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桂木家のぬいぐるみ事情
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久しぶりの帰国。
桂木の実家に顔を出したと同時に、『明ちゃんは私たちでみているから たまには二人で出かけてきたら?』と極上の笑顔で義母に言われて、逆らうことも出来ずに桂木と二人でドライブに出かけることになった。
天気は気持ちのいい晴天。
久しぶりの二人きりの外出に、いつもの無表情で車を運転してる夫が何を考えているのかわからない。
でも、茜はもうその鉄仮面が気にならなくなっていた。
それはこの鉄仮面の下にある桂木の感情の機微が結婚してからわかるようになったからかもしれないし、二人で過ごすこの時間が当たり前だと思えるようになったからかもしれない。
桂木が車を停めた。
ふと見ればそれは初めて二人で来た水族館の駐車場だった。
鉄仮面のくせにこう言う所が案外ロマンチストな夫に茜は笑う。
「なんだ?」
「なんでもありません!」
笑ってそう言うと、茜は車を降りる。
あの日と変わらない水族館の様子に懐かしさがこみ上げる。
初めてここに来たあの頃は本当にいろんなことがあったなとしみじみと振り返って、泣いてばかりだった自分を思い出す 。
色んなことに迷って泣いて、苦しかったあの時。
今、振り返れば何であんなに泣いていたのか自分でもわからない。
一人では抱えるには大きすぎた秘密と妊娠していたせいで情緒がひどく不安定だったのだろうと思う。
気持ちの良い海風に、長い間座っていたせいで凝った体を腕を伸ばして伸びをすると、思い出の水族館に向かって茜は一歩を踏み出す。
「待て!」
うきうきと歩き出そうとした茜の手を桂木が背後から掴むから茜は、うん?と首を傾げる。
「せっかく一緒に来たのに、先に行くな」と桂木はそう言うと茜の指先に指を絡めて手を繋いでくる。
だーかーらー!!!
急にそんなことしないでよ!!
心臓に悪いわ!!もう!!
照れくささに茜の頬が染まる。
俯く茜を見下ろして鉄仮面が笑って歩き出す。
さっきまで鉄仮面だったくせに!こういう時だけどうしてこうも甘くなる…etc
一歩後ろを手を繋いであるきながら、茜は胸の中でぶつぶつと心の中で呟く。
でも、あの時とは違って、こうして手を繋ぐことが二人にとって当たり前になってることに気付いて、心がふわりと温かくなる。
こんな些細で小さな当たり前を積み重ねて今の二人がある。
それが幸せだと今の茜は知っている。
二人で手を繋いだまま水族館の中を回った。
前に来た時に見損ねたイルカショーを最前列で一緒に見て、飛び跳ねるイルカに水を浴びせられて大騒ぎする。
「濡れたな」
「タオルもってくればよかった!」
はしゃぐ茜に桂木も笑う。
「売店でタオル売ってないか?風邪ひく前にタオル買って来よう」と桂木が茜の濡れた前髪をクシャリと撫でて、手を繋いで売店に向かう。
売店にはこの水族館にいる魚たちをキャラクターにしたタオルが何枚か売っていた。
その中で桂木は迷わずに青いペンギンのタオルを手に取った。
茜はペンギンの横にあったイルカのタオルが欲しかったが、それよりも早く桂木がペンギンのタオル2枚を取ってレジに向かってしまう。
「イルカ……」
ぽつりと茜が呟いても桂木は聞こえないふりでレジに向かってしまう。
家にあるぬいぐるみと同じイルカ柄のタオルが欲しかったのにと思うがきっとあの鉄仮面は聞き入れてくれないだろう。
レジに向かう桂木の背中を眺めてどうしようかと思案するが、きっと意地になって桂木がイルカグッズは買わないだろうというのもわかっている。
意趣返しにこっそりと桂木用にこのイルカのタオルを買ってしまおうか?
自分のタオルがイルカだった時の桂木の顔が見たいと思ってニヤニヤとしながら手を伸ばすが、丁度振り向いた桂木が「茜!」と先にペンギンのタオル1枚を差し出してくるから、イルカ柄のタオルを買う隙がない。
うーん。後でこっそりと買えるかな?
