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14. 令嬢、過去の出来事を知る1
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「それにしてもミハイル様はそんな以前から私の事を認識なさっていたのですね。」
美しい薔薇園という最高の眺めの中でメイドが淹れてくれた紅茶を飲みながら、アイリーシャは自身とミハイルとの不思議な縁について口にしていた。
「ミハイル様と言葉を初めて交わしたのが十日前のあの夜なのに、今こうして公爵家の薔薇園で二人でお茶を飲んでいるなんて、とても不思議ですわ。ミハイル様は王太子殿下の側近として、ずっと帯同してらしたから私達も長い付き合いではありますが、まさかこんな風にお茶を飲むことになるなんて思ってもみませんでした。」
そんなアイリーシャの言葉にミハイルは飲みかけていた紅茶のカップを静かに置き、彼女の方を向いて優しく語りかけるように言ったのだった。
「言葉を交わしたのはあの夜会が初めてでは無いのですよ。」
「えっ…?」
予想外のミハイルの発言に、アイリーシャは戸惑った。あの夜以前にミハイルと会話した記憶がないのだ。
目を大きく開けて固まっている彼女を見て、ミハイルは説明を追加した。
「幼かったから覚えてないかと思いますが、我々は幼少期の一時、一緒に過ごしていたのですよ。」
そう、それは今から10年前。
五大公爵家及びその所縁のある家から王太子殿下と年頃の近い男女の子供が、男子は王太子殿下の側近として、女子は王太子殿下の伴侶として、相応しい素質を持つ子供を選定する目的で王城に集められ、マナーや教養などの教育を一緒に受けていた時の事だった。
「そういえば、確かに王城での教育の場に最初の頃は男子も居た気がしますわ。でも、いつの頃からか姿を見かけなくなったかと。」
ミハイルに言われて、アイリーシャもなんとなく記憶が蘇ってくる。
「王太子殿下の側近の選定は半年位で終わったんですよ。知性、判断力、応用力……。そう言った類のものは半年も見れば地力が分かるそうで、そこでお眼鏡に叶った自分を含めた3人はより専門的な教育を受けるために専属の家庭教師の授業へと切り替わり、選ばれなかった残りの男子の授業もそこで終了となったから貴女の記憶には余り残っていないんだと思います。」
「そうだったんですね。でもどうしてそんなに男子と女子とで選定の期間が違うのかしら。王太子殿下の婚約者だって、もっと早くに選定すれば良かったのに。」
アイリーシャ自身、婚約者候補だったこの十年間を疎ましく思った事はないが、何気なく皮肉が口から出てしまった。
「女子の選定……王太子殿下の婚約者選びは、地頭の良さだけでなく容姿や健康状態も重要視されると聞いています。幼少期の姿だけでは選定が難しい為、だから複数の御令嬢を候補として長い間……」
一瞬言葉に詰まり、言いにくそうにミハイルが続けた。
「王家は、候補の御令嬢達を長い間確保なさっていたと言うことになります。あまり良いやり方ではないと私も思います。」
王太子殿下の側近であるミハイルが、王家の悪しき慣習を苦々しく吐露したので、アイリーシャは驚いたのだった。
「そこまではっきり仰って良いのですか?!」
立場上、ミハイルが王家の事を悪く言うなどとは微塵も思ってなかったからだ。
「まぁ、ここは自宅で今は私的な時間ですし、何より貴女しか聞いていないではないですか。」
そう言って、ミハイルはいつかと同じ人差し指を立てて口の前に当てて見せた。
これでここでの話は、二人だけの秘密ということになったのだった。
「それで、覚えていなくて恐縮ですが、私とミハイル様はどの様な交流があったのでしょう?」
話の流れを変えようと、アイリーシャはミハイルと自分が幼少期にどのような会話を交わしたのか必死に思い出そうとしていたが、なにせ10年前のことである。まだ6歳だった頃の記憶はそう簡単には甦ってこなかった。
「絵本……」
「えっ?」
ミハイルは小さな声で呟いたので、アイリーシャは思わず聞き返した。するとミハイルはバツが悪そうに、当時の事を話し始めてくれたのだった。
「この国の成り立ち、建国の絵本について、少々大人気ない対応を私は貴女にしたんですよ。」
