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41. 雑踏の中のすれ違い
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怪我を負ったルーフェスと別れてから一週間が経っていた。
アンナは少しの期待を胸に、いつも彼と待ち合わせている時刻に合わせて毎日ギルドに通ってはいるが、あれ以来、ルーフェスは一度も姿を見せていない。
毎朝ギルドの扉を開けては、彼の姿を探したが、その姿を見つけることができなくて、アンナは人知れず落胆していたのであった。
あの日からアンナはエヴァンに請われた事もあり、一人で出来る簡単な依頼のみを行うようにしていたので、幾分か自由に使える時間が生まれていた。なのでアンナは、ルーフェスに良い知らせを届けたい一心で、一人で五十年前のルオーレ家の事を調べていたのだった。
まず、苦労して倒したエンシェントウルフの尻尾を換金し、約束通り薬を買ってマチルダへと届けると、彼女から涙を流すほど感謝されて、早速その薬を病人のカーラに与えた。
その薬は直ぐに効果が現れるわけではなかったが、それでもカーラは目に見えて日に日に回復していった。
そして今日。
薬のお陰で、咳もほとんど出なくなり会話ができるまでにカーラが回復したとマチルダから連絡をもらったので、アンナはルーフェスがいつも聞いていた“五十年前のルオーレ公爵家での爆発事故について”を直接話を聞く為に、彼女の家を訪ねたのだった。
「五十年前ルオーレ公爵邸で起こった魔力爆発について知っている人を探してるんです。お知り合いにルオーレ公爵邸の元使用人とか、ルオーレ公爵邸に出入りしていた業者とかはいらっしゃいませんか?」
アンナはベッドに横になったままの老婆に目線を合わせる為に膝を折ってしゃがみ込み、聞き取りやすい様にゆっくりと大きな声で話しかけた。
「えぇ、えぇ。居るわよ一人。」
カーラは横になったままアンナの方に顔を向けて、穏やかにその問いかけに答えた。それは、アンナとルーフェスがずっと聞きたかった言葉だった。
「本当ですかっ?!」
待ち望んでいた言葉をついに聞けたことがあまりにも嬉しくて、アンナは思わず身を乗り出して大きな声を上げて喜んだ。
あまりに大袈裟に喜ぶアンナの様子にカーラは一瞬目を丸くしたが、直ぐに子供を見守る様な優しい眼差しに戻り、静かに続きを話してくれた。
「えぇ。エレーネと言って、私の古くからの友人よ。彼女はルオーレ家で働いていたわ。あの日はとても肝が冷えたから良く覚えているの。彼女も巻き込まれたのではないかと思ってとても心配したわ。」
ここまで話すと、カーラは大きく咳き込んだ。回復したとはいえ、病人である事には変わりない。彼女に余り長い時間話をさせるわけにはいかないと、アンナは核心に急いだ。
「でも、そのエレーネさんは無事だったんですね?」
「そうなのよ。たまたま用事を言いつかって外に出ていたから助かったのよ。本当によかったわ。」
それを聞いて、アンナの鼓動は早くなった。胸の前でぐっと両手を握り締め、それから、恐る恐る、口を開いた。
「それで、エレーネさんからも直接話を聞きたいんですが、彼女を紹介して貰えますか?」
どうかルーフェスを五十年前の真相まで辿り着かせてと、アンナは祈るような気持ちでカーラの言葉を待ったのだった。
***
(遂に見つかった!真相を知ってるかもしれない人が!!)
