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32. 当て馬令嬢の幸せな婚約2

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以前訪れた時に見た百合の季節は終わりを告げて、マイヨール家の庭園は紅葉の色付きを魅せていた。

応接室から移動してきた二人は、手を取り合って赤く色付いたこの庭を散策していた。しかし、婚約成立直後という気恥ずかしさからか、お互い口数は少なかった。


「本当は、もっと早くに会いに来たかったんです。」

2ヶ月という会えなかった期間に募った想いは複雑で、何から伝えたら良いか分からずにいた為に沈黙が長く続いたが、ミハイルはポツリとそう漏らすと、堰を切ったように話だした。

「ですが帰国後にもやらなくてはいけない事が多くて、今日まで貴女に会いに来る事が出来なかった。どれほど貴女に会いたかったことか、あぁ、やっとこうして、貴女の手を取り、語り合う事が出来る。」
そう言うとミハイルは、繋いでいた手にもう片方の手を添えて、アイリーシャの手を包み込むように握った。

「私もミハイル様にお会いしたかったです。無事のご帰国の知らせを受けた時は、本当に嬉しかったですわ。ミハイル様がジオール公国へ行かれている間は毎日、ミハイル様のご健勝をお祈りしておりました。ご息災で何よりですわ。」
気恥ずかしさでいっぱいいっぱいになりながらも、アイリーシャも負けじとミハイルの目を見つめて、自分の想いを伝えた。

彼女の言動に、ミハイルは破顔して言葉を続ける。

「有難うございます。この度の国交の樹立は、ひとえに貴女の祈りのお蔭かもしれませんね。」
「まぁ、私はここシュテルンベルグで、ミハイル様の無事を祈っていただけですわ。この度の国交樹立は王太子殿下やミハイル様達のご尽力があっての事ですよ。」
それはいくらお世辞でも買い被り過ぎだとアイリーシャは謙遜して見せたが、ミハイルのこの言葉は嘘偽りのない彼の本心から出た言葉であった。

「貴女が、あの日赤いリボン姿を見せてくれたお陰で、私の事を想ってくれていると分かったから、それで私が頑張れたんですよ。だから、貴女のお陰です。」
そう言って、彼は最高の笑顔を見せてくれた。

自分が想うことで、彼の力になれたのならばこの上なく喜ばしい事だった。
それからアイリーシャ自身もこの2ヶ月の間ミハイルが心の支えになっていた事を告げるのだった。

「私も、この2ヶ月の間ミハイル様のお陰で頑張れましたわ。貴方が帰国したら一番に読んでもらいたい。その一心からついに物語を書き上げることが出来ましたの。」

そう言うと、アイリーシャはエレノアに自室から原稿を持ってくるようにと指示を出した。

「まだ、誰にも見せていませんの。だって一番最初は、やはりミハイル様に読んで貰いたかったんですもの……。」
「それはそれは、とても光栄です。」

エレノアを待つ間、テラスに用意された席に腰をかけて、アイリーシャはこの2ヶ月の間にお兄様が挿絵を描いてくれる画家を見つけてきてくれた事と、この計画に王太子殿下の婚約者であるレスティア様が賛同してくれたことを報告した。

「お兄様が紹介してくださった画家の方は、貴族社会では馴染みのない方なのですが、市井では若い方を中心に今人気を集めている方でして、そう言った方に絵を描いてもらう事で平民の間で先ずは注目を集めようという狙いです。」
「良い考えですね。流石アルバート様だ。レスティア様の協力を得られるのも目覚ましい成果です。大変ご尽力なされたのではないでしょうか?」
「それがレスティア様の方は、偶然といいますか、成り行きと言いますか……。彼女の主催のお茶会に招待されました時に、私の近況として物語を書いている事をお話ししましたら、
“面白そうな事をなさっているのね、私にも協力させてください”
と、申し出てくださいましたの。」
「あー、成程……。あの方らしいですね。」

王太子殿下の側近としてアイリーシャの知らぬレスティアの側面を見ている為か、ミハイルは非常に含みのある反応を示した。

「でも、未来の王太子妃の後ろ盾が得られたのは大きいですね。経緯はどうあれ、アイリーシャ様が行動したからこその結果ですよ。誇ってください。」

これまでの成果の報告を終えて、二人は給仕された紅茶を楽しんでいた。そして暫くするとエレノアが戻ってきたのでアイリーシャは彼女が持ってきた原稿をミハイルに渡すと、彼が物語を読むのを紅茶を飲みながらじっと待った。



「大変、良く書けていると思います。感服しました。」

ミハイルは、渡された原稿を隅々まで読み終わると、顔を上げて目の前にいるアイリーシャを慈しむような眼差しで眺めると、労いの言葉をかけたのだった。

「本当に素晴らしいです。伝えたい事、そう思われて欲しい事の意図を汲んで、よくまとめられている。アイリーシャ様、この2ヶ月の間で、大変な努力をなされたんですね。」
「ミハイル様にそのように言っていただけて良かったですわ!」

彼の反応に、アイリーシャは心の底から喜んでいた。
事実この2ヶ月の間、アイリーシャは本当に並々ならぬ努力をしていたのだ。

表現したい事を表す言葉を、語彙の意味を、一つ一つ丁寧に調べては自分が伝えたい事とこの文章を読んで受け手が感じる印象とに齟齬が生じないように、慎重に慎重を重ねて言葉を選んだ。
その為日々の執筆は遅々としてなかなか進まず、途中何度も心折れそうになったが、帰国したら完璧に完成された物語を一番に読んでもらうというミハイルとの約束を糧に、我が身を粉にして書き上げたのだ。
なので、このミハイルの労いの言葉は何よりも嬉しく、その苦労も報われた思いだった。

「物語の本筋は、この原稿で良いと思います。とは言え、言い回し方等細かい部分でまだまだ文章に改良の余地がありますね。ここからは、二人で直していきましょう。」

それからミハイルは立ち上がると、アイリーシャの前で跪き彼女の手を取った。
そして、彼女の目を見て真剣な眼差しを向けて、彼は告白をする。

「アイリーシャ様。これからは私が貴女の隣で貴女の夢を、未来を一緒に作っていきたいです。どうか共に、歩んで下さい。」

ミハイルは、改めてアイリーシャに求愛したのだった。

アイリーシャは言われた言葉の意味を理解すると、ミハイルに握られた指先は熱くなり、その熱は瞬く間に身体中に広がって、直ぐに耳の先まで真っ赤になったのだった。

多幸感が溢れ出て、なんだかふわふわと地に足がついていないような不思議な感覚の中、彼女もまた、ミハイルを熱い眼差しで見返した。

「ミハイル様、これからもずっと、私をお側に居させてください。よろしくお願いいたします。」

真っ赤になり目を潤ませながらも、握られた手をそっと握り返してアイリーシャもミハイルの想いに応えたのだった。



*****


それから、遠い未来の話。

この国シュテルンベルグは、元はシュテルンベルグとミューズリーという二つの国であった。

シュテルンベルグ所縁と、旧国ミューズリー所縁。国民のルーツは二つに分かれているが、どちらの系譜であろうとも、お互いを差別する事なく、国民が皆手を取り合って暮らしている。

そして、このような穏やかな風土の形成には、メイフィール公爵夫妻の尽力の賜物である事が広く語り継がれていたのであった。


———— 
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本編はここで一旦終了となりますが、この後いくつか番外編をアップしていきます。

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2/10 追記
HOTランキング載りました。皆様有難うございます!
嬉しいので2部に挑戦してみようと思います。

ここまでお読みくださりありがとうございました。

石月 和花
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