10年前はミハイルだって8歳の子供だったので、大人気なくて当然ではなかろうか。などと思ったが、話の腰を折らずにアイリーシャは静かに続きを聞いた。
「当時、今のシュテルンベルグ王国がどの様にして建国されたかを子供にもわかりやすく伝わる様にと絵本を使って国の成り立ちを説いていました。」
「えぇ、良く覚えていますわ。」
その絵本は、この国の子供達ならば誰もが幼少期に触れる物であり、アイリーシャにとっても思い出深い物であった。
「あの本は子供向けの絵本ですから、大分史実が簡潔にされていましたし、王家を分かりやすく讃える為にシュテルンベルク王侯寄りの内容になっていて、あたかも昔のミューズリー王侯貴族が悪者のように書かれていました。」
ミハイルに言われてアイリーシャも絵本の内容を思い出す。
この国子供が初めて触れる建国物語として書かれた絵本は、実際の複雑な史実から大分子供向けにわかりやすく簡略化されていたのだった。
その上、今のシュテルンベルグを建国した現王室がいかに素晴らしいかを説明する為に、
【悪政を敷いて民を苦しめていたミューズリーの王侯貴族をシュテルンベルグ王家が倒して今の豊かな国を作った】
という、シュテルンベルグが善でミューズリーが悪という勧善懲悪物語になっていたのだ。
実際の史実はそんな単純な物ではないのに。
「貴女は当時、その絵本をたいそう気に入っていて、絵本の内容を鵜呑みにして信じ切っていたので、その、つい……絵本の内容は正確ではない。と、この国の歴史を史実に忠実に説いてしまったら……
……
貴女を泣かせてしまいました……」
言い難いのか、ミハイルの歯切れはどんどんと悪くなって言ったが、ついに過去の自分の行いを白状したのだった。
「その後直ぐに、我々側近候補の選定が終わり、御令嬢達と一緒の教育が打ち切られたので、謝る事が出来なかった。私はそれがずっと気になっていて……」
ミハイルはアイリーシャの目を見て、真摯な言葉を続ける。
「ずっと謝りたかったのですが、王太子の側近という立場上、婚約者候補の御令嬢に個人的に声をかける事が出来なかったのです。今こうして貴女とお話しできる立場となったことで、ようやく謝罪が出来ます。あの時、泣かせてしまい申し訳ありませんでした。」
そう言うと、ミハイルは深々と頭を下げたのだった。
美しい薔薇園という最高の眺めの中でメイドが淹れてくれた紅茶を飲みながら、アイリーシャは自身とミハイルとの不思議な縁について口にしていた。
「ミハイル様と言葉を初めて交わしたのが十日前のあの夜なのに、今こうして公爵家の薔薇園で二人でお茶を飲んでいるなんて、とても不思議ですわ。ミハイル様は王太子殿下の側近として、ずっと帯同してらしたから私達も長い付き合いではありますが、まさかこんな風にお茶を飲むことになるなんて思ってもみませんでした。」
そんなアイリーシャの言葉にミハイルは飲みかけていた紅茶のカップを静かに置き、彼女の方を向いて優しく語りかけるように言ったのだった。
「言葉を交わしたのはあの夜会が初めてでは無いのですよ。」
「えっ…?」
予想外のミハイルの発言に、アイリーシャは戸惑った。あの夜以前にミハイルと会話した記憶がないのだ。
目を大きく開けて固まっている彼女を見て、ミハイルは説明を追加した。
「幼かったから覚えてないかと思いますが、我々は幼少期の一時、一緒に過ごしていたのですよ。」
そう、それは今から10年前。
五大公爵家及びその所縁のある家から王太子殿下と年頃の近い男女の子供が、男子は王太子殿下の側近として、女子は王太子殿下の伴侶として、相応しい素質を持つ子供を選定する目的で王城に集められ、マナーや教養などの教育を一緒に受けていた時の事だった。
「そういえば、確かに王城での教育の場に最初の頃は男子も居た気がしますわ。でも、いつの頃からか姿を見かけなくなったかと。」
ミハイルに言われて、アイリーシャもなんとなく記憶が蘇ってくる。
「王太子殿下の側近の選定は半年位で終わったんですよ。知性、判断力、応用力……。そう言った類のものは半年も見れば地力が分かるそうで、そこでお眼鏡に叶った自分を含めた3人はより専門的な教育を受けるために専属の家庭教師の授業へと切り替わり、選ばれなかった残りの男子の授業もそこで終了となったから貴女の記憶には余り残っていないんだと思います。」
