恋の罠 愛の檻

桜 朱理

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プロローグ

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「何であなたなのよ……」
 目の前のソファに座る男を睨み付けて美園は低く吐き捨てた。
 その唸るような呟きは、男には聞き取れなかったらしく、「美園さん?」と俯いていた顔を上げた。
 二人の視線が絡んで、沈黙が落ちる。
 美園は男の呼びかけに応えることなく、目の前の優し気な顔を無言で睨みつけた。
 三八歳にしては童顔な男の顔には、困惑が浮かんでいた。つるっとしたゆでたまごみたいな綺麗な顔の輪郭に、丸っとした垂れ気味の瞳。なのに唇は薄く、公家顔とでもいえばいいのか、品があって、優しい顔立ちをした男は、心底困ったように美園を見つめてくる。
 眉尻の下がった少し情けないその顔に、美園の怒りが余計に煽られた。
 ――なぜよりによってこの男が選ばれた? 何でこの異常な取引にこの男は頷いた?
 美園の腹の奥で溶岩みたいな怒りがふつふつと湧き上ってくる。
 ――なぜ? どうして?
 疑問ばかりが渦を巻くが、問うたところで意味はないのはわかっている。
 だが、こんな異常な取引に、この男が頷いたことが信じられなかった。
 ――子どもに想われても迷惑だったんじゃないの? 兄さんの妹じゃなければ相手をするのも嫌なほど、鬱陶しかったんじゃないの?
 過去に彼に言われた言葉を思い出せば、今の状況が本当に信じられない。
 父が餌にした地位がそれほど魅力的だったのか。
 ――まあ、そうよね。兄さんが死んだ今、私を孕ませれば四宮グループの後継者の地位が転がり込んでくるんだもんね。
 美園の実家は四宮グループという複合企業体だ。曽祖父の代に起こした紡績会社をもとに、戦後の動乱すらも利用してのし上がって来た家だった。
 今では戦略的事業投資によって、様々な分野の企業を傘下に置き、幾度の不況の波もものともせずに業績を伸ばしている。
 その総帥の地位をちらつかされれば、誰だって頷いてしまうだろう。
 わかっていても、目の前の男が理解できなかった。
 美園に跡取りを産ませるためだけに、精子提供者としてこの場所にこの男がいる意味が!
 だが、父親に逆らえないのは美園も一緒だ。目の前の男だけを責められない。
 それでもどうしようもない腹立ちが美園を襲う。俗物になり下がった初恋の男の姿に、苛立ちが増す。
 ――せめてこの男でなければ!
 そう思うが、父親が選んだのは、よりにもよって目の前の男だったーーかつて美園の初恋を手ひどい言葉で拒んだ男。
 しかも入籍も既に済んでいるとか、一体何の冗談だと思うが、これはまぎれもない現実だった。
 その綺麗な顔から視線を外して、一つ息を吐く。
 ――上等じゃない。そっちがその気なら、こちらにも考えがある。
 父と目の前の男に対する報復を決意して、美園は無言でソファから立ち上がった。
「美園さん?」
 名前を呼ばれることすらも腹立たしくて、美園は顔を顰めた。男の目の前に立ち、ネクタイに手を伸ばす。綺麗に整えられたノット部分に無造作に指をかけた。
 首が絞まったのか、男が顔を歪めたが、美園は構うことなくネクタイを解いた。
「何を?」
「黙って!」
 男の問いを一言で切り捨てて、美園は男の目にネクタイを押しあてた。
「これはあなたに上げる唯一の優しさよ? 感謝して」
 高飛車に告げて、ネクタイで男の目を覆って、後頭部で縛り付ける。
「私の姿が見えなきゃ、好きな女のことでも考えてられるでしょ?」
 鼻で笑って、美園は甘やかな声で男に囁き落とす。
「どうせやることやらないと離婚も出来ない。だったら、嫌なことはさっさと済ませましょう?」
「美園さん。私は……!」
