kiss once again

桜 朱理

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仄かなる火

前編

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 どうして、こうなった?
 全身を真っ赤に染め、湯船につかりながら茜は考えてみるがわからない。
 のぼせるかも……。
 視線のやり場に困って、正面の浴室の壁を睨み付ける様に見つめていた。
 というか壁から視線を離す勇気がない。
 すぐ横で、シャワーのお湯が流れる音がする。
 その音に過敏に反応しそうになるが、湯船の中、茜は身じろぐことも出来ない。

 どうしてこうなった?

 頭の中を巡るのはその疑問だけ。 
 僅かに横にずらした視線の向こう。湯気が漂う洗い場で身体を流す桂木の引き締まった体が見えて、慌てて視線を静かに目の前の壁に戻す。
 
 う―――。困った……。
 目のやり場がありません。

「ふぅ―――」
「……どうした?のぼせたか?」
 知らず漏れたため息に桂木が声を掛けてくるのに、茜はあたふたと答えて横を向いたが、視界に入った桂木の均整のとれた裸の胸と、
濡れて乱れた髪の隙間からこちらを見つめる桂木の色気を直視して、茜の心臓の鼓動とが一気に加速する。
 
「ひゃっ!え?だ、大丈夫です!」
 茜は裏返った声で焦って返事をして、視線を桂木から引きはがす。
 
 ばしゃん!と茜が動いたせいで、浴槽のお湯が勢い良く跳ねた。
 あからさまに動揺していますと言ってるような自分の行動にますます焦りが増す。

 うわわ……。いや、うん、落ち着け!とりあえず自分の心臓。落ち着いてくれ!!
 って、のぼせたといえばこの状況を抜け出せただろ!馬鹿―――!!!
 あー、もう、馬鹿!本当に馬鹿!!
 顏、絶対に赤くなってる……。
 
 誰か、誰か助けてください。

 ぶくぶくとお湯の中に沈んでしまいたい……。
 動揺しまくっている今の状況が腹立たしい。桂木が平然としているだけに余計に。

「……くす」
 浴室の中に、桂木の笑い声が響く。
  
「桂木さん……」

 この状況を楽しんでるらしい桂木を茜は横目に睨んだ。
 でも、視線は微妙に桂木の横の壁にしか向けられない。 
 絶対に、人をからかって遊んでるでしょ!!
 
 そう思うが、反応せずにはいられない自分が情けない。

「そこまで反応してくれると期待に答えたくなるな……」

 桂木の笑いを含んだ美声が浴室に響く。

「う―――」

 ひどく楽しげなその声に、思わず漏れた唸り声に、桂木の大きな手が伸びてきて、茜の髪を一房巻き取った。
 ぞくりと背筋を駆け上がる甘い疼きに気づきたくない。
 期待してるわけじゃない。

 ちらりと見上げた先、茜の髪を弄ぶ男はひどく楽しげだった。
 だから、どうしてこうなった?
  
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