上 下
7 / 116

7. 第一回カーステン家会議

しおりを挟む
 暫くの間ティルミオは、泣きじゃくるティティルナの背中を、彼女が落ち着くようにと優しく摩り続けた。

「ティニャ、泣かにゃいで。我が居るにゃ!ティオも居るにゃ!」

 ミッケもオロオロと忙しなくティティルナの前を行ったり来たりして、その身体を擦り付けたり、手の甲をペロペロしたり、猫らしく彼女を慰めようとした。

 こうして、一人と一匹で懸命にティティルナを慰めて、やっと彼女は落ち着きを取り戻したのだった。

「……うん、有り難うお兄ちゃん、ミッケ。ちょっと寂しくなっちゃっただけだよ。もう大丈夫。しっかりするよ。」
「……無理しなくていいんだぞ。」
「ううん、大丈夫。お父さんもお母さんももう居ないんだもん……これからは、二人で頑張らないとね。」
 
 ティティルナは涙を拭って前を向いた。しかし、そんな彼女の決意表明に、抗議の声が上がったのだった。

「我も居るにゃっ!!」

 数にカウントされなかったミッケが、不服だとばかりに不機嫌な声を上げたのだ。

「ごめんごめん、そうだね。二人と一匹で頑張ろうね。」

 ティティルナは拗ねているミッケを抱き上げて頬擦りすると、改めて決意を言い直してふわりと柔らかく笑った。

 両親を失った悲しみは勿論まだ胸に残るけれども、この二人と一匹ならきっとその悲しみも乗り越えられると、自然とそう思えたのだった。


 妹の様子が落ち着いたのを確認すると、ティルミオは手を大きくパンパンッと叩いてティティルナとミッケの注目を集めた。

 しんみりするのも悪く無いが、しかし、彼には今すぐに話し合わなければいけない話題があったのだ。

「よし、ティナも落ち着いた事だし、それじゃあ第一回カーステン家会議を開催するよ!」
「えっ……お兄ちゃん唐突……」
「そうにゃ、ここはもっと余韻を大事にするところにゃ。」
「そうは言ってもね……」

 突然の兄の宣言にティティルナとミッケは戸惑った。けれども、これは今夜の内に話し合っておかなければならない大事な事だったのだ。
 
 ティルミオは真面目な顔をして二人に説明を始めた。

「明日の朝に役人が来る事になってるんだ。もう夜も遅い時間だし、早めに決めておかないといけない事を話し合わないと。」
「例えば何にゃ?」
「先ず、店を続けるかどうか。」
「そんなの続けるに決まってるわ!パンが作れるようになったんだもの。」

 兄の問いに、ティティルナは驚いたように強く意見した。両親のパンが再現出来たのに、お店を辞める理由など無いからだ。
 そして、その考えはどうやらティルミオも同じだった。

「あぁ。そうだな。それについては俺も異論はない。だけれども、明日役人は、うちの店の廃業手続きに来る事になってるんだ。さて、急に考えを変えた事をなんて言い訳しよう?」

 そうなのだ。両親が死んだ時に滞納している税金について役人に相談をしたら、兄妹にはその支払い能力が無いと判断されて、店を廃業する道を勧められていたのだ。
 その時は、確かにそうする事がベストだと思っていた。けれども、今は違う。今、二人には錬金術という新たな力があるのだ。

「やっぱりお店辞めるのを止めます。じゃダメにゃのか??」
「具体的な理由が無いと怪しまれるだろうし、ちゃんと収益を上げて税金が納められるって見込みを示さないと、このまま廃業を勧められると思うよ。」
「そうにゃのか。ニンゲンって面倒くさいにゃあ……」

 ティルミオの説明を聞いて、ミッケは不満げに呟いた。猫には人間社会のルールは中々理解し難かった。

「はい!じゃあ普通に錬金術でパン屋をやっていきますって説明じゃダメなの?」

 今度はティティルナが、会議らしく手を挙げて発言をした。するとティルミオは、その質問を待ち構えてたかのように、勢いよく発言を返したのだった。

「そう、そこ!そこなんだよっ!!」

 ティルミオが急に大きな声を出したので、ティティルナもミッケも驚いて目を丸くしたが、そんな彼女らの様子には構わずに、彼は少し声を落として話を続けた。

「……ティナが錬金術を使えるようになったって事は、他人にバレても良いと思うか?俺はそうは思わないんだよ。」

 これは、兄として妹を心配しての事だった。ただでさえ贈り物ギフト持ち自体が珍しいのに、錬金術なんてレア中のレアな贈り物ギフトなのだ。もしもティティルナが錬金術が使える事が世間に知れ渡れば、きっと彼女を利用しようとする悪い輩が現れるに違いないと思ったのだ。

