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第二部

35. そして、誤解は加速する

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ヴィクトールとレオンハルトが密談をしている隣の部屋では、彼らの会話を盗み聞こうとロクサーヌが壁に耳を押し当てて集中していた。

(本当に隣の部屋の会話が聞こえるのだろうか?俺には俄に信じられないが……。まぁでも、そうやって壁に張り付いている間は大人しくしていてくれて都合が良いか。)

そしてそんな令嬢としてはあるまじき格好でなりふり構って居ない彼女を、一歩引いた所からマキシムは見守っていた。

彼はこの暴走する御令嬢を止める為だけに彼女の側に居るので、そうやって壁に張り付いて居るだけなら、何事も起こらないのでとても気楽なものだった。

(お願いだから、このままずっと、そうやって大人しくしていてくれよ……)

マキシムはそう祈る様に彼女を見守っていたのだが、しかし、そんな簡単には彼の願いは叶わなかった。

壁に耳を当てて大人しくしていたロクサーヌが急に青い顔でこちらを振り向くと、震える声で訴えたのだ。

「どうしましょう、マキシム様……私、とんでもない事を聞いてしまいましたわ……」
「ロクサーヌ様?一体何を聞いたと言うんですか?」

文字通り彼女からとんでもない発言が飛び出してくるであろうことは予測できていた。
だからある程度覚悟してマキシムはロクサーヌに問い返したのだが、しかし予想は出来ていたものの、彼女の発言は、そんなマキシムの予想を遥かに超えたものだったのだ。

「お兄様が殿下と一緒に、国王陛下の暗殺を企てておりますわ……」
「はぁ?!!!」

どうしてそうなるんだ?!!
マキシムは心の中でそう叫んだ。
彼女の勘違いが、悪化しているのだ。

「何かの間違えでしょう。そんな事を殿下が考える筈が無い。」
「いいえ、わたくし確かに聞きましたわ。
“国王陛下……を打ち壊しましょう。この国……を手にする為に。”
確かにお兄様はそう言ってましたわ!!」

殆ど声など聞こえないが、それでもロクサーヌはポツリ、ポツリと断片的に二人の声を拾う事に成功していて、そして、それを良くない方へと解釈してしまったのだ。

「止めないと!!これはもう直接止めないと!!!」
「待ってください!!」
マキシムの静止を振り切って、思い詰めた顔でロクサーヌは部屋から出ていくと、そのままの勢いで隣の応接室へ飛び込んでいった。

けれども時すでに遅くて、密談を終えたレオンハルトとヴィクトールは既にこの部屋を後にしていたのだった。

「お兄様たち、会場に戻られたんだわ……。マキシム様!私たちも急いで会場に戻りますわよ!!」
部屋に誰もいない事を確認するとロクサーヌは直ぐに切り替えて、マキシムが何かを言う前に再び勢いよく部屋から出ていくと、夜会の会場となって居るメインホールへと駆け出した。

マキシムも慌てて彼女の後を追ったが、前も思ったがロクサーヌは令嬢にしては異様に足が速いのだ。
だから直ぐに追いつくことが出来ずに、結局夜会の会場へと戻ったところで、なんとか彼女に追いついたのだった。

「ロクサーヌ様、とにかく落ち着いてください。」
「落ち着いてなどいられますか!あぁ、早くお兄様たちを探さないと……」
「探してどうするんです?」
「決まっているでしょう!国王陛下暗殺だなんてやめて下さいとお伝えするのよ!!」

この発言にマキシムは慌てて彼女の口を塞いだ。誰かに聞かれたら、一発でアウトな奴なのだ。

幸いなことに周囲の誰にも聞かれていなかったようであったが、滅多な事を口にするのは本当にやめて欲しかった。こちらの寿命が縮んでしまう。

マキシムはひとまずは胸を撫で下ろしたが、彼女の言動を押さえないと全く安心できなかった。

「待ってください!絶対何かの誤解だろうから、早まらないでください!!」

そう言ってマキシムはロクサーヌを宥めながらも必死で周囲見渡した。そして、目的の人物を見つけると、睨むように力一杯、目で訴えかけたのだった。

こっちに来いと。

「待ってなどいられませんわ!お兄様たちに考えを改めて頂かないと!!」
「もし、本当にロクサーヌ様が思う様な事があったとしても、この場に国王陛下は居ないのだから、今止めなくてもいいでしょう?」
「そんな悠長なこと言っていられませんわ!この夜会はアリバイ作りで、既に刺客を差し向けて居るかも知れないじゃないですか!!」

なんでそんなに想像力が豊かなのか、変に感心してしまったが、そんな事よりも、今は彼女を押さえ込むことの方が大切だった。

マキシムは先程目で合図して呼びつけた人物がこちらに向かって歩いて来ている事を確認すると、再びロクサーヌに言い含める様に語りかけた。

「分かりました。先ずは俺が殿下と話してきます。だから俺が戻るまで余計な事はしないで下さいね?誰にもそれを話さないで下さいね?いいですか、絶対にですよ?!」
「それなら私も一緒に行きますわ!」

ついて来たら余計に話が拗れそうだから、それだけはなんとしても阻止したかった。
かと言って彼女を一人でこの場に残しておくのも不安であったのだが、そんな時にタイミング良く、一組の夜会参加者がロクサーヌに話しかけて来たのだった。

「こんばんはロクサーヌ様。今宵は夜会への招待ありがとうごさまいます。」
「ご機嫌よう、ロクサーヌ様。お招きいただけて嬉しいですわ。」

マキシムが目で訴えて呼びつけた二人……、ミハイルとアイリーシャが、主催側であるロクサーヌに挨拶をしに現れたのだ。

「ほら、貴女は主催者側なんだから、ゲストの相手も大切な仕事でしょう?こうして挨拶に来ているゲストを蔑ろにしてはいけない。参加者を不安にさせない為にも、貴女は普段通りに振る舞うべきだ。」
「それは、そうだけれども……」
「とにかく、主催の仕事をしていて下さいね。殿下の方は俺に任せてください。」

まだ何か言いたそうにしているロクサーヌを遮って、マキシムは会話を強引に終わらせると、ミハイルに対して強い目配せを送った。

(絶対に、目を離すんじゃ無いぞ。)
(……分かった……)

こうして、ミハイルとアイリーシャの二人にロクサーヌを任せて、マキシムはレオンハルトを探しにこの場を離れたのだった。
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