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コペルニクス的転回
02
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発症を確認してから丁度一週間後。
朝目が覚めたら妙にダルかった。熱でもあるのかと体温を測ってギョッとする、とても人間の体温とは思えない数値だった。35.2℃。念のため自分で全身をペタペタと触りまくってみても、まぁ冷たい。これはもうほぼ確定でflowerとしての体調不良だろう。
投薬しなきゃ。ノロノロと立ち上がり、常に持ち歩いている投薬器を手にベッドへと逆戻りする。ブレスレットをずらしてワンプッシュ、たったそれだけで後はしばらく安静にするだけで徐々に回復していくはずだ。
チクリとした刺激の後に妙に吐き気が込み上げてきて、軽く胃液だけを吐いた。舌の上の苦味と酸っぱさに顔をしかめて口をゆすぐ。冷蔵庫からペットボトルを取り出して、ベッドに飛び込む。たったこれだけの移動でハァハァと上がる息がうるさい。
携帯を持ち上げて今日の予定を確認して、時計とにらめっこしてから学生課に連絡をする。幾ら特例措置でペナルティ免除になるとはいえ、出席必須の授業の欠席連絡をしておかないと心証は悪くなる。誰にノートを借りようかと頭の中に友人たちの顔を思い浮かべながら眠りの底に引き摺られるように意識を閉じた。
久し振りにアイツの夢を見た。
悲しいのか嬉しいのかマーブル模様の気持ちは入り組んでいて自分ですら見失っている。声すらかけられない。見覚えのない広い公園、空は高く緑は鮮やかで風は清々しかった。小さな犬を抱えた子供がアイツに駆け寄る。抱きあげた横顔は幸せに蕩けていた。
ああ、良かった。俺は間違ってなかった。この手を離したからこそアイツはあんなにも幸せそうに笑えているんだから、俺の選択は正しかったんだ。そう思うことで随分慰められたのも事実で、何となく笑顔のまま目が覚めた。
手探りで携帯を探す。ロック画面には午後も随分過ぎた時間が表示されていた。え?おかしくないか。医師の説明ではせいぜい30分くらいで回復して通常通りに動けるはずだと聞いていたのに、何だか目覚めもスッキリしない。頭はぼんやりとしているし、気だるさは多少は抜けたものの全身を包む倦怠感の膜が剥がれない。まるで水の中を掻き分けて進むように周囲の空気が重くまとわりつく。力がみなぎるとは程遠い状態に首をかしげた。
まだ初回だからだろうか、不安を抱えたまま診察の際に渡された注意事項の用紙を熟読する。察するに体質に合わないのだろう。その場合は速やかに医師の診察を受けること、と書いてあるし、どうせ俺が無視していたところでチップから伝わる生体反応で体調不良は筒抜けだろう。またあの冷たい目をした管理官に連行されるよりは自ら足を向けた方がマシだと、病院へ向かう支度を始める。
大した病気ひとつしたことのない自分が何の因果かこんな身体になってしまった。咲くことのない花、近づけば匂いですぐにそれと知れるはずの運命の相手はきっと、俺には必要ない。アイツを失った時点で俺の人生はもう終わったと同義で、今はさしずめロスタイム、余生みたいなもんだ。
希望も願望もなく日々を過ごすだけだと思っていた未来にとんだ伏兵が潜んでいたわけだが、それだって大した意味はない。花だろうが草だろうが、人として生きて死ぬだけだ。周りより少し特殊なだけで、俺の人生にはもうドラマは必要ない。
億劫だと嫌がる身体を宥めすかしながら、いつも通りの気の抜けた格好で外に出る。さすがにしんどいからタクシーをつかまえて乗り込んだ。こういう時、政府支給のクレカはマジで便利すぎて有難い。次に目覚めた時にはこのしんどさが解消されてますように、と願いながら意識をシートに預けてまた目を閉じた。
病院で検査をした結果、やはり適合率が低すぎるので別のownerのwaterで試してみましょうと判断され、手元の投薬器(通称:ジョウロ)が回収されていく。ついでだからと軽い血液検査やらをされて俺についてのデータが収集されていくのを気だるさと吐き気の中で見守る。
「まぁ、何度か試してみれば落ち着きますから根気よくいきましょう」
元々の基礎体力はあるはずだから若いんだしすぐに回復しますよ、と何の慰めにもならないセリフと共に送り出される。まだフラつく足でそのまま研究室に顔を出し、ふわふわとしたままの一日を過ごした。
それから一週間、研究室で友人たちと話している時にまた同じ症状に襲われた俺は自分の足で研究棟に向かった。投薬の際はなるべく危険性の少ない休養が取れる場所で行えという注意書きを忠実に守った結果なわけだが、なんとそこで思ってもみないことが起きた。