中央広場へと向かう大通りを、アンナは思わず走り出したくなる位に昂った気持ちを必死に抑えながら歩いていた。
平然を装って歩いているけれども、カーラから五十年前の事件のことを知る可能性の高いエレーネの所在を教えて貰えた嬉しさを隠しきれず、傍から見ても、彼女の機嫌が良い事が丸わかりだった。
ここ二ヶ月。
いや、ルーフェス一人で調べていた期間を入れたらもっと前から探していた真相に、遂に手が届いたかと思うと自然と笑みも溢れた。
この事を早く彼に伝えたい。
知り合ってからは、ほぼ毎日と言って良いほど会っていたのに、それがもう一週間も会えていないのだ。
怪我は良くなっただろうか。
怪我が治ったらまた会えるだろうか。
気がつけば、彼の事ばかり考えてしまっている。
(いつになったらルーフェスと会えるだろうか。あんなに酷い怪我だったし、治るのに時間がかかるとは思うけど……。私の誕生日までに、会いたかったけども、あんな酷い怪我じゃきっとそれは無理よね……)
アンナの誕生日は 四日後だった。
事がうまく運べばアンナは王都を離れてラディウス男爵領に帰る事になる。そうなる前に会えないと、もう二度とルーフェスと会えないような気がして、焦りと不安が混ざり合ったような何とも言えない感情が胸に渦巻いた。
(あっ、でも……その場合は、あの人を訪ねれば良いのか。)
ふと脳裏によぎった、クライトゥール公爵家のジェフという庭師。
会ったことはないが、ルーフェスが師匠と呼ぶその彼に頼めば取次はしてもらえるかもしれない。それに気づくと、気持ちが少し軽くなり、アンナは俯きかけていた顔を上げて前を見た。
その時だった。
(えっ……?!)
不意に、前を歩く一人の青年に目が止まった。
後ろ姿だけどわかる。
自分が見間違えるわけが無かった。
それは、今一番会いたかった人物……
「ルーフェス!!」
後ろから呼びかけるも、彼は気付いていないのか、反応することなくどんどんと、雑踏の中を歩いていく。
「ねぇ、待って。」
アンナは離れていく彼に思わず駆け寄って、その左腕を掴んだ。
「えっ……と、何か私に用ですか?」
急に腕を掴まれて、びっくりするように振り返ったその男性は、確かにルーフェスであった。
しかし、その表情にはいつもの様な穏やかな優しい笑みはなく、怪訝な表情でアンナを伺っているのだ。
それはまるで、初対面の人に取る様な態度だった。
「えっ……用って……」
想像もしていなかった彼の反応にアンナはたじろいだ。
いつもと違う彼の様子に動揺し、呼び止めたはよいが次の言葉が出てこないのだ。
気まずい空気が流れかけたその時、彼の横から第三者が声を上げたのだった。
「どうしたの?早くしないとルーフェスが言っていた舞台が始まってしまうわ。急ぎましょう?」
美しい金の髪に透き通るような白い肌。空を映したかのような真っ青な瞳に林檎のような赤い唇のまるでお人形の様な可憐な女性が、彼の腕を引っ張ると、上目遣いで急ぐ様にと促したのだ。
すると彼は、「そうだねリリィ」と言って、アンナに向けた硬い表情とは一変して、まるで愛しい者を見るかの様な優しい眼差しを横に居る女性に向けて微笑んだのだった。
その光景を見た瞬間、アンナの心臓はドクリと大きく跳ね上がった。
いつも自分に向けてくれていた優しい笑みを、どうして今日は向けてくれないのだろうか。
貴方の視線の先にはどうして他の女性がいるのだろうか。
今まで経験した事のない黒い感情が、胸の奥底から湧き上がり、ドロドロとした物が身体中を這いずり回っているかのようで気持ちが悪い。
彼の左腕を掴んだまま、アンナは固まって何も言えなくなってしまった。
この目の前に居る人はルーフェスの筈なのに、まるで別人の様だった。
「……悪いけど急ぐんで。」
