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Scene 41
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次の週、日付が土曜日に変わった頃、軍兵衛さんとマサシさんがやって来た。
「軍兵衛ご苦労、マサシも」
父が二人を迎え入れ、俺は深々と礼をする。
「ホントすいません、本来なら俺が運転しなきゃですけど、まだ免許もってなくて」
「さすかえない愛郎くん。マサシはいっつもうづの車ば運転しったがら、もづはもづ屋さまがしぇどげ」
軍兵衛さんは豪快に笑った。それにしても、ふたりとも何か思い違いをしているらしく、黒いスーツにサングラスで決めている。
「ミュージッシャンばむがえいぐんだら、それなりのファッションできめねどな」
どうも軍兵衛さんにとってのミュージシャンは、ブルース・ブラザーズであるらしい。マサシさんに至ってはソフト帽までかぶっている。
「美味しいもの作って待ってるわ」
母がにっこり笑う。
「右田さんはお酒ダメだから、料理でおもてなしね」
雪江が俺にガソリン代や社内で食う弁当代など、三万円渡してくれた。
「んだらきぃつけで。板坂魚屋さ仕出しも頼んださげ、あんます食わねでこいっちゃ」
祖母の言葉を受け取り、俺は軍兵衛さんとともにマサシさんの運転する車に乗り込み、東京へ出発する。
石川宗家からはほんの三キロほど走っただけで高速道路のインターである。ここからは渋谷までずっと高速道だ。軍兵衛さんもマサシさんも、サングラスを外していないのが気になるが、俺は眠らせてもらうことにする。
石川宗家の所有するワンボックスは最高グレードの車というのは本当で、心地良い揺れのなか俺はぐっすり眠った。目を覚まして後部座席から身を乗り出して前を見ると、朝日が高速の表示板を照らしている。埼玉県の蓮田だ。俺の故郷の所沢とは東の反対側にあたる。
「愛郎くんは所沢だっけな、いま埼玉だ、なつかしいが」
「はは、俺、大学行くまで所沢から出たことないんで…正直、埼玉は実家の所沢と隣の浦和と、大宮くらいしか知らないっす」
「まぁほだなもんだげっとな、俺も自衛隊入って一年だけ郡山にいだげっと、あどは山形から出だごどねぇ」
「若旦那、俺も埼玉。春日部だけど」
マサシさんがはじめて口を開いた。
「社長に自衛隊時代に世話んなって、除隊したあと社長の会社入れてもらって、東根に住んじゃった。そんで社長の仲人で東根の農家に婿入りした。若旦那と似たようなもん」
マサシさんは翔子さんに匹敵するほどの身長と、服を着ていても隠しようがないほどの筋肉質な身体だ。なるほどこの人もモトジか。
「東京さ出張すっとぎは、マサシに運転手してもらうなよ、道おべっだがら」
「春日部警備隊の旗背負って、毎週末都内に殴り込みに行ってたから、一般道は完璧」
モトジで元暴走族ときたら筋金入りだ。
「いや、俺は免許持ってないくらいだし、道知らないっす」
「さすかえない、今はカーナビっつう便利なもんがあっさげの」
そんな会話をしている間に、車は東北道から首都高へ入る。出口看板の地名で、ところどころ演ったことのあるハコの事を思い出し、懐かしい気分になった。
あっという間に首都高渋谷出口に着き、車は早朝の渋谷を走る。BBミュージックの事務所は、渋谷とは言っても正確には目黒区に属する。一度だけ訪れたことのあるその場所へ、マサシさんは迷いもせず車を横付けにした。時計は午前五時を過ぎたところだ。
