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75. 突然の別れ
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「何かしらあの人集り。うちの前だわ……」
アンナとルーフェスが急いで家に帰ると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。
家のドアは破壊されていて、その前で何故かエミリアがエヴァンを横に立たせて独唱を披露していて、集まった人々で通りが埋め尽くされているのだ。
アンナとルーフェスは一体何が起こっているのか分からず、状況が把握出来ないでいた。
「……とりあえず、エヴァンは無事みたいだね。」
「えっ、えぇ。良かったわ……」
二人は暫く呆然としながらその様子を見ていたが、やがてエミリアがこちらに気づいて手を振ってきたのだった。
「あ、二人ともお帰りなさい!」
「ただいまエミリア……これはどういうことなの?」
アンナが困惑したように尋ねるも、彼女は笑顔でこちらに手を振るだけで答えはなかった。その代わりにエミリアは聴衆に向かって「次で最後にするわ」と言って一曲歌い上げると、最後に大きく丁寧にお辞儀をして彼らを解散させたのだった。
「それで……一体何が起こったの?」
集まっていた人々が、すっかり居なくなってから、アンナは壊れているドアを横目にエミリアに訊ねた。
「見知らぬ男たちに、エヴァンが連れ去られそうになったのよ。ドアを壊したのもそいつら。で、私は咄嗟に人目の多い状況を作る為に歌を歌ってたって訳よ。」
「えぇっ?!エヴァン、大丈夫だった?!」
「見ての通り大丈夫だよ。ドアは大丈夫じゃないけど。」
そう言ってエヴァンは少し困ったような顔をして肩をすくめて見せるも、直ぐに真剣な顔になってアンナと向き合った。
「それより姉さん、審議会の方はどうだったの?」
耐え忍んだこの五年間の結末が一体どうなったのか、彼はアンナの口から聞き届けるまでは不安で仕方なかったのだ。
そんなエヴァンの様子に、アンナは弟の頭を優しく撫でると、穏やかな笑みを浮かべて裁判所の判断を伝えたのだった。
「うん。上手くいったわ。私が無事に爵位を引き継いだわ。」
「ほ……本当に……?」
その言葉にエヴァンは信じられないといった顔でアンナを見つめて固まっていたが、そんな彼をアンナは満面の笑みで抱きしめて喜びを分かち合った。
「えぇ、本当よ!私たちラディウス領へ帰れるわ!!」
「ほ……本当なんだね……」
それを聞いてエヴァンは、顔を歪ませるとアンナの胸に顔を埋めて思いっきり泣いた。それは歳のわりに大人びて、どこか達観しているところのある普段の彼からは、想像できない姿であった。
「アンナ!エヴァン!おめでとう!!!」
「有難う、エミリア!!」
抱きしめあって喜んでいる姉弟にエミリアも加わって、三人はお互いを抱き合ってラディウスの爵位奪還を心の底から喜んだ。そしてその様子を、ルーフェスは一歩下がって温かな眼差しで見守ったのだった。
「そうなると、やはりあの男たちは叔父さんの差金なんだろうね。俺たちを殺せば、再びあの人が爵位継ぐことになるからね。」
ひとしきり喜んだ後、エヴァンが先程の状況を冷静に分析して見せてると、その言葉にアンナも少し表情を曇らせた。
「実は私たちの所にも嫌な感じの男たちが来たのよ。ルーフェスが追い払ってくれたけれども、明確な殺意があったわ。」
「そんな……、大丈夫なの?」
「大丈夫。……って言いたい所だけども、実際ちょっと困ったわね。家のドアも壊れてるし、どこか安全な場所で保護して貰いたいのが本音だわ。」
二人を心配するエミリアに向けて、アンナは苦笑いをしながら答えた。当面の問題としては、アンナとエヴァンの身の安全を確保しなければいけなかったのだ。
