上 下
32 / 115

30. 一日の終わりに

しおりを挟む
「やれやれ、にゃんだか騒がしかったにゃぁ。」

 ザイルード兄妹が帰ると、今まで隠れていたミッケがひょっこりと顔を出した。

「ミッケ、お前居たのか?!」
「居たのかって酷いにゃ!我はずっとこの部屋に居たにゃ。」

 そうなのだ。ミッケは下からは見えないけれども棚の上にずっと居て、一連の会話をしっかりと聞いて居たのだ。

「ティオはフィオンにもフィオネにもティニャにも、言われっぱなしだったにゃあ。」

 高みの見物だったミッケは、一連のやり取りを掘り返して、ティルミオを揶揄うように彼の周りをぐるぐると歩いた。

「う……悔しいが返す言葉がない……」

 それからミッケはティティルナに擦り寄って、彼女の機嫌も確認した。

「ティニャも、随分と不満が溜まってたんだにゃ。言いたい事言って、スッキリしたかにゃ?」
「うん。まぁ本当のところ別にそこまで怒っては無かったんだけどね。あの場をどうにかしなきゃいけなかったし、良い機会だから言っちゃった。」

 ティティルナはそう言って、てへっと笑った。その様子は本当にもう全然怒っていないのだ。そんな彼女の笑った顔を見て、ミッケは安心したのだが、しかし、ティルミオはどうしても解せなかった。
 彼は妹が本当に不満を溜め込んで爆発したとばかり思っていたからだ。

「えっそうなの?!お前アレで怒ってなかったのか?!」
「そこまではね。あ、でも不満を持ってたのは本当だし約束はしたんだから、コレからはちゃんとしてよね?」
「……あぁ、分かったよ。」

 ティルミオはどこか釈然としなかったが、ここは素直にティティルナの言う事に頷くと、彼女はとても嬉しそうにニッコリ笑って「絶対だよ」と念を押したのだった。

 どうやら妹に完全に手玉に取られていたことが分かると、ティルミオは、大きく息を吐くとまるで脱力したかのように、どかっとソファに座り込んでしまった。

 あんなに色々とダメ出しをされて、密かに本気で凹んでいたりもしたのだが、妹がそこまで本気で怒っていないと分かると、なんだか急に、どっと疲れが襲ってきたのだ。

「にしてもなんか疲れたな……本当に今日は色々ありすぎたよ……」

 朝一番に役人と話し合いをして、お店をよろず屋として新装開店して、無銭飲食とティナの魔力切れ騒動があって、そしてザイルード兄妹とのあのやり取りだ。一日の中に起こる出来事としては多すぎだった。

「これくらいで疲れるだにゃんて、ニンゲンは弱いにゃぁ」
「働いてない猫は黙っててくださーい。」
「にゃんだと?!我の勇姿を忘れたにゃ?!」

 まるで働いていないかのように言われて、ミッケは心外だと言わんばかりに爪を見せて抗議の声を上げた。この爪で不届き者な若者に一撃をお見舞いしてやったのだから立派に働いていたのだ。

「まぁまぁ、ミッケも、お兄ちゃんも、私もみんな良くやりました。疲れたけども……でも、お客さんも来てくれたし、とても良いスタートだったんじゃないかしら。」

 またしても言い争いになりそうになっているミッケとティルミオを宥めるように仲裁に入ると、ティティルナはミッケを膝の上に抱えながら兄の横に腰を下ろした。

「そうだな。パン、全部売れたもんな。」
「うん。バターも大当たりだった。パンもバターも明日はもう少し増やせると良いんだけどね。」

 そう言ってティティルナは膝の上のミッケを優しく撫でながら、隣に座る兄にもたれ掛かった。

 すると、ティルミオは心配そうな顔をしてティティルナの顔をマジマジと見つめると、改めて妹に念を押したのだった。

「お前、もう本当に無理はするなよ……?」

 ティティルナは既に二度も魔力切れを起こしているのだ。兄として頑張ろうとする妹を心配するのは当然だった。

「うん、分かってる。流石に三度目はない……と、思いたい。」
「そこは言い切ろうよ!」
「う……でも自分じゃ分からないんだもん。……とりあえず、今度からミッケの言うことは大人しく聞く事にするから。」
「任せるにゃ!ティニャが無理しないように、今度こそしっかり見張るにゃ!」

