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第二部

4. 従兄妹たちのお茶会4

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「それでマグリット、私に話って一体何かしら?」
マイヨール家でのお茶会は、今はアイリーシャとマグリットの令嬢二人だけになっている。

マグリットが、アイリーシャと二人だけで話がしたいからといって、アルバートを退席させたのだ。

だからお兄様を退席させてまでして話すこととは、一体どんな秘密の話なのだろうかと、アイリーシャは内心ドキドキしながら従姉妹の言葉を待っていた。

すると、どこか申し訳なさそうにマグリットは本題を切り出したのだった。

「リーシャにお願い……というのはね、ミハイル様に私の彼、ローラン・リーベルトに会ってもらいたいのよ。だから貴女に仲介してもらえないかしら。」
「勿論だわ!私もマグリットに正式にミハイル様を紹介したいし、マグリットのお相手にも会ってみたいわ!だって、長い付き合いになるかもしれないでしょう?仲良くしたいわ。」
マグリットからのお願いに、アイリーシャは嬉しそうに声を上げた。

何故マグリットが言いにくそうに切り出したのかが分からなかったが、お互いの最愛の人を紹介し合うだなんて、彼女のそのお願いは、アイリーシャにとっても、とても魅力的に聞こえたのだ。

けれどもマグリットの意図は少しずれていたようで、彼女は更に申し訳なさそうに説明を付け加えたのだった。

「えぇ、そうね。長い付き合いになれれば嬉しいんだけど……だからその為にね、ミハイル様に彼の事業の話を聞いて貰いたいのよ。」
「えっ……と、それはどういうこと??」

流石のアイリーシャでも、マグリットの希望が単純な顔合わせで無い事を察したが、かといって、ただ単に仕事の話がしたいという訳でもなさそうで、マグリットの狙いが何なのか掴めないでいた。
事業の話が何故マグリットの婚約話と結びつくのだろうか。

「彼、今新しい貿易のルートを開拓中なの。それが成功すればきっとお父様も彼の事を認めてくれると思うのよね……だから、ミハイル様に相談に乗って貰えないかなって思って。」

「けれど事業の話だったらミハイル様よりお兄様に聞いてもらった方が良いのではなくて?だってミハイル様はご自身で事業をやられてないのですよ?博識だからきっと相談には乗ってくれると思うけれども、そういうのって、生の声を聞いた方が良いのではなくて??」

アイリーシャに事業の事はよくわからないが、兄の事業が成功していて、結構な利益をあげている事は知っていた。

「だから、お兄様にその、事業のコツ?というものを教えてもらった方が良いのでは無いかしら?」

しかしマグリットは、眉間に皺を寄せてアイリーシャからのこの提案を否定したのだった。

「アルはダメよ。だってアルはオブラートに包んでいる様に見せかけて、絶妙に相手が立ち直れなくなる様な言葉を投げかける人なんだもの。そりゃ、彼の言っている事は正しいしきっと凄く的確な助言をしてくれるとは思うけれども、でもね、私はローランがアルに心を折られるところを見たく無いのよ。」

「心を折るだなんて、そんな……」
アイリーシャはマグリットの歯に衣着せない
発言に言葉が詰まった。

そんな事ないと、言い切りたかったが言えなかったのだ。何せあの兄だから。
マグリットの言っているような情景が、有り有りと目に浮かんでしまった。

「……分かったわ。ミハイル様に聞いてみるわね。でもお忙しい方だから、少し時間を頂戴?」
「えぇ。有難う!」

アイリーシャからの色良い返事に、マグリットの顔は明るくなって、彼女の手を取り、心から喜びと感謝を伝えたのだった。

そんな従姉妹の様子を見て、アイリーシャも、ホッと胸を撫で下ろした。

(それにしても、ローラン・リーベルトってお名前、何処かで見かけたような気がするんだけど何処だったかしら……?)