「確かににゃ……用心するに越したことはにゃいにゃ……」
 ティルミオの意見にミッケも同意した。彼女の身を案じる気持ちは同じなのだ。長く生きている分ニンゲンの汚い部分もそれなりに見て来ているのだ。

「うーん。じゃあ、普通に、このまま二人でパンを作って今まで通り売っていきます。でいいんじゃないの?」
「そうだな。オーブンが無いことだけバレないようにしないとな。」
「奥まで入ってくるかな?」
「そこまでは入らないと思うけど、絶対にとは言い切れないな。」
「もしも、奥に行きそうににゃったら、我が引っ掻いて止めるにゃ!我、猫だから多少の事は許されるにゃ!」
「ははっ、そいつは頼もしいな。」

 自信満々に自慢の爪を見せながらそう宣言したミッケの頭を、ティルミオは笑いながら撫でた。自分では考えもつかなかったが、その猫らしい発想に感心し、多少何かしらの問題が発生したとしても、この不思議な飼い猫が何とかしてくれるだろうと思うと、ちょっと気持ちが楽になったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したけど平民でした!もふもふ達と楽しく暮らす予定です。

まゆら
ファンタジー
回収が出来ていないフラグがある中、一応完結しているというツッコミどころ満載な初めて書いたファンタジー小説です。 温かい気持ちでお読み頂けたら幸い至極であります。 異世界に転生したのはいいけど悪役令嬢とかヒロインとかになれなかった私。平民でチートもないらしい‥どうやったら楽しく異世界で暮らせますか? 魔力があるかはわかりませんが何故か神様から守護獣が遣わされたようです。 平民なんですがもしかして私って聖女候補? 脳筋美女と愛猫が繰り広げる行きあたりばったりファンタジー!なのか? 常に何処かで大食いバトルが開催中! 登場人物ほぼ甘党! ファンタジー要素薄め!?かもしれない? 母ミレディアが実は隣国出身の聖女だとわかったので、私も聖女にならないか?とお誘いがくるとか、こないとか‥ ◇◇◇◇ 現在、ジュビア王国とアーライ神国のお話を見やすくなるよう改稿しております。 しばらくは、桜庵のお話が中心となりますが影の薄いヒロインを忘れないで下さい! 転生もふもふのスピンオフ! アーライ神国のお話は、国外に追放された聖女は隣国で… 母ミレディアの娘時代のお話は、婚約破棄され国外追放になった姫は最強冒険者になり転生者の嫁になり溺愛される こちらもよろしくお願いします。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

最悪から始まった新たな生活。運命は時に悪戯をするようだ。

久遠 れんり
ファンタジー
男主人公。 勤務中体調が悪くなり、家へと帰る。 すると同棲相手の彼女は、知らない男達と。 全員追い出した後、頭痛はひどくなり意識を失うように眠りに落ちる。 目を覚ますとそこは、異世界のような現実が始まっていた。 そこから始まる出会いと、変わっていく人々の生活。 そんな、よくある話。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

【10話完結】 後妻になりました後継者に、女の子の扱いを授業しています。

BBやっこ
恋愛
親子仲はまあまあでしょうか? 元は娼館に居た女。お客だった貴族から後妻にと望まれた。 迷ったが、本当に出ていくことを決める。 彼の家に行くと、そこには後継者として育てられているお子様がいて?

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

元悪役令嬢はオンボロ修道院で余生を過ごす

こうじ
ファンタジー
両親から妹に婚約者を譲れと言われたレスナー・ティアント。彼女は勝手な両親や裏切った婚約者、寝取った妹に嫌気がさし自ら修道院に入る事にした。研修期間を経て彼女は修道院に入る事になったのだが彼女が送られたのは廃墟寸前の修道院でしかも修道女はレスナー一人のみ。しかし、彼女にとっては好都合だった。『誰にも邪魔されずに好きな事が出来る!これって恵まれているんじゃ?』公爵令嬢から修道女になったレスナーののんびり修道院ライフが始まる!

処理中です...