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1巻
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しおりを挟むプロローグ
ただ今深夜一時。本日、一月二十四日は私の二十九歳の誕生日だ。
この歳になれば別段、誕生日はめでたくないし、嬉しいものでもない。
だが、まさかこんな気持ちで誕生日を迎えることになるなんて思っていなかった。
ソファに体育座りしてクッションを抱える。私の目には、くっきりと陽性反応を示している妊娠検査薬が映っていた。
はぁ~と大きな溜息を一つ零す。
何度見ても現実は変わらない。
まぁ、やることやれば妊娠もするだろうけど。なんで、よりによってあの男の子どもを妊娠するかな。
子どもの父親であるあの男の無駄に端整な顔を思い出して、余計に気が滅入ってきた。
ぐしゃりと前髪をかきあげ、抱えていたクッションに顔を埋める。
どうするよ、私?
正直、まだ自分が妊娠しているという実感はない。
クッションの下にある下腹部はぺったんこ。そこに新しい命が宿っているなんて信じられなかった。
生理が一ヶ月以上遅れていても、それだけならストレスで遅れているのかと思っていられる。だけど、悲しいことに心当たりがばっちりとあった。
だから、念のために仕事帰りに妊娠検査薬を薬局で買ったのだ。
まさか、そんなはずはない。だって、たった一夜の過ち――と思いながらも。
なんだかあの一夜は、ここ数年、ご無沙汰だった分を取り戻すような勢いであの男に攻められた気がするが、それは横に置いておく。普段は無口で鉄仮面な上司が、ベッドの上ではまるで別人だったことも。
妊娠検査薬の反応が出るまでの間、私はまるで祈るような気持ちで待った。
しかし、結果は見事、惨敗……
はっきり、くっきり陽性反応が現れた。
しかも判定時間の三分を待つまでもなく、あまりに綺麗に出てきたのだ。さすが、あの男の子ども、どれだけ自己主張が強いんだ。……と妙な納得をしたあと、急に現実が襲ってきた。
私、真崎茜。二十九歳、独身。
クロフォード・ジャパンという大手総合商社で、営業二課主任として勤務中。
見た目は絶世の美女でもなければ、不細工でもない。
十人いたら三人は美人と言ってくれるような容姿。緩やかなウェーブを描いた肩先までのダークブラウンの髪に、少し吊り上がり気味の薄茶のアーモンドアイ。そのせいか、よく猫科の動物にたとえられる。
二十四歳の時の恋愛を機に、もう恋なんてしないとずっと仕事一筋で生きてきた。
営業成績は常にトップクラスをキープ。外資系ならではの実力主義の会社ゆえ、正当な評価が下り、二十八歳で女だてらに営業二課の主任に抜擢された。
だから、このままずっと誰にも頼らずに、仕事一筋で生きていくと決めていた。
なのに、たいしてめでたくもない二十九歳の誕生日を迎える今日。
職場でも有名な、喧嘩ばかりしている上司の子どもを妊娠しているという事実が判明しました。
……どうするよ? 私。
1
そもそもの事の起こりは約二ヶ月前の金曜日。
街の中が徐々にクリスマスへ向かい、彩りを増していた時期だった。
その日、茜たちが所属する営業二課の面々は、とある居酒屋で祝杯を重ねていた。数ヶ月かけてチームを組んで行っていたプロジェクトが成功したのだ。
翌日は休みなことと、うまくいけば億単位の利益も見込めるとあって、皆がハイテンションになっていた。
茜自身もすごくテンションが上がっていた。祝賀会を兼ねた飲み会で、注がれるままにいつも以上のペースで飲んでいた自覚はある。
自分がどれほど飲んだのか、わからなくなっていた。要するに、その時の茜はかなり酔っていた。普段なら、記憶を失くすほど飲むことなんてない。酒に弱いわけでもない。大きな仕事の成功に、気分が高揚していたのだろう。
だから、なんで今こんな状況にあるのかわからない。
今は二次会の終わりなのか、三次会の終わりなのか。
気づけば、いつも喧嘩ばかりしている上司の鉄仮面みたいな顔が、目の前にあった。薄暗い路地でなぜか二人は抱き合っていた。上司の肩越しにクリスマスカラーに染まるネオンが瞬いている。
何……?