車を降り、事務所のドアを叩くかミギに電話するか考えていると、ビルの入口のドアからミギが駆け出してきた。そして俺の姿を見て、一瞬驚いたような顔になってすぐ笑った。そしてダッシュで俺に駆け寄り、いきなり抱きついてきた。
「アイ、久しぶり、また会えた、うれしい」
俺は素直にミギを抱きしめ返した。なんだか涙が出そうだ。もしかしたら俺もゲイなのかもしれない。
「ミギ、元気そうだな」
さすがに長いこと抱きあったままというわけにも行かず、俺はゆっくりと身体を引き剥がしてミギに話しかける。そういえばミギの髪型が金髪ロングヘアに変わっている。以前は茶色のセミロングだった。
「ヘアスタイル、昔のアイみたいにしたんだ。もうアイがいないから、被らないし」
ミギは肩にかかる髪をさっとひるがえして笑った。
「アイ、ご無沙汰ー」
「もう1年近くなるのか」
銀髪のリョータローと、黒髪をオールバックにしたキタが続いてやってきた。リョータローはほとんど変わった感じがしないが、キタは髪型のせいで貫禄が付いている。
「リョータロー、キタ、懐かしいななんだか」
二人とハイタッチして再会を祝う。
「おーい、荷物持って降りろよ」
コトブキが全員のぶんのバッグを抱えて現れる。最後に会った時とさほど変わらない、短髪のツンツン頭だ。
「アイさん、お久しぶり」
「さん付けやめようよ、コトブキ」
コトブキは実は歳上なのだが、俺はあえて親しげに呼び捨てた。
「オッケー、アイ。荷物よろしく」
コトブキは荷物室を開けてくれるよう目で合図する。マサシさんに頼もうと振り返ると、彼はもう察してハッチ開けていた。
最後に五兵衛さんと塚本社長が登場する。
「軍兵衛さん、悪いねー遠くまで迎えに来てもらって」
「いや本当にすいません」
社会人らしく丁寧に礼をする塚本社長。五兵衛おじさんは身内ということで軍兵衛さんに明るく声をかけた。
「いやいや、アニキに頼まっだす、愛郎くんなしごどの手伝いすんなは当然だべ」
軍兵衛さんはサングラスを外してかしこまった声で応対した。五兵衛さんは軍兵衛さんより一回りほど年上だ。五分家の中では五兵衛さんの東京石川が一番下の家格となっているが、年上には礼を尽くすのが軍兵衛さんの性格である。
「まずまず、乗ってけらっしゃい、でがげんべ」
キタは長野の出身だし、その他のメンバーは東京育ちであり、軍兵衛さんのネイティブな山形弁に目を白黒させている。
「乗って乗って、出かけよ」
俺はミギの背を押して車に乗せる。九人乗りワンボックスはたちまちいっぱいになった。俺はミギのとなりに座る。
「マサシ、高速さ乗る前に、コンビニさ寄って弁当買っていぐがら。ユキにゆわってっから、メシは車の中で食って、早くつぐようにすろて」
マサシさんが頷き、コンビニでおにぎりを大量に仕入れ、車は一路山形を目指す。
「雪江ちゃんは何やってんの?専業主婦?」
おにぎりを頬張りながら、ミギが尋ねた。
「いやいや。んとね、日本自由国民党山形県連職員」
「なんじゃそりゃ」
ミギがおにぎりを喉につまらせそうになった。
「そういや昔アイに聞いたな。雪江ちゃんのお父さんって政治家なんだっけ」
キタが冷静に話す。
「政治家って社長よりエライの」
リョータローが素直な質問をする。
「少なくとも俺よりはエライよ」
塚本社長が笑って答える。
「政治家っても、アニキは市議だけどな…あ、今年県議になるのかそういえば」
五兵衛さんがコメントする。
「なるって、もう決まってるん」
コトブキが、昔俺が雪江にした質問をする。
「なんか、寒河江が地盤の県議の人が今回で引退すんだって、その議席を引き継ぐそうだわ」
