生贄の姫と黄昏の国

宵待 ふた

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◇Prologue

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とある国で、大飢饉が起こった。

ある場所では水は干上がり、
またある場所では一ヶ月以上雨が降り続けた。


民は言う。
「このままだと飢えて死んでしまう」

学者は言う。
「こんな異常気象は有り得ない」

司教は言う。
「これは神罰である」


そして、追い詰められた王は言った。


──我が娘、ティアシェを神に捧げる、と。




****






ざざん、と寄せては返す波。

その音はゆったりとしていて、もし今ではなかったなら心癒される音色となっただろうに。
今は……どうしようもなく耳を塞ぎたい衝動に駆られる。

───真下には、青く、深い海が広がっている。




ルシフェン王国第三王女。
ティアシェ・ルシフェンは今からその身を神に捧げる。
……字面だけを見れば、光栄なことなのかもしれない。

長く続く飢饉が終わるようにと、いるのかすらも分からない神に頼って、海に飛び込んで死ににいくだけなのに。


手が冷たい。足が震える。からだが、進みたくないと訴える。
そんな状態なのにも関わらす、薄いベールの奥で青白くなった唇がふわりと上がって。

結婚式で着るような真っ白なドレスを身に纏い、淡い微笑みを浮かべる。


『王族は、何があっても微笑みを忘れてはいけない』


幼い時から呪詛の様に言われてきたそれは、死ぬ間際になっても拭えないらしい。



「神よ、我が国の姫を捧げます。どうか、ご慈悲を」


遠くで流れる神を称える歌に合わせて、司祭が空に向かって何かを唱える。


そして。

震える足で空中に一歩、踏み出した。重力に逆らわず落ちて。目の前が青一色になる。


気付いたら、息が出来なくなっていた。
息が出来なくて、口を開けばゴポリと塩辛い海水が入ってくる。

身体がだんだん沈んでいくのが分かる。

あぁ、自分は死ぬのだと、薄れゆく景色の中で思う。


でも、もう少し。もう少しだけ、長生きしたかった。


苦しい。痛い。嫌だ。


「──死にたくない」



ぶつん、とそこで意識は途絶えた。

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