 それまで大人しかった男が、反論と同時に立ち上がろうとした。美園は乱暴に男の肩を上から押してソファに押し付ける。片膝を上げて、男の股間に膝を押し付けた。
「動かないで。大人しくしてないと、潰すわよ? お父さんの命令を遂行できなきゃ、あなたも困るでしょ?」
 膝に力を入れて、上から男の股間をぐりぐりと圧迫する。
「……っ!」
 美園の容赦ない行動に男が痛みに息を呑む。
「あなたは大人しくしてればいいのよ」
 美園は男のベルトに手をかけて、引き抜いた。
「手を出して」
「美園さん何を?」
「いいから手を出して!」
 美園の剣幕に負けたように男は、大人しく両手を差し出してきた。美園は男のベルトを今度は差し出された手首に巻きつけて、両手を一つにくくってしまう。ベルトを何重に巻きつけて、簡単には解けないようにする。
「美園さん?!」
 戸惑う男を見下ろして、美園は哀しく笑う。男の視界を塞いでいてよかったと思う。
 今、自分がどんな顔をしているかはわからないが、きっと世にも情けない顔を晒してることだろう。
「あなたが私に触ることは許さない。ただの精子提供者は大人しく転がってなさいよ」
 表情とは裏腹な気の強さを前面に押し出した発言で、美園は男の股間から膝を外した。そうして、ソファからも降りる。
 男の前に膝まづき、足を大きく開かせ、その間に体を入れる。ズボンのファスナーを下して前立てをくつろげた。下着からまだ柔らかい陰茎を掴み出す。
 優し気な風貌には似合わない立派なものが出てきて、美園は一瞬怯みそうになる。
「私に勝手に触ったら噛み切ってやる」 
 強気な発言で自分の怯えを振り払って、美園は手で支えた陰茎の先端部分を口に含んだ。
 喉を鳴らしてしゃぶりつけば、くっと頭上で息を呑む音がした。口の中で、男のものが硬く大きくなる。男が感じていることに後押しされて、美園は男の陰茎に舌を纏いつかせた。
 裏筋を舌全体でゆっくりとなぞって、顔を傾けて亀頭のくびれにぐるりと舌を巻きつける。
「……うっ」
 小さく喘ぐ男の声に、口に男のものを咥えたまま美園は、視線を上に上げる。
 ネクタイで目隠しされた男の頬は、興奮に赤く染まっていた。
 自分が仕掛けたことではあるが、目隠しをされ両手を拘束された男が、美園の手によって快楽を与えられる姿に、美園は倒錯的な興奮を覚えた。
 普段は温和で紳士的な男の乱れる姿は、壮絶な色気があった。
 その色気に当てられたのか、美園の胎の奥がどろりと蕩けた。男のものを口で愛撫しているだけなのに、自分の秘所から蜜が溢れてくるのを感じた。
 美園は片手と唇で男の陰茎への愛撫を続けながら、自分のスカートの中に手を入れる。下着の中に指を入れれば、その場所は熱く濡れていた。
 叢をかき分け、一番気持ちいい場所に指を這わせた。
「んん……ぅ」
 既に膨らんで大きなっていた花芽に触れた途端、背筋を快感が滑り落ちていった。
 快楽に体が大きく震えて、全身に力が入った。唇をついた喘ぎが、意図せず口の中のものを締め付ける。口の中で男のものがさらに大きくなった。
 美園は熱心に唇での愛撫を続けながら、同時に男を受け入れるために、自分の秘所を解し始める。
 人差し指を差し入れたその場所は、熱く泥濘み戦慄いた。水音を立てる秘所をゆっくりとかき回し、指を深く沈めて、出し入れさせる。
 指の動きは徐々に速くなり、そして深くなっていく。指の数を増やしたが、蜜襞はもっと太くて硬いものが欲しいと、収縮する。
「み……美園……さん」
 自分の快楽を追うことに夢中になっていて、男への愛撫がおざなりになっていた。
 中途半端に煽られた快楽に、男が苦し気な声を上げて、美園の名を呼んでいる。
 それを熱に潤んだ瞳で見上げて、美園は自分の秘所から指を引き抜いた。もっと食むものが欲しいのだと、胎の奥が疼いた。
 口の中から男のものを解放すれば、飲み込み切れなかった唾液が、唇の端から流れて落ちた。