状況を理解できないまま、酔った頭でぼんやりと上司の――桂木政秀の端整な顔を眺めた。
綺麗な顔をした男だとは思っていた。高い鼻梁に、切れ長の黒い瞳。まるで、鍛え抜かれた真剣のような静謐な雰囲気を持っている。三十二歳、独身。茜の直属の上司だ。
その見た目で、社内の女性たちのハートを鷲掴みにしている。だが、浮わついた噂もなく年齢に見合わない落ち着きのある所作と存在感で淡々と仕事をこなし、社内でも高い評価を受けている。
実際にこの男はかなり仕事ができる。今回のプロジェクトの成功もこの男の働きが大きかったことを、補佐役として参加していた茜は知っていた。
茜はどういうわけかこの上司と仕事で意見がよく対立する。ほとんど表情を変えず、自分のペースで仕事を行う桂木に、茜はなぜか無性に闘争心をかき立てられるのだ。たぶん、反りが合わないのだろう。
自分とは違う意見でも使えると判断すれば、受け入れる度量がある人なので、茜がたてついても柳に風とばかりに受け流してしまう。それも反りの合わない理由の一つなのだろう。
その上司にまるでキスする寸前のように力強い腕で腰を抱き締められ、顔を覗き込まれている今の状況が理解できない。寸前の記憶が酷く曖昧だった。
この男の顔はやっぱり綺麗だなと見当違いなことを思いながら、ふいにこの状況に異様さを覚えた。
酔った部下を支えてくれているにしては近すぎる距離にぎょっとして、もがくように体を離そうとしたが、腰に回された腕にそれを阻まれる。
一体なんなんだ、と自分を拘束する男を見上げると、桂木の黒い瞳と目が合う。
切れ長の瞳の中に、熱く燻る熱を見た。その瞬間、どくりと心臓が脈打つ。
あきらかに情欲を孕んだ瞳に、戸惑いとともに茜の体の奥は甘く激しく疼く。
しばらく忘れていた女としての自分が、桂木の瞳によって揺り起こされた気がした。
数センチの距離から黒い瞳で窺われて、視線を離すことができない。
心の奥まで見透かすような強い眼差しに、呼吸が、鼓動が、乱れる。
――この男に触れてみたい。強烈なまでの衝動を覚えた。
二人の間の時が止まって、緊張を孕んだ時間が過ぎる。
大通りで、クラクションが鳴った。それが合図だった。
どちらが、先に動いたのかわからない。たぶん、ほとんど同時に動いていた。
引き寄せたのか。引き寄せられたのか。
端整な男の顔が近づいてきて、瞼が自然と閉じた。熱い吐息が、ルージュを塗った茜の唇をかすめ、心臓がびりびりと震える。
触れる唇。混ざり合う吐息に熱が上がった。
「……ん……んん……!」
うっすらと開いていた茜の唇に、桂木の舌が入り込む。柔らかく濡れた感触が、淫猥な動きで茜の口腔内を動き回る。深く唇を触れ合わせ、角度を変え、舌を絡めたまま強引なキスをされる。
キスの仕方なんて、何年も忘れていた。
息がうまく継げずに乱れる呼吸ごと、桂木に奪われた。
背筋を駆け上がる純度の高い熱に、体から力が抜ける。広く逞しい背中に腕を回し、体を桂木に預ける。腰に回された彼の力強い腕が、二人の距離をゼロにする。
アルコールとキスに酔った頭の片隅で、どこか冷静な自分が今の状況に疑問を投げかける。
なんでキスするの? でも、気持ちいい。キスってこんなに気持ちよかったっけ?