今度は俺が、昔雪江が答えた内容を話す。
「お母さんはお前の学校の理事長なんだろ、今更だけど、雪江ちゃんっていいとこの子だったのな」
「まぁ、江戸時代から続いてる家だよ。元大地主」
ミギの問いに、五兵衛さんが答えた。
「でも、お父さんもお母さんもおばあちゃんも、みんな普通の人だよ」
俺はまた雪江が言っていたことを答えにする。
「石川家には、俺と、助手席にいる怖い顔した人も含めて、分家が五つあってね、それぞれ当主は名前を継ぐのよ。俺は本名は総一郎ってんだけど、商売でもインパクト強いから五兵衛で通してる」
「五兵衛さん、本名もカッコイイですね」
俺は素直な感想を言う。確か還暦間近ということだが、父より若く見えるくらいだ。
「俺も軍兵衛で通しったな。社章も軍の字だ」
「軍兵衛さんの本名はなんてんです?」
「ヒカルちゃんだよね~」
五兵衛さんがいち早く答えた。そして、見た目と名前のギャップに、みな笑いをこらえるのに必死だ。マサシさんまで笑いをこらえている。
「笑え、かまねさげ」
軍兵衛さんが明るく言い、車内が爆笑になった。
「うづは、本名の方は漢字一文字で、るで終わる名前つけるんだ」
「そういえば軍兵衛さんの息子はタケルちゃんですもんね」
「ウチはなんとか一郎、だなぁ本名」
「みんな由緒正しいのな」
ミギが楽しそうに笑う。
「そういうミギだって、何代さかのぼってもずっと東京だろ」
付き合いが古いというコトブキが突っ込む。
「ウチなんかオヤジ北海道出身ー」
リョータローが手を上げて発表する。
「そういう意味では、ウチも何代さかのぼっても長野だな」
元高校球児のキタは長野県出身だ。
「コトブキのお母さんは女優の古澤恭子だもんな」
塚本社長がいきなり爆弾発言をした。
「あぁ?なにそれ?」
俺は面食らう。古澤恭子といえば、映画やドラマで知性的な女性を演じることの多い女優だ。
「そりゃたしかに実の母親ですけどね。ミギと会った頃から、一緒に暮らしてません」
コトブキは事も無げに答える。
「俺もさいしょ聞いた時は驚いたわー」
ミギが珍しくエキサイトして語った。
「だって、ミギと友達ンになって、映画観ようって誘われたとき、うちの母親出てる映画なんすよ。かんべんしてくれって」
「俺の母親出てる映画なんか観たくねぇとか言って、何言ってんだこいつみたいな」
「オヤジたちはもう正式に離婚してますから、今は一切関係ないっすよホント。オヤジはいまだに再婚してないけど」
「なえだて、おもしゃいなー。ほだな有名人もいだのがこのバンドさ」
軍兵衛さんが振り返って笑う。俺はミギたちに通訳してやったが、ニュアンスは充分伝わっていたようだ。
「おじさん、俺は有名人じゃないっすよ」
コトブキが笑って答える。普段は軍兵衛さん並みの強面な男だが、笑うと愛嬌がある。
「これから有名になりますよ、俺達」
ミギも笑った。
「ウチの事務所の秘密兵器ですから、こいつらは」
塚本社長はまじめな声で言った。
「儲けさせてよ、塚本さん」
五兵衛さんが明るく言い放つ。
「社長、給料上がるのー?有名なったら」
リョータローは馬鹿キャラが定着したようだ。
「メシが食えりゃ充分だ」
5個目のおにぎりを食いながらキタがぼそっとつぶやいた。
「キタ、俺がみてる軽音楽部の部員に、元球児がいるんだわ。お前とおんなじで、ピッチャーだったって。そいつはピアノやってた」
「俺もしばらく投げてないな、そういや」
キタはおにぎりを食い終わり、軽く肩を回した。
「あいつらも来るのかな」
俺は誰にともなくつぶやく。
