き合おうともしなかった。あの日、あなたと話した日のこと、覚えてる?」
「…ええ」
「あなたが席を立っていなくなってから、あの人泣いてたわ」
「…泣いた?アイツが?」

泣き顔なんて一度も見たことはなかった。

「静かにぴくりとも動かずに、ただただ涙が流れていったの。とても、綺麗だった。そして言ったの。あなたがいないなら意味がないって。生きてても意味がないんです、って。でも、その頃はもう私は彼に恋していたから私が何とかしますって、あなたを好きにさせてみせますって張り切ってたのよ」

バカね、と彼女は淋しく笑った。

「彼、言ったの。『最低限のwaterはするし、あなたの好きにしてくれて構わないけど愛せません』って。あなたじゃなきゃダメなんですって。結婚したってただの一度も抱いてはくれなかった」

信じられない言葉の洪水に呼吸ごと巻き込まれて頭に湿った砂でも詰め込まれたみたいに動かない。だって、あれ以来一度も声すらかけてはくれなかったのに。

「壊してしまったの、私が。愛し合う二人を引き裂くなんてお伽噺の悪い魔女みたいなことするから罰が当たったのね、きっと。どんなに潤しても枯れていく身体を見る度に思い知らされたわ、私じゃダメなんだって。でもあなたがflowerかもしれないって分かった時、初めて笑ったのよあの人。私には一度だって見せてくれなかったのに、あんな…あんなに幸せそうな顔…本当に敵わないって思ったわ」

彼女は手招きをすると、今にも折れそうな指先で目の前に屈む俺の頬を撫でた。

「…ごめんなさいね。死ぬ間際になって気がつくなんて本当にバカだけど…あなたからあの人を取り上げてごめんなさい。あなたに返すわ」

何が、云えただろう。奪うのも奪われるのもたくさんだと思って半ば乗り込んできたに近い厄介者を優しい声で慰めてくれるこの人に、何を云えるだろう。

初めて、彼女で良かったと思った。アイツをあずける相手が彼女であったからこそ、アイツは損なわれることなく今ここに在るんだと思ったら、胸がアツくなるほどの感謝の気持ちが込み上げてくる。じわっと温かい風が吹いた。

「有難う、ございました。あなたに託して良かったと、今なら思います」

小さくなってしまった手に、そっと触れるだけの手を重ねた。

「…お人好しも大概にしなさい。もう、二度と手を離しちゃダメよ」

約束ね、と差し出された小指に絡ませるには大きすぎる俺の指は今にも彼女を壊してしまいそうで、そっと両手で支えた手の甲に口づけた。

「幸せになってね」
「あなたもどうか、その…お元気で」
「あの人に伝えて、もう二度と会いたくないわって」
「…いいんですか」
「お別れはもう済ませてあるのよ。じゃあね」

彼女の流す涙が彼女自身を癒すことはないけれど、とても美しかった。清廉な白い花に浮かぶ朝露みたいに透徹した美しさがあった。

前言撤回。
彼女は、花だ。
美しい花そのものだった。



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