眠る呪いの王子様に解呪の口付けをしたらお城に連れて行かれてしまいました

石月 和花

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20. 月の加護の魔法2

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「終わりましたわ。」
「これで終わりなんですか?特段何か変わったとはとても思えないのだが……」
アイリスがそう告げてルカスの手を離すと、彼は怪訝そうな顔で彼女を見返した。

月の加護の魔法は、発光したり、熱くなったり、目に見える効果がある訳ではなかった。時間にして二、三分の、読経のように古語の詩の一片を読み上げているだけに思えたのだ。

「魔法なんてそんなものですわ。効果が発揮されなければ目に見えないのですから。」
「ふむ……。つまり、誰かに攻撃されてみるまで分からないって事か……。よし、カーリクス、試しに私を殴ってくれ。」
「え?俺が?!」
「そうだ。お前が適任だろう。遠慮なくやってくれて構わない。」
ルカスからの突然の申し出に、指名されたカーリクスはもちろん、アイリスも慌てた。

「えっ……あっ……、ちょっと待ってください!悪意のない攻撃は、跳ね返さないのでただの殴られるだけになりますよ!!」
「殴る行為自体が悪意にならないのですか?」
「普通はそうですけど、お二人は同僚同士で仲もよろしそうなので、魔法が発動しない可能性が……」
ましてや、殴られる側がお願いして殴ってもらう状況なのだ。月の加護が発動しない可能性の方が高かったので、アイリスは無駄ないざこざが起こる前にその行動を止めたのだが、このアイリスの忠告に予想外にカーリクスが驚きの声を上げたのだった。

「えっ?!アイリス様には俺とルカスが仲良さそうに見えるんですか?!!」
「えっ?違うんですか??だって、いつも一緒に居るじゃないですか。」
「それは仕事が一緒だからであって……」
「それでしたら殴っても平気かしら……?でも、付き合いの長い間柄だし……」

「とりあえず、何でもいいから、誰か早く殴ってくれないだろうか?」
アイリスとカーリクスとで話が脱線して魔法の確認が中々に進まないことに痺れを切らしたルカスは、若干不機嫌そうな声を上げて、主張を伝えた。
本当に誰でもいいから、早く殴って欲しかったのだ。

そんな三人のやりとりを見兼ねて、スッとレナードが手を挙げた。
「よし、それじゃあ私が……」
「「「殿下はダメです!!!」」」
噛み合っていなかった三人だったが、ここだけは意見は揺るぎなく一致した。レナードがルカスに悪意を持ってるとは思えないので、もし殴りかかっても魔法が発動するとは思えないが、万が一魔法が発動したら攻撃が跳ね返ってくるのだ。そんな危険なことをレナードにはやらせられなかった。

混沌としてきたこのやり取りに、アイリスは深いため息をつくと、仕方ないので自分がルカスに攻撃するその役目を担うと手を上げたのだった。

「分かりました。私がやります。私ならルカス様には色々と腹を立てていますし、丁度良く検証出来るでしょう。」

とは言え、か弱い伯爵令嬢のアイリスは、人を殴ったことも無ければ、殴り方も知らなかったので、どうしたら良いのか分からず直ぐには動けなかった。
迷った末に彼女は、身に纏っていた黒いローブを脱いで噴水の水を吸わせると、重くなったローブを力一杯ルカス目掛けて投げつけたのだった。
出会ってから今までの鬱憤をたっぷりとローブにのせて。

「きゃっ!!!」

宙を舞ったローブは、ルカスの目の前でぴたりと止まると、見えない力によって弾き返されて、そのままアイリスに覆い被さったのだった。

「アイリス嬢!大丈夫か?!」
「大丈夫です。濡れただけですわ。」

水をたっぷり吸ったローブが直撃し、アイリスの服はぐっしょりと濡れてしまっていた。けれども、ローブを投げつけられた方のルカスは、一切濡れることなく、平然とその場に立ったままでいられたのだった。

「……なるほど。このような心強い魔法が存在するのですね。」
その力を目の当たりにして、理屈っぽいルカスもアイリスの魔法の有益性を認めざるを得なかった。

「はい。けれども最初に申しました通り、この魔法は一度しか防げませんので、あまり役に立つかは分からないですが、気休めにはなるかと思います。」
「いや、充分だよ。有難うアイリス嬢。それで、月の加護の魔法を、私にもかけてもらえるかな?」
「はい、かしこまりました。」

そう言ってレナードは両手をアイリスに差し出したので、アイリスは恭しくその両手に包み込むように、そっと触れた。

先程は相手がルカスであったこともあり、全く意識しなかったのだが、異性の手を握るなどという行為をするのは初めてで、意識してしまうとなんだか少し恥ずかしかった。

アイリスはそれでも意識を集中させて、レナードを握る手に少し力を込めると、先程と同じように、聞き慣れない言葉の詩を読み上げたのだった。

ルカスの手を握った時に比べると、少し緊張したのは、彼が王族だからだろうか。それとももっと別の感情だろうか。今はまだ、アイリスにはそれは分からなかった。
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