「あいつらのプレイを見せてやりたいな、けっこうイケてるぞ」
「そりゃ楽しみだ、まとめてスカウトしたいな」
俺の言葉に塚本社長が笑う。車は最高速で山形へ向かっている。
「軍兵衛ご苦労、マサシも」
父が二人を迎え入れ、俺は深々と礼をする。
「ホントすいません、本来なら俺が運転しなきゃですけど、まだ免許もってなくて」
「さすかえない愛郎くん。マサシはいっつもうづの車ば運転しったがら、もづはもづ屋さまがしぇどげ」
軍兵衛さんは豪快に笑った。それにしても、ふたりとも何か思い違いをしているらしく、黒いスーツにサングラスで決めている。
「ミュージッシャンばむがえいぐんだら、それなりのファッションできめねどな」
どうも軍兵衛さんにとってのミュージシャンは、ブルース・ブラザーズであるらしい。マサシさんに至ってはソフト帽までかぶっている。
「美味しいもの作って待ってるわ」
母がにっこり笑う。
「右田さんはお酒ダメだから、料理でおもてなしね」
雪江が俺にガソリン代や社内で食う弁当代など、三万円渡してくれた。
「んだらきぃつけで。板坂魚屋さ仕出しも頼んださげ、あんます食わねでこいっちゃ」
祖母の言葉を受け取り、俺は軍兵衛さんとともにマサシさんの運転する車に乗り込み、東京へ出発する。
石川宗家からはほんの三キロほど走っただけで高速道路のインターである。ここからは渋谷までずっと高速道だ。軍兵衛さんもマサシさんも、サングラスを外していないのが気になるが、俺は眠らせてもらうことにする。
石川宗家の所有するワンボックスは最高グレードの車というのは本当で、心地良い揺れのなか俺はぐっすり眠った。目を覚まして後部座席から身を乗り出して前を見ると、朝日が高速の表示板を照らしている。埼玉県の蓮田だ。俺の故郷の所沢とは東の反対側にあたる。
「愛郎くんは所沢だっけな、いま埼玉だ、なつかしいが」
「はは、俺、大学行くまで所沢から出たことないんで…正直、埼玉は実家の所沢と隣の浦和と、大宮くらいしか知らないっす」
「まぁほだなもんだげっとな、俺も自衛隊入って一年だけ郡山にいだげっと、あどは山形から出だごどねぇ」
「若旦那、俺も埼玉。春日部だけど」
マサシさんがはじめて口を開いた。
「社長に自衛隊時代に世話んなって、除隊したあと社長の会社入れてもらって、東根に住んじゃった。そんで社長の仲人で東根の農家に婿入りした。若旦那と似たようなもん」
マサシさんは翔子さんに匹敵するほどの身長と、服を着ていても隠しようがないほどの筋肉質な身体だ。なるほどこの人もモトジか。
「東京さ出張すっとぎは、マサシに運転手してもらうなよ、道おべっだがら」
「春日部警備隊の旗背負って、毎週末都内に殴り込みに行ってたから、一般道は完璧」
モトジで元暴走族ときたら筋金入りだ。
「いや、俺は免許持ってないくらいだし、道知らないっす」
「さすかえない、今はカーナビっつう便利なもんがあっさげの」
そんな会話をしている間に、車は東北道から首都高へ入る。出口看板の地名で、ところどころ演ったことのあるハコの事を思い出し、懐かしい気分になった。
あっという間に首都高渋谷出口に着き、車は早朝の渋谷を走る。BBミュージックの事務所は、渋谷とは言っても正確には目黒区に属する。一度だけ訪れたことのあるその場所へ、マサシさんは迷いもせず車を横付けにした。時計は午前五時を過ぎたところだ。
車を降り、事務所のドアを叩くかミギに電話するか考えていると、ビルの入口のドアからミギが駆け出してきた。そして俺の姿を見て、一瞬驚いたような顔になってすぐ笑った。そしてダッシュで俺に駆け寄り、いきなり抱きついてきた。
