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第二部
42. すれ違う二人
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時を同じくして、ダンスホールの中央では本日の夜会の主催であるヴィクトールが、妹であるロクサーヌとファーストダンスを踊っていた。
今夜の夜会でノルモンド公爵家の嫡男であるヴィクトールの婚約が発表されるのでは無いかと囁かれていたので、彼が最初に踊る相手が誰なのか参加客たちは皆興味津々であったが、そんな周囲の関心を知ってか、皆の注目を欺く為に彼は自分の妹をパートナーに選んだのだった。
というのは建前で、本当のところは、ヴィクトールはマグリットをファーストダンスに誘うつもりでエリオットにも協力を頼んでいたのだが、気がついた時には既にマグリットにはダンスのパートナーが決まっていたので、仕方なしに妹であるロクサーヌを指名したのである。
「まぁ、ご兄妹で踊られているのですね。お二人とも華があるからとても素敵だわ。」
中央で踊る彼らは、夜会の招待客たちの目を引いていた。
元から見目の麗しい兄妹であったし、それに加えて華美なドレスを身に纏ったロクサーヌがステップを踏みながら優美に回転すると、ふわりとスカートが開いて、まるで花が咲いたかの様に艶やかで、参加者たちの目を釘付けにしていたのだ。
それは、彼らの側で踊る一組のカップルも例外ではなかった。
ミハイルとアイリーシャが、自分たちもワルツを踊りながら、ロクサーヌから目を逸らさぬ様に、じっと彼女を観察していたのだ。
「本来なら、貴女とのダンスに集中したい物なのだが……」
アイリーシャの手を取って踊るミハイルは、そうボヤきながらも、マキシムと約束した手前、しっかりとロクサーヌの様子を伺っていた。
「あら、でもコレはコレで、少し楽しいですわ。他の人に気取られはいけないだなんて、ドキドキしますね。」
「そのドキドキは自分に向けて欲しい物ですね。」
「してますわ、十分に。」
そう言ってアイリーシャが少し恥ずかしそうに微笑むと、ミハイルもアイリーシャに対して愛おしそうに微笑み返した。
そんな二人の様子は、誰が見ても幸せそうなのだが、その幸せそうなカップルの側では、顔こそ柔かな笑みを浮かべているが、内心は全く笑っていない兄妹が、淡々とステップを踏んでいたのだった。
ロクサーヌは思い悩んでいた。マキシムからは普段通りに振る舞う様にと言われていたが、今こうしてヴィクトールと二人だけで話す機会が訪れているのだ。
この場で自分が兄を説得出来れば、きっと全部上手くいくのではないだろうか。
けれども頭の良い兄の事だから、自分では簡単に言いくるめられてしまうのではないか。
そんな事を一人、頭の中でぐるぐると考えて、そして迷った末に、彼女は意を決して口を開いたのだった。
「お兄様、私知っているんです。お兄様がやろうとしている事を。だからどうか、考えを改めませんか?」
じっと兄の目を見つめて、ロクサーヌは真剣な面持ちで伝えた。お願いだから、国王陛下の暗殺だなんて馬鹿な事はやめて欲しかったのだ。
けれども、そんな彼女の真剣な訴えは、ヴィクトールには全く響かなかったのである。
「何を言っているんだい?この計画は殿下の意向でもあるんだよ。この国の未来を考えれば絶対に必要な事だし、その為にロキシー、君も協力するんだよ。」
彼は少しだけ困った様な顔をすると、ロクサーヌに言い聞かせる様に、ゆっくりと彼女が思ってもみなかったことを口にしたのだ。
「え……わ、私がお兄様たちの計画に協力するのですか?!」
「そうだよ。我が家が率先して動かないとね。」
「そ……そんな、そんな事、私出来ませんわ!!」