どれくらいの間だったのか、ようやく解放された時には、体の力が抜けきっていた。互いに息が上がっている。
離れていく唇をぼんやりと見つめながら、疑問が口から零れた。
「……なんで……キス……?」
間近で見上げる桂木は、散々人を翻弄したくせに、相変わらず鉄仮面みたいに表情が変わらない。なんだか負けた気がして腹が立った。
こっちは支えてもらわないと立っていられないのに。どんなことでもこの男に負けるのは嫌だった。
ムカついて黒い瞳を覗き込むと、妖しい光を放つ眼差しは、明らかに茜を欲しがっていた。
煽られたのは茜だけではない。仕掛けた本人の桂木も情欲に煽られていることに気づいて、溜飲が下がる思いがした。
「……嫌か?」
視線を逸らさず、桂木が濡れた声で問い掛けてくる。質問に質問を返されてムッとしたが、別にキスは嫌じゃなかった。
むしろ触れた唇も、腰を抱いた腕の力強さも、絡めた舌の甘さも何もかもが心地よかった。
桂木の瞳の中に映る自分は女の顔をしていた。普段の男勝りな自分とは違う女の顔。
久しぶりに自分がただの女であることを思い出した。それを思い出させたのが、いつも喧嘩ばかりしているこの上司だったのが不思議だった。
「真崎?」
無言の茜に、答えを促すように桂木が自分の名を呼ぶ。その声を聞いて、理性より先に本能が答えを出した。
桂木の首に腕を回して引き寄せ、自分からキスをする。
一瞬、驚きに桂木が目を瞠ったのに気づき、してやったりと笑う。
しかし、すぐに主導権は桂木に奪われる。
ん、やっぱりキスうまいな。
「……ん……ふふん……」
絡めた舌が濡れた音を立て、喘ぐ呼吸さえも奪われて、くらくらと眩暈にも似た感覚を覚えた。桂木の頭を抱きかかえ、髪の生え際に指を入れて髪を梳く。指の間を通り抜けていく少し硬い髪の感触。綺麗に整えられていたそれを乱す。
桂木の指先も、意図を持って茜の体の上を淫らに這う。
太ももに桂木の熱が触れた。そのことに自分でもびっくりするほど興奮してしまう。
「どうする? どこか入るか?」
だから一度目よりも短いキスの終わりに耳元で囁かれた言葉に、茜は無言で同意した。
そして、二人は夜のネオン街のホテルになだれ込んだ。
二人でベッドに倒れ込む。安っぽいラブホテルの大きなベッドは、二人分の体重を受けて、ギシリと軋んだ。
「んん……っ」
キスがやめられない。何度も繰り返されるキスが気持ち良かった。
この男のキスは腰にくる。口腔内を好き勝手に動き回る桂木の舌に翻弄され、甘い疼きが体を濡らした。キスを続けながらも、互いの体をまさぐり、服を脱がしていく。
たっぷりと互いの唇を堪能し身を離すと、二人の間に透明な糸が光った。
腰の奥がじんじんと疼く。欲情に肌が火照り、体が赤く染まっているのが自分でもわかった。
息を上げながら、潤んだ瞳で見上げた先には、普段の無表情からは想像もできないほど欲情に染まった雄の顔をした桂木がいた。
こんな顔もできるのか、と意外な表情に鼓動が乱れる。
昔、この鉄仮面男は一体どんな顔をして女を口説くのだろうと思ったことがあったが、まさか、キスと眼力だけだったとは。
自分の顔とテクニックに自信がなかったら、こんな芸当はできないだろうなと思う。そこらにいる男がこんなマネをしたら、ただのセクハラか、痴漢だ。
まぁ、桂木のキスと眼力に落とされた自分がどうこう言える立場ではないが。
ただ、顔のいい人間は得だなと茜は妙なところで納得した。
それにしても、まさかかつての疑問を、自分が明らかにすることになるなんて、人生は意外なことに満ちていて面白い。そう思ったら、なんだか酷く笑えた。
「何がおかしい?」
くすくすと笑う茜に、上にいる桂木が不審そうに問う。
この状況すべてがおかしいだろう。いつもは喧嘩ばかりしている相手に、突然のキスと眼力だけで落とされた事実も、そんな相手にこんなにも欲情している事実も、何もかもがおかしい。だから余計に、笑いが止まらなくなる。
冷静なつもりでいたが、茜はまだまだ酔っていた。
「その気がないならやめるか?」
