落火流水

桜 朱理

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プロローグ

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 口づけの感触に、沈みかけていたエミリアの意識が浮上した。
 それは先ほどまで、エミリアを責め苛んでいた男のものとは思えない程に、柔らかな口づけだった。
 あまりに淡い感触に、一瞬、自分が夢を見ているのかとエミリアは思った。
 瞼を閉じたまま動けないエミリアの髪を、男の手がそっと絡めとった。
「いっそお前を殺せれば、何もかも楽になるのか……」
 エミリアの髪を弄びながら、自嘲混じりに漏らされた男の呟きに、エミリアの心すらも痛みを訴える。
 ――何故、私たちは出会ってしまったのだろう。
 炎がすべてを飲み込んだあの日――祖国が、一族が、一夜で滅ぼされたあの日。
 私はこの男に出会った――
 それは血と炎と、人々の悲鳴が上がる戦場の中、敗戦国の皇太子として逃げ延びる最中の出会いだった。
 彼と目が合った瞬間に、理解した。彼こそが己の宿命の半身だと。
 けれど、それは何とも皮肉な出会いだった。彼は祖国を滅ぼした炎龍族の皇太子だったのだから――

 ☆

 灼熱の夏の暑さに耐えかねて、エミリアは皇太子宮の浴室で水に浸かっていた。
 水分を含んだ白布の浴着が肌に触れる感触が気持ちよくて、エミリアは細く息を吐く。
 中央部に設えられた噴水から冷たい水が吹き上がり、陽の光に煌めいていた。
 炎龍族が支配するこの砂漠の帝国トライドットの夏は、北方の水龍族出身のエミリアには堪えるものだった。
 背丈を越えるほどに伸ばした白銀の髪が水の中で広がり、エミリアの肌に纏わりついては流れていく。
 ひどく静かだった。この大陸で今、急速に版図を広げている帝国の皇太子宮であるにも関わらずこの場所は、水音以外に何も聞こえない。
 高貴なる虜囚として連れて来られて六年――侍女を含めエミリアの傍らに人が近寄ってくることは滅多にない。
 ここの主がいる時以外、エミリアの周りはいつも静寂が包んでいる。
 水の冷たさと静寂に安堵の吐息を吐きだして、エミリアは微睡む。
 どれくらいそうしていただろう。浴室の外の騒がしさに、エミリアは目覚めた。どんどんと近づいてくる騒々しさを、億劫に思いながらエミリアは瞼を開いた。
 ――あの男が、戦場から帰って来たのか。まだしばらくはかかると思っていたが……
 これからの時間を予感して、エミリアの眉が不快そうに曇る。
 それと同時に、浴室のドアが派手な音を立てて、開かれた。
 静寂と水流の冷たさに包まれていた浴室に、砂漠の熱風が吹き込んでくる。
 荒々しい足音と共に、偉丈夫が浴室の中に踏み込んできた。赤い髪、褐色の肌の男――この国の皇太子である飛蘭だった。
「やはりここにいたか」
 水に浸かったエミリアを見下ろして、飛蘭が獰猛な笑いを浮かべた。その手が伸ばされて、エミリアは水の中から引き上げられる。音を立てて、エミリアの浴着から水が滴り落ちた。
「ふぅ……ん!」
 次の瞬間、噛みつくような口づけが降ってくる。
 首筋を捕えられ、ぐっと引き寄せられる。唇の合わせが深くなり、弾みで開いた隙間に、男の舌が入り込んでくる。
 飛蘭の口づけは、炎を操る性のままに、ひどく猛々しく熱い。
 口づけ合うたび、肌を触れ合わせるたびに、エミリアは自分がこの男に喰い散らかされているような錯覚を覚えさせられた。
 たいした力を込めている様子もないのに、飛蘭は息苦しさに抵抗するエミリアの体を難なく押さえつけ、その唇を貪ってくる。
 濡れた柔らかな感触が淫猥な動きで、エミリアの唇の中を傍若無人に犯す。
 吐息すらも奪う口づけに、酸欠に頭がクラリとした。
「ううっ……ん……!」
 嫌だ。苦しい。やめてほしい――そう思うのに、身体は久しぶりに触れ合う番の肌の熱に煽られて、快楽を拾い始めている。
 そんな自分の体が、エミリアは厭わしくて仕方ない。
「ふぁ……っ!」
