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――この砂丘には、大きな怪談話がある。
夜中に、砂丘に悪さをすると、
砂の中から『白い手』が現れて人を襲うというものだ。
ゴミを散らかしたり、キャンプをしたりすると
砂の中に引きずり込んでいく、という話だった。
「お姉さんこそ、誰ですか?
こんな時間に出歩くと危ないですよ」
僕は、彼女に声をかけた。
「……」
彼女は僕の問いに答えることはなく、ただ、微笑んでいるだけだった。
――ま、まさか。
本当に、砂の怪物なのか?
この怪談には続きがある。
砂の中から現れた『白い手』が悪さをした人間を砂の中へ引きずり込んだあと
その人間の「未練」を取り込んで、本人になりすまし、人間社会で数日を暮らす。
そして、2週間後には消えてしまうというのだという。
それは決まって、河川の中で衣類だけが見つかり、死体は見つからないらしい……。
「キミは、この世に未練があって、成仏できずにいるのか?」
恐くて、声が震えてしまう。
僕が怯えている様子を見て、彼女がクスリと笑う。
「えへへ、キミって可愛いね。私より年下っぽいし」
「質問に答えてくれないか?」
彼女のペースに乗せられたら駄目だと、直感的に思った。
「ごめんね、ちょっとふざけすぎたみたい。私は、別に君を取って食おうとしているわけじゃないんだよ」
「そ、そんなことは信じないからな! 絶対に」
「うふふ、警戒しているね」
彼女はまたも可笑しそうに笑いながら、「私は、杏子と申します」と名乗った。
「アンズ?」
「はい、漢字ではこう書きます」
そう言うと、砂の上に文字を書いてくれた。
『杏子』
「へー、『あんず』っていうんだ。果物の名前なんだね」
「いいえ、植物の名ではありません。
果実を食用にする樹木の名前で、
花の形が梅に似ていることから名付けられたと言われています」
「詳しいですね」
「はい、大好きなので!」 彼女は目を輝かせていた。
「僕は、灯夏です」
「サカナ?」 杏子は首をかしげて僕の瞳を覗きこんだ。
「ちーと違う。
あ・か・な。こう書く」
そう言うと、砂の上に文字を書いた。
『灯夏』
「トウカ?」
「わざとけ?」 僕は方言を使ってしまっていたことに気づき、慌てて言い換える。
「わざと言い間違えていますよね?」
「もちろん」
「おーどーな」
「おぅどぅ?」
「ごめんなさい。気にしないでください」
「???」
杏子が詰問する素振りをみせてきたので、話題を逸らそう。
「ところで、君はどうしてここにいるの?」
「それは……」少し言いづらそうにしている。
「私は、幽霊だからです」
「ゆ、ゆうれい!? じゃ、じゃあ、やっぱり。
あの、えなげな話は本当だったのか?」
「いえ、あれは作り話でしたよ?」
「……は?」 一瞬、何を言っているのか わからなかった。
「だって、真夜中になると、ここの砂の中から白い手が出てきて、人を襲ってくるんだろ?」
「違いますよ。それに出てくるのなら、手ではなく足ですよ」
「……はい?」
「それに、ここは砂丘ではないんですよ。海岸なんです」
「えっ? どういうことですか? よくわからないんだけど」
「つまりですね、ここは『月の海岸』と呼ばれる場所なのです。
ほら、あそこの看板にも書いてありますよ」
僕は彼女が指差す方向を見たが、そこには何もなかった。
――ますます、訳がわからない。
僕が杏子に質問をしようとしたが、その前に、杏子は言った。
「引っ掛かったわね」 そういって、彼女はニヤリと笑った。
どうやら、からかわれているみたいだ。
少し腹が立ってきた。
と同時に、杏子の匂いが 僕を大きく狂わせていく予感がしていた。
彼女と出会いで、不思議な体験が はじまった―――。
◇つづく
――この砂丘には、大きな怪談話がある。
夜中に、砂丘に悪さをすると、
砂の中から『白い手』が現れて人を襲うというものだ。
ゴミを散らかしたり、キャンプをしたりすると
砂の中に引きずり込んでいく、という話だった。
「お姉さんこそ、誰ですか?
