上 下
70 / 109
第二部

26. 秘密の文通

しおりを挟む
ガーデンパーティーからは一週間ほどが経っていた。
相変わらずうんざりする程次々に湧いてくる書類の山に目を通して、マキシムはいつも通り機械的に執務をこなしていた。

何ら変わりない、いつもの日常だった。

しかし、この日はいつもと少し違っていた。
執務室のドアがノックされて、同僚のミハイルが何やら微妙な表情で入ってきたのだ。

「今、少し良いかな?」
「どうした?ミハイル何か用か?」

マキシムは一瞬顔を上げてチラリとミハイルの顔を確認すると、直ぐに目線を手元の書類に落とした。
誰かさんが思いつきで開催したガーデンパーティーのせいで、いつもより書類が溜まっているのだ。1秒でも時間が惜しかった。
訪ねてきた相手に対して失礼ではあるが、そこは同僚のよしみで目を瞑ってもらおう。

するとミハイルは、マキシムの机の前までやってくると、彼の目の前にすっと小包と手紙を差し出して、思ってもみない事を告げたのだった。

「マキシム宛に、ノルモンド家のロクサーヌ様からの手紙と小包を預かっている。」
「なんだって?!」
それは正に、寝耳に水であった。

ミューズリ系譜の貴族を嫌っているノルモンド家の令嬢が、ミューズリ所縁のスタイン家の自分に贈り物などあり得ないのだ。

一応、この前のガーデンパーティーで彼女のことを助けたのだから心当たりが全く無いわけではないが、あの時のロクサーヌの態度からも友好的なものは1ミリも感じられなかったのだ。
訝しく思ってマキシムが仕事の手を止めて小包の中を確認すると、そこにはあのガーデンパーティーの日にマキシムが身に付けていた物と良く似た、新品のタイが入っていたのだった。

(御礼……いや、お詫びのつもりなのか?)

それから手紙の内容を確認すると、マキシムは頭を抱えたのだった。


~~~~~
マキシム・スタイン様

貴方に借りは作りたくありませんので新しいタイを贈らせてもらうわ。これで貸し借りなしですわね。

それから、お兄様が何やら外国から怪しい薬を取り寄せて居て、近いうちに我が家で夜会を開く計画もして居ます。
きっとあの時話していた計画とやらを実行するおつもりなんだわ。このままではお兄様がクーデターを起こしてしまいます。どうにかしたいので、貴方もこの話を知っている以上、私に協力してお兄様の計画の邪魔をしていただきますわ。

ロクサーヌ・ノルモンド

~~~~~


(自分の兄がよからぬ事を企んでいるとか、そんな事、手紙にそのまんま書いて知らせちゃダメだろう!!!)

そのような滅多な事は文章にして残してはいけない。
いくら秘密裏に届けたとしても、誰がいつ、検閲するかも分からないのだから。もし人に見られたら彼女も、そして手紙の宛先である自分も、あらぬ疑いをかけられてしまうかもしれないのだ。

それに恐らく彼女が考えるよからぬ事と、実際にヴィクトールが考えている計画とは、きっと全然思っている事が違うのだ。

外国から取り寄せた怪しい薬というのが何なのかは少し気になるが、ヴィクトールの狙いは恐らくアストラ家のラウルだから彼女が思っているような心配とは全く種類が違うはずだ。

マキシムは髪を掻きむしりながら深くため息を吐くと、仕事用の白い便箋を取り出して、殴り書くようにペンを走らせたのだった。


~~~~~
ロクサーヌ様

いつ、どこで人の目に触れるか分からないのですから滅多な事を手紙に書く物ではありません。誤解が広がり、あらぬ疑いがかけられますよ。

それから、貴女が心配しているような事はきっと取り越し苦労です。直接貴兄に確認するのが良いでしょう。

~~~~~


「……これを、ロクサーヌ様に届けてくれないだろうか。」
マキシムはゲンナリしながら彼女宛の返信を書き上げて、ミハイルに託したのだった。

「あ……あぁ。分かった。」
ミハイルは言われるままにマキシムから手紙を受け取ると、目の前で頭を抱えて項垂れている彼を心配そうに眺めた。

そして同僚のそのような様子に、これは決して恋文のやり取りなどではないことだけは察したのだった。


———
##2023/03/20 
本日別作品をなろうから移植始めました。良かったらそちらも読んでみて下さいください。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