 唇が解けて、エミリアは足りなかった酸素を求めて肩で大きく息を吸う。
 吐息の触れ合う距離。男の射抜くような瞳があった。苛烈な夏の太陽のような黄金の瞳が、エミリアを見下ろしていた。
 目の高さに男の鎖骨があった。いまだ旅装を解いてない、男の肌からは血と戦乱の匂いがした。だが、それにまじる男の体臭が、エミリアの体を刺激する。
 番特有のフェロモンのせいで、エミリアの肌が熱を上げ始めていた。
 もう何度覚えたかはわらかない眩暈と陶酔が、エミリアを襲う。
 密着した肌からエミリアの体の変化を感じ取った飛蘭が嗤った。
 再び唇が重ねられた。絡みついてくる舌が、エミリアの体の疼きを激しくする。
「ふゥ……んっ……ん」
 唯一、自由になる指が震えながら目の前の男の上着を縋るように掴んでいた。
 口づけの激しさに脱力して、そうしていなければ、立っていられなかった。
 もう何も考えられなかった。何も考えたくなかった。
 飛蘭が与える唇と舌に、ただ翻弄される時間が過ぎる。抵抗の止んだ体を大きな手のひらが撫で回す。口づけの水音が激しくなるにつれて、自然に揺れてしまう腰を両手で包まれた。
そのまま飛蘭の下半身に押し付けられる。
 男のそこがすでに昂ぶって、存在を主張していた。ぎくりとして思わず体を反らせば、解けた互いの唇の間で銀色の唾液が糸を引いた。
「あ……っ! ぅう……」
 不意に腰から抱え上げられて、まるで荷物のように飛蘭の肩の上に担がれた。胃が圧迫され、エミリアは苦痛の呻きを上げる。
 けれど、飛蘭はそんなエミリアに構うことなく、大股で歩み出す。人間一人を抱えているとは思えない足取りで、寝所に向かった。
 エミリアの髪と浴着から滴った水滴が、廊下に水たまりを作った。
 使用人や侍女たちがそんな二人を、遠巻きに眺めるだけで近寄ってこようとはしない。
 辿り着いた寝所の寝台の上に、エミリアは乱暴に放り投げられる。
 抗議の声を上げる間もなく、覆いかぶさって来た男に、濡れた浴着を剥ぎ取られた。
 何の膨らみもない少年のように平らな胸を見下ろして、飛蘭の瞳が不機嫌そうに眇められた。
 冷たく歪んだ表情からエミリアは、顔をそむける。
 ――この体が気にいらないのなら触れなければいいのだ。
「何で、お前の体はいつまでたっても変わらないんだろうな?」
 ひどく冷たい声で、吐き捨てる飛蘭に、エミリアは唇を噛む。
 ――そんなこと、私が知りたい。
 エミリアの体は未成熟だ。水龍族は水を操る性ゆえか、幼い頃は性がはっきりとしない。両性具有の未分化の体を持つ。
 本人の意志と成長と共に周りが望む役割に添い、番を得ることで性別が決まるのだ。
 大体成人を迎える十六、七あたりで、一族の多くのものは性が分化していた。
 エミリアは今年二十二歳――六年前、目の前のこの男に、祖国を滅ぼされた時には、既に成人の儀を済ませ、東宮として性の分化を待つだけの状態だった。
 だが、祖国が炎龍族の奇襲により滅ぼされたあの日――敗戦国の皇太子として逃げ延びる最中に、エミリアはこの男に、飛蘭に出会ってしまった。
 炎と血と、戦場の興奮に荒れたあの場所で、この男が自分の宿命の番なのだと知った――
 本来であればそれはあり得ない――この世界であれば、禁忌とも言える組み合わせだった。
「そんなに俺が憎いか? お前の祖国を滅ぼした俺が?」
 飛蘭の指がエミリアの顎を掴み、無理やりに視線を合わせてくる。
 吐息の触れる距離。黄金の瞳と氷青の瞳の視線が絡み合う。
「だから、お前はいまだに分化せず、女になることを拒んでいるんだろう? これはお前の復讐なんだろう?」
 そんなことを問われてもエミリアにも、本当にわからなかった。
 何故、自分の体がいまだに未分化のままなのか。
 祖国を滅ぼされこの宮に連れて来られて六年――飛蘭を含め周囲のものは皆、エミリアが女になることを望んだ。けれど、エミリアの体は頑なに、大人になることを拒んでいる。
「女であれば、まだ万が一の可能性もあるが、このままお前が分化しなければ、俺には子が生せない。そうすれば、俺は帝位を継ぐことも出来ない。お前にとっては最高の復讐だろうな?」
