上 下
25 / 109

23. 令嬢、自覚する4

しおりを挟む
マグリットが帰った後、アイリーシャは自室で一人身悶えていた。

「あぁぁぁぁぁっ!私はとんでもない勘違いをしていたんだわ!どうして今まで気づかなかったのでしょう!!」

ベッドに突っ伏し、枕で頭を覆い、気持ちをなんとか落ち着けようと試みる。
部屋の隅には彼女付きの侍女エレノアが待機しているのだが、主人の奇行についてはただ黙って見守っていた。


アイリーシャは、ベッドに突っ伏したまま手紙の送り主の心当たりについて、一つ一つ確認していく。

まず、手紙の内容からいって、王太子殿下と婚約者候補の交流の場にいた人物が送り主である事は間違いない。
王太子殿下の側近のミハイルならば勿論その場に居るのは当然だ。

それから、メイフィール侯爵邸の薔薇園での会話で感じた既視感。あの時言われた言葉、あれは最初に貰った手紙の内容と同じではないか。

そして……

アイリーシャはベットから起き上がり、机の引き出しから大事にとっておいていた送り主不明の手紙と、ミハイルからの手紙を取り出して見比べた。

「……同じ便箋だわ……」

それからアイリーシャは兄から渡されていた大量に送られてくる交際の申し込みやお茶会や夜会へのお誘いの手紙を取り出して、名無しの手紙の便箋と比較していくが、ミハイルと名無しの送り主が使用していた便箋と同じものは見つからなかった。

(これは……よくある便箋だからたまたま同じ便箋だったと言うことでは無さそうですわね……)

確認するほどに、確信に変わる。

そう、アイリーシャは名無しの手紙の送り主がミハイルであると認識したのだった。


「リーシャ、さっきから五月蝿いよ。どうかしたのか?」
ドアがノックされて、アルバートが入ってきた。
先程上げた大声を聞かれてしまい、彼は妹の様子を見にやってきたのだ。

「お兄様……私大変なことに気づいてしまったんです……」

アイリーシャは酷く深刻な顔でそう告げたが、アルバートは、どうせ大したことない事だろう というような顔でアイリーシャの次の言葉を待っていた。

「差出人不明のあの手紙の送り主が分かったんです……。いえ、まだ本人に確認した訳ではないので本当にそうなのかまでは分からないのですが……あの手紙の送り主は、ミハイル様だったのではないかと思います!」
「そうだろうね。」

アイリーシャは、重大な報告を兄にしたのだが、アルバートは
何だそのことか とばかりに軽く扱った。

「えっ……お兄様は驚かないのですか?!」

「そりゃ最初から分かってたからね。王太子殿下と令嬢との交流の場にも居た側近が同じ便箋で手紙を書いてよこしたら、今迄の手紙も自分でしたって名乗ってるようなものじゃないか。なんでお前が全く気づかないかの方が不思議だったよ。」

兄のど正論が炸裂する。言われてみれば本当にその通りなのだ。アイリーシャは自分の勘の悪さに頭を抱えてしまった。

しかしアイリーシャはここでハッとした。
名無しの手紙の主をそう簡単に断定してはいけないと思ったのだ。

「けれど、ミハイル様からはっきりとそうであると聞いた訳ではありません。まだ勘違いの可能性もありますわ……」
そう、前のような思い込みで決めつけて、また失敗してはいけないと、アイリーシャは慎重になっていたのだ。

しかしアルバートはというと、手紙の送り主がミハイルであると確信しているので話をどんどん大きくしていったのだった。

「まぁ、でかしたよリーシャ。メイフィール公爵家と縁談を結べるなんて、父上も喜ぶと思うよ。」
「まだ、そのような話はございません!!だから私の勘違いの可能性だってあるのですから。」
「それも時間の問題だと思うけどねぇ。」
「それはどう言う意味ですか?」
「文字通り、ミハイル様からお前に正式なアプローチが来るのは時間の問題だって事だよ。」

