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Scene 02
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雪江は友達に連れられて俺たちのライブへやってきたのだそうだ。ライブハウスでの人気がうなぎのぼりの頃だ。雪江を連れてきた友達のほうは何度か顔を見たことがある。古株のファンで、リョータローのグルーピーを自称していた。ライブがはねたあと彼女たちと居酒屋にくりだし、したたかに酔っぱらい、気が付いたときには俺は雪江の隣で寝ていたのだ。それから俺は雪江の部屋に居着いたのである。
俺は埼玉の所沢にある実家から大学に通っていたが、もう練習やライブで家に帰るのは二週間に一度くらいだった。ほかのバンドメンバーの部屋に泊まり歩く日々だったのだ。雪江の部屋に居着くころには、俺の着替えや荷物はだいたいがミギの自宅の部屋にあったくらいだ。
実家の両親と兄貴はもはや何も言わなかった。俺が実家に近寄らないほうが近所に恥ずかしくないのだと兄貴が言っていた。俺の髪は、そのころにはもう見事なロングの金髪だったから。
この間、雪江の部屋にいかつい顔をしたオヤジがいきなりやってきて、俺を見るなりいきなり怒鳴り出した。訛りがきつくて何を言ってるのか全くわからなかったが、雪江がそのオヤジと同じ訛りで怒鳴り返し始めたのには正直びっくりした。どうもこのオヤジは雪江の父親で、雪江の部屋に俺が転がり込んでいることが原因で怒っているのだという事が理解できた頃には、怒鳴り合いは終了して雪江はさめざめと泣き、オヤジは何事か口走って部屋を出て行ったのだった。
オヤジの言葉の中に「勘当」という単語が出てきたような気がするから、多分雪江は勘当されたのだろう。
「雪江、大丈夫か」
「うぅん、大丈夫なごどは大丈夫だげっと…」
雪江は訛りを隠すこともなく話しはじめた。何とか、理解できる程度の訛りだ。
「おまえ、田舎は」
「ウン、やまがだの、寒河江ってゆて、山形市内がら少し離っでっけど…」
なにやら普段と違う言葉を話す雪江が薄気味悪いような、かわいらしいような、複雑な気持ちだった。
「今の、親父さんか」
「うん」
「はっきり言って何をしゃべってんのかさっぱりわからんかったが、怒ってたな、俺のことか」
「…なにつまらねおどごどちちくりあってんなだ、ほだなごどさしぇるためおまえばとうきょうのだいがぐさやたなんねんだ、ってやっだな」
「わりいけどよ、さっぱりわかんねぇ…」
雪江が少し落ち着いたらしく、微笑んだ。
「だからね、つまんない男とセックスしやがって、おまえをそんな娘にするために東京の大学にやったんじゃないぞ、って言われたのよ」
ようやく普段の雪江に戻った。
「おまえ、やっぱすげえな」
「何が」
「二ヶ国語しゃべれるじゃん」
「バカなこといってないの。相手が山形弁使わないと、出ないよ、こっちも」
「勘当って言うのはわかったんだがな」
「うん、二度と帰ってくるなって」
「そうか」
「だから、帰るところなくなった。あたし」
「そうだな」
我ながら間抜けな答えだとは思ったが、気の利いたせりふなど全く思いつかなかった。
「大事にして」
「わかった」
なんだか、こんな短い会話だけで通じているのがおかしかった。俺は雪江にのしかかっていった。
「つまんない男がセックスするぞ」
「つまんない男とじゃなきゃ、しないのよ、あたし」
俺の下で雪江が笑った。
三回やった。
俺は埼玉の所沢にある実家から大学に通っていたが、もう練習やライブで家に帰るのは二週間に一度くらいだった。ほかのバンドメンバーの部屋に泊まり歩く日々だったのだ。雪江の部屋に居着くころには、俺の着替えや荷物はだいたいがミギの自宅の部屋にあったくらいだ。
実家の両親と兄貴はもはや何も言わなかった。俺が実家に近寄らないほうが近所に恥ずかしくないのだと兄貴が言っていた。俺の髪は、そのころにはもう見事なロングの金髪だったから。
この間、雪江の部屋にいかつい顔をしたオヤジがいきなりやってきて、俺を見るなりいきなり怒鳴り出した。訛りがきつくて何を言ってるのか全くわからなかったが、雪江がそのオヤジと同じ訛りで怒鳴り返し始めたのには正直びっくりした。どうもこのオヤジは雪江の父親で、雪江の部屋に俺が転がり込んでいることが原因で怒っているのだという事が理解できた頃には、怒鳴り合いは終了して雪江はさめざめと泣き、オヤジは何事か口走って部屋を出て行ったのだった。
オヤジの言葉の中に「勘当」という単語が出てきたような気がするから、多分雪江は勘当されたのだろう。
「雪江、大丈夫か」
「うぅん、大丈夫なごどは大丈夫だげっと…」
雪江は訛りを隠すこともなく話しはじめた。何とか、理解できる程度の訛りだ。
「おまえ、田舎は」
「ウン、やまがだの、寒河江ってゆて、山形市内がら少し離っでっけど…」
なにやら普段と違う言葉を話す雪江が薄気味悪いような、かわいらしいような、複雑な気持ちだった。
「今の、親父さんか」
「うん」
「はっきり言って何をしゃべってんのかさっぱりわからんかったが、怒ってたな、俺のことか」
「…なにつまらねおどごどちちくりあってんなだ、ほだなごどさしぇるためおまえばとうきょうのだいがぐさやたなんねんだ、ってやっだな」
「わりいけどよ、さっぱりわかんねぇ…」
雪江が少し落ち着いたらしく、微笑んだ。
「だからね、つまんない男とセックスしやがって、おまえをそんな娘にするために東京の大学にやったんじゃないぞ、って言われたのよ」
ようやく普段の雪江に戻った。
「おまえ、やっぱすげえな」
「何が」
「二ヶ国語しゃべれるじゃん」
「バカなこといってないの。相手が山形弁使わないと、出ないよ、こっちも」
「勘当って言うのはわかったんだがな」
「うん、二度と帰ってくるなって」
「そうか」
「だから、帰るところなくなった。あたし」
「そうだな」
我ながら間抜けな答えだとは思ったが、気の利いたせりふなど全く思いつかなかった。
「大事にして」
「わかった」
なんだか、こんな短い会話だけで通じているのがおかしかった。俺は雪江にのしかかっていった。
「つまんない男がセックスするぞ」
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俺の下で雪江が笑った。
三回やった。
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