 顎を掴む飛蘭の指に力が込められて、痛みにエミリアの顔が歪む。飛蘭が嘲るように笑った。
「何故、神はお前を私の番に定めたんだろうな。お前でさえなければ、お前の性が水でさえなければ、俺は……!」
 激情に駆られたように、飛蘭がエミリアの首筋に噛みついてくる。
 急所に突き立てられた男の歯に、エミリアは痛みに呻いて、瞼を閉じる。
『お前でさえなければ、お前の性が水でさえなければ……』
 飛蘭のその言葉が、エミリアの脳に刻み込まれる。その想いはエミリアも同じだ。
 己の宿命の番が飛蘭でなければ、彼の性が炎でさえなければ……!
 そう思わざるを得ない。
 この世界には多種多様な種族が暮らしている。多くの種族はそれぞれに四つの性が定められていた。
 土・風・炎・水――四つの性は、それぞれの力を操る特性を持っていた。
 炎龍族の飛蘭は炎を、水龍族のエミリアは水を操ることが出来る。
 異種族同士で番うことも珍しくない世界ではあるが、互いの性は最重要視されていた。
『炎と風・水と土』であれば、互いの性を高め合い、子を作ることも可能ではあったが、『炎と水・風と土』の組み合わせは、互いが互いの性を打ち消し合い、子が出来ないといわれていた。
 ゆえに、相反する性での結婚は禁忌とされてきた。
 地位が高いもの程、互いの性を重要視し、番を決める。
 けれど、時にその禁忌を越える番が生まれることがあった――それは創造神が定めた宿命の番と呼ばれる存在だった。
 宿命の番は絶対だ。互いの性も種族も性別すらも超越して、結び付けられる。
 互いが、互いを欲し、絡み合い、生涯唯一の番となってしまう。半身を失えば狂い、後を追うほどに、その繋がりは強固なものになる。
 残酷なる神の悪戯とも思える組み合わせ――それが飛蘭とエミリアだった。
 この大陸で炎を性として、急速に版図を広げている帝国の帝位を望む皇太子の唯一の番が、その性を打ち消す水のものであることに、飛蘭の周囲は戸惑った。
 炎龍族では子を生せないものは、帝位を望めない。
 この帝国で最大の武力と知力を誇っている飛蘭が、現在は暫定的に皇太子の地位についているが、このままではその地位すらも危うい。
 ゆえにエミリアの存在は、飛蘭の側近たちによって秘されたものになった。
 せめて、エミリアが女性に分化していれば、子を孕む万が一の可能性にも賭けられただろう。だが、この六年、エミリアの体は分化する兆しすらも見せない。
 それが飛蘭には許せないのだろう。この国の帝位を望む男にとっては、いくら宿命と言われても、エミリアの存在はただ、ただ厭わしいことはわかっている。
 けれど、エミリアとて、好きでここにいるわけではない。
 祖国を、一族を滅ぼした男の元に、番として暮らす生活は、エミリアの心も蝕むものだった。
 いずれは男性へと分化し、東宮として、帝として、国を統治するはずだった。
 なのに今、エミリアは女性として、子を産むことだけを望まれている。
 戦場から帰還したばかりの男の気配は、いまだにその興奮を残して、ひりひりとしていた。
 こんな時の飛蘭は、ひどく乱暴だ。その激情のすべてをエミリアの体にぶつけてくる。
 エミリアの肌に触れる男の表情は、乾いていた。触れてくる唇も指も、慈しむためではなく、ささくれ荒れたものを埋め合わせるようなきつさだった。
「……ぅん!」
 それでも、久しぶりに触れ合う番の肌に、体は反応する。
「んんっ……!」
 噛みつくように口づけられ、エミリアの舌を絡め取り、強く吸われた。
 飲み込み切れなかった唾液が、口角から流れ落ちていく。
 口の中の敏感な場所を舐めつくされ、擽られるたびに、ぞくりとした快感にエミリアは体を震わせた。
 女性の性器も、男性の性器も、両方の性を併せ持つエミリアの未成熟な体は、飛蘭が触れるときだけ、淫らに濡れ始める。
 番のフェロモンに当てられて昂ぶった体は、飛蘭の流れ落ちてきた髪が首筋を撫でただけでも感じてしまう。
 ――どうして……どうして、私の体は……!
