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14. オデールの心配
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一ヶ月後に税金を全て納められなければ、この店は差し押さえられる。
オデールは念押しする様に忠告を伝えると、それから少しだけ優しい顔になって、兄妹に向けて、自分の想いを語った。
「まぁ、実は私もここのパンのファンでしたからね。子供の頃、買い物に一緒についていくと、焼き立てのここのパンがいい匂いがしていて、いつも強請って買って貰って居ました。……あの思い出の味が受け継がれていくのなら、それは喜ばしい事です。」
オデールは子供の頃を懐かしむ様に目を細めた。
大人になってからもこちらのパンは日常的に買って食べては居たが、パンとの思い出が結びつくのは、幼い頃に食べたふんわりとしてほのかに甘い丸のパンの記憶なのだ。
そんな彼の自分語りを、ティルミオもティティルナも、両親のパンが褒められたと嬉しそうに聞いて居て、そして気がつくといつの間にかミッケも兄妹が居る場所の側の棚の上に移動して居て、寝たフリをしつつ耳をピクピクと動かして会話を盗み聞いているのだった。
「あの、分量さえ間違えなければ、お父さんとお母さんのパンは再現できるから!だから役人さんの思い出の味もこのお店も、私が守ります!」
彼の思い出話を聞いて、オデールがうちのパンをそんなにも大切に思ってくれて居たことに感極まったティティルナは、思わず涙ぐみながら高らかに宣言した。
両親のパンをもう一度食べたいと思っている人が、自分たち以外にも居るのだと分かって、彼女はやる気に満ちて居たのだ。
すると、そんなティティルナの力強い言葉に、オデールは少し微笑むと、彼女を傷つけない様に慎重に言葉を選んで、戒めの言葉を伝えたのだった。
「頼もしい宣言ですね、期待しています。けれども、無理だけはしないで下さいね。まだ若い貴方たちが、借金に苦しむ姿は大人として見て見ぬ振りは出来ないのです。」
そう言うとオデールは、心配そうに兄妹たちを見遣った。
目の前にいるこの子たちは、失敗する事を恐れて居ないのか、それとも全くその可能性を考えて居ないのか、兎に角オデールの目にはこの兄妹が危うく見えたのだ。
だから彼は、優しく穏やかな口調で、厳しくも現実的な忠告を続けた。
「どうしても立ち行かなくなった時は、この店を手放す決断も必要ですよ。思い出は大事かもしれませんが、今の、そしてこれからの貴方たちの暮らしの方がずっと大切なんですよ。それを忘れないで下さい。」
役人として来ている以上、この兄妹に個人的に同情していたとしても、あまり肩入れも出来ないし、無理強いする事も出来ない。これくらいの助言が、オデールが出来るギリギリの所だった。
そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、ティルミオはオデールの目を真っ直ぐに見て、元気よく、ハッキリと答えた。
「はい。俺たちの事、親身に心配してくれて有難うございます。大丈夫です。妹と二人で絶対に一ヶ月後に税金を納めてみせますから!」
彼の横では妹も、大きくうんうんと頷いていて、この兄妹の覚悟の程は本気だとオデールにも十分伝わったのであった。
「……分かりました。見守りましょう。役職上貴方たちを贔屓する訳にはいきませんが、でも、それでも困った事があったら頼ってください。私個人で、出来る範囲で力になりますからね。」
「はい、有難うございます!」
ティルミオのやる気溢れる返事だけではオデールの懸念は消え無かったが、キラキラと希望に満ちているというか、一ヶ月後に全額税金を納められると信じて全く疑って居ないこの兄妹に、これ以上は水を差すのは忍びなかったので、オデールはこれ以上の小言は飲み込んだ。
もしも本当にこの兄妹が立ち行かなくなったら、その時は担当役人として、自分が彼らを助けてあげれば良いのだと人知れず決意して、オデールは彼らのやり方を見守ることにしたのだった。
オデールは念押しする様に忠告を伝えると、それから少しだけ優しい顔になって、兄妹に向けて、自分の想いを語った。
「まぁ、実は私もここのパンのファンでしたからね。子供の頃、買い物に一緒についていくと、焼き立てのここのパンがいい匂いがしていて、いつも強請って買って貰って居ました。……あの思い出の味が受け継がれていくのなら、それは喜ばしい事です。」
オデールは子供の頃を懐かしむ様に目を細めた。
大人になってからもこちらのパンは日常的に買って食べては居たが、パンとの思い出が結びつくのは、幼い頃に食べたふんわりとしてほのかに甘い丸のパンの記憶なのだ。
そんな彼の自分語りを、ティルミオもティティルナも、両親のパンが褒められたと嬉しそうに聞いて居て、そして気がつくといつの間にかミッケも兄妹が居る場所の側の棚の上に移動して居て、寝たフリをしつつ耳をピクピクと動かして会話を盗み聞いているのだった。
「あの、分量さえ間違えなければ、お父さんとお母さんのパンは再現できるから!だから役人さんの思い出の味もこのお店も、私が守ります!」
彼の思い出話を聞いて、オデールがうちのパンをそんなにも大切に思ってくれて居たことに感極まったティティルナは、思わず涙ぐみながら高らかに宣言した。
両親のパンをもう一度食べたいと思っている人が、自分たち以外にも居るのだと分かって、彼女はやる気に満ちて居たのだ。
すると、そんなティティルナの力強い言葉に、オデールは少し微笑むと、彼女を傷つけない様に慎重に言葉を選んで、戒めの言葉を伝えたのだった。
「頼もしい宣言ですね、期待しています。けれども、無理だけはしないで下さいね。まだ若い貴方たちが、借金に苦しむ姿は大人として見て見ぬ振りは出来ないのです。」
そう言うとオデールは、心配そうに兄妹たちを見遣った。
目の前にいるこの子たちは、失敗する事を恐れて居ないのか、それとも全くその可能性を考えて居ないのか、兎に角オデールの目にはこの兄妹が危うく見えたのだ。
だから彼は、優しく穏やかな口調で、厳しくも現実的な忠告を続けた。
「どうしても立ち行かなくなった時は、この店を手放す決断も必要ですよ。思い出は大事かもしれませんが、今の、そしてこれからの貴方たちの暮らしの方がずっと大切なんですよ。それを忘れないで下さい。」
役人として来ている以上、この兄妹に個人的に同情していたとしても、あまり肩入れも出来ないし、無理強いする事も出来ない。これくらいの助言が、オデールが出来るギリギリの所だった。
そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、ティルミオはオデールの目を真っ直ぐに見て、元気よく、ハッキリと答えた。
「はい。俺たちの事、親身に心配してくれて有難うございます。大丈夫です。妹と二人で絶対に一ヶ月後に税金を納めてみせますから!」
彼の横では妹も、大きくうんうんと頷いていて、この兄妹の覚悟の程は本気だとオデールにも十分伝わったのであった。
「……分かりました。見守りましょう。役職上貴方たちを贔屓する訳にはいきませんが、でも、それでも困った事があったら頼ってください。私個人で、出来る範囲で力になりますからね。」
「はい、有難うございます!」
ティルミオのやる気溢れる返事だけではオデールの懸念は消え無かったが、キラキラと希望に満ちているというか、一ヶ月後に全額税金を納められると信じて全く疑って居ないこの兄妹に、これ以上は水を差すのは忍びなかったので、オデールはこれ以上の小言は飲み込んだ。
もしも本当にこの兄妹が立ち行かなくなったら、その時は担当役人として、自分が彼らを助けてあげれば良いのだと人知れず決意して、オデールは彼らのやり方を見守ることにしたのだった。
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