【完結】スズラン

越知鷹けい

文字の大きさ

大中小

9 / 10

９.

しおりを挟む

―――誰もが望む平和な風景。

　そこには、夫がいて。妻がいる。

　子ども達が、笑顔でいる家庭なのかもしれない・・・・・・。

　この世界から、不倫が消えてなくなることはあるのだろうか？

　それは、きっと、“イジメ”のない世界を実現させるほど馬鹿げた話なのだろうか？

　夢川むかわ結衣ゆいは、友人のお墓に花を供えた。

――あれから、何年が過ぎたであろうか？
　　未だに彼女の中に燻くすぶる罪の意識が消えずにいる。

「ねぇ、美希みき。昨日、ついに白咲しらさき朱鈴あかりの死刑が執行されたよ」

――男性が求める女性像。それは、絶対に服従する奴隷なのかもしれない。

　　　では、女性が求める男性像とは？

　　　いつでも、どんな状況にあっても守ってくれる騎士様？
　　　そうじゃないよね……。根底は同じなんだと美希は結論付けている。

　　　結局、絶対に服従する奴隷が欲しいのだ。

　◇

《別れるつもりはない。あなたさえ我慢すればいい。いつか返すから―》

　西木野にしきの美希みきが安倍あべ彩蘭あやかに伝えた言葉。

　本当は、安倍あべ敬文たかふみが彼女へ送った言葉だった。

《別れるつもりはない。結衣さえ我慢すればいい。いつか、子どもは返すから―》

――それは、美希が赤ちゃんを授かったと伝えたときに、敬文から返ってきた応えだ。

　敬文は、妻への罪悪感を払しょくしたかったのだろうか？
　それとも、自身のDNAを残すことに執着したのか？

「今さら知らされても、馬鹿げているよ」

　あの日、女性の刑事さんが訪ねたきた。「あくまで、持論でありますが―――」

　美希には、友達が多くいるように感じていた。
　いつも笑顔で、表情が賑やかに変わる。天真爛漫な娘だと思い込んでいた。

　でも、本当は違ったのかもしれない。

　埋まらない『寂しさ』を肩代わりしてくれる人を探していたのかもしれない。

　だから、彼氏がいれば埋まる気がしたの？
　子どもができれば、なにかが変わるとでも？

「そんなの、馬鹿げているよ」

――世界を変えたいのなら、多くを望まないことだ。

　たしかに、宝くじが当たって人生が変わった人もいる。

　けど、そんなのはホンの一握りだ。東大を卒業した人の方が、圧倒的に多い。
　起業して社長になった人、官僚になった人の方が多いじゃない！

　美希は、喉元を締め付けられるような苦しさを味わった。

　まさか――、自分があの人に引き合わせたことで、歯車が動き出したとは思いもよらなかった。

　
　『氷連彰』

　刑事さんから、この名前に覚えはないか？　と訊かれたときにハッとした。
　全身から血の気が引いていく。

　アルバイトの帰りに、よく寄るファストフード店で声を掛けられた。

――自分は有名な『占い師』で、君は運がよい、と言われたとき。

　その言葉を気軽に信じてしまった、浅はかな思考。

「友人の美希に、彼氏ができて羨ましい。私も彼氏が欲しい」そんなことを言ったような気がする。

　その『占い師』は、「悪い霊が憑りついている。このままでは、そのふたりに良くない事が起きるから、はやく教えてあげた方がよい」といった。

　だから、美希と氷連を引き合わせてしまった。

　　疑う事もせずに、盲目に……。
　

―――誰もが望む平和な世界。それは、相手を疑う事から始まるのかもしれない―――

　結衣は、いまでも彼女のお墓の前でリストカットをしてしまう。

　美希の『死』を悲しむよりも、すべきこと。それが、彼女の贖罪の証だと思うから……。

しおりを挟む