 飛蘭に見つめられ、肌に触れられるだけで、体中が熱を上げてしまう。
 少年のような小ぶりの陰茎が芯を持って立ち上がり、秘所が潤み始める。
 何度、肌を合わせても、体の内側が潤み蜜を零す感覚に慣れることが出来ず、エミリアはどうしようもない羞恥を覚える。
 恥ずかしさに唇を噛み、声を堪えると鼻息が荒くなり、それにも羞恥を誘われた。
「ん……ん……! やぁ! い……っ!」
 声を抑えようと耐えるエミリアが気にいらないといわんばかりに、飛蘭が肌に歯を突き立ててくる。痛みに声を我慢できなくなる。
 首筋や鎖骨、胸に飛蘭の歯形がいくつも残された。血が滲む肌を飛蘭の舌が這い、噛みつかれるのとは違う、ぴりぴりとひりつくような痛みがもたらされた。
 種類の違う痛みが交互に、エミリアを襲う。
「あ、ああ……いた…ぃ!」
 こんな時、自分が肉食の獣に喰われる草食動物にでもなったような気分を味わわされる。
 エミリアの少年のようになだらかな胸の赤く色づいた頂きに、飛蘭が吸い付いた。
 番のフェロモンに当てられて、充血して尖り出していたそこを舌で嬲られて、エミリアの腰が跳ねた。
 つんと突き出た乳首を乳暈ごと吸い上げられ、舌で弾かれる。かと思えば、歯を立てて軽く噛んだりと、様々な愛撫が施される。
 痛みの後に与えられた悦楽に、体の奥がどろりと蕩けたように蜜が吹き零れてくる。
 少し触られただけで、体は過敏に反応し始める。
 エミリアの胸を弄ぶ男の手が、下肢に伸ばされた。既に立ち上がっていた小ぶりな陰茎が、大きな手で掴まれ、軽く上下に扱かれただけで、あっという間に体が絶頂を迎えそうになる。
「もう濡れているな」
 飛蘭がエミリアの耳朶を唇で食み、やんわりと歯を立て囁く。
 抵抗する心とは裏腹に、体は飛蘭を受け入れていた。快楽に弱いことを揶揄されて、エミリアは泣きたくなる。
「あ、やぁ!! ダメ……!」
 鈴口から零れる淫液を指の腹で塗り拡げ、濡れた隘路に爪を立てられる。
 飛蘭の手にすっぽりと収まってしまうほどにささやかなそれを乱暴に扱かれる。
 何度か乱れた声を上げ、高みに昇りかけるが、そのたびに飛蘭にはぐらかされた。
 絶頂の間際で、陰茎の根元をきつく握られて、せき止められた悦楽にエミリアは泣きながら頭を振る。
 恥も外聞もなくいかせて欲しいとはねだってしまいたくなる。
「まだ、早い。お前がイクのは俺を受け入れた後だ」
 いや、いやと頭を振り、泣くエミリアを満足げに見下ろした飛蘭が、エミリアの耳朶に食みながら囁き落とす。
 エミリアの小さな陰茎を握ったまま、男は反対の手を滑らせ、濡れて蜜を零し始めた秘裂を掻き分ける。
 ぬちっと水音を立て襞が抉られ、男の太い指の第一関節までが沈められた。
 狭小で繊細な肉襞を掻き分け、その場所の濡れ具合を確かめられる。
 浅く差し入れられた指が、入り口を解して広げるように動く。ぬぷぬぷと淫猥な水音を立てて、小刻みな出し入れ繰り返され、羞恥と淫らな快感に翻弄された。
 エミリアの弱みを把握している飛蘭は、巧みに指を使い、秘所の粘膜を擦り立て、射精をせき止められた先端部分を的確に攻められる。
「嫌! ……ぁ‼ もう……やぁ!」
 指の腹でぐりぐりと少年の性器の先端を挫かれ、水音を立てて秘所を抉られる。
 目の前が真っ赤さに染まるほどの強烈な快楽に全身がうねり、エミリアは顎を仰け反らせて、声を上げて泣いた。
 自分のものとは思えない甘ったるい嬌声が、零れて止まらなくなる。
 同時に、硬く尖った乳首を口に含まれ、舌先で粒を舐めたり擽ったりして、嬲られた。