兄からの突然の協力要請に、ロクサーヌは顔を青くして震えた。
まさか自分が国王陛下暗殺計画の仲間に引き込まれるなどと考えもみなかったのだ。
勿論、そんな事出来るわけないのでロクサーヌは強く兄からの要請を拒絶したのだが、そんな妹の頑なな様子にヴィクトールは呆れた様にため息を吐いたのだった。
「どうしてだい?ロキシー。君は公爵家の令嬢なんだよ。幼い頃からそう教育を受けて来ただろう?」
ヴィクトールとしては、妹が何故、こんなにも政略結婚に拒否反応を示しているのかが分からなかった。
レオンハルトとの約束で、この国を支える五大公爵家の結束をより固める必要があったし、且つ、その中でもノルモンド家が優位な立場になる為には、自分と、そして妹の婚姻を上手く使って我が家の立場を盤石にする必要があるのだ。
公爵家の娘に生まれたのだから、ロクサーヌもその辺りのことはすんなりと聞き分けられだろうと思っていたが、彼女の激しい拒絶は、ヴィクトールに取って予想外であった。
「いいかい、これはノルモンド家の為になる事なんだよ。ロキシー、分かるだろう?」
「いいえ、そんなの分かりませんわ!!」
王太子殿下に忠義を誓って国王陛下を討ったとなれば、確かにノルモンド家の地位は安泰かもしれないが、けれど、暗殺などという非人道的な事を認めたくもないし、分かりたくも無かったのだ。
ロクサーヌは、泣きそうな顔でヴィクトールに訴えた。
「私、お兄様の計画には協力も出来ませんし賛同も出来ませんわ!!いいえ、お兄様の考えは間違っていますわ!今すぐ考えを改めてください!!」
「何を言っているんだロキシー、我が儘を言うんじゃ無いよ。これは決定事項なんだ。ダンスタイムが終わったら顔合わせをするからそのつもりでいなさい。」
彼女の悲痛の訴えも虚しく、ヴィクトールには取り付く島がなかった。
それもそのはず、ロクサーヌとヴィクトールの思い描いている計画とは、全くの別物なのだから。
なので二人の会話は盛大にすれ違っていたのだが、お互いにその事実に気づかないまま話は終わってしまったのだった。
今夜の夜会でノルモンド公爵家の嫡男であるヴィクトールの婚約が発表されるのでは無いかと囁かれていたので、彼が最初に踊る相手が誰なのか参加客たちは皆興味津々であったが、そんな周囲の関心を知ってか、皆の注目を欺く為に彼は自分の妹をパートナーに選んだのだった。
というのは建前で、本当のところは、ヴィクトールはマグリットをファーストダンスに誘うつもりでエリオットにも協力を頼んでいたのだが、気がついた時には既にマグリットにはダンスのパートナーが決まっていたので、仕方なしに妹であるロクサーヌを指名したのである。
「まぁ、ご兄妹で踊られているのですね。お二人とも華があるからとても素敵だわ。」
中央で踊る彼らは、夜会の招待客たちの目を引いていた。
元から見目の麗しい兄妹であったし、それに加えて華美なドレスを身に纏ったロクサーヌがステップを踏みながら優美に回転すると、ふわりとスカートが開いて、まるで花が咲いたかの様に艶やかで、参加者たちの目を釘付けにしていたのだ。
それは、彼らの側で踊る一組のカップルも例外ではなかった。
ミハイルとアイリーシャが、自分たちもワルツを踊りながら、ロクサーヌから目を逸らさぬ様に、じっと彼女を観察していたのだ。
「本来なら、貴女とのダンスに集中したい物なのだが……」
アイリーシャの手を取って踊るミハイルは、そうボヤきながらも、マキシムと約束した手前、しっかりとロクサーヌの様子を伺っていた。
「あら、でもコレはコレで、少し楽しいですわ。他の人に気取られはいけないだなんて、ドキドキしますね。」
「そのドキドキは自分に向けて欲しい物ですね。」
「してますわ、十分に。」
そう言ってアイリーシャが少し恥ずかしそうに微笑むと、ミハイルもアイリーシャに対して愛おしそうに微笑み返した。