「それだったらうちにおいでよ。向こうより身分が上だし、うちにいたら手出しは出来ないんじゃないかな?」
「確かに、今はそれが一番安全よね……。ルーフェス、お願いできるかしら?」
「勿論だよ。君たちがラディウスの領地へ帰る時まで居てくれていいし、なんだったらこのままずっと居てくれたっていいさ。」
それは一体どう言う意味だろうかと、深い意味を考えそうになって、アンナは慌てて思考を振り払った。
「それじゃあ、悪いけどお言葉に甘えさせて貰うわ……。私と、エヴァンと、それとエミリアも……」
「あら、私なら大丈夫よ。」
アンナは心配そうにエミリアをチラリと見て、自分たち姉弟以外に彼女も保護してくれるように頼んだのだが、それをエミリア本人がやんわりと断ったのだった。
「どうして?!貴女だってあんなに目立ってしまったのよ、きっと目をつけられてしまっているわ!」
「狙いはあくまでもアンナとエヴァンの二人だろうし、一緒にいる所見られているけれども、私は明日にはもう王都を出発するから流石にこっちまで構わないでしょう。それに念のため今日も劇団の皆と居ることにするから、だから私の事は心配しなくて平気よ。」
エミリアは、アンナを安心させるようにそう言うと、ニッコリと笑ってみせた。それから少し寂しそうな顔をするも、直ぐにまた極上の笑顔を作って、アンナとエヴァンに抱きついたのだった。
「ちょっと急だけども暫く会えなくなるから、今、挨拶をさせてね。これから領地に戻ったらきっとまた色々と大変な事があるとは思うけども頑張ってね。私に出来ることはもう何も無いかもしれないけども、それでもずっと、貴女達の幸せを願っているわ!」
「エミリア……」
彼女の言葉に、アンナは耐えきれなくなって子供のように泣き出してしまった。見るとエヴァンも、同じように声を上げて泣いている。
「エミリア……、今まで有難う……。本当に、有難う……」
王都にやって来てからの五年間。エミリアは良き隣人であり、二人の姉であり、一番の協力者であった。彼女が居なければ、ここまで来れなかったであろうと思うほどに、彼女はアンナとエヴァンにとってかけがえのない存在となっていたのだ。
「ほら、今生の別れじゃないんだからそんなに泣かないで?私地方巡業でラディウス領にも行くわよ。だからその時は、しっかりもてなしてよね?」
「勿論、勿論よ!絶対来てね?それから、手紙も書くわ、だから返事を書いてね?」
「えぇ!約束するわ!!」
エミリアは、アンナの涙を拭いながら力強くうなずいてみせた。そしてルーフェスの方を見ると、彼に向かって深く頭を下げたのだった。
「アンナとエヴァンを宜しくお願いします。」
「ああ、任せておいて。何があっても、二人のことは僕が絶対に守るから。」
ルーフェスはエミリアの真剣な眼差しに応えるようにしっかりとエミリアの目を見て力強く誓った。
そしてエミリアは、そんな彼の様子に安心すると、最後にもう一度、アンナとエヴァンに向き合った。
「アンナ、エヴァン、またね。暫く会えないけど、元気でね。」
「うん、エミリアも、エミリアも元気でね。本当に、本当に今まで有難うね。」
そう言ってアンナもエミリアもエヴァンも、目に涙を浮かべながらもニッコリ笑ってみせると、もう一度三人でハグをして、各々の繁栄と安寧を祈ったのだった。
こうして、エミリアに見送られてアンナたちは、ルーフェスが用意した馬車でクライトゥールの御屋敷へと向かった。
エミリアとの別れを経験して、アンナとエヴァンは黙ったまま窓の外を眺めているので車内少し重い空気が漂っていたが、ルーフェスもそんな二人の心境をおもんばかって、何も話さずに、じっと二人を見守った。
これでもうエミリアと二度と会えなくなる訳ではないが、五年間、ずっと二人のことを側で見守ってくれていた彼女の存在が、ぽっかりと抜けてしまうという事実に慣れるまでは時間がかかりそうだった。
