20 / 26
熱帯魚.2
しおりを挟む
「待って」
無言でズンズン進む一五の後を追いかける。そのまま別棟に移り、未知の階へ。歴史学準備室と札のついた扉に、一五は無断で入っていく。
「お邪魔いたします……」
「あー、ここなら、盗聴器ねーから」
盗聴器?
使用感のない備品が雑然と並ぶ細長い部屋。でも、奥の窓が大きくて明るく、掃除も行き届いている。学園の清掃は業者任せだから当然か。
一五はズンズン奥に進み、床にドンと胡座をかき、腰高窓の下の壁に寄りかかった。僕も釣られて、一五の隣に正座する。
「この間はありがとう」
「この間は悪かった、松流」
言葉が重なる。一瞬躊躇ったけれど、一気にお礼を続ける。
「初ヒートの時、助けてくれてありがとう。休んだり早退したりで、ちゃんとお礼言えてなかった。ありがとうございました」
ちょうど正座していたから、三つ指をついてきちんと頭を下げる。色褪せた木の床に影が揺れる。
あの日、中等部生徒で未成年の僕と担任教師が、保健室で突発的に性行為に及んでしまっていたら。多分、ものすごく、絶対問題になったはずだ。運命だと主張したとしても。
「あー、いやー、あの時はちょっと踏み込み過ぎたっつーか。手を出して、悪かった」
一五もペコリと頭を下げる。
そうでした。彼に自慰を手伝わせてしまった記憶は残っている。思わず一五の大きな手に目を遣ってしまう。
お兄ちゃんじゃない、初めて僕の陰茎に触れた、他人の指。
温かさやその他いろいろな感触がブワッと戻って、ちょっと反応してしまう。あわあわと体育座りして縮こまる。一五も耳まで朱色だ。
「あ、なんだー、その、松流は学園辞めるんだと思ってた」
生暖かい空気を振り切るように、一五が声を張る。
「すぐに囲い込まれて登校できなくなるもんだ、ってさ。ほら、ベータのオレにまで威嚇しやがった男体アルファに」
抱えた膝から顔を出して、首を横に振る。
「三浦のアルファは……あ、オレん家、オレ以外ぜーんぶアルファだって言ったの、覚えてる?」
「うん」
「うちのアルファは囲い込むのが基本で。オメガのかーちゃんにも殆ど会ったことねーの、オレ」
僕の家と違って驚く。目を丸くして一五を見つめる。
父は、オメガのパパを着飾らせ威嚇フェロモンを纏わせて、見せびらかすように連れ回すタイプのアルファだ。血の繋がらない他人が遠慮なく会いに来る。書生として一緒に暮らすこともある。
「んで、相談って、アレだろ。ウンメーのマルセンだろ? お前ら今どーなってんの?」
校則違反で柴漬け頭に染髪していても、いつも授業をサボって教室にいなくても、やっぱり一五はイイヤツだ。気まずさをサッと消し去って、もう友だちの距離感。
「うん。無視されてる。まるっきりフェロモンなんて出してないフリ、されてる」
「マジか。あん時、ラットで松流を襲う勢いだったのに」
「せめて仲良くなりたいんだけど、どうしたらいいのかな?」
うーん、と乳白色の漆喰天井を見上げる一五。
「告白したら?」
ストレートだなぁ。
「まともに話したことないのに?」
「じゃあ、話さないとなー。教師だし、数学の質問しに行けば?」
それしかないよね。
「えー無理だ。一人じゃ、数学準備室とか行けない……」
「なら、オレが付いてく。面白そうだしな」
一五から自発的協力、引き出しました! 即ミッション完了。
「いいの? 一五、ありがとう!」
僕はにじり寄って、彼の手を両手で握る。掬うように見上げて、睫毛をゆっくり三回パチパチし、にっこり笑顔を贈る。
でも一五は僕の指を解いて、大きな手で僕の頭をわしゃわしゃし始める。仏頂面で。
あれ? 僕がこうすると、他の人は誰でも照れくさそうに喜ぶのに。
「一五? ……あ、三浦さん?」
「あー、松流は、もー『いちご』でもなんでも好きに呼べや」
苦虫を噛み潰した顔で、わしゃわしゃ。
「細けーこと言わねーから、オレに気を使うんじゃねー。松流、大変なんだから。もーいいから」
僕は目を瞑って、わしゃわしゃを堪能する。彼の大きな手は今日も気持ちがいい。
「一五」
「ん?」
「ありがと。このこと、二人の内緒にしてくれる?」
わしゃわしゃ。
「おー、わかった。放課後にラーメンでも奢れや。それでチャラね」
「ラーメン? いいけど。……準備できるかな」
「準備?」
「家に材料があるか知らないもん。あ、僕は自分で料理できないからねっ!」
なぜか、一五に爆笑された。
まあいいや。これで狭い学園内を綺麗に泳げる。今までのように悠々と、ひらひらと。
無言でズンズン進む一五の後を追いかける。そのまま別棟に移り、未知の階へ。歴史学準備室と札のついた扉に、一五は無断で入っていく。
「お邪魔いたします……」
「あー、ここなら、盗聴器ねーから」
盗聴器?
使用感のない備品が雑然と並ぶ細長い部屋。でも、奥の窓が大きくて明るく、掃除も行き届いている。学園の清掃は業者任せだから当然か。
一五はズンズン奥に進み、床にドンと胡座をかき、腰高窓の下の壁に寄りかかった。僕も釣られて、一五の隣に正座する。
「この間はありがとう」
「この間は悪かった、松流」
言葉が重なる。一瞬躊躇ったけれど、一気にお礼を続ける。
「初ヒートの時、助けてくれてありがとう。休んだり早退したりで、ちゃんