43 / 50
2章 広がる世界
40
しおりを挟む顔をあげたその男の悲しく寂しい表情があの夜のノーマンと重なってナオトも毒気を抜かれてしまい、一瞬抵抗することも忘れて二人の間に先程まではなかった静寂が落ちる。
途端、ナオトの口が勝手に動き言葉を紡ぐ。
「……カズ……キ。」
その音もなにも知らないはずなのに、気づけば口からでたその音はどうやらそれがこの男の名前のようだった。ナオトは驚いて慌てて自分の唇を指でなぞった。
男も驚いて一瞬かたまり、その瞳からぽろりと涙を一筋こぼした。
そのままくしゃりと顔を歪ませて男はまたナオトの肩口に頭を埋めた。
「君に……会いたい。」
絞り出すような息詰まるその声で男は静かにそういった。
どうすればいいかわからずナオトは固まったままされるがままいると、急に男の身体がナオトから距離をとった。
よく見ればその男の服を後ろから掴み上げて無理矢理ナオトから引き剥がした人物がそこにいた。
「おまえ、ここでなにやってんだよ。指示通り動け。」
ナオトはその人物を見て、全身が粟立つ感覚を覚える。
「おまえっ……なんでここにいる。」
そこにはあの日最後に見たときよりも顔の殆どに火傷を負ったのが目立つヤヒロがいた。
「ヤヒロ、なぜナオトのことを報告しなかった。」
「あぁ?おまえがそうやって面倒くせぇことするのが目に見えてたからだよ。」
男はヤヒロの掴む服を乱暴に振り払い、睨みつける。
かわってヤヒロはあの日と同じように飄々と薄ら笑いをうかべながら話していた。
「よぉ、ナオト。しばらくぶりだな。」
ヤヒロがふりふりとからかうように片手をふる。
その手に違和感を覚えて、ナオトは目を凝らした。
その片腕だけが妙にヤヒロとは違う魔力が巡っているように視えたからだ。
そしてその答えに思い当たり、ナオトは固まる。
「それ……」
「あぁ~~……気づいた?そりゃ気づくよな、龍族だし。……それにおまえの大好きな親だもんな。」
ヤヒロはにやりと口元を歪めて笑うとその手をまた軽くナオトにふった。
ナオトは一瞬のうちにあたりの風を巻き込み、ヤヒロに掴みかかった。
「かえせ!!!それはレインのだ!!」
風と荒れ狂うナオトの心を体現したような魔力が辺りを包んだ。
「残念だったな、この腕はもう俺にくっついて馴染んでるから俺のもんなんだよ!!」
ヤヒロは自分のパイオネットをナオトに振り上げ距離をとる。それをナオトは軽く宙返りでよけてまたヤヒロに獣のように詰め寄った。
「あああああああ!!!!!!」
その咆哮は風と魔力を巻き込み、まるで龍のようでもあった。
「うぉっ……やっべぇ」
ヤヒロは笑いながらもなんとかナオトの攻撃をよけて距離をとる。
辺りの木は幾本も根本から折れて倒れていく。
「ナオト!落ち着け!!」
男がそういうもナオトが片手にまとわせて振った魔力が襲い、男の立っていた地面をえぐった。
「うるさい、うるさい、うるさい!!おまえらの言うことなんか聞くつもりなんてない!!おれの大事なものうばったくせに!!!レムがどこに行ったのかもおまえらなら知ってるんだろう!!」
ナオトはまたヤヒロに詰め寄りその腕に掴みかかる。
「レインを返せ。」
魔力をまとわせたナオトの両手が掴みかかったヤヒロの肩に喰い込む。
「うるせぇのはおまえだろ。何も知らねぇ餓鬼が。いっちょ前な口聞いてんじゃねぇぞ。」
ヤヒロは口元に笑いを浮かべながらナオトを地面に叩きつける。
「ナオトに危害をくわえるな!そういう条件だったはずだ!!」
男は慌ててヤヒロのその行動を引き止める。
「あぁ?……ったく、めんどくせぇな。」
ナオトは地面に叩きつけられながらも今度は男に向かって蹴りを繰り出す。
「ごちゃごちゃうるさい!さっさっと聞いてることに答えろ!!」
ナオトのくり出した蹴りを男は少し掠めつつも避けきり、距離をとる。
「あんたの事情とかほんっと興味ない。いい加減にしろよ。」
切れるような魔力をまとわせてナオトはゆらりと立ち上がる。
それをみてヤヒロはため息をつきながらいう。
「ほらな、今はここに来ると面倒だって言ったろ?カズキ。」
「その名で呼ぶな。」
「あーはいはい、こまけぇやつだな。なんだっけ?ナギ?」
ヤヒロはにやにやと笑いながらそう言うと唐突に指を鳴らした。
すると突然ナオトを囲むようになにかが5体、空から落ちてくる。
それらは暗い緑色をした塊で、徐々に人の形を取り始める。
顔もなにもなく、ただヒトガタの姿をとるそれの胸には赤黒い結晶が鈍く輝く。
人の形をとる人とは呼べないそれらが纏う魔力は覚えがあるのにそのどれもが禍々しく汚れており、瘴気を放っていた。
「……これ…」
ナオトの足が震える。
それが本来何者であったのかを知りたくなんかなかった。
「あの銀龍のことを知りたいならとりあえずそれらから情報を得ればいいんじゃないか?おまえ、仲良かったんだろう?運が良ければなにか教えてくれるかもなぁ、まぁ……それ残りカスみたいなもんだから意識とかあるのか微妙だけどな。」
ヤヒロは嘲笑しながらそういうと男の腕を無理矢理掴んで立ち去っていく。
「ほら、おまえの愛しのナオトとは今日はこれくらいにしとくんだな」
「おまえが茶々を入れなければ穏便にすんでいたんだ。粋がるな。」
男はヤヒロのその腕を乱暴に振り払いつつも渋々、ヤヒロの後に続く。
「待て!!!」
ナオトがそれを追いかけようとするが後ろからそのヒトガタに羽交い締めにされる。
ジワリと触れたナオトの肌を瘴気が焼いた。
「いっ……た……」
焼かれた肌がじわりじわりと黒ずんでいく。
それを振りほどいて追いすがろうとするも、左右からまた掴みかかられ前に進めない。
2人の影は木々のあいだに消えて行ってしまう。
「くそおおおおおおおおおお!!!!!」
ナオトの咆哮だけがむなしく森の中に響いた。
0
お気に入りに追加
179
あなたにおすすめの小説