妊娠した愛妾の暗殺を疑われたのは、心優しき正妃様でした。〜さよなら陛下。貴方の事を愛していた私はもういないの〜

五月ふう
恋愛
「アリス……!!君がロゼッタの食事に毒を入れたんだろ……?自分の『正妃』としての地位がそんなに大切なのか?!」  今日は正妃アリスの誕生日を祝うパーティ。園庭には正妃の誕生日を祝うため、大勢の貴族たちが集まっている。主役である正妃アリスは自ら料理を作り、皆にふるまっていた。 「私は……ロゼッタの食事に毒を入れていないわ。」  アリスは毅然とした表情を浮かべて、はっきりとした口調で答えた。  銀色の髪に、透き通った緑の瞳を持つアリス。22歳を迎えたアリスは、多くの国民に慕われている。 「でもロゼッタが倒れたのは……君が作った料理を食べた直後だ!アリス……君は嫉妬に狂って、ロゼッタを傷つけたんだ‼僕の最愛の人を‼」 「まだ……毒を盛られたと決まったわけじゃないでしょう?ロゼッタが単に貧血で倒れた可能性もあるし……。」  突如倒れたロゼッタは医務室に運ばれ、現在看護を受けている。 「いや違う!それまで愛らしく微笑んでいたロゼッタが、突然血を吐いて倒れたんだぞ‼君が食事に何かを仕込んだんだ‼」 「落ち着いて……レオ……。」 「ロゼッタだけでなく、僕たちの子供まで亡き者にするつもりだったのだな‼」  愛人ロゼッタがレオナルドの子供を妊娠したとわかったのは、つい一週間前のことだ。ロゼッタは下級貴族の娘であり、本来ならばレオナルドと結ばれる身分ではなかった。  だが、正妃アリスには子供がいない。ロゼッタの存在はスウェルド王家にとって、重要なものとなっていた。国王レオナルドは、アリスのことを信じようとしない。  正妃の地位を剥奪され、牢屋に入れられることを予期したアリスはーーーー。

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

あなたの事は好きですが私が邪魔者なので諦めようと思ったのですが…様子がおかしいです

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のカナリアは、原因不明の高熱に襲われた事がきっかけで、前世の記憶を取り戻した。そしてここが、前世で亡くなる寸前まで読んでいた小説の世界で、ヒーローの婚約者に転生している事に気が付いたのだ。 その物語は、自分を含めた主要の登場人物が全員命を落とすという、まさにバッドエンドの世界! 物心ついた時からずっと自分の傍にいてくれた婚約者のアルトを、心から愛しているカナリアは、酷く動揺する。それでも愛するアルトの為、自分が身を引く事で、バッドエンドをハッピーエンドに変えようと動き出したのだが、なんだか様子がおかしくて… 全く違う物語に転生したと思い込み、迷走を続けるカナリアと、愛するカナリアを失うまいと翻弄するアルトの恋のお話しです。 展開が早く、ご都合主義全開ですが、よろしくお願いしますm(__)m

どうやら断罪対象はわたくしのようです 〜わたくしを下級貴族と勘違いされているようですが、お覚悟はよろしくて?〜

水都 ミナト
恋愛
「ヴァネッサ・ユータカリア! お前をこの学園から追放する! そして数々の罪を償うため、牢に入ってもらう!」  わたくしが通うヒンスリー王国の王立学園の創立パーティにて、第一王子のオーマン様が高らかに宣言されました。  ヴァネッサとは、どうやらわたくしのことのようです。  なんということでしょう。  このおバカな王子様はわたくしが誰なのかご存知ないのですね。  せっかくなので何の証拠も確証もない彼のお話を聞いてみようと思います。 ◇8000字程度の短編です ◇小説家になろうでも公開予定です

7年ぶりに帰国した美貌の年下婚約者は年上婚約者を溺愛したい。

なーさ
恋愛
7年前に隣国との交換留学に行った6歳下の婚約者ラドルフ。その婚約者で王城で侍女をしながら領地の運営もする貧乏令嬢ジューン。 7年ぶりにラドルフが帰国するがジューンは現れない。それもそのはず2年前にラドルフとジューンは婚約破棄しているからだ。そのことを知らないラドルフはジューンの家を訪ねる。しかしジューンはいない。後日王城で会った二人だったがラドルフは再会を喜ぶもジューンは喜べない。なぜなら王妃にラドルフと話すなと言われているからだ。わざと突き放すような言い方をしてその場を去ったジューン。そしてラドルフは7年ぶりに帰った実家で婚約破棄したことを知る。  溺愛したい美貌の年下騎士と弟としか見ていない年上令嬢。二人のじれじれラブストーリー!

危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました

しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。 自分のことも誰のことも覚えていない。 王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。 聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。 なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。

処理中です...