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31. 祈る想い
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「ルーフェス!!」
意識なく崩れ落ちたルーフェスを必死に支えながら、アンナは彼の名を呼んだ。
背中の傷に当てた布は真っ赤に滲んでいる。
「ルーフェスっ!!」
もう一度呼びかけてみるも、彼は意識を失ったまま動かない。
森の深部からは抜け出せて居たが、街道まではまだ距離がある。
ここまで来ればエンシェントウルフの様な凶悪な魔物は滅多に居ないが、それでも、もう直ぐ夜になる森の中では、いつどこで魔物に襲われるかは分からないのだ。
(こんなところにルーフェスを置いて行けるわけがない……)
アンナはなんとか彼を背負い込むと、引きずりながらも、少しづつ、少しづつ歩みを進めた。剣士として鍛えているとは言え、自分より体格が良い、意識のない男性を背負って歩く事は容易ではなかった。
それに加えて一時間以上にわたる死闘の後で、アンナ自身の体力も、とっくに底をついているのだ。
けれどもここで倒れる訳にはいかないし、ルーフェスを置いて行くことも出来ない。
(きつい……けど……ここで歩くのを休んだら、多分……再び歩く事は出来ない気がする……)
自身の体力が限界を越えている事は自覚していたが、アンナは歩くのをやめなかった。
足はふらついているし、自分より重い人間を背負い込む形で引きずっているので腰への負担も酷かったのだが、それでも、休憩を取らずに歩き続けているのは、ほぼ気力だけで動いている今、一度でも止まってしまうと、もう動けなくなると感じていたからだ。
(街道にさえ出れば、助けを求められる筈だからっ!!)
汗で顔に張り付いた髪もそのままに、ルーフェスを助けたいその一心で、アンナは一歩づつ足を踏み出す。
しかし、歩けども歩けども中々街道に辿り着かない。
(もし、ルーフェスを医者に見せるのが間に合わなかったらどうしよう……)
そんな不安に押しつぶされそうにもなるが、背中越しに感じる鼓動や体温、それに苦しそうではあるが彼の息づかいが、アンナを奮い立たせていた。
(私が、頑張らないと……。私が、街まで運ばないと……)
アンナは歩みを止める事なく、ただひたすらに街道を目指して歩いた。
そうして、永遠かとも思えるほど長く苦しい時間であったが、気力だけで歩き続けて、アンナはついに街道にたどり着いたのだった。
***
「先生、お願いします!!彼を治してください!!」
夜にさしかかり辺りがすっかり暗くなった頃、アンナは酷い傷を負ったルーフェスを抱えて町の診療所へと駆け込んだ。
幸運な事に街道に出て直ぐに行商人の馬車が通りかかり、アンナが事情を説明するとその行商人がルーフェスを町医者まで連れて行くのを手伝ってくれたのだ。
「アンナじゃないか。一体どうした?またどこか怪我したのか?」
「私じゃないの。この人を診て下さい!!」
そう言ってアンナは泣き腫らした顔でルーフェスを町医者に引き渡した。
彼女が連れてきた意識のない青年の傷は、あまりに深くて町医者は思わず息を呑む程だった。
「コレはまた……相当酷い傷だな。骨まで見えてるぞ……」
「先生お願い!彼を助けて!!」
アンナは必死に頭を下げて、涙目で懇願した。
「分かったから落ち着きなさい。直ぐに傷口を縫い合わせるよ。とりあえずそれで消毒と止血して様子を見よう。」
町医者は取り乱しているアンナを宥めると、ルーフェスを診察台の上に寝かせて処置を開始した。
この青年が誰なのかは分からないが、アンナの必死な様子から、彼を助けたいという彼女の想いは痛い程伝わってくるのだ。
「有難うございます、先生、お願いしますっ!!」
「大丈夫だよ。ちゃんと治してあげるから。だから、アンナはまず自分の家に帰って着替えて来なさい。君は今、相当酷い格好をしているぞ。」
そう街医者に指摘されて、アンナは今の自分はエンシェントウルフとの死闘によって服も髪もボロボロで、至る所に返り血がこびりついている事を思い出した。
けれども今は自身の身なりよりもルーフェスの容態の方が重要で、アンナはこの場を離れたく無かったのだった。
「私の事は良いから。側に居させて下さい。」
「しかし、ここにいても君がやれる事は何もないんだよ。だから、一度家に帰りなさい。弟も待って居るのだろう?大丈夫だよ、君の相方は絶対に治してあげるから。」
「でも……」
「あぁ、ほら、側にいられると気が散って治療の邪魔なんだよ!」
「……分かりました。先生、彼をよろしくお願いします。直ぐに戻ります。」
シッシッという手振りまでして町医者が強く諭すので、アンナは診療台に横たわるルーフェスを心配そうに眺めると、町医者にもう一度深く頭を下げてルーフェスの事を頼んでから、言われた通りに一旦大人しく家に帰ることにしたのだった。
(どうか彼を、治してください……)