会計をしている桂木からタオルを受け取って、他の人の邪魔にならないように茜は売店の隅に移動し、濡れた服と前髪を茜は渡されたタオルを使って拭きながら、どうやって桂木を出し抜こうかと思案する。
そんな茜の視界に見慣れたぬいぐるみが視界に入った。
きっと今頃自宅のリビングにいるだろう真っ白いイルカのぬいぐるみを思い出す。
何故か鉄仮面の夫に目の敵にされているイルカ。
イルカを投げる、隠す、等々、非常に大人げない行動をとる夫にはため息をつきたくなることがある。
これを買ってくれた時は優しかったのに。
そう思いながら、沢山並ぶイルカのぬいぐるみから視線を横にずらした茜はイルカの横に、あの時はなかった真っ黒いシャチのぬいぐるみが売っていることに気づく。
イルカより一回りだけ大きなシャチのぬいぐるみのつぶらな瞳から目が離せない。
可愛い。
思わず伸ばした指先に触れるシャチの手触りはイルカと遜色なく気持ちがよかった。
頭をなでなでしていると「………欲しいのか?」とあの時と同じ、だけどひどく憮然と声が背後から聞こえてきて茜は振り向く。
いつの間にかすぐ傍に立った桂木が茜を見下ろしていた。
「そいつが欲しいのか?」
そう言われると何故か素直にそうだと言えず、茜は無言で桂木を見上げた。
二人の間に駆け引きめいた沈黙が落ちる。
自分の眼差しがおねだりをしている自覚があったが、茜は黙って桂木を見上げる。
「…………はぁ」
小さく嘆息した桂木がシャチに手を伸ばすと無言でレジに向かった。
勝った!
小さな勝利にクスリと茜は笑って桂木についてレジに一緒に向かう。
帰りの車に向かう茜と繋いだ桂木の手の反対側にはちゃんとシャチのぬいぐるみがいた。
こうして、桂木家のぬいぐるみ事情に新たな火種が持ち込まれたのだった。
桂木の実家に顔を出したと同時に、『明ちゃんは私たちでみているから たまには二人で出かけてきたら?』と極上の笑顔で義母に言われて、逆らうことも出来ずに桂木と二人でドライブに出かけることになった。
天気は気持ちのいい晴天。
久しぶりの二人きりの外出に、いつもの無表情で車を運転してる夫が何を考えているのかわからない。
でも、茜はもうその鉄仮面が気にならなくなっていた。
それはこの鉄仮面の下にある桂木の感情の機微が結婚してからわかるようになったからかもしれないし、二人で過ごすこの時間が当たり前だと思えるようになったからかもしれない。
桂木が車を停めた。
ふと見ればそれは初めて二人で来た水族館の駐車場だった。
鉄仮面のくせにこう言う所が案外ロマンチストな夫に茜は笑う。
「なんだ?」
「なんでもありません!」
笑ってそう言うと、茜は車を降りる。
あの日と変わらない水族館の様子に懐かしさがこみ上げる。
初めてここに来たあの頃は本当にいろんなことがあったなとしみじみと振り返って、泣いてばかりだった自分を思い出す 。
色んなことに迷って泣いて、苦しかったあの時。
今、振り返れば何であんなに泣いていたのか自分でもわからない。
一人では抱えるには大きすぎた秘密と妊娠していたせいで情緒がひどく不安定だったのだろうと思う。
気持ちの良い海風に、長い間座っていたせいで凝った体を腕を伸ばして伸びをすると、思い出の水族館に向かって茜は一歩を踏み出す。
「待て!」
うきうきと歩き出そうとした茜の手を桂木が背後から掴むから茜は、うん?と首を傾げる。
「せっかく一緒に来たのに、先に行くな」と桂木はそう言うと茜の指先に指を絡めて手を繋いでくる。
だーかーらー!!!
急にそんなことしないでよ!!
心臓に悪いわ!!もう!!