そんな事が少し気になってはいたが、直ぐに思い出せないのだからきっと大したことのない記憶だろうと、深くは考えるのを止めて、アイリーシャは嬉しそうにローランとの事を話す従姉妹を眩しそうに見つめた。

やはり、マグリットにはいつも笑っていて欲しいから。

「でも変な感じね。私たちにお互い好きな人が出来て、その人の事で悩んだり、胸をときめかせたりするなんて、王太子殿下の婚約者候補だった頃には考えられなかった事だわ。」
「そうね。あの頃はお役目的に恋なんて出来なかったしね。」

婚約者候補だった令嬢達は、おおよそ他の普通の貴族令嬢とは違い、行動が制限され、殿下や身内以外の男性との接触も極端に制限されていた。
だからアイリーシャもマグリットも、普通の令嬢たちがして来たであろう
”好きな人について語り合う”
なんて事が大っぴらに出来るようになったのは、つい最近なのだ。

「けどまさか、リーシャの方が先に結婚が決まるなんてね。貴女はおっとりしているところがあるから、こんなに直ぐに決まるとは思わなかったわ。」
「それは、ミハイル様が申込してくださったから……。」
「そうよね、長年恋焦がれていた手紙の君からの求婚だものね。そりゃ、迷わずお受けするわよね。」

そう言ってニマニマと嬉しそうに話すマグリットと対照的に、アイリーシャは恥ずかしそうにどんどんと頬の赤みが増えていった。
初心なアイリーシャはミハイルとの話になるとどうしても顔が赤くなってしまうのだ。

そんな照れる彼女の様子を慈しむように見つめて、マグリットは話を続ける。

「ふふっ、そう言えばリーシャは覚えている?貴女子供の頃に
"りーしゃはおにいさまとけっこんする!"
なんて言ってたわよね。」
「やだマグリット、そんなことまで覚えているの?!」

アイリーシャは幼い頃の記憶が蘇ってますます顔を赤くして、恥ずかしそうに頬を両手で隠してしまった。
そんな彼女の様子をクスクスと笑いながら、マグリットは思い出話を続ける。

「えぇ、覚えているわ。そしたらアルが
"リーシャと僕は兄妹だから結婚は出来ないんだよ。そういうルールなんだよ。だから、二度とそんな事は言っちゃダメだからね"
って言って、貴女は泣き出してしまったわね。」
「そんな事もあったわね。子供の頃の私は、本当に良くお兄様に泣かされていたわ。」
「そうね、私も何度も泣かされたわ……」
「そして、いつも慰めてくれるのはエルお兄様だったわね。」

ふと、ここで会話が途切れてしまった。
二人とも同じ事を思っていたが、口に出すのが躊躇われてしまったのだ。

少しの沈黙の後、ぽつりとマグリットは零した。
「……エリオット、一体何を考えているのかしらね……」

先程のアルバートとの会話にあった、従兄弟のエリオットがマグリットとヴィクトールを婚約させようとしているという話を思い出していたのだ。

不安そうな顔をするマグリットの手にアイリーシャは自分の手を重ねて、それから優しく微笑むと、彼女の心情を汲んで穏やかに声をかけた。

「大丈夫よ、エルお兄様は優しいですもの。マグリットが嫌がることなんかしないと思うわ。」
「そう……よね?エルは優しいもんね?さっきのだってきっとアルの考え過ぎなのよ。ほら、あの二人って昔から仲が悪かったから、アルが過剰に反応してるだけなのよ。」
「えぇ、きっとそうよ。」

口ではそう言って肯定し、マグリットを安心させたが、アイリーシャはアルバートが言っていた事を思い出して、少し胸がざわついていた。

エリオットは従兄弟だから人と成りは子供の頃からずっと見てきて、もちろん信頼もしているが、一方でアルバートはアイリーシャが産まれた時からずっとそばに居る兄なのだ。当然、兄の事の方が良くわかっている。

だから、その彼が警戒するようにと言ったのならば、やはり今のエリオットには注意をしなくてはいけないかもしれない。

そんな不安が、アイリーシャの中から消えなかった。
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