「アイ、久しぶり、また会えた、うれしい」
俺は素直にミギを抱きしめ返した。なんだか涙が出そうだ。もしかしたら俺もゲイなのかもしれない。
「ミギ、元気そうだな」
さすがに長いこと抱きあったままというわけにも行かず、俺はゆっくりと身体を引き剥がしてミギに話しかける。そういえばミギの髪型が金髪ロングヘアに変わっている。以前は茶色のセミロングだった。
「ヘアスタイル、昔のアイみたいにしたんだ。もうアイがいないから、被らないし」
ミギは肩にかかる髪をさっとひるがえして笑った。
「アイ、ご無沙汰ー」
「もう1年近くなるのか」
銀髪のリョータローと、黒髪をオールバックにしたキタが続いてやってきた。リョータローはほとんど変わった感じがしないが、キタは髪型のせいで貫禄が付いている。
「リョータロー、キタ、懐かしいななんだか」
二人とハイタッチして再会を祝う。
「おーい、荷物持って降りろよ」
コトブキが全員のぶんのバッグを抱えて現れる。最後に会った時とさほど変わらない、短髪のツンツン頭だ。
「アイさん、お久しぶり」
「さん付けやめようよ、コトブキ」
コトブキは実は歳上なのだが、俺はあえて親しげに呼び捨てた。
「オッケー、アイ。荷物よろしく」
コトブキは荷物室を開けてくれるよう目で合図する。マサシさんに頼もうと振り返ると、彼はもう察してハッチ開けていた。
最後に五兵衛さんと塚本社長が登場する。
「軍兵衛さん、悪いねー遠くまで迎えに来てもらって」
「いや本当にすいません」
社会人らしく丁寧に礼をする塚本社長。五兵衛おじさんは身内ということで軍兵衛さんに明るく声をかけた。
「いやいや、アニキに頼まっだす、愛郎くんなしごどの手伝いすんなは当然だべ」
軍兵衛さんはサングラスを外してかしこまった声で応対した。五兵衛さんは軍兵衛さんより一回りほど年上だ。五分家の中では五兵衛さんの東京石川が一番下の家格となっているが、年上には礼を尽くすのが軍兵衛さんの性格である。
「まずまず、乗ってけらっしゃい、でがげんべ」
キタは長野の出身だし、その他のメンバーは東京育ちであり、軍兵衛さんのネイティブな山形弁に目を白黒させている。
「乗って乗って、出かけよ」
俺はミギの背を押して車に乗せる。九人乗りワンボックスはたちまちいっぱいになった。俺はミギのとなりに座る。
「マサシ、高速さ乗る前に、コンビニさ寄って弁当買っていぐがら。ユキにゆわってっから、メシは車の中で食って、早くつぐようにすろて」
マサシさんが頷き、コンビニでおにぎりを大量に仕入れ、車は一路山形を目指す。
「雪江ちゃんは何やってんの?専業主婦?」
おにぎりを頬張りながら、ミギが尋ねた。
「いやいや。んとね、日本自由国民党山形県連職員」
「なんじゃそりゃ」
ミギがおにぎりを喉につまらせそうになった。
「そういや昔アイに聞いたな。雪江ちゃんのお父さんって政治家なんだっけ」
キタが冷静に話す。
「政治家って社長よりエライの」
リョータローが素直な質問をする。
「少なくとも俺よりはエライよ」
塚本社長が笑って答える。
「政治家っても、アニキは市議だけどな…あ、今年県議になるのかそういえば」
五兵衛さんがコメントする。
「なるって、もう決まってるん」
コトブキが、昔俺が雪江にした質問をする。
「なんか、寒河江が地盤の県議の人が今回で引退すんだって、その議席を引き継ぐそうだわ」
今度は俺が、昔雪江が答えた内容を話す。
「お母さんはお前の学校の理事長なんだろ、今更だけど、雪江ちゃんっていいとこの子だったのな」
