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しおりを挟む現場には、指定されたパトカーが停まっていた。警察官がふたりして、男性ふたりに話を聴いていた。道警を出し抜くことは無理だったが、話くらいは聞けるだろう。
「お疲れさま。状況は?」巡査長だか巡査部長だかに話しかけた。
「えっ…と、あなたは?」巡査部長が訊ねてきた。
「警部補よ」 桜月は警察手帳を見せた。巡査部長は慌てて敬礼をした。
アヒルには悪いが、この事件は私がもらう。警察官の階級を上げるには殺人事件でホシを挙げるのが手っ取り早い。
「失礼致しました。ロクはあちらです」ふたりは発見者の前を横切り、山奥へと進んで行った。15分ほど歩いたところに広場が見えた。森林公園と書かれた看板と案内板があった。さらに登った所には峠池があるようだ。
「あれは、バーベキュー炉?」 桜月は池のほとりにある、レンガを敷き詰めて作られた釜土みたいな物を訊ねた。
「そうです。この辺りは、夏になるとバーベキューする家族で賑わうんです」
「あなたも利用したことがあるの?」 えぇ、とアヒルは肯定した。それから近くにあるトイレの裏側へと桜月を誘った。
そこには大きな樹があった。葉を観察すると楓の木だった。葉の切れ込みが深いものを「モミジ」、葉の切れ込みが浅いものを「カエデ」と呼ばれるからだ。
その樹の下でひとりの男性が遺体で見つかった。浅く埋められていたので、発見が早かったのだろう。右手が何かを掴もうとする形で死後硬直を起こしていた。
突き出た右手に気付いて、彼らは引っ張り出そうとしたに違いない。上半身だけが地面から出てきていた。まだ生きている可能性にかけたのだろうか? その後、警察に連絡をしたのだろう。この状況で出来る推測である。
桜月は遺体の顔を見た。捜査上、何度も顔を確認したのだから間違いないだろう。行方不明の安倍 敬文だ。
気になるのは、舌骨あたりにロープによる圧迫痕があることだ。首を絞められて殺されたのだろうか?
桜月は手袋を履いて、遺体の着衣からポケットの中を確認した。上着のポケットからはレシートと遺書らしき物が見つかった。それから車のリモコンキー。
書面には、こう書かれていた――
『自分は、子供ができない女性との結婚生活には耐えられなかった。
もう彩蘭を女として見ることができない。
だから妻と別れて、愛人と再婚する予定でした。
西木野 美希さんだ。付き合ってもう半年になります。
俺との子供を妊娠したらしい。
それなのに、趣味の山菜取りで過ちを犯してしまったんです。
彼女に料理が得意なところを見せたい思いに駆られ、確認を怠ったせいだ。
“ギョウジャニンニク” と “スズラン” を間違えて、彼女に食べさせてしまった。
中毒症状で苦しむ彼女をただ見つめる事しか出来なかった。
なのに、俺はどうしようもないバカだ。
自分が持ってきたことがバレないようにして、彼女の部屋から逃げ出しました。
あとから罪の意識に苛み、死んで詫びるしかないと気付きました。
皆さん、本当に申し訳ありませんでした。 敬文――』
「これ、遺書ですよ。なんとも惨い男ですね。しかし、この状況はいったいどういうことなんですかね……」
桜月はアヒルの素直さに唖然とした。誰に向けた言葉なのかも読み取れない文章を「遺書」と云い切るとは。
「まぁ、いいわ。とりあえず、彼のワンボックスカーを捜索するしかないわね」
桜月は手に持っていた遺書とは呼べない紙きれをアヒルに押し付けた。
「ワンボックス、といいますと?」
「この男が私生活で使用していた白色のワンボックスカーのことよ」
「はぁ。そうですかぁ。この人が乗ってきたと思われる車でしたら、こっちにありますけんど」訝しい顔でさらに登った所にある峠池を指した。
「え? 近くにあるの?」桜月は驚いた。登ってくるときに見た駐車場は20台は停めれるスペースを要していたが、それらしき車がなかったからだ。