 それを手の甲でぐいっと拭うと、美園は立ち上がる。秘所から溢れた蜜が、美園の太ももに垂れ流れた。
「美園さん?」
 美園は男の呼び声に答えることなく、濡れた下着を脱ぐ。無言のまま男の膝の上にまたがり膝立ちになる。タイトスカートのせいで、思うように足が開けない。スカートが破れないようにたくし上げる。ガーターベルトに彩られた白い太ももがあらわになった。
「美園さん」
「そんなに何度も呼ばなくても聞こえてるわよ」
 ようやく答えた美園に、男がホッとしたのがわかる。
「せめて手だけでも、解放してもらえませんか?」
 胸の前にベルトで拘束された手を、男が掲げて見せる。
「絶対にいや」
 男の懇願を一言で切り捨てる。男の陰茎に手を添えて位置を固定すると、美園はゆっくりと腰を下ろす。
「んぅ……う」
 自重で体を押し開かれる感覚に、背筋がのけぞった。待ち望んでいたものに、秘所が歓喜に蠢いて、男のものをしゃぶるような動きを見せた。それだけでひどく感じた。
「あ――、あん! ……ぅつ!」
 快楽に膝から力が抜けて座り込んでしまう。自重で一気に奥深くまで、男のものを飲み込んだ。
 がくりと首が折れて、無意識に腰が快楽に揺らめく。不安定に揺れる態勢が怖くて、縋りたくもないのに、目の前の男の首に腕を回してしがみ付いてしまう。
 服越しであっても、快楽に男の肌の熱が上がっているのがわかる。
 荒れる息を整えようと、肩で息をする。抱き着いていると胸の辺りにあたる男の拘束した腕が、邪魔に感じた。
「手……」
「え?」
「手を上げて」
 男は息を荒げながら、美園の命令に大人しく従った。
「もっと」
 美園の顔の前まで上げられた手をさらに上に上げさせて、美園はその腕の輪の中に頭を入れる。
 邪魔なものがなくなって、抱き着きやすくなった。
 男の首に腕を回して、動きやすいように態勢を安定させる。その時、首にかけられた男の手に力が入り、体が引き寄せられた。二人の密着度が増す。
 見えない目で何かを探すように動いた男の鼻先が、美園の首筋に埋められ、男の柔らかな髪が美園の肌を擽った。
「……やっとあなたを取り戻せた……」
 小さな呟きが美園の肌に埋められる。
「何?」
 くぐもった小さな声は、美園には聞き取れなかった。
「何でもありません」
「あ、いやぁ!」
 美園の問いには答えをくれず、男が不意に腰を突き上げてきた。それまで大人しく、美園にされるがままになっていた男の不意の反撃に、美園は甘い悲鳴を上げる。
「ちょっと……! だめ……止まって……!」
「聞けませんよ。ここまで来て、この状態は生殺しだ」
 耳朶を柔らかく食まれて、落とされた囁きに、美園はぶるりと震えた。
 下からの突き上げが激しくなり、それに合わせて美園の腰も淫らに揺れた。
 最初は噛み合わなかった二人の動きも、徐々に同じリズムを刻み始める。
「あ……っ……いぃ……!」
 一度、噛み合ってしまえば、あとは上り詰めるだけだった。二人、息を荒げながら、快楽を追う獣になる。
「はっ……あ、くそ……出……る!」
 普段は穏やかな男の乱暴な口調に、美園の中の快楽が弾けた。
 胎の奥がうねって、中の男を締め付ける。精を搾り取ろうとする動きに、男も堪えきれずに精を吐きだした。
 体の中を濡らされる感覚は初めてで、体が震えて仕方なかった。美園はその体を押し付けるように男に抱き着いて、未知の感覚を味わう。
 瞼を強く閉じて、男の肩に額を押し付ける。
 ――これは私の復讐だ。
 どんなに抱き合って、肌を重ねたところで、美園は妊娠が難しい体だ。
 男子の後継者が欲しくて美園の意思を無視した父も、四宮グループ総帥の地位に目が眩んで、美園との結婚を引き受けた男も、望むものは手に入れられない。
 
 ――ざまあみろ。


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