 三か所もの快楽の源を責められ、エミリアの惑乱はひどくなる。
 どちらの性器からも蜜が吹き零れ、淫らな滴りはエミリアの内腿を伝い落ち、シーツを濡らした。
 二本目の指が差し入れられ、狭小な蜜襞が広げられる。二本になった指はばらばらと交互に動いたかと思えば、中の襞を押し上げ、引っ掻く。乱暴に擦られて、痛みを覚えそうなものなのに、快感だけを拾い上げた。
 飛蘭の指が動かされるたびに、閉じていたはずのその場所が開いていくのが自分でもわかる。
 間断なく襲ってくる快感に、息をつく暇もなく、酸欠に頭が眩んだ。
 男の指に合わせて腰は淫らに動き、足の指が攣りそうなほど反り返り、シーツを蹴って新たな皺を作った。
 膝が持ち上げられ、足を限界まで広げられた。下衣だけをくつろげた飛蘭が、その間に陣取り、逞しい腰を挟む格好にされた。
 涙に濡れた瞳で見上げた先、余裕を失くし険しい表情があって、エミリアの背筋が震えた。
 体格にあって大きな飛蘭のそれが、エミリアの秘所に押し当てられた。先走りに濡れた先端分を、エミリアの秘所に擦りつけ、蜜を纏わせる。
 いつも以上に、猛っているように感じたそれに、快楽に蕩けていたエミリアの正気が恐怖に戻る。
「あ……待って……おね…が……ぃ」
「……待てるわけがあるか」
「やぁ! だ…め……ま……って……!」
 エミリアの懇願をあっさりと却下した男が、無情にも腰を進めてくる。
 痛みを伴ってぐいっと押し込まれたものに、眩暈がした。
 弾力のある襞が飛蘭を押し返すように抗おうとしたが、蜜に濡れた粘膜がぬめり、猛った男の性器の侵入を許してしまう。
 熱くて硬いものが下肢を割り開いて進み、潤んだ蜜壺の中に突き立てられた。
 この六年。飛蘭によって慣らされ、快楽を教え込まれた体であっても、何度、経験してもこの瞬間、堪えようのない痛みがエミリアを襲う。圧倒的な嵩に息が詰まりそうだった。
 はく、はくと虚しく口を開閉させ、少しでも痛みを逃そうと無理やりに息を吐く。
 全身の毛穴が開いて、冷や汗が噴き出してくる。絶頂寸前だったエミリアの少年の象徴も、勢いを失い、項垂れる。
 そもそも分化前の未成熟な体は男を受け入れるように出来てはいない。
 そこに体格に見合った大きな飛蘭のものを受け入れるのは、どうしても痛みを伴うものだった。
「……エミリア」
 こんな時だけ名前を呼ぶ男のずるさが、ひどく憎らしい。
 一瞬でも、自分を想う心があるのではないかと錯覚してしまう。
 そんな自分がたまらなく嫌だった。痛みを与えるのなら、それだけを与えて欲しいと思う。
 優しさも気づかいもいらない。
 エミリアは目の前の男をただ憎んでいたいのだ。
 快楽と痛みで、エミリアを縛り付けるこの番が、世界で一番大嫌いだった。
「エミリア」
 飛蘭がもう一度、名を呼んでくる。冷や汗に濡れて額に張り付く髪を、先ほどの乱暴さに似合わぬ優しい動きで掻き上げられた。
 その手に頬を擦りつけたくなる。
「目を開けろ」
 男の命令にエミリアは、閉じていた瞼を開いた。
 吐息の触れる距離で、男とエミリアの視線が絡み合う。
 感情も理性も目の前の男が嫌いだと叫んでいる。
 なのに、本能はどうしようもない程に目の前の男を欲していた。
 相反するものが、エミリアの中で渦を巻いて、処理しきれない。
 手を伸ばしたのは何故なのか、自分でもわからない。気づけばエミリアは男の肩に手を回していた。
 自分に痛みと快楽を与える憎い男――だけど、こんな時、縋れるのもまた目の前のこの男しかいなかった。
 縋るエミリアの唇に、男の唇が重ねられる。
「んふゥ……っ」
 痛みに喘ぐ呼吸すらも、男に奪われる。舌を絡ませ、それを突き合うような淫らな口づけを交わして、互いの体をより密着させた。
 エミリアは逞しい男の体をきつく抱きしめる。体の奥を埋めた熱い昂ぶりが脈打ち、存在を主張しているのを感じた。
 口づけを交わし合いながら、飛蘭が腰を使い始める。
 始めはゆっくりと、エミリアの様子を窺うように引いては突き、抽挿のたび角度を変えて、エミリアが感じる場所を丹念に掘り起こす。
「あぁ……っう……はぁ!」
 痛みが快楽へとすり替わって行く。零れる吐息は、甘さを孕んだ嬌声に変わった。
 項垂れていた性器が再び芯を持って立ち上がる。それを確かめた飛蘭の動きが遠慮のないものに変わった。
 奥まで突っ込んで腰を回し、中を掻き混ぜられる。太くて硬い性器が何度となく抜き差しされ、狭い内壁を擦りたてられ、全身を揺さぶられる。
「腰……動いてるな……」
 笑み含んだ声で、飛蘭の生み出すリズムに合わせて揺れる腰の動きを指摘されて、エミリアは羞恥に肌を赤く染める。
「い……わ…なぃ……で!」
「気持ちいいんだろう?」
「あああっ!」
 逞しいもので、一際奥深いところを突き上げられ、エミリアは嬌声を放つ。
 熱い息を吐き、乱れるエミリアを見下ろす顰めた男の表情には、強烈な艶が添えられていて、男もエミリアの体に感じていることを教えてくれた。
 降りかかってくる汗。体温の上昇に伴い強く香る番のフェロモンと、時折、耳を打つ男の快楽を堪得る呻き声にも、エミリアの性感は高まっていく。
 滴をしたたらせていた少年の証も弄られ、男の手の中でもみくちゃにされた。
「ああっ、イク……イクっ!」
 エミリアはすぐに我慢しきれなくなり、あられもない声を上げて、男の着衣に爪を立てた。
 体が弓なりに反り、背中が浮く。下腹を中心として全身が痙攣した。
 よくて、よすぎて、頭がどうにかなってしまいそうだった。
 それでももうやめてくれとも離してくれとは言えなかった。広い背中に縋り、華奢な足を男の腰に絡みつかせ、飛蘭の動きを必死に追う。
 男の性器を含まされた場所は、もう痛みではなく、ただ快楽だけを拾い上げ、蠢きながら男の体液を啜り上げようとする。飛蘭の腰の動きが激しさを増す。
「はっ……!」
 飛蘭が短く鋭い息を吐いた。華奢な腰の奥で男のものが膨れ上がるのを感じた。同時にエミリアの陰茎を男の手のひらで弄ばれる。
「……ぁあ…ゥ……!」
 あっという間に限界を迎えたそこから精を含まない漿液が吹き上げ、エミリアは絶頂を迎えた。胎の奥がうねって、中にいる飛蘭を締め付けた。
「吸い取られそうだな……」
 少し悔しそうに唇を歪めた男が、絶頂に体を震わせるエミリアの体をさらに穿つ。
「ひっ、あ、強……ぃ! まって…いっ……てるの……ぃま!」
 一気に駆け上がった絶頂に、エミリアが高い悲鳴を上げているのに構うことなく、一際深く突き入れられた。
 次の瞬間、ぱぁと熱いものが体内で弾けた。溢れるほどの精がエミリアの胎の中に注ぎ込まれた。
「ふぁ……」
 しゃくり上げながら、余韻を長引かせるように体を揺らす男にしがみ付き、荒れた呼吸を整えようとした。
 どんなに快楽を共有し、こんな風に精を注ぎ込まれたところで、実を結ぶものは二人の間にはない。
 それがいっそ耐えがたくて、エミリアは顔を腕で覆う。
 ――何で……私は……子など産みたくもない。そう思っているはずなのに……!