アヒルが山を登り始めた。まさかと思い、桜月は走り出した。朱鈴が犯行を隠す為に自動車を池に沈めたのではないかと考えると、急いで確めたかったからだ。見渡せばその峠池は東京ドームがまるまるひとつは入るのではと思える広さだった。「こんな広い中から探さないといけないわけ?」呆然と立ち尽くす。
「いやぁ。そっちじゃなく、こっちです」アヒルは暢気に桜月が駆け登ってきた距離の中間に対向車を避ける為のスペースを指した。そこに軽自動車が停めてあった。明らかに迷惑駐車だ。だが、そう考えるのが普通だろう。桜月は確認した。
その車内は生活を感じさせないほど清潔に保たれており、何も置かれてはいなかった。車体のバックドアにはレンタカー会社の名が書かれてあった。
桜月はスマホを使って、そのレンタカー会社へ問い合わせることにした。
「はい。ラジェットレンタカーです」
「道警の桜月と申します。そちらの会社で使用されているレンタカーについてお伺いしたいことがあります。ご協力をお願いします」
「え? 警察の方? え、あ…部長に代りますね!」慌ただしく動く感じがした。
「はい、お待たせしました。高橋ですが、どういったご用件でしょうか?」
「そちらで貸し出し中の軽自動車が、札幌市南区の山中で発見されまして――」
「あぁ、見つかったんですね」高橋は胸を撫で下ろした。
「見つかった?」桜月は疑問を口にした。盗難届でも出しているのだろうか?
「実は諦めておったんですよ。名前も住所もでたらめで連絡の取りようがなかったので、これは例の窃盗団にまんまと奪われてしまったんだと悔やんでおったんです」
――窃盗団というのは、5年という期間を掛けて北海道から九州地方へと横断してオートバイから農業機械にまで至り、発展途上国で人気の高い車両の盗難を手掛けている韓国・中国系のアジア人集団である。
「身分証が偽証されていたの?」
「そうです。まさか、ウチが被害に遭うなんて思ってもおりませんでしたよ」
安堵のせいか饒舌になる高橋に対して桜月は舌打ちをした。
「偽証に使われた名前を教えてもらえませんか?」なぜか、嫌な予感がした。
「はい? えぇと、ムラジ アキラというお名前です。雪氷の『氷』に連想の『連』と書いて、ムラジと読みます。それからアキラは彰徳の『彰』です」
「氷連 彰」その名前に背筋が凍えた。東京で出遭った連続殺人鬼の名前だった。繋がる筈の無い事件で、繋がった。あの男はいったい何を考えているのだろうか?と桜月は考えを巡らせた。
「あの。警部補殿?」アヒルの呼びかけに、桜月は我に返った。
スマホの向こうでは高橋が未だに何かを話していた。営業という名の仕事病だろう。
「ご協力、ありがとうございました。追って、警察官が現状説明に伺います」そういって通話を切ると、安倍 敬文のポケットから出てきたレシートを見た。どうやらファミリーレストランのようだ。ここから車で30分ほどの距離といったところか。
桜月はしばらく考えると、そのレシートをアヒルに渡した。
「鑑識が着たら、これも渡しておいて。それから被害者のワンボックスカーの件も伝えておいて。ここのファミレス近辺に放置されているかもしれないから」
「そんなにいっぺんに言われましても。あの、警部補殿が説明された方がよろしいのではねぇでしょうか?」
「それくらい1回で覚えなさいよ」桜月はアヒルの肩を小突くとレンタカーの鍵も渡して、来た道を急いで下った。道警に白咲 朱鈴を任意同行される前に押さえておきたかったからだ。だが、その前に産婦人科で確認をしなければならない。あの書面が気になったからだ。
札幌駅で降ろした佐藤は、未だに安倍 彩蘭の足取を掴めていなかった。彩蘭の両親も彼女と連絡が取れず、身を案じるばかりであった。
◇
アヒル・・警察官のことをいう略語。
帽子の形状がアヒルの口に似ていることからそういわれるようになった。
ロク ・・死体のことをいう隠語
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