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる
ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。
※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。
※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話)
※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい?
※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。
※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。
※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。
前世で辛い思いをしたので、神様が謝罪に来ました
初昔 茶ノ介
ファンタジー
日本でブラック企業に勤めるOL、咲は苦難の人生だった。
幼少の頃からの親のDV、クラスメイトからのイジメ、会社でも上司からのパワハラにセクハラ、同僚からのイジメなど、とうとう心に限界が迫っていた。
そしていつものように残業終わりの大雨の夜。
アパートへの帰り道、落雷に撃たれ死んでしまった。
自身の人生にいいことなどなかったと思っていると、目の前に神と名乗る男が現れて……。
辛い人生を送ったOLの2度目の人生、幸せへまっしぐら!
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
のんびり書いていきますので、よかったら楽しんでください。
乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について
はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。
偏食の吸血鬼は人狼の血を好む
琥狗ハヤテ
BL
人類が未曽有の大災害により絶滅に瀕したとき救済の手を差し伸べたのは、不老不死として人間の文明の影で生きていた吸血鬼の一族だった。その現筆頭である吸血鬼の真祖・レオニス。彼は生き残った人類と協力し、長い時間をかけて文明の再建を果たした。
そして新たな世界を築き上げた頃、レオニスにはひとつ大きな悩みが生まれていた。
【吸血鬼であるのに、人の血にアレルギー反応を引き起こすということ】
そんな彼の前に、とても「美味しそうな」男が現れて―――…?!
【孤独でニヒルな(絶滅一歩手前)の人狼×紳士でちょっと天然(?)な吸血鬼】
◆閲覧ありがとうございます。小説投稿は初めてですがのんびりと完結まで書いてゆけたらと思います。「pixiv」にも同時連載中。
◆ダブル主人公・人狼と吸血鬼の一人称視点で交互に物語が進んでゆきます。
◆現在・毎日17時頃更新。
◆年齢制限の話数には(R)がつきます。ご注意ください。
◆未来、部分的に挿絵や漫画で描けたらなと考えています☺

実はαだった俺、逃げることにした。
るるらら
BL
俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!
実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。
一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!
前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。
!注意!
初のオメガバース作品。
ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。
バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。
!ごめんなさい!
幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に
復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…
東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で……
だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?!
ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に?
攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!

【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!
黒木 鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる