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夕陽が、街を包みゆく――――。
植物園が燃えるような赤みを帯び、不吉さが増していく。本庁から左遷された桜月にとっては、人も広大な土地も何もかもが瞳の中で不自然に映っていた。東京が恋しいわけではない。あっちで待たせているのは、救えない連中ばかりだ。そんなことを考えていると建物から人影が現れた。
朱鈴が仕事を終えて表門から出てきた。
桜月は車を降りて、彼女のもとへ歩んで行く。どうやって落とすべきか迷ってはいるが、道警が動き始めているので ゆっくりとはしていられない。特捜本部が立ちあがれば、もう自分に手柄を立てられることはないだろう。徐々に焦りが押し寄せてくる。
「道警の桜月と申します」電話越しで話しただけの相手。朱鈴と対面するのは初めてだ。底知れぬものを感じる。それでも、桜月はにこやかに話しかけた。
「すみませんが、ちょっとよろしいでしょうか?」
朱鈴は相手を見た。上着のポケットから警察手帳を出してきた。ついに、警察の人が訪ねてきたのだと思った。おそらく植物園に電話を掛けてきた女性だろう。服装を見て年齢を推測してみた。おそらく30代前半だろう。服装がオバサンくさい。
「はい。今から帰るところなので構いませんよ」私も負けじと笑顔を返した。
「今朝方に電話を入れさせていただきました者です。覚えていらっしゃいますか?」
「あぁ、朝の方ですね。覚えてます。彩蘭に連絡はとれましたか?」
「実は、お恥ずかしい限りなのですが。途中で怒らせてしまい、何も伺えていないんですよ」桜月は目を細めて困った顔をした。
「つまり……。私から彩蘭に電話を掛けてほしいと?」
「いえ。そうではありません」彼女は植物園の方を眺め、静かに訊ねてきた。
「植物については、詳しいほうですか?」
「えぇ。まぁ。ただの事務職ですが、水撒きなどの世話をしていますので、少しくらいなら自然と覚えていきます」警察の質問に当たりを付けていたので、すらすらと答えられた。
「例えば、楓と紅葉の樹の違いとか?」
「夕張市の楓トンネルが有名ですね。でも、見分け方までは分かりません。」それが事件と何か関係があるのかしら?
「そうですか。では、“ギョウジャニンニク” と “スズラン” の違いは分かりますか?」
その質問に、どきりとした。まさか、こんなにも早く確信を付いてくるとは思ってもみなかった。彼女の会話に脈絡がなかった。
「ごめんなさい。行者ニンニクは見たことがないので分かりません。でも、行者ニンニクはアイヌネギとも呼ばれて、市場では希少性ある山菜なのは知ってます」
「見たことがない? おかしいですね。この植物園で見たことはありませんか?」
「ないです。この植物園では栽培はしていないはずですよ。ただ、ここに勤めてから半年ほどなので、それ以前のことはよく知りませんけど……」
答えつつも私の心臓の鼓動が早くなるのが分かる。この人は、すでに知っているのではないだろうか? 本当は、この園の奥に研究の目的で毒性を強めた鈴蘭が植えられていることを…。
桜月は相手の反応をみて、舌打ちをした。もちろん本心からではない。マウントが目的だ。相手が不利な立場にいると錯覚させるためである。そうでなくとも、この威嚇で相手が怯むようであれば簡単に自供をさせられると踏んだ。
「では、西木野 美希さんをご存知ですか?」
「誰ですか?」朱鈴の眉が跳ね上がる。
「ご懐妊されていたことは?」桜月がいたずらっぽく笑った。朱鈴の目に、その顔が西木野の顔と重なった。彼女を訪ねてマンションに行ったことがあった。始めは警戒されたが、私を彩蘭だと勘違いしてペラペラと喋っていた。
「ちょっと借りただけなのに、ごめんね~」
「飽きたら、返す予定だったんだけど――」その時の 勝ち誇った 顔が忘れられない。
親友を馬鹿にされた怒りが、私の憎しみを駆り立てた。
―――パンッ! と大きな音がした。
桜月の顔は大きく揺れた。朱鈴に平手打ちをされたのだ。
「彩蘭が、どうして子供を産めない身体になったと思っているのよ!」
私は、あのとき西木野にとった行動を目の前の刑事に反芻してしまった。怒りで、我を忘れてしまったらしい。顔から血の気が引いていく感覚がした。 これって、……公務執行妨害? 現行犯逮捕?
乗せられたと気付いても、もう遅い。桜月は、暫くは頬が赤く腫れるだろうと思いつつも、白咲 朱鈴を直視した。
「教えてください。安倍 彩蘭さんに何があったのかを……」
◇
植物園が燃えるような赤みを帯び、不吉さが増していく。本庁から左遷された桜月にとっては、人も広大な土地も何もかもが瞳の中で不自然に映っていた。東京が恋しいわけではない。あっちで待たせているのは、救えない連中ばかりだ。そんなことを考えていると建物から人影が現れた。
朱鈴が仕事を終えて表門から出てきた。
桜月は車を降りて、彼女のもとへ歩んで行く。どうやって落とすべきか迷ってはいるが、道警が動き始めているので ゆっくりとはしていられない。特捜本部が立ちあがれば、もう自分に手柄を立てられることはないだろう。徐々に焦りが押し寄せてくる。
「道警の桜月と申します」電話越しで話しただけの相手。朱鈴と対面するのは初めてだ。底知れぬものを感じる。それでも、桜月はにこやかに話しかけた。
「すみませんが、ちょっとよろしいでしょうか?」
朱鈴は相手を見た。上着のポケットから警察手帳を出してきた。ついに、警察の人が訪ねてきたのだと思った。おそらく植物園に電話を掛けてきた女性だろう。服装を見て年齢を推測してみた。おそらく30代前半だろう。服装がオバサンくさい。
「はい。今から帰るところなので構いませんよ」私も負けじと笑顔を返した。
「今朝方に電話を入れさせていただきました者です。覚えていらっしゃいますか?」
「あぁ、朝の方ですね。覚えてます。彩蘭に連絡はとれましたか?」
「実は、お恥ずかしい限りなのですが。途中で怒らせてしまい、何も伺えていないんですよ」桜月は目を細めて困った顔をした。
「つまり……。私から彩蘭に電話を掛けてほしいと?」
「いえ。そうではありません」彼女は植物園の方を眺め、静かに訊ねてきた。
「植物については、詳しいほうですか?」
「えぇ。まぁ。ただの事務職ですが、水撒きなどの世話をしていますので、少しくらいなら自然と覚えていきます」警察の質問に当たりを付けていたので、すらすらと答えられた。
「例えば、楓と紅葉の樹の違いとか?」
「夕張市の楓トンネルが有名ですね。でも、見分け方までは分かりません。」それが事件と何か関係があるのかしら?
「そうですか。では、“ギョウジャニンニク” と “スズラン” の違いは分かりますか?」
その質問に、どきりとした。まさか、こんなにも早く確信を付いてくるとは思ってもみなかった。彼女の会話に脈絡がなかった。
「ごめんなさい。行者ニンニクは見たことがないので分かりません。でも、行者ニンニクはアイヌネギとも呼ばれて、市場では希少性ある山菜なのは知ってます」
「見たことがない? おかしいですね。この植物園で見たことはありませんか?」
「ないです。この植物園では栽培はしていないはずですよ。ただ、ここに勤めてから半年ほどなので、それ以前のことはよく知りませんけど……」
答えつつも私の心臓の鼓動が早くなるのが分かる。この人は、すでに知っているのではないだろうか? 本当は、この園の奥に研究の目的で毒性を強めた鈴蘭が植えられていることを…。
桜月は相手の反応をみて、舌打ちをした。もちろん本心からではない。マウントが目的だ。相手が不利な立場にいると錯覚させるためである。そうでなくとも、この威嚇で相手が怯むようであれば簡単に自供をさせられると踏んだ。
「では、西木野 美希さんをご存知ですか?」
「誰ですか?」朱鈴の眉が跳ね上がる。
「ご懐妊されていたことは?」桜月がいたずらっぽく笑った。朱鈴の目に、その顔が西木野の顔と重なった。彼女を訪ねてマンションに行ったことがあった。始めは警戒されたが、私を彩蘭だと勘違いしてペラペラと喋っていた。
「ちょっと借りただけなのに、ごめんね~」
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親友を馬鹿にされた怒りが、私の憎しみを駆り立てた。
―――パンッ! と大きな音がした。
桜月の顔は大きく揺れた。朱鈴に平手打ちをされたのだ。
「彩蘭が、どうして子供を産めない身体になったと思っているのよ!」
私は、あのとき西木野にとった行動を目の前の刑事に反芻してしまった。怒りで、我を忘れてしまったらしい。顔から血の気が引いていく感覚がした。 これって、……公務執行妨害? 現行犯逮捕?
乗せられたと気付いても、もう遅い。桜月は、暫くは頬が赤く腫れるだろうと思いつつも、白咲 朱鈴を直視した。
「教えてください。安倍 彩蘭さんに何があったのかを……」
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