いつまでも返事をせずに笑い続ける茜に、桂木が言った。茜の額の髪の生え際あたりに、桂木の男性にしては綺麗な指が差し込まれ、前髪をかき上げられる。愛撫みたいな優しい指使いが気持ち良くて、茜は猫のように目を細める。
ようやく笑いが収まり、茜は改めて自分に覆いかぶさっている桂木を見つめた。
見上げた桂木は先ほどまでの欲情に染まった雄の顔ではなく、普段の鉄仮面に戻っていた。だが、すぐ傍にある漆黒の瞳は、その表情よりもよほど雄弁に自らの感情を物語っていた。
言葉ではやめるかと問いながら、その瞳の中にあるのは、どこまでも純粋な情欲という名の熱。それに茜の太ももには、先ほどからずっと桂木の昂ぶりが触れている。
「やめられるの?」
太ももを動かして、桂木の昂ぶりを刺激すると、不機嫌そうに眉間に皺を寄せたが、触れている熱はその質量を増した。
「別に無理強いしたいわけじゃない」
無理強いって。今さら、何を言ってるんだこの男は。
酔っぱらっている部下に突然キスを仕掛けて、その気にさせた男の言葉じゃないだろう。酔って流されている自覚はあるが、ここにいるのは茜の意志だ。別に無理強いされたなんて思ってない。
互いにいい大人だ。合意の上での行為に、あとでぐだぐだ言うつもりも、責任を取れと言うつもりもない。
この状況で、突然笑ったことは悪かったと思うが、だからって嫌がっているわけじゃない。
なのに、本気でやめる気なのだろうか。桂木が起き上がろうとしたので、茜は無性に腹が立つ。
茜の太ももに触れていた熱は確かな質量を持っていたのに、こちらの気持ちも確認もせずに大人の顔をして今さらやめるなんてありえないだろう。
第一、すっかり忘れ去っていた女としての自分を目覚めさせ、その気にさせた責任はどうしてくれる!
ゆっくりと起き上がった茜は、落ちてきた前髪をかき上げる。桂木はベッドサイドに腰掛け、乱れたネクタイを直していた。
「もう終電もないだろう。泊まっていく」
「桂木さん」
話している桂木を遮って呼びかける。
「何だ?」
こちらを振り向いた瞬間、桂木のネクタイをぐいっと引き寄せる。
「誰もやる気がないなんて、一言も言ってないでしょうが」
吐息が触れ合う距離で囁いて、強引にキスをする。
瞳は閉じなかった。挑発するように桂木の黒い瞳から目を離さない。
五年以上一緒に仕事をしているが、今日だけで桂木の色々な顔を見た気がした。普段は鉄仮面みたいに表情を変えない上司が、プライベートでは案外、感情を顔に出すなんて知らなかった。
今は茜にキスをされながら、まるでご馳走を前にして待てと言われた獣のような、ものすごく不機嫌そうな顔している。
「……んん……」
なのに、桂木のキスはやっぱり、巧みだった。差し入れていた舌を押し戻され、逆に桂木の舌が茜の口内に侵入してくる。口蓋を舐め上げられ、舌を甘噛みされ、自分でも聞いたこともない甘い声が漏れる。
気持ち良さに一瞬、我を忘れそうになった。もしキスの相性なんてものがあるとしたら、桂木との相性は最高だと思う。性格の相性は最悪なのに、キスの相性は最高なんておかしなものだ。
そう思った瞬間、桂木は唇を離した。
「真崎、おまえな、酔ってるだろう?」
ものすごく不機嫌な顔をしたまま桂木が言った。
「酔ってるわよ? でもそれが何? わかってて仕掛けてきたのはそっちでしょ」
桂木のネクタイを掴んだまま、端整な顔を睨み付け、茜は鼻で笑ってやる。
やっぱり、自分たちの性格の相性は最悪だ。互いに合意の上でここにいるはずなのに、なんで今さら、する、しないで揉めなきゃいけないのだ。
「ったく。せっかく人が今日は見逃してやろうと思ったのに、台無しにしやがって。もうやめてやれないぞ」
桂木は舌打ちまじりに苛立ったような声を発し、またもや茜をベッドに押し倒す。
「だから最初から、やめてくれなんて言ってないわよ」
再び覆いかぶさってきた桂木から視線を逸らさずに挑発的に言ってから、ふと桂木の言葉の中に、何かおかしな単語が混ざっていたことに気づく。
ん? 今日は? ってどういうこと?