担当医は不在だったため、問診なしでとりあえず簡易ベッドを提供され、前回変更したwaterでカチっと投薬したところ昏倒した。
朝目が覚めたら妙にダルかった。熱でもあるのかと体温を測ってギョッとする、とても人間の体温とは思えない数値だった。35.2℃。念のため自分で全身をペタペタと触りまくってみても、まぁ冷たい。これはもうほぼ確定でflowerとしての体調不良だろう。
投薬しなきゃ。ノロノロと立ち上がり、常に持ち歩いている投薬器を手にベッドへと逆戻りする。ブレスレットをずらしてワンプッシュ、たったそれだけで後はしばらく安静にするだけで徐々に回復していくはずだ。
チクリとした刺激の後に妙に吐き気が込み上げてきて、軽く胃液だけを吐いた。舌の上の苦味と酸っぱさに顔をしかめて口をゆすぐ。冷蔵庫からペットボトルを取り出して、ベッドに飛び込む。たったこれだけの移動でハァハァと上がる息がうるさい。
携帯を持ち上げて今日の予定を確認して、時計とにらめっこしてから学生課に連絡をする。幾ら特例措置でペナルティ免除になるとはいえ、出席必須の授業の欠席連絡をしておかないと心証は悪くなる。誰にノートを借りようかと頭の中に友人たちの顔を思い浮かべながら眠りの底に引き摺られるように意識を閉じた。
久し振りにアイツの夢を見た。
悲しいのか嬉しいのかマーブル模様の気持ちは入り組んでいて自分ですら見失っている。声すらかけられない。見覚えのない広い公園、空は高く緑は鮮やかで風は清々しかった。小さな犬を抱えた子供がアイツに駆け寄る。抱きあげた横顔は幸せに蕩けていた。
ああ、良かった。俺は間違ってなかった。この手を離したからこそアイツはあんなにも幸せそうに笑えているんだから、俺の選択は正しかったんだ。そう思うことで随分慰められたのも事実で、何となく笑顔のまま目が覚めた。
手探りで携帯を探す。ロック画面には午後も随分過ぎた時間が表示されていた。え?おかしくないか。医師の説明ではせいぜい30分くらいで回復して通常通りに動けるはずだと聞いていたのに、何だか目覚めもスッキリしない。頭はぼんやりとしているし、気だるさは多少は抜けたものの全身を包む倦怠感の膜が剥がれない。まるで水の中を掻き分けて進むように周囲の空気が重くまとわりつく。力がみなぎるとは程遠い状態に首をかしげた。
まだ初回だからだろうか、不安を抱えたまま診察の際に渡された注意事項の用紙を熟読する。察するに体質に合わないのだろう。その場合は速やかに医師の診察を受けること、と書いてあるし、どうせ俺が無視していたところでチップから伝わる生体反応で体調不良は筒抜けだろう。またあの冷たい目をした管理官に連行されるよりは自ら足を向けた方がマシだと、病院へ向かう支度を始める。
大した病気ひとつしたことのない自分が何の因果かこんな身体になってしまった。咲くことのない花、近づけば匂いですぐにそれと知れるはずの運命の相手はきっと、俺には必要ない。アイツを失った時点で俺の人生はもう終わったと同義で、今はさしずめロスタイム、余生みたいなもんだ。
希望も願望もなく日々を過ごすだけだと思っていた未来にとんだ伏兵が潜んでいたわけだが、それだって大した意味はない。花だろうが草だろうが、人として生きて死ぬだけだ。周りより少し特殊なだけで、俺の人生にはもうドラマは必要ない。
億劫だと嫌がる身体を宥めすかしながら、いつも通りの気の抜けた格好で外に出る。さすがにしんどいからタクシーをつかまえて乗り込んだ。こういう時、政府支給のクレカはマジで便利すぎて有難い。次に目覚めた時にはこのしんどさが解消されてますように、と願いながら意識をシートに預けてまた目を閉じた。
病院で検査をした結果、やはり適合率が低すぎるので別のownerのwaterで試してみましょうと判断され、手元の投薬器(通称:ジョウロ)が回収されていく。ついでだからと軽い血液検査やらをされて俺についてのデータが収集されていくのを気だるさと吐き気の中で見守る。
「まぁ、何度か試してみれば落ち着きますから根気よくいきましょう」
元々の基礎体力はあるはずだから若いんだしすぐに回復しますよ、と何の慰めにもならないセリフと共に送り出される。まだフラつく足でそのまま研究室に顔を出し、ふわふわとしたままの一日を過ごした。
それから一週間、研究室で友人たちと話している時にまた同じ症状に襲われた俺は自分の足で研究棟に向かった。投薬の際はなるべく危険性の少ない休養が取れる場所で行えという注意書きを忠実に守った結果なわけだが、なんとそこで思ってもみないことが起きた。
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