そんな二人の様子は、誰が見ても幸せそうなのだが、その幸せそうなカップルの側では、顔こそ柔かな笑みを浮かべているが、内心は全く笑っていない兄妹が、淡々とステップを踏んでいたのだった。
ロクサーヌは思い悩んでいた。マキシムからは普段通りに振る舞う様にと言われていたが、今こうしてヴィクトールと二人だけで話す機会が訪れているのだ。
この場で自分が兄を説得出来れば、きっと全部上手くいくのではないだろうか。
けれども頭の良い兄の事だから、自分では簡単に言いくるめられてしまうのではないか。
そんな事を一人、頭の中でぐるぐると考えて、そして迷った末に、彼女は意を決して口を開いたのだった。
「お兄様、私知っているんです。お兄様がやろうとしている事を。だからどうか、考えを改めませんか?」
じっと兄の目を見つめて、ロクサーヌは真剣な面持ちで伝えた。お願いだから、国王陛下の暗殺だなんて馬鹿な事はやめて欲しかったのだ。
けれども、そんな彼女の真剣な訴えは、ヴィクトールには全く響かなかったのである。
「何を言っているんだい?この計画は殿下の意向でもあるんだよ。この国の未来を考えれば絶対に必要な事だし、その為にロキシー、君も協力するんだよ。」
彼は少しだけ困った様な顔をすると、ロクサーヌに言い聞かせる様に、ゆっくりと彼女が思ってもみなかったことを口にしたのだ。
「え……わ、私がお兄様たちの計画に協力するのですか?!」
「そうだよ。我が家が率先して動かないとね。」
「そ……そんな、そんな事、私出来ませんわ!!」
兄からの突然の協力要請に、ロクサーヌは顔を青くして震えた。
まさか自分が国王陛下暗殺計画の仲間に引き込まれるなどと考えもみなかったのだ。
勿論、そんな事出来るわけないのでロクサーヌは強く兄からの要請を拒絶したのだが、そんな妹の頑なな様子にヴィクトールは呆れた様にため息を吐いたのだった。
「どうしてだい?ロキシー。君は公爵家の令嬢なんだよ。幼い頃からそう教育を受けて来ただろう?」
ヴィクトールとしては、妹が何故、こんなにも政略結婚に拒否反応を示しているのかが分からなかった。
レオンハルトとの約束で、この国を支える五大公爵家の結束をより固める必要があったし、且つ、その中でもノルモンド家が優位な立場になる為には、自分と、そして妹の婚姻を上手く使って我が家の立場を盤石にする必要があるのだ。
公爵家の娘に生まれたのだから、ロクサーヌもその辺りのことはすんなりと聞き分けられだろうと思っていたが、彼女の激しい拒絶は、ヴィクトールに取って予想外であった。
「いいかい、これはノルモンド家の為になる事なんだよ。ロキシー、分かるだろう?」
「いいえ、そんなの分かりませんわ!!」
王太子殿下に忠義を誓って国王陛下を討ったとなれば、確かにノルモンド家の地位は安泰かもしれないが、けれど、暗殺などという非人道的な事を認めたくもないし、分かりたくも無かったのだ。
ロクサーヌは、泣きそうな顔でヴィクトールに訴えた。
「私、お兄様の計画には協力も出来ませんし賛同も出来ませんわ!!いいえ、お兄様の考えは間違っていますわ!今すぐ考えを改めてください!!」
「何を言っているんだロキシー、我が儘を言うんじゃ無いよ。これは決定事項なんだ。ダンスタイムが終わったら顔合わせをするからそのつもりでいなさい。」
彼女の悲痛の訴えも虚しく、ヴィクトールには取り付く島がなかった。
それもそのはず、ロクサーヌとヴィクトールの思い描いている計画とは、全くの別物なのだから。
なので二人の会話は盛大にすれ違っていたのだが、お互いにその事実に気づかないまま話は終わってしまったのだった。
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