桂木は「だったら、手加減はなしだ」と唸るような声を出し、茜の首筋に噛み付いた。甘い刺激に茜の疑問は一瞬のうちに霧散した。
そして、茜は自分が起こしてはいけない猛獣を起こしてしまったことを、身をもって知ることになる。
手際良く、乱れていたスーツと下着を脱がされ、同じくスーツを脱いだ桂木の体の下に敷かれる。
久しぶりに直に触れた男の肌は驚くほど、熱かった。
そのことに戸惑う暇もないほどに、桂木の唇と指先が首筋、胸元に触れ、茜の体温は上がった。肌に触れる桂木の吐息は火傷しそうなくらい熱い。
かつ、長く器用な指先が茜の感じる部分を見つけては、執拗なほどに触れてくるから、もうわけがわからなくなる。胸の頂き、淡く色づく乳首を甘噛みされ、さらに舌で嬲られる。
「……あ、あ、んん……っ!」
体が、熱くて、熱くて、仕方なかった。
蕩けるような快楽が背筋を駆け上がってくる。
何よりも時々与えられる桂木のキスが、茜を翻弄した。
なんで、この男はこんなにキスがうまいんだろう? こんなに、甘くて、淫らなキス、私は知らない。
キスだけで簡単に翻弄されている自分を悔しいと思っても、どうすることもできない。
普段は整えている前髪が額にかかって、汗で張り付いていた。形の良い眉は苦しげに歪み、切れ長の黒い瞳は、艶を含んで濡れている。
男の色気をたたえた容貌に、体の奥が疼いて仕方なかった。
その顔をもっと見ていたい。
「……か……つっ……ら……さ……ん!」
疼く体の奥を、濡れた指が探ってくる。しばらく誰にも触れさせることのなかったそこは、濡れていたにもかかわらず、一瞬だけ桂木の指先を拒むようにひきつれた。
「んぅん!」
思わずぎゅっと目を瞑って、桂木の肩に額を押し付ける。
「大丈夫か?」
耳元で桂木が囁く。その声に無言で頷けば、くすりと笑われた。
なぜ笑われたのかわからず瞼を開けたが、すぐに後悔する。
桂木は、まるで獲物を見つけた獣のようで、そのうえ凄まじい色気を放っていた。
これからの行為を考えると、今は絶対に見たくなかった悪辣な表情だった。
思わずびくりと体を震わせた茜に、桂木は目を細めて笑うと、耳を舐め上げて囁く。
「そんな処女みたいな反応をされたら、歯止めがきかなくなりそうだ」
こんな時になんてことを囁いてくれるのだ。この男は!
快楽に酔っていた頭が、一瞬で冷静さを取り戻す。
「別にそんなに怯えなくても、酷いことはしないから安心しろ」
いや、もうその表情だけで、十分酷いから!