こんな時間に出歩くと危ないですよ」
僕は、彼女に声をかけた。
「……」
彼女は僕の問いに答えることはなく、ただ、微笑んでいるだけだった。
――ま、まさか。
本当に、砂の怪物なのか?
この怪談には続きがある。
砂の中から現れた『白い手』が悪さをした人間を砂の中へ引きずり込んだあと
その人間の「未練」を取り込んで、本人になりすまし、人間社会で数日を暮らす。
そして、2週間後には消えてしまうというのだという。
それは決まって、河川の中で衣類だけが見つかり、死体は見つからないらしい……。
「キミは、この世に未練があって、成仏できずにいるのか?」
恐くて、声が震えてしまう。
僕が怯えている様子を見て、彼女がクスリと笑う。
「えへへ、キミって可愛いね。私より年下っぽいし」
「質問に答えてくれないか?」
彼女のペースに乗せられたら駄目だと、直感的に思った。
「ごめんね、ちょっとふざけすぎたみたい。私は、別に君を取って食おうとしているわけじゃないんだよ」
「そ、そんなことは信じないからな! 絶対に」
「うふふ、警戒しているね」
彼女はまたも可笑しそうに笑いながら、「私は、杏子と申します」と名乗った。
「アンズ?」
「はい、漢字ではこう書きます」
そう言うと、砂の上に文字を書いてくれた。
『杏子』
「へー、『あんず』っていうんだ。果物の名前なんだね」
「いいえ、植物の名ではありません。
果実を食用にする樹木の名前で、
花の形が梅に似ていることから名付けられたと言われています」
「詳しいですね」
「はい、大好きなので!」 彼女は目を輝かせていた。
「僕は、灯夏です」
「サカナ?」 杏子は首をかしげて僕の瞳を覗きこんだ。
「ちーと違う。
あ・か・な。こう書く」
そう言うと、砂の上に文字を書いた。
『灯夏』
「トウカ?」
「わざとけ?」 僕は方言を使ってしまっていたことに気づき、慌てて言い換える。
「わざと言い間違えていますよね?」
「もちろん」
「おーどーな」
「おぅどぅ?」
「ごめんなさい。気にしないでください」
「???」
杏子が詰問する素振りをみせてきたので、話題を逸らそう。
「ところで、君はどうしてここにいるの?」
「それは……」少し言いづらそうにしている。
「私は、幽霊だからです」
「ゆ、ゆうれい!? じゃ、じゃあ、やっぱり。
あの、えなげな話は本当だったのか?」
「いえ、あれは作り話でしたよ?」
「……は?」 一瞬、何を言っているのか わからなかった。
「だって、真夜中になると、ここの砂の中から白い手が出てきて、人を襲ってくるんだろ?」
「違いますよ。それに出てくるのなら、手ではなく足ですよ」
「……はい?」
「それに、ここは砂丘ではないんですよ。海岸なんです」
「えっ? どういうことですか? よくわからないんだけど」
「つまりですね、ここは『月の海岸』と呼ばれる場所なのです。
ほら、あそこの看板にも書いてありますよ」
僕は彼女が指差す方向を見たが、そこには何もなかった。
――ますます、訳がわからない。
僕が杏子に質問をしようとしたが、その前に、杏子は言った。
「引っ掛かったわね」 そういって、彼女はニヤリと笑った。
どうやら、からかわれているみたいだ。
少し腹が立ってきた。
と同時に、杏子の匂いが 僕を大きく狂わせていく予感がしていた。
彼女と出会いで、不思議な体験が はじまった―――。
◇つづく
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