兄の言葉に、アイリーシャは顔を真っ赤にして動揺を見せた。
そのような妹の様子に目を細めながら、アルバートは続ける。

「まぁ、良かったよ。」
「何がですか?」
「お前も、相手がミハイル様なら満更でもないだろう?よく知らない相手からの縁談は片っ端から断っていたけども、相手が、よく知ってる人ならば話は違ってくるものな。」
「だから、そのような話は出ておりませんって!!」

これはもしや、ただ兄に揶揄われているだけなのでは無いかという可能性にアイリーシャは気づいたが、気づいたところで兄からの問いかけは止まらなかった。

「お前、嫌いじゃないだろう?ミハイル様の事。」
「それは、当たり前ですわ。あんなに良くしてもらって。むしろ尊敬してますわ!」
「ふぅん。果たしてその感情は本当に尊敬の念だけなのかな。」

兄に核心を突かれて、アイリーシャは言葉に詰まった。
言葉に詰まったので、とりあえず笑ってやり過ごす事にした。

兄との言い合いでは、アイリーシャは絶対に口では勝てないので、彼女は窮地に立ったら笑って誤魔化すと言う行動様式を身につけていたのだった。

アルバートの方も、アイリーシャが言葉での反論を止めて黙って笑っているようになったら、それは彼女が本気で困っている時だと分かっているのでそれ以上の追求は行わない。

「まぁ、とにかく先程の声は淑女にあるまじき声だったな。悲鳴とも聞き取られかねなかったぞ。いくら自室だと言っても注意するように。」
「はい、以後気をつけます。」

最初に立ち戻り、アルバートはこの部屋を訪れたきっかけの大声について注意を促し、それからアイリーシャの頭をポンと叩いてから自室へと戻っていった。

部屋に残されたアイリーシャは先程の兄とのやり取りを反芻しては一人静かに身悶えていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

7年ぶりに帰国した美貌の年下婚約者は年上婚約者を溺愛したい。

なーさ
恋愛
7年前に隣国との交換留学に行った6歳下の婚約者ラドルフ。その婚約者で王城で侍女をしながら領地の運営もする貧乏令嬢ジューン。 7年ぶりにラドルフが帰国するがジューンは現れない。それもそのはず2年前にラドルフとジューンは婚約破棄しているからだ。そのことを知らないラドルフはジューンの家を訪ねる。しかしジューンはいない。後日王城で会った二人だったがラドルフは再会を喜ぶもジューンは喜べない。なぜなら王妃にラドルフと話すなと言われているからだ。わざと突き放すような言い方をしてその場を去ったジューン。そしてラドルフは7年ぶりに帰った実家で婚約破棄したことを知る。  溺愛したい美貌の年下騎士と弟としか見ていない年上令嬢。二人のじれじれラブストーリー!

精霊に転生した少女は周りに溺愛される

紅葉
恋愛
ある日親の喧嘩に巻き込まれてしまい、刺されて人生を終わらせてしまった少女がいた 。 それを見た神様は新たな人生を与える 親のことで嫌気を指していた少女は人以外で転生させてくれるようにお願いした。神様はそれを了承して精霊に転生させることにした。 果たしてその少女は新たな精霊としての人生の中で幸せをつかめることができるのか‼️ 初めて書いてみました。気に入ってくれると嬉しいです!!ぜひ気楽に感想書いてください!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

「子供ができた」と夫が愛人を連れてきたので祝福した

基本二度寝
恋愛
おめでとうございます!!! ※エロなし ざまぁをやってみたくて。 ざまぁが本編より長くなったので割愛。 番外編でupするかもしないかも。

【完結】どうして殺されたのですか?貴方達の愛はもう要りません  

たろ
恋愛
処刑されたエリーゼ。 何もしていないのに冤罪で…… 死んだと思ったら6歳に戻った。 さっき処刑されたばかりなので、悔しさも怖さも痛さも残ったまま巻き戻った。 絶対に許さない! 今更わたしに優しくしても遅い! 恨みしかない、父親と殿下! 絶対に復讐してやる! ★設定はかなりゆるめです ★あまりシリアスではありません ★よくある話を書いてみたかったんです!!

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

処理中です...