アンナとルーフェスが急いで家に帰ると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。
家のドアは破壊されていて、その前で何故かエミリアがエヴァンを横に立たせて独唱を披露していて、集まった人々で通りが埋め尽くされているのだ。
アンナとルーフェスは一体何が起こっているのか分からず、状況が把握出来ないでいた。
「……とりあえず、エヴァンは無事みたいだね。」
「えっ、えぇ。良かったわ……」
二人は暫く呆然としながらその様子を見ていたが、やがてエミリアがこちらに気づいて手を振ってきたのだった。
「あ、二人ともお帰りなさい!」
「ただいまエミリア……これはどういうことなの?」
アンナが困惑したように尋ねるも、彼女は笑顔でこちらに手を振るだけで答えはなかった。その代わりにエミリアは聴衆に向かって「次で最後にするわ」と言って一曲歌い上げると、最後に大きく丁寧にお辞儀をして彼らを解散させたのだった。
「それで……一体何が起こったの?」
集まっていた人々が、すっかり居なくなってから、アンナは壊れているドアを横目にエミリアに訊ねた。
「見知らぬ男たちに、エヴァンが連れ去られそうになったのよ。ドアを壊したのもそいつら。で、私は咄嗟に人目の多い状況を作る為に歌を歌ってたって訳よ。」
「えぇっ?!エヴァン、大丈夫だった?!」
「見ての通り大丈夫だよ。ドアは大丈夫じゃないけど。」
そう言ってエヴァンは少し困ったような顔をして肩をすくめて見せるも、直ぐに真剣な顔になってアンナと向き合った。
「それより姉さん、審議会の方はどうだったの?」
耐え忍んだこの五年間の結末が一体どうなったのか、彼はアンナの口から聞き届けるまでは不安で仕方なかったのだ。
そんなエヴァンの様子に、アンナは弟の頭を優しく撫でると、穏やかな笑みを浮かべて裁判所の判断を伝えたのだった。
「うん。上手くいったわ。私が無事に爵位を引き継いだわ。」
「ほ……本当に……?」
その言葉にエヴァンは信じられないといった顔でアンナを見つめて固まっていたが、そんな彼をアンナは満面の笑みで抱きしめて喜びを分かち合った。
「えぇ、本当よ!私たちラディウス領へ帰れるわ!!」
「ほ……本当なんだね……」
それを聞いてエヴァンは、顔を歪ませるとアンナの胸に顔を埋めて思いっきり泣いた。それは歳のわりに大人びて、どこか達観しているところのある普段の彼からは、想像できない姿であった。
「アンナ!エヴァン!おめでとう!!!」
「有難う、エミリア!!」
抱きしめあって喜んでいる姉弟にエミリアも加わって、三人はお互いを抱き合ってラディウスの爵位奪還を心の底から喜んだ。そしてその様子を、ルーフェスは一歩下がって温かな眼差しで見守ったのだった。
「そうなると、やはりあの男たちは叔父さんの差金なんだろうね。俺たちを殺せば、再びあの人が爵位継ぐことになるからね。」
ひとしきり喜んだ後、エヴァンが先程の状況を冷静に分析して見せてると、その言葉にアンナも少し表情を曇らせた。
「実は私たちの所にも嫌な感じの男たちが来たのよ。ルーフェスが追い払ってくれたけれども、明確な殺意があったわ。」
「そんな……、大丈夫なの?」
「大丈夫。……って言いたい所だけども、実際ちょっと困ったわね。家のドアも壊れてるし、どこか安全な場所で保護して貰いたいのが本音だわ。」
二人を心配するエミリアに向けて、アンナは苦笑いをしながら答えた。当面の問題としては、アンナとエヴァンの身の安全を確保しなければいけなかったのだ。
「それだったらうちにおいでよ。向こうより身分が上だし、うちにいたら手出しは出来ないんじゃないかな?」
「確かに、今はそれが一番安全よね……。ルーフェス、お願いできるかしら?」
