当て馬令嬢だと落ち込んでいたらいつの間にかお兄様に外堀を埋められて、結果、真の最愛の人に気づく事が出来ました。

石月 和花

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20. 令嬢、自覚する1

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マイヨール家でのお茶会の三日後、ミハイルはアイリーシャが読みたかったミューズリー王家の最期が詳細に書かれた歴史書を持ってマイヨール家を再訪していた。

「お忙しい中、ご足労いただき申し訳ございません。」
「マイヨール邸は、王城からの帰り道の途中ですし、私が来たくて来ているのですから、お気になさらないで下さい。」

時刻は夕方。王城での勤めを終えて、帰宅途中にミハイルはマイヨール家を訪ねたのだった。

「それで、この本について説明があるのですが、少しお時間をいただけますか?」
「勿論ですわ。」

帰宅途中に我が家に本を届けに寄ってもらっているだけなので、あまり時間はないのかもしれないと、室内へ誘う事を躊躇していたが、ミハイルの方から話があると申し出があったので、アイリーシャは一番近くのサロンへと彼を案内した。

「それで、こちらの本なのですが……」
そう言って、ミハイルは一冊の本をアイリーシャに手渡した。
その本の表紙を見て、アイリーシャは思わず感嘆の声を上げたのだった。

「まぁ!この本は、一般的には閲覧することも難しいのに。流石ミハイル様、このような貴重な本をお貸しいただけるなんて、有難うございます。」
「いや、実はお貸しする事は出来ないのです。」
「えっ?」
彼からの意外な返答に、アイリーシャは戸惑った。

「ご承知の通りこの本は、持ち出すだけでも、中々大変でして……。私が勉学の為に家に持ち帰る体で持ち出し申請をしているので、明日の登城時には返さないといけないのです。」

つまりは、今ここでこの本を全て読めと言う事なのだろうか?

アイリーシャは困惑した。何故ならこの本の厚さが、一朝一夕で読めるような本で無いことを物語っているからだ。

そんなアイリーシャの戸惑いを感じて、ミハイルはある提案を持ちかけたのだった。

「私が家に持ち帰って翌朝返すと言う事ならば何度でも行えます。そこで提案なんですが、今日のように王城での勤めの後にこちらに本を届けるので、毎回1時間くらい、少しずつ読み解き一緒に物語の主軸を考えるのはどうでしょうか。」
「そんな、そこまでご負担をかける事はできませんわ!」

ミハイルからの提案は非常に魅力的で大変ありがたかったが、仕事終わりに毎回我が家に寄って貰った上に更に史実の勉強に付き合わせるなんて、彼の負担を考えるとアイリーシャは素直にその提案を受け入れる事は出来なかった。

自分の申し出にイエスと言わないアイリーシャに、ミハイルは説得を続ける。

「私はこの計画を是非とも成功させたいと思っています。なので負担などではありませんよ。一人よりも二人で知恵を出し合った方がより良い作品ができると思いませんか?」

ミハイルはそう言ってアイリーシャを安心させようと試みたが、彼女はそれだけではまだ納得していない様だった。

それでも諦めずに、ミハイルは説得を続ける。

「それに、この本は昔の言葉で書かれているため、私と一緒に古文を読み解いて行った方が理解も進むと思いませんか?」

確かにその通りなのである。アイリーシャは古文は苦手であったし、ましてやミューズリ側の言葉ならきっと一人では読めないだろう。

そんなミハイルの説得に根負けして、アイリーシャは彼の提案を受け入れることにしたのだった。

ただし、彼女の方でもここは譲れないと言う条件を提示させてもらった。

ミハイルは無理をしない範囲でマイヨール家に来る事。
それから、休日をきちんと取る事。

この二点を約束させて、数日に一度ミハイルの負担にならない範囲で、王城帰りにマイヨール家を訪れる習慣が出来上がったのだった。


それから、ミハイルは三日に一回のペースでマイヨール家に通っていた。

一回の滞在時間は長くても1時間程度と短いものの、宣言通りこまめに通い、丁寧にわかりやすい言葉で指導してくれるミハイルに、アイリーシャはすっかり心を許していた。

初めのうちは、わざわざ時間を作ってもらう事に申し訳ない思いでいっぱいだったが、丁寧熱心にアイリーシャと向き合って一緒に取り組んでくれる彼の真摯な姿勢に触れて、次第に同志としての親愛の情を次第に抱いていったのだった。

それに何より、彼の説明やアドバイスはとても的確で、アイリーシャの理想がどんどん現実のものへと形になって行く事が大変嬉しく、ミハイルと会う時間を気づいたら心待ちにしていた。


そして、ミハイルがマイヨール家に通うようになって約三週間が経過した。

今日もいつものように、ミハイルはアイリーシャの元を訪れた。

この三週間の間で、二人は史実の確認をし、物語の主軸、方向性を決定していた。計画は順調だった。

ミューズリー側の視点で、ミューズリー内部の悪と正義とを対比して描くことで良いミューズリーを際立たせ、良いミューズリーとシュテルンベルグが手を取り合って国が発展していくという筋書きを考えたのだ。

こうして、史実に忠実に、ミューズリー側の英雄としてシュテルンベルグとの合併を取りまとめた立役者のカイン王子を、良いミューズリーの英雄、物語の主人公にする事迄はすんなり決まった。

けれど問題は悪役側だ。

アイリーシャには悪役についてどうしても気がかりな事があったのだが、それについて自分一人で考えてみても納得のいく答えを導き出すことが出来なかったのだ。

そこで彼女は、思い切って自分の中の懸念をミハイルに相談して意見を聞いてもらうことにしたのだった。

いつかの彼が言った
“もっと頼ってください”
という言葉に甘えさせて貰ったのだ。

「ミハイル様、悪役はどうしても作らないといけないのですか?実際我が国には悪側のミューズリー所縁の者達も暮らしています。その者達の立場が、今より悪くならないか不安なんです。」

アイリーシャは、新しい絵本の普及が上手くいったとして、今迄の蔑みの対象が別に向かわないかを心配していた。

彼女の目標は差別の根絶なので、今の建国の絵本と同じように悪者に対して悪感情が集まってしまうのでは無いかと危惧していたのだった。
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