上 下
71 / 86

71. 決着

しおりを挟む
「あー……アンナ、ちょっと……」

 急に声を上げたルーフェスが席から立ち上がると、テーブルから少し離れた位置に手招いたので、アンナは不思議にも思いながらも彼の方へと移動した。

 するとルーフェスは、部屋の中央に背を向けると、アンナの手を取ってそれを彼女に握らせたのだった。

「後でちゃんと説明するし、後でちゃんと怒られるから、兎に角今はこれを使って。」
「えっ……を何でルーフェスが……?!」

 手の中の物を確認して、アンナは目を丸くした。それから、ルーフェスの顔を見ると、彼はバツが悪そうな顔でこちらを見ていたのだった。

「後でちゃんと説明するから……。とにかく今はこれで、アンナの身分を証明しよう。」

 そう言ってルーフェスは、彼女の背中を押して、再び席に着席させた。

 彼が握らせたは、最高で最強の隠し球であったのだ。

 だからアンナは、手の中のそれを握りしめると、再び力強い意志を瞳に宿し、毅然とした態度で、新たな証拠として提示したのだった。

「審議官、私がラディウス前男爵の娘である事を証明します。これは、私が産まれた時に辺境防衛で武勲を立てた父が、国王陛下から賜ったブローチです!!」

 銀細工に宝石が散りばめられたそのブローチの裏側には、細かい文字で、ラディウス男爵の武勲を讃える言葉と娘誕生に対する祝辞と、それから国王陛下のサインが彫ってあったのだ。

 ブローチを受け取ってその文字を確認すると、審議官は審議官は驚きの声を上げてこれが本物である事を認めたのだった。

「これは、紛れもなく国王陛下からの賜り物!!これを持っているということは、疑いようもありませんね。」

 その様子に、アンナは今度こそ本当に胸を撫で下ろした。これで、彼女がラディウス前男爵の娘であることが証明されたのだ。

 しかし、叔父だけはそれに納得しなかった。彼は顔を真っ赤にして震え出すと、立ち上がって強く抗議を始めたのだった。

「お前がそんな物を持っているわけがない!!偽物だ!!」
「国王陛下からの御下賜品をそのように仰るなんて不敬になりますよ。」
「なっ……大体そのブローチはそっちの男が持っていた物じゃないのか、さっきお前がアンナに渡していただろう?!」
「はい。切り札なので、彼女に言われて預かってました。」

 今にも頭から湯気が出てきそうな程に憤慨している叔父の剣幕に臆することもなく、ルーフェスはしれっと息を吐くようにそれらしい嘘を言ってあしらった。

 すると叔父は、余計に逆上してルーフェスを睨みつけたのだった。

「大体、お前は誰なんだ?!何の権利があってこの場に居るんだ?!」
「これは失礼。名乗るのが遅れました。クライトゥール公爵家次男、ルーフェスと申します。アンナは大切な友人で、彼女に請われて同席しました。」
「なっ……公爵家の人間だと……」

 ルーフェスが立ち上って優美に挨拶をしてみせると、叔父はその身分の高さに一瞬たじろいだ。しかし、彼は直ぐにある事を思い出して、勝ち誇ったかのように反論を続けたのだった。

「いや、クライトゥール公爵の息子は一人だけで確か名前は……リチャードだったはず!さてはお前も偽物だな?!審議官、このような偽物の言うことなど信用できません!!」

 彼は自信を持って審議官にそう訴えかけたのだが、しかし審議官は、困ったような、憐れむような目で叔父を眺めたのだった。

「ラディウス男爵は、一昨日の劇を観ていないのですねぇ……」
「……は?劇……?」

 審議官の言葉の意味が理解できず、男爵はポカンと口を大きく開けて呆けてしまった。

「あれは、中々の傑作でしたよ。」
「有難うございます。まぁ、あれは兄の主演ですけども。」
「な、何を訳の分からない事を言っているんだ?!!」

 一昨日はまだ領地に居た為に中央広場での件を知らない叔父は、二人の会話の意味が分からずにただ一人喚き散らしたが、彼の主張が受け入れられる事は無かった。

「とにかく、裁判所としては、ここに居るアンナ・ラディウスが男爵位を受け継ぐことを認めます。これ以上の異議は受け付けません。良いですね?」

 一連のやり取りを通して、裁判所は正式にアンナの主張を認めたのだ。
 この宣言にアンナは目に涙を浮かべながら立ち上がると、感謝の意を込めて深々と頭を垂れたのだった。

「ありがとうございます!!」

 遂に、認められたのだ。

 アンナはこの五年間の様々な記憶がよみがえり、胸が一杯だった。

 ふと、叔父の方を見遣ると、彼はこの状況を認められず、かと言ってこれ以上は意見を述べる事も許されていないので、口をパクパクさせながら戦慄いていた。

 その顔は全然納得していないと言った顔であった。

 そんな不服そうな態度に気付いて、ルーフェスは表面上穏やかな声でそっと釘を刺したのだった。

「速やかにラディウス男爵家を明け渡して、彼女達に帰る家を返してくださいね。」

 しかし、叔父は歯軋りをしながらルーフェスを睨め付けるばかりで何も言わなかったので、ルーフェスは眉を顰めると、今度は大きな声で審議官に確認したのだった。

「こういうのって、強制的に排除できますよね?」
「期日までに明け渡さなければ、そうなりますね。」

 その言葉を聞き出すと、ルーフェスは再び敵意を剥き出しの叔父へと向き合って、微笑みながら、サイド通告をしたのだった。

「我が家は魔術師の家系でね、僕一人で一個小隊位ならば簡単に壊滅させられるんです。だから変な事は画策しない方がいいですよ。」

 顔は笑っているが、目は全く笑っていない。ルーフェスが獲物を射抜くような氷の視線で、その静かな怒りを叔父にぶつけると、叔父は「くそっ、覚えていろ!!」と、捨て台詞を吐いて、部屋から出ていったのだった。

「……あいつ、徹底的に潰した方が良いな……」

 扉が閉まると、ルーフェスはボソリと不穏な独り言を言ったが、アンナは聞かなかった事にした。

 なんにせよ、これで終わったのだ。

「審議官様、公平なご判断を有り難うございました。」

 アンナはもう一度深々と頭を下げて感謝の言葉を口にすると、それからルーフェスの方を見た。

「ルーフェスも、有難う。貴方が居てくれたお陰で上手くいったわ。」
「どういたしまして。」

 彼はいつもと同じ優しい笑みを浮かべて、アンナを見つめていた。

「さぁ、帰ろうか。」
「えぇ……帰りましょう。」

 アンナは晴々しい気持ちでルーフェスから差し出された手を取ると、二人はもう一度礼をしてから裁判所を後にしたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

彼はもう終わりです。

豆狸
恋愛
悪夢は、終わらせなくてはいけません。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

処理中です...