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閑話. ミッケの約束
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このお話は、100年前のミッケの話です。猫が可哀想な目に遭う描写があります。苦手な人はこのお話を読むのを止めて、次にアップする ミッケの約束(簡易版)をお読み下さい。
———
高位なる存在といっても、始まりは存在する。人間で言う所の幼年期だ。
大体今から百年前、我に自我が芽生えた。我の誕生である。この時はまだ、我に肉体は無い。我は自我のあるエネルギーの塊として、漂い、そこで暮らしている生き物たちから世の中の理を吸収していった。我ら高位生物は、そうやって学習し成長して行くのだ。
そして、アイツと出会ったのは我が生まれてから10年程の事だった……
「にゃあーーーん」
そいつは、常に機嫌が良く喉を鳴らしていた。お気に入りの場所なのだろうか、南向きの大きな出窓でいつも悠々と幸せそうに微睡んで居たんだ。
忙しなく働く人間とは違い、何をするでもなく、ただ同じ場所で窓の外を眺めているその姿に、我はほんの少しだけ興味を持ったのだった。
あの日アイツに話しかけたのは本当に気まぐれだったんだ。
「お主、毎日同じ場所で一体何をしているのだ?」
急に話しかけられて、アイツは耳をピクピクさせて、辺りをキョロキョロと見回した。しかし、当然ながら実態のない我の姿は見えるはずはない。
「誰?ミッケに話しかけるのは一体誰にゃ?」
「誰?誰とは何だ?我は我だぞ。」
姿の見えない筈の我に、そいつは臆する事なく話しかけてきた。
「名前はなんて言うにゃ?ミッケはミッケだにゃ。リナちゃんが付けてくれたんだにゃ。」
「我に名前なぞ無い。そんな物は我には不要だ。我の名を呼ぶ者なぞ居ない。」
「じゃあ、僕が呼んであげるよ!何て呼んだらいい?」
「好きに呼べばいい。」
それからそいつは、我のことを”ワレ君”と呼び始めた。我は、最初はほんの暇つぶしに話しかけただけであったが、我に全く怯える事なく、楽しそうに話しかけてくるソイツに、我は気付くと毎日話しかけていたのだった。
「お前は毎日そこに居るな?飽きないのか?」
「飽きにゃいにゃ。それに今日はネズミを捕まえたんだぞ、仕事をしたにゃ!」
また別の日も、同じような会話をした。
「相変わらず、今日も暇そうだな。」
「そんにゃことにゃいにゃ!さっきまでパパさんに叱られて泣いていたリナちゃんを慰めるのに忙しかったにゃ!」
そんな風に、我らは代わり映えのない毎日の中で交流を続けていた。実に刺激のない毎日であったが、不思議と嫌では無かった。
けれども我は、これもまた一時の気まぐれであったのだが、この窓の中に囚われている小さき生き物を、外の世界に連れ出したくなってしまった。それがきっと、ミッケを喜ばす事だと思ったのだ。
「なぁ、お前はずっとそこに居るな。外に出たいと思わないのか?」
「そりゃ、ちょっとは興味あるにゃ。この窓のから見えない所はどうなってるんだろうって思うにゃ。でも、窓は開かないから無理にゃ。」
「我が連れ出してやろうか?」
「えっ……?」
我は少し力を込めて念じると、窓の鍵をガチャンと外してやった。
「ほら、これで外に出れるぞ。」
そうして我の言葉にミッケは恐る恐る窓を押し開けると、外の風に触れたのだった。
「これが外の世界……」
「ほら、ボサッとしてないで、飼い主に見つからないうちにさっさと行くぞ!」
こうして、我はミッケを外の世界へと連れ出した。ほんの、散歩のつもりだった。
「凄い……凄いにゃ。天井がにゃい……」
「外の世界には天井は無い。上に広がっているのは、空だ。」
「ねぇ、ワレ君!あれは何?!今、飛び跳ねたよ!」
「アレはバッタだ。お前より小さき生き物だ。」