アンナは祈るような想いで町医者を見つめてから、足早にこの場を離れて行った。
意識なく崩れ落ちたルーフェスを必死に支えながら、アンナは彼の名を呼んだ。
背中の傷に当てた布は真っ赤に滲んでいる。
「ルーフェスっ!!」
もう一度呼びかけてみるも、彼は意識を失ったまま動かない。
森の深部からは抜け出せて居たが、街道まではまだ距離がある。
ここまで来ればエンシェントウルフの様な凶悪な魔物は滅多に居ないが、それでも、もう直ぐ夜になる森の中では、いつどこで魔物に襲われるかは分からないのだ。
(こんなところにルーフェスを置いて行けるわけがない……)
アンナはなんとか彼を背負い込むと、引きずりながらも、少しづつ、少しづつ歩みを進めた。剣士として鍛えているとは言え、自分より体格が良い、意識のない男性を背負って歩く事は容易ではなかった。
それに加えて一時間以上にわたる死闘の後で、アンナ自身の体力も、とっくに底をついているのだ。
けれどもここで倒れる訳にはいかないし、ルーフェスを置いて行くことも出来ない。
(きつい……けど……ここで歩くのを休んだら、多分……再び歩く事は出来ない気がする……)
自身の体力が限界を越えている事は自覚していたが、アンナは歩くのをやめなかった。
足はふらついているし、自分より重い人間を背負い込む形で引きずっているので腰への負担も酷かったのだが、それでも、休憩を取らずに歩き続けているのは、ほぼ気力だけで動いている今、一度でも止まってしまうと、もう動けなくなると感じていたからだ。
(街道にさえ出れば、助けを求められる筈だからっ!!)
汗で顔に張り付いた髪もそのままに、ルーフェスを助けたいその一心で、アンナは一歩づつ足を踏み出す。
しかし、歩けども歩けども中々街道に辿り着かない。
(もし、ルーフェスを医者に見せるのが間に合わなかったらどうしよう……)
そんな不安に押しつぶされそうにもなるが、背中越しに感じる鼓動や体温、それに苦しそうではあるが彼の息づかいが、アンナを奮い立たせていた。
(私が、頑張らないと……。私が、街まで運ばないと……)
アンナは歩みを止める事なく、ただひたすらに街道を目指して歩いた。
そうして、永遠かとも思えるほど長く苦しい時間であったが、気力だけで歩き続けて、アンナはついに街道にたどり着いたのだった。
***
「先生、お願いします!!彼を治してください!!」
夜にさしかかり辺りがすっかり暗くなった頃、アンナは酷い傷を負ったルーフェスを抱えて町の診療所へと駆け込んだ。
幸運な事に街道に出て直ぐに行商人の馬車が通りかかり、アンナが事情を説明するとその行商人がルーフェスを町医者まで連れて行くのを手伝ってくれたのだ。
「アンナじゃないか。一体どうした?またどこか怪我したのか?」
「私じゃないの。この人を診て下さい!!」
そう言ってアンナは泣き腫らした顔でルーフェスを町医者に引き渡した。
彼女が連れてきた意識のない青年の傷は、あまりに深くて町医者は思わず息を呑む程だった。
「コレはまた……相当酷い傷だな。骨まで見えてるぞ……」
「先生お願い!彼を助けて!!」
アンナは必死に頭を下げて、涙目で懇願した。
「分かったから落ち着きなさい。直ぐに傷口を縫い合わせるよ。とりあえずそれで消毒と止血して様子を見よう。」
町医者は取り乱しているアンナを宥めると、ルーフェスを診察台の上に寝かせて処置を開始した。
この青年が誰なのかは分からないが、アンナの必死な様子から、彼を助けたいという彼女の想いは痛い程伝わってくるのだ。
「有難うございます、先生、お願いしますっ!!」
「大丈夫だよ。ちゃんと治してあげるから。だから、アンナはまず自分の家に帰って着替えて来なさい。君は今、相当酷い格好をしているぞ。」
そう街医者に指摘されて、アンナは今の自分はエンシェントウルフとの死闘によって服も髪もボロボロで、至る所に返り血がこびりついている事を思い出した。
けれども今は自身の身なりよりもルーフェスの容態の方が重要で、アンナはこの場を離れたく無かったのだった。
「私の事は良いから。側に居させて下さい。」
「しかし、ここにいても君がやれる事は何もないんだよ。だから、一度家に帰りなさい。弟も待って居るのだろう?大丈夫だよ、君の相方は絶対に治してあげるから。」
「でも……」
「あぁ、ほら、側にいられると気が散って治療の邪魔なんだよ!」
「……分かりました。先生、彼をよろしくお願いします。直ぐに戻ります。」
シッシッという手振りまでして町医者が強く諭すので、アンナは診療台に横たわるルーフェスを心配そうに眺めると、町医者にもう一度深く頭を下げてルーフェスの事を頼んでから、言われた通りに一旦大人しく家に帰ることにしたのだった。
(どうか彼を、治してください……)
アンナは祈るような想いで町医者を見つめてから、足早にこの場を離れて行った。
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