その顔を見ただけで犯された気分だ。普段とのギャップがありすぎる。
「だから、その反応は逆効果……」
本気で涙目になってビクつく茜の首筋に、桂木はきつく吸いついてくる。強く吸われたせいで、赤い花が茜の首筋に咲いた。
「せっかく見逃してやろうと思ったのに、煽ったのは真崎だ」
そうですね。数分前の自分、なんて馬鹿なことをした! だが後悔してももう遅い。
茜があまりに怯えていたからか、桂木は苦笑してまたキスをしてくる。そのキスに、怯えていた心が解される。キスの間に桂木の長い指が、茜の体の奥にゆっくりと差し入れられた。
「んんっ」
茜の震える体をなだめるように、何度も甘いキスが降り注いだ。初めは浅く探るように動いていた指先が、奥に入り込む。
そして、茜の感じる部分を探し当てては、執拗にそこに触れ、同時に快楽に敏感になった芽を擦る。体の奥が濡れて、愛液が溢れていくのが自分でもわかった。
桂木を受け入れるために蕩けて、ぬかるんでいく場所から広がる快感に背筋が震える。久しぶりに味わう快楽に、自分が自分で無くなるような心細さを覚えて、茜は桂木の背中に腕を回して縋りついた。
「あ、あ……や、やぁ……」
溢れた愛液が太ももを伝い、シーツを濡らす。その頃にはもう目の前が赤く染まって、何も考えられなくなっていた。
本能のままに桂木の指の動きに合わせて腰が揺れ、中の指を締め付けてしまう。上り詰める寸前でわざと快感を逸らすみたいに、指の動きがゆっくりしたものに変わり、茜はイケない苦痛に涙を滲ませた。
「う、んん。もう……やぁ……ダ……め」
思わず、自分から桂木にねだりたくなる。
「何が?」
指だけでは我慢できなくなっていることをわかっているくせに、そんなことを囁いてくるなんて最悪だ。余裕のそぶりで問いかける男は、指の動きを速めてきた。
桂木は、感じるところをわざと引っかくようにばらばらに動かしたかと思えば、まとめた指を押し付けるように根元まで差し入れる。快楽に涙が溢れて止まらなくなる。
「こ……ド……Sっ!」
涙で濡れた瞳で睨み付けると、桂木が笑った。
「かもな。意地を張っている真崎を見てると、突き落としたくなる」
「……サ……ぃ……アク」
そう言っている間も、桂木の指先は茜の弱いところを攻めてくる。本当にこの男は最悪だと思った。
「やあぁ……! い……」
そしてまた絶頂に押し上げられる寸前で動きを止められて、茜は苦しさのあまり本気で泣き声を上げた。
「や……も……おね……が……い」
呼吸を喘がせながら快楽に耐えていた茜は、桂木の首に腕を回して抱き付き、「くる……しぃ!!」と懇願する。吐き出す息が酷く熱かった。
「やりすぎたか……」
泣いて縋る茜を見下ろして桂木が呟いた。蜜を溢れさせた秘所から指を引き抜かれ、桂木の熱が擦り付けられる。それだけでもうたまらなかった。桂木の欲望を受け入れようと秘所がひくついて、自然と腰が前後に揺れる。
「ひっ、ん……んん」
数年ぶりの行為に不安はあったが、散々高まる寸前で快楽を逸らされてきた体は、思ったよりあっさりと桂木を受け入れた。ゆっくりと押し開くように入ってくる桂木の動きに合わせて秘所が歓喜に蠢く。秘所だけじゃなく、満たされる快楽に体中が震えて甘い叫び声が上がる。
「あっ、あぁん、いいっ……!!」
すべて受け入れることができたのか、いったん、桂木は動きを止めて茜を見下ろしてくる。
忘れていた満たされる喜びと、支配されることのわずかな痛みを思い出す。
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