 どこか危なげなティティルナをフォローするように、彼女の膝の上のミッケは胸を張って答えた。そしてそんな頼もしい返答に、ティルミオも目を細めながら「頼んだぞ」とミッケの頭を撫でたのだった。

 こうして、二人と一匹は穏やかに明日からの新たな決意を確かめ合ったのだが、しかし、話が綺麗に纏まったと思いきや、実はまだ、悩みの種が残っていた。


「で、問題はコレなんだよな……」

 そう言うティルミオの目線の先には紙の束が鎮座して居た。用意した商品の中で、コレだけは売れなかったのだ。

「うん……今日来たお客さん、紙には見向きもしなかったよ……」

 元がパン屋で、よろず屋に変更したからといって、お客さんはパンを買いに来ているのだ。売れなくて当然である。

 元手がタダだから売れればパンよりも簡単に利益が出るのだが、しかし、売れなかったら意味が無いのだ。

 兄妹は思わぬ誤算に頭を抱えた。

「お兄ちゃん、どうするのコレ?」
「まぁ、食べ物と違って時間が経っても平気な物だから、とりあえず、毎日値段を下げて行って売れるまで粘ろう。」
「そうだね。原価がかかってないからどんなに安くても売れさえすれば儲けが出るもんね!」

 しかし、この判断が良く無かった事を兄妹は後々思い知るのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

男爵令嬢のまったり節約ごはん

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
ファンタジー
旧題:【美味しい】男爵令嬢のまったり節約ごはん! 〜婚約破棄したのに戻ってこいなんて、お断りです。貴族の地位?いらないのでお野菜くださいな? 書籍化決定! レジーナ文庫さんより12月下旬発売予定です。 男爵令嬢のアメリア・ローズベリーは、長年の婚約者であった伯爵令息のスペンス・グレイに突然の婚約破棄を突きつけられた。 さんざん待たされた上の婚約破棄だった。 どうやらスペンスは、数年前からメイドとできていたらしい。 結婚適齢期をとうに過ぎていたアメリア。もう貰い手もない。 あまりお金のない弱小貴族である実家・ローズベリー家のためもあり、形式上の婚約に、これまでは耐えてきたが…………。 もう我慢の限界だった。 好きなことをして生きようと決めた彼女は、結婚を諦め、夢だった料理屋をオープンする。 彼女には特殊な精霊獣を召喚する力があり、 その精霊獣は【調味料生成】という特殊魔法を使うことができたのだ! その精霊は異世界にも精通しており、アメリアは現代日本の料理まで作ることができた(唐揚げ美味しい)。 そんな彼女がオープンした店のコンセプトは、風変わりではあるが『節約』!  アメリアは貧乏な実家で培ってきた節約術で、さまざまな人の舌と心を虜にしていく。 庶民として、貴族であったことは隠して穏やかに暮らしたいアメリア。 しかし彼女のそんな思いとは裏腹に、店の前で倒れていたところを助けた相手は辺境伯様で……。 見目麗しい彼は、アメリアを溺愛しはじめる。 そんな彼を中心に、時に愉快なお客様たちを巻き込みながら、アメリアは料理道に邁進するのだった(唐揚げ美味しい) ※ スペンスsideのお話も、間隔は空きますが続きます。引き続きブクマしていただければ嬉しいです。 ♢♢♢ 2021/8/4〜8/7 HOTランキング1位! 2021/8/4〜8/9 ファンタジーランキング1位! ありがとうございます! 同じ名前のヒーローとヒロインで書いてる人がいるようですが、特に関係はありませんのでよろしくお願い申し上げます。

さようなら、元旦那様。早く家から出ていってくださいな?

水垣するめ
恋愛
ある日、突然夫のカイル・グラントが離婚状を叩きつけてきた。 理由は「君への愛が尽きたから」だそうだ。 しかし、私は知っていた。 カイルが離婚する本当の理由は、「夫婦の財産は全て共有」という法を悪用して、私のモーガン家のお金を使い尽くしたので、逃げようとしているためだ。 当然逃がすつもりもない。 なので私はカイルの弱点を掴むことにして……。

処理中です...