照れくささに茜の頬が染まる。
俯く茜を見下ろして鉄仮面が笑って歩き出す。
さっきまで鉄仮面だったくせに!こういう時だけどうしてこうも甘くなる…etc
一歩後ろを手を繋いであるきながら、茜は胸の中でぶつぶつと心の中で呟く。
でも、あの時とは違って、こうして手を繋ぐことが二人にとって当たり前になってることに気付いて、心がふわりと温かくなる。
こんな些細で小さな当たり前を積み重ねて今の二人がある。
それが幸せだと今の茜は知っている。
二人で手を繋いだまま水族館の中を回った。
前に来た時に見損ねたイルカショーを最前列で一緒に見て、飛び跳ねるイルカに水を浴びせられて大騒ぎする。
「濡れたな」
「タオルもってくればよかった!」
はしゃぐ茜に桂木も笑う。
「売店でタオル売ってないか?風邪ひく前にタオル買って来よう」と桂木が茜の濡れた前髪をクシャリと撫でて、手を繋いで売店に向かう。
売店にはこの水族館にいる魚たちをキャラクターにしたタオルが何枚か売っていた。
その中で桂木は迷わずに青いペンギンのタオルを手に取った。
茜はペンギンの横にあったイルカのタオルが欲しかったが、それよりも早く桂木がペンギンのタオル2枚を取ってレジに向かってしまう。
「イルカ……」
ぽつりと茜が呟いても桂木は聞こえないふりでレジに向かってしまう。
家にあるぬいぐるみと同じイルカ柄のタオルが欲しかったのにと思うがきっとあの鉄仮面は聞き入れてくれないだろう。
レジに向かう桂木の背中を眺めてどうしようかと思案するが、きっと意地になって桂木がイルカグッズは買わないだろうというのもわかっている。
意趣返しにこっそりと桂木用にこのイルカのタオルを買ってしまおうか?
自分のタオルがイルカだった時の桂木の顔が見たいと思ってニヤニヤとしながら手を伸ばすが、丁度振り向いた桂木が「茜!」と先にペンギンのタオル1枚を差し出してくるから、イルカ柄のタオルを買う隙がない。
うーん。後でこっそりと買えるかな?
会計をしている桂木からタオルを受け取って、他の人の邪魔にならないように茜は売店の隅に移動し、濡れた服と前髪を茜は渡されたタオルを使って拭きながら、どうやって桂木を出し抜こうかと思案する。
そんな茜の視界に見慣れたぬいぐるみが視界に入った。
きっと今頃自宅のリビングにいるだろう真っ白いイルカのぬいぐるみを思い出す。
何故か鉄仮面の夫に目の敵にされているイルカ。
イルカを投げる、隠す、等々、非常に大人げない行動をとる夫にはため息をつきたくなることがある。
これを買ってくれた時は優しかったのに。
そう思いながら、沢山並ぶイルカのぬいぐるみから視線を横にずらした茜はイルカの横に、あの時はなかった真っ黒いシャチのぬいぐるみが売っていることに気づく。
イルカより一回りだけ大きなシャチのぬいぐるみのつぶらな瞳から目が離せない。
可愛い。
思わず伸ばした指先に触れるシャチの手触りはイルカと遜色なく気持ちがよかった。
頭をなでなでしていると「………欲しいのか?」とあの時と同じ、だけどひどく憮然と声が背後から聞こえてきて茜は振り向く。
いつの間にかすぐ傍に立った桂木が茜を見下ろしていた。
「そいつが欲しいのか?」
そう言われると何故か素直にそうだと言えず、茜は無言で桂木を見上げた。
二人の間に駆け引きめいた沈黙が落ちる。
自分の眼差しがおねだりをしている自覚があったが、茜は黙って桂木を見上げる。
「…………はぁ」
小さく嘆息した桂木がシャチに手を伸ばすと無言でレジに向かった。
勝った!
小さな勝利にクスリと茜は笑って桂木についてレジに一緒に向かう。
帰りの車に向かう茜と繋いだ桂木の手の反対側にはちゃんとシャチのぬいぐるみがいた。
こうして、桂木家のぬいぐるみ事情に新たな火種が持ち込まれたのだった。
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