自分の腕を掴んだまま、動かないでいるアンナに困惑して対処を決めかねていた彼であったが、そう一言声をかけると、自分の腕からアンナの手をそっと解いた。
そして、連れの女性の手を取ると、困った様にアンナを一瞥し、そのまま去っていったのだった。
「あの方は、貴方のお知り合いだったの?」
「いいや、私の知らない人だったよ。けど……」
そんな離れていく二人の会話がアンナの耳にも届いてきたが、直ぐに雑踏の音に紛れてそれ以上は聞こえなくなった。
仲良く手を繋いで歩いていく二人の後ろ姿を、アンナはただ立ちすくみ眺めることしか出来なかった。
アンナは少しの期待を胸に、いつも彼と待ち合わせている時刻に合わせて毎日ギルドに通ってはいるが、あれ以来、ルーフェスは一度も姿を見せていない。
毎朝ギルドの扉を開けては、彼の姿を探したが、その姿を見つけることができなくて、アンナは人知れず落胆していたのであった。
あの日からアンナはエヴァンに請われた事もあり、一人で出来る簡単な依頼のみを行うようにしていたので、幾分か自由に使える時間が生まれていた。なのでアンナは、ルーフェスに良い知らせを届けたい一心で、一人で五十年前のルオーレ家の事を調べていたのだった。
まず、苦労して倒したエンシェントウルフの尻尾を換金し、約束通り薬を買ってマチルダへと届けると、彼女から涙を流すほど感謝されて、早速その薬を病人のカーラに与えた。
その薬は直ぐに効果が現れるわけではなかったが、それでもカーラは目に見えて日に日に回復していった。
そして今日。
薬のお陰で、咳もほとんど出なくなり会話ができるまでにカーラが回復したとマチルダから連絡をもらったので、アンナはルーフェスがいつも聞いていた“五十年前のルオーレ公爵家での爆発事故について”を直接話を聞く為に、彼女の家を訪ねたのだった。
「五十年前ルオーレ公爵邸で起こった魔力爆発について知っている人を探してるんです。お知り合いにルオーレ公爵邸の元使用人とか、ルオーレ公爵邸に出入りしていた業者とかはいらっしゃいませんか?」
アンナはベッドに横になったままの老婆に目線を合わせる為に膝を折ってしゃがみ込み、聞き取りやすい様にゆっくりと大きな声で話しかけた。
「えぇ、えぇ。居るわよ一人。」
カーラは横になったままアンナの方に顔を向けて、穏やかにその問いかけに答えた。それは、アンナとルーフェスがずっと聞きたかった言葉だった。
「本当ですかっ?!」
待ち望んでいた言葉をついに聞けたことがあまりにも嬉しくて、アンナは思わず身を乗り出して大きな声を上げて喜んだ。
あまりに大袈裟に喜ぶアンナの様子にカーラは一瞬目を丸くしたが、直ぐに子供を見守る様な優しい眼差しに戻り、静かに続きを話してくれた。
「えぇ。エレーネと言って、私の古くからの友人よ。彼女はルオーレ家で働いていたわ。あの日はとても肝が冷えたから良く覚えているの。彼女も巻き込まれたのではないかと思ってとても心配したわ。」
ここまで話すと、カーラは大きく咳き込んだ。回復したとはいえ、病人である事には変わりない。彼女に余り長い時間話をさせるわけにはいかないと、アンナは核心に急いだ。
「でも、そのエレーネさんは無事だったんですね?」
「そうなのよ。たまたま用事を言いつかって外に出ていたから助かったのよ。本当によかったわ。」
それを聞いて、アンナの鼓動は早くなった。胸の前でぐっと両手を握り締め、それから、恐る恐る、口を開いた。
「それで、エレーネさんからも直接話を聞きたいんですが、彼女を紹介して貰えますか?」
どうかルーフェスを五十年前の真相まで辿り着かせてと、アンナは祈るような気持ちでカーラの言葉を待ったのだった。
***
(遂に見つかった!真相を知ってるかもしれない人が!!)
