淡雪の子守唄

雪桜 モノ

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山に住む者

小さな鼓動

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 雪が降る中。震える存在がいた。小さな岩の隙間に体を収めて、じっと耐えるそれは、この山には珍しい毛色をしていた。
 
 青みかかった白い毛には、虎模様があしらわれていて、小さな丸い耳はちいさく震えている。
 
 「みぅ…みぅ」
 
 目は橙色。悲しげなその鳴き声が、フルーフの白い世界に溶けて消え、白が着々とその岩を染め上げていく。
 
 
  □■□■□■□■□
 
 
 
 洞窟の中から、金槌の音が響く。木霊するその音にうんざりしたように耳を伏せる狼が一匹。灰色の毛並みをもつ狼らしさが出てきた紅月である。
 
 
 《うるさい!もっと静かにやらないか!》
 「こればっかりは仕方ないだろ。素材は使わなきゃ勿体ないんだってば」
 
 それに困ったように言葉を返すのは、熊の毛皮に身を包み赤い服を隠したコウゲツである。その顔には疲労が薄らと出ている。手に持つのは角兎の角で、それを叩いて薬にしているようだ。 叩くと言っても飲めるほど細かに砕く必要があるため、その音はまだ暫く続きそうである。
 
 紅月もその説明を受けたが、病気に掛かりにくい身のため、病気にかかるのは弱いからだと不貞腐れている。薬なんてものに頼らず強くなれというのが紅月の言葉だ。
 
 それでもコウゲツは人である。人狼族という特殊な種族のため、体は強いのだが、結局はこの山にはいるはずのない存在。この寒さの前では人狼族といえど、体調を崩す可能性は多いにある。むしろ無いという確証がないのだ。
 
 《ああもう!耐えられん!私は狩りに行ってくる!》
 「おー、行ってこい行ってこい。ついでになんか面白そうな素材あったら持ってきてくれ」
 《なぜ私がっ》
 
 ぐちぐちと文句を垂れながら狼でありながらも脱兎のごとく洞窟を出ていく紅月を苦笑いで見送った後、コウゲツは再び金槌を振り上げ、下ろす。一人だけになった洞窟に再び金槌の音が響くのだった。
 
 
 
    □■□■□■□■□■□
 
 
 
 白を被った木々の間を駆け抜ける紅月は灰色の毛並みをなびかせる。その目は赤く、鋭く光っている。目の前には獲物の牡の角兎。
 
 角兎という名にも関わらず牡は角を持たない。角を持つのは雌なのだ。角兎は群れで行動する。その群れは雌だけの群れであり、牡はいない。子を守るためだけに雌には角がある。牡は子を成すために一時的に群れに囲われるが、それも終われば単独で行動する。
 
 普通の兎と異なるのは後ろ足の大きさだろう。攻撃手段を持たない代わりに逃げることに特化した生き物、それが角兎の牡。
 
 紅月はコウゲツが薬にする雌ではなく、ただ単に餌となる牡を狙い、雪化粧のされた木々の中を走り抜ける。その速さで巻き起こる風が度々気を揺らしては雪を落とさせていた。
 
 そして、命懸けの逃走劇も終わりを告げる、大きな岩が目の前に差し迫ったその時に角兎が方向転換をしようと、減速したその瞬間、無防備な首へと紅月が噛み付く。
 
 「ギュィ!」
 
 最後の一鳴きを上げて、角兎が息絶える。満足気に紅月はそれを口から離すと雄叫びを上げようとして、固まった。何かが岩陰から紅月の背に跳ぶように突っ込んできたのだ。
 
 
 「ガゥゥ!《な、なんだ!?誰だ私の背にひっつくのは》」
 
 「みゅぅ!みゅぅうう」
 
 紅月の灰色の毛並みに紛れる青みがかった白と虎模様。体をうねらせ振り払った紅月の目の前にばふっと“それ”は落ちた。
 
 「ウォン…《なんだお前は》」
 「みゅう!!」
 「ガゥ!《…はぁ!?冗談はよせ!》」
 「みゃうう」
 
 慌てる紅月の目の前でそのオレンジの目を細めるその生き物はひたすらに紅月の体へと自分の小さな体を押し付け始める。白い森に紅月の悲鳴にも似た鳴き声が、響いた。
 
 
 
 
 
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