「勿論だよ。君たちがラディウスの領地へ帰る時まで居てくれていいし、なんだったらこのままずっと居てくれたっていいさ。」
それは一体どう言う意味だろうかと、深い意味を考えそうになって、アンナは慌てて思考を振り払った。
「それじゃあ、悪いけどお言葉に甘えさせて貰うわ……。私と、エヴァンと、それとエミリアも……」
「あら、私なら大丈夫よ。」
アンナは心配そうにエミリアをチラリと見て、自分たち姉弟以外に彼女も保護してくれるように頼んだのだが、それをエミリア本人がやんわりと断ったのだった。
「どうして?!貴女だってあんなに目立ってしまったのよ、きっと目をつけられてしまっているわ!」
「狙いはあくまでもアンナとエヴァンの二人だろうし、一緒にいる所見られているけれども、私は明日にはもう王都を出発するから流石にこっちまで構わないでしょう。それに念のため今日も劇団の皆と居ることにするから、だから私の事は心配しなくて平気よ。」
エミリアは、アンナを安心させるようにそう言うと、ニッコリと笑ってみせた。それから少し寂しそうな顔をするも、直ぐにまた極上の笑顔を作って、アンナとエヴァンに抱きついたのだった。
「ちょっと急だけども暫く会えなくなるから、今、挨拶をさせてね。これから領地に戻ったらきっとまた色々と大変な事があるとは思うけども頑張ってね。私に出来ることはもう何も無いかもしれないけども、それでもずっと、貴女達の幸せを願っているわ!」
「エミリア……」
彼女の言葉に、アンナは耐えきれなくなって子供のように泣き出してしまった。見るとエヴァンも、同じように声を上げて泣いている。
「エミリア……、今まで有難う……。本当に、有難う……」
王都にやって来てからの五年間。エミリアは良き隣人であり、二人の姉であり、一番の協力者であった。彼女が居なければ、ここまで来れなかったであろうと思うほどに、彼女はアンナとエヴァンにとってかけがえのない存在となっていたのだ。
「ほら、今生の別れじゃないんだからそんなに泣かないで?私地方巡業でラディウス領にも行くわよ。だからその時は、しっかりもてなしてよね?」
「勿論、勿論よ!絶対来てね?それから、手紙も書くわ、だから返事を書いてね?」
「えぇ!約束するわ!!」
エミリアは、アンナの涙を拭いながら力強くうなずいてみせた。そしてルーフェスの方を見ると、彼に向かって深く頭を下げたのだった。
「アンナとエヴァンを宜しくお願いします。」
「ああ、任せておいて。何があっても、二人のことは僕が絶対に守るから。」
ルーフェスはエミリアの真剣な眼差しに応えるようにしっかりとエミリアの目を見て力強く誓った。
そしてエミリアは、そんな彼の様子に安心すると、最後にもう一度、アンナとエヴァンに向き合った。
「アンナ、エヴァン、またね。暫く会えないけど、元気でね。」
「うん、エミリアも、エミリアも元気でね。本当に、本当に今まで有難うね。」
そう言ってアンナもエミリアもエヴァンも、目に涙を浮かべながらもニッコリ笑ってみせると、もう一度三人でハグをして、各々の繁栄と安寧を祈ったのだった。
こうして、エミリアに見送られてアンナたちは、ルーフェスが用意した馬車でクライトゥールの御屋敷へと向かった。
エミリアとの別れを経験して、アンナとエヴァンは黙ったまま窓の外を眺めているので車内少し重い空気が漂っていたが、ルーフェスもそんな二人の心境をおもんばかって、何も話さずに、じっと二人を見守った。
これでもうエミリアと二度と会えなくなる訳ではないが、五年間、ずっと二人のことを側で見守ってくれていた彼女の存在が、ぽっかりと抜けてしまうという事実に慣れるまでは時間がかかりそうだった。
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