「そうだったんですね。でもどうしてそんなに男子と女子とで選定の期間が違うのかしら。王太子殿下の婚約者だって、もっと早くに選定すれば良かったのに。」
アイリーシャ自身、婚約者候補だったこの十年間を疎ましく思った事はないが、何気なく皮肉が口から出てしまった。
「女子の選定……王太子殿下の婚約者選びは、地頭の良さだけでなく容姿や健康状態も重要視されると聞いています。幼少期の姿だけでは選定が難しい為、だから複数の御令嬢を候補として長い間……」
一瞬言葉に詰まり、言いにくそうにミハイルが続けた。
「王家は、候補の御令嬢達を長い間確保なさっていたと言うことになります。あまり良いやり方ではないと私も思います。」
王太子殿下の側近であるミハイルが、王家の悪しき慣習を苦々しく吐露したので、アイリーシャは驚いたのだった。
「そこまではっきり仰って良いのですか?!」
立場上、ミハイルが王家の事を悪く言うなどとは微塵も思ってなかったからだ。
「まぁ、ここは自宅で今は私的な時間ですし、何より貴女しか聞いていないではないですか。」
そう言って、ミハイルはいつかと同じ人差し指を立てて口の前に当てて見せた。
これでここでの話は、二人だけの秘密ということになったのだった。
「それで、覚えていなくて恐縮ですが、私とミハイル様はどの様な交流があったのでしょう?」
話の流れを変えようと、アイリーシャはミハイルと自分が幼少期にどのような会話を交わしたのか必死に思い出そうとしていたが、なにせ10年前のことである。まだ6歳だった頃の記憶はそう簡単には甦ってこなかった。
「絵本……」
「えっ?」
ミハイルは小さな声で呟いたので、アイリーシャは思わず聞き返した。するとミハイルはバツが悪そうに、当時の事を話し始めてくれたのだった。
「この国の成り立ち、建国の絵本について、少々大人気ない対応を私は貴女にしたんですよ。」
10年前はミハイルだって8歳の子供だったので、大人気なくて当然ではなかろうか。などと思ったが、話の腰を折らずにアイリーシャは静かに続きを聞いた。
「当時、今のシュテルンベルグ王国がどの様にして建国されたかを子供にもわかりやすく伝わる様にと絵本を使って国の成り立ちを説いていました。」
「えぇ、良く覚えていますわ。」
その絵本は、この国の子供達ならば誰もが幼少期に触れる物であり、アイリーシャにとっても思い出深い物であった。
「あの本は子供向けの絵本ですから、大分史実が簡潔にされていましたし、王家を分かりやすく讃える為にシュテルンベルク王侯寄りの内容になっていて、あたかも昔のミューズリー王侯貴族が悪者のように書かれていました。」
ミハイルに言われてアイリーシャも絵本の内容を思い出す。
この国子供が初めて触れる建国物語として書かれた絵本は、実際の複雑な史実から大分子供向けにわかりやすく簡略化されていたのだった。
その上、今のシュテルンベルグを建国した現王室がいかに素晴らしいかを説明する為に、
【悪政を敷いて民を苦しめていたミューズリーの王侯貴族をシュテルンベルグ王家が倒して今の豊かな国を作った】
という、シュテルンベルグが善でミューズリーが悪という勧善懲悪物語になっていたのだ。
実際の史実はそんな単純な物ではないのに。
「貴女は当時、その絵本をたいそう気に入っていて、絵本の内容を鵜呑みにして信じ切っていたので、その、つい……絵本の内容は正確ではない。と、この国の歴史を史実に忠実に説いてしまったら……
……
貴女を泣かせてしまいました……」
言い難いのか、ミハイルの歯切れはどんどんと悪くなって言ったが、ついに過去の自分の行いを白状したのだった。
「その後直ぐに、我々側近候補の選定が終わり、御令嬢達と一緒の教育が打ち切られたので、謝る事が出来なかった。私はそれがずっと気になっていて……」
ミハイルはアイリーシャの目を見て、真摯な言葉を続ける。
「ずっと謝りたかったのですが、王太子の側近という立場上、婚約者候補の御令嬢に個人的に声をかける事が出来なかったのです。今こうして貴女とお話しできる立場となったことで、ようやく謝罪が出来ます。あの時、泣かせてしまい申し訳ありませんでした。」
そう言うと、ミハイルは深々と頭を下げたのだった。
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