中央広場へと向かう大通りを、アンナは思わず走り出したくなる位に昂った気持ちを必死に抑えながら歩いていた。
平然を装って歩いているけれども、カーラから五十年前の事件のことを知る可能性の高いエレーネの所在を教えて貰えた嬉しさを隠しきれず、傍から見ても、彼女の機嫌が良い事が丸わかりだった。
ここ二ヶ月。
いや、ルーフェス一人で調べていた期間を入れたらもっと前から探していた真相に、遂に手が届いたかと思うと自然と笑みも溢れた。
この事を早く彼に伝えたい。
知り合ってからは、ほぼ毎日と言って良いほど会っていたのに、それがもう一週間も会えていないのだ。
怪我は良くなっただろうか。
怪我が治ったらまた会えるだろうか。
気がつけば、彼の事ばかり考えてしまっている。
(いつになったらルーフェスと会えるだろうか。あんなに酷い怪我だったし、治るのに時間がかかるとは思うけど……。私の誕生日までに、会いたかったけども、あんな酷い怪我じゃきっとそれは無理よね……)
アンナの誕生日は 四日後だった。
事がうまく運べばアンナは王都を離れてラディウス男爵領に帰る事になる。そうなる前に会えないと、もう二度とルーフェスと会えないような気がして、焦りと不安が混ざり合ったような何とも言えない感情が胸に渦巻いた。
(あっ、でも……その場合は、あの人を訪ねれば良いのか。)
ふと脳裏によぎった、クライトゥール公爵家のジェフという庭師。
会ったことはないが、ルーフェスが師匠と呼ぶその彼に頼めば取次はしてもらえるかもしれない。それに気づくと、気持ちが少し軽くなり、アンナは俯きかけていた顔を上げて前を見た。
その時だった。
(えっ……?!)
不意に、前を歩く一人の青年に目が止まった。
後ろ姿だけどわかる。
自分が見間違えるわけが無かった。
それは、今一番会いたかった人物……
「ルーフェス!!」
後ろから呼びかけるも、彼は気付いていないのか、反応することなくどんどんと、雑踏の中を歩いていく。
「ねぇ、待って。」
アンナは離れていく彼に思わず駆け寄って、その左腕を掴んだ。
「えっ……と、何か私に用ですか?」
急に腕を掴まれて、びっくりするように振り返ったその男性は、確かにルーフェスであった。
しかし、その表情にはいつもの様な穏やかな優しい笑みはなく、怪訝な表情でアンナを伺っているのだ。
それはまるで、初対面の人に取る様な態度だった。
「えっ……用って……」
想像もしていなかった彼の反応にアンナはたじろいだ。
いつもと違う彼の様子に動揺し、呼び止めたはよいが次の言葉が出てこないのだ。
気まずい空気が流れかけたその時、彼の横から第三者が声を上げたのだった。
「どうしたの?早くしないとルーフェスが言っていた舞台が始まってしまうわ。急ぎましょう?」
美しい金の髪に透き通るような白い肌。空を映したかのような真っ青な瞳に林檎のような赤い唇のまるでお人形の様な可憐な女性が、彼の腕を引っ張ると、上目遣いで急ぐ様にと促したのだ。
すると彼は、「そうだねリリィ」と言って、アンナに向けた硬い表情とは一変して、まるで愛しい者を見るかの様な優しい眼差しを横に居る女性に向けて微笑んだのだった。
その光景を見た瞬間、アンナの心臓はドクリと大きく跳ね上がった。
いつも自分に向けてくれていた優しい笑みを、どうして今日は向けてくれないのだろうか。
貴方の視線の先にはどうして他の女性がいるのだろうか。
今まで経験した事のない黒い感情が、胸の奥底から湧き上がり、ドロドロとした物が身体中を這いずり回っているかのようで気持ちが悪い。
彼の左腕を掴んだまま、アンナは固まって何も言えなくなってしまった。
この目の前に居る人はルーフェスの筈なのに、まるで別人の様だった。
「……悪いけど急ぐんで。」
自分の腕を掴んだまま、動かないでいるアンナに困惑して対処を決めかねていた彼であったが、そう一言声をかけると、自分の腕からアンナの手をそっと解いた。
そして、連れの女性の手を取ると、困った様にアンナを一瞥し、そのまま去っていったのだった。
「あの方は、貴方のお知り合いだったの?」
「いいや、私の知らない人だったよ。けど……」
そんな離れていく二人の会話がアンナの耳にも届いてきたが、直ぐに雑踏の音に紛れてそれ以上は聞こえなくなった。
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