 心がどうしようもない痛みを訴える。そんな自分の心が、エミリアにはもうわからない。
 飛蘭がエミリアの中から抜け出ていった。その感触にすらも過敏になった肌は感じて、体を震わせた。
 空洞になった秘所が食むものを求めるように戦慄いて、飲み込み切れなかった白濁が滴り落ちる。
 その感触がたまらなく嫌だった。
 汗が張り付くのが鬱陶しかったのか、飛蘭がようやく服を脱ぎだした。その衣擦れを聞きながら、エミリアは涙を堪えた。
「エミリア」
 名が呼ばれた。裸になった男が再び覆いかぶさり、下肢を絡めて、昂ぶりを肌に押し付けてくる。
 この狂乱の時間がまだ終わっていなかったことを、エミリアは知る。
 体が裏返され俯せにされた。腹の下に枕が入れられ、腰だけを高く掲げる獣の姿勢を取らされる。
「あ、んっ……!」
 許可もなく一回目よりも無造作に、一気に根元まで穿たれた。
 エミリアの秘所が再び与えられた太く硬いものに、歓喜の声を上げ絡みつく。
 淫らな声を上げてすすり泣きながらエミリアは、シーツに縋りついた。
 肌と肌を打ち付けながら、飛蘭は欲望のままに腰を動かし、エミリアを悦楽に乱れさせる。
 その日、飛蘭が満足するまでエミリアは体を貪られた。
 陽が沈み、日付が変わるまで、寝所からエミリアの泣き声が響き続けた。

 ☆

 何度、交わったのか数えることも出来ないほどに貪られ、エミリアは失神するように意識を失った。
 エミリアの白い肌には、飛蘭が残した口づけの痕と歯形がいくつも刻まれ、狂乱の時間の激しさを物語っていた。
 どれくらい意識を失っていたのかはわからない。
 唇に触れる淡い感触に、意識が浮上する。口づけられたのだと気づいたのは、男の唇が離れた後だった。
 それは先ほどまで、エミリアを責め苛んでいた男のものとは思えない程に、柔らかな口づけだった。
 あまりに淡い感触に、一瞬、自分が夢を見ているのかとエミリアは思った。
 瞼を閉じたまま動けないエミリアの髪を、男の手がそっと絡めとった。
「いっそお前を殺せれば、何もかも楽になるのか……」
 エミリアの髪を弄びながら、自嘲混じりに漏らされた男の呟きに、エミリアの心すらも痛みを訴える。
 ――なぜ自分たちは出会ったのか……
 もう何度、問いかけたのかわからない問いが浮かぶが、答えはいまだに見つけられない。
 感情も理性も、周囲の思惑すらも跳ねのけて、本能がこの男が自分の番だと叫ぶ。
 失えば、この心は狂う。それだけは、はっきりと理解していた。
 求め合う本能がどうしようもなく二人を結びつけ、離さない。
 恋ではない。愛でもない。
 宿命の番という神の悪戯ともいえるものが二人を繋ぐ絆だ。
 この関係がやがて、花を付け、実を結ぶのか。二人は知らない。
 残酷なる神の手のひらの上で、二人は今日もただ足掻き続ける――
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私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

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