外の世界にはキラキラと目を輝かせて喜んでいるミッケを見て、我はつい、良い気になっていた。こんなに喜んでいるミッケの姿を見て、我はなんて良い事をしたのだとこの時は本当にそう思っていたのだ。
僅か数分後に、その考えは一変してしまうのに。
「あれは何にゃ?ミッケよりも、ニンゲンよりも大きいにゃ!」
「アレは馬と言ってな……」
馬に興味を惹かれたミッケは、トコトコと無邪気に、走っている馬車の前に飛び出したのだ。
けれども我は気付かなかった。それがどんなに危険な行動であるかを。
我は自分に肉体が無いから、馬車に跳ねられたら、肉体は動かなくなってしまうことを知らなかったのだ。
急に飛び出してきた猫を、行者は慌てて避けようとしたが間に合わなかった。
ミッケの小さな身体は、馬に蹴られて大きく弧を描いて吹き飛ばされて、地面に強く叩きつけられたのだった。
「ミッケ……?」
「にゃ……にぁぁ……痛い、痛いにゃあ……動けないにゃぁ……」
ミッケはその場で横たわったまま、ぐったりとした身体で懸命に手足を動かしていた。
「ワレ君、おねがいにゃ……ミッケを、お家に帰して……リナちゃんに、会いたいにゃ……」
ミッケはか細い声でみゃあ、みゃあと鳴きながら、懸命にもがいていたが、しかしその声も、動きも、次第に小さくなっていった。
このままだとこの小さき生き物の命の灯が消えてしまう。そんなのは嫌であった。
この時我は、初めて下等生物に高等な我の特別な力を使ったのだった。
「にゃ……?痛くにゃいにゃ。」
ミッケは急に痛くなくなった身体でビックリして飛び起きると、自分の身体を見ようとその場でクルクルと回った。
そんな事をしても自分の全身を見るなんて事は無理なのに、何をやっているのかと、我は呆れながら声をかけたのだった。
(我がお前の肉体の中に入ったから、お前の肉体は普通の猫では無くなったにゃ。これで家に帰れるんだから、感謝するんだにゃ。)
「ワレ君??!」
そう、ミッケを助ける唯一の方法、それは我がミッケと一つになる事だった。
それから暫くは、この奇妙な共同生活を続けた。
我はミッケの中に入り、飼い猫としてカーステン家の生活に馴染んでいった。退屈そうに見えた、窓の前のお気に入りの場所で外を眺めるだけの生活も、いざやってみると、この穏やかな時間は悪くは無かった。
そして一緒に過ごすうちに、我はすっかり、ミッケにもカーステン家の家族にも情が湧いていた。このままずっと一緒に居たいと思ったのだ。
けれども、その願いは叶わなかった。
高位なる我の魂との共存は、普通の猫ミッケには耐えられなかったのだ。次第に、ミッケの魂が弱まっていったのである。
「ねぇ、ワレ君。多分ミッケの魂はもう直ぐ天に召されるにゃ。そうなったら、君は自由だにゃ。でもね、これはミッケのわがままにゃんだけど、君はミッケの代わりに、ずっとこの家で、リナちゃんの側に居てくれにゃいかにゃ?」
(我は高位なる生物にゃんだぞ?!下等生物のお前の言う事なんて聞く訳にゃいだろう?!)
「ふふ、ワレ君ならそう言うと思ったよ。でもミッケは知ってるにゃ。ワレ君は優しいから絶対に約束守ってくれるにゃ。」
(そんにゃことにゃいにゃ!我は傲慢で全然優しくなんてにゃいにゃ!!)
けれど、ミッケに返事は無かった。
「ミッケ?ミッケ!!にゃんとか言うにゃ!!返事するにゃ!!」
この会話を最後に、ミッケの魂は天へと還ったのだった。
***
「……なぁミッケ、我はちゃんと約束守ってるにゃ。リナだけじゃなく、その子供も、孫も、そしてひ孫の事も、見守ってるにゃ。」
ミッケはティルミオとティティルナ兄妹が寝静まった家の中で、ミッケがお気に入りだった場所で窓の外を見ながら呟いた。
「今回はちょっと大変そうだけれども、でも大丈夫にゃ。お前が大事にしていた物は、我が絶対に守ってやるにゃ。」
穏やかな顔で呟くそのようなミッケの思いを、ティルミオもティティルナも知る由もなかった。
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