「まぁ、江戸時代から続いてる家だよ。元大地主」
ミギの問いに、五兵衛さんが答えた。
「でも、お父さんもお母さんもおばあちゃんも、みんな普通の人だよ」
俺はまた雪江が言っていたことを答えにする。
「石川家には、俺と、助手席にいる怖い顔した人も含めて、分家が五つあってね、それぞれ当主は名前を継ぐのよ。俺は本名は総一郎ってんだけど、商売でもインパクト強いから五兵衛で通してる」
「五兵衛さん、本名もカッコイイですね」
俺は素直な感想を言う。確か還暦間近ということだが、父より若く見えるくらいだ。
「俺も軍兵衛で通しったな。社章も軍の字だ」
「軍兵衛さんの本名はなんてんです?」
「ヒカルちゃんだよね~」
五兵衛さんがいち早く答えた。そして、見た目と名前のギャップに、みな笑いをこらえるのに必死だ。マサシさんまで笑いをこらえている。
「笑え、かまねさげ」
軍兵衛さんが明るく言い、車内が爆笑になった。
「うづは、本名の方は漢字一文字で、るで終わる名前つけるんだ」
「そういえば軍兵衛さんの息子はタケルちゃんですもんね」
「ウチはなんとか一郎、だなぁ本名」
「みんな由緒正しいのな」
ミギが楽しそうに笑う。
「そういうミギだって、何代さかのぼってもずっと東京だろ」
付き合いが古いというコトブキが突っ込む。
「ウチなんかオヤジ北海道出身ー」
リョータローが手を上げて発表する。
「そういう意味では、ウチも何代さかのぼっても長野だな」
元高校球児のキタは長野県出身だ。
「コトブキのお母さんは女優の古澤恭子だもんな」
塚本社長がいきなり爆弾発言をした。
「あぁ?なにそれ?」
俺は面食らう。古澤恭子といえば、映画やドラマで知性的な女性を演じることの多い女優だ。
「そりゃたしかに実の母親ですけどね。ミギと会った頃から、一緒に暮らしてません」
コトブキは事も無げに答える。
「俺もさいしょ聞いた時は驚いたわー」
ミギが珍しくエキサイトして語った。
「だって、ミギと友達ンになって、映画観ようって誘われたとき、うちの母親出てる映画なんすよ。かんべんしてくれって」
「俺の母親出てる映画なんか観たくねぇとか言って、何言ってんだこいつみたいな」
「オヤジたちはもう正式に離婚してますから、今は一切関係ないっすよホント。オヤジはいまだに再婚してないけど」
「なえだて、おもしゃいなー。ほだな有名人もいだのがこのバンドさ」
軍兵衛さんが振り返って笑う。俺はミギたちに通訳してやったが、ニュアンスは充分伝わっていたようだ。
「おじさん、俺は有名人じゃないっすよ」
コトブキが笑って答える。普段は軍兵衛さん並みの強面な男だが、笑うと愛嬌がある。
「これから有名になりますよ、俺達」
ミギも笑った。
「ウチの事務所の秘密兵器ですから、こいつらは」
塚本社長はまじめな声で言った。
「儲けさせてよ、塚本さん」
五兵衛さんが明るく言い放つ。
「社長、給料上がるのー?有名なったら」
リョータローは馬鹿キャラが定着したようだ。
「メシが食えりゃ充分だ」
5個目のおにぎりを食いながらキタがぼそっとつぶやいた。
「キタ、俺がみてる軽音楽部の部員に、元球児がいるんだわ。お前とおんなじで、ピッチャーだったって。そいつはピアノやってた」
「俺もしばらく投げてないな、そういや」
キタはおにぎりを食い終わり、軽く肩を回した。
「あいつらも来るのかな」
俺は誰にともなくつぶやく。
「あいつらのプレイを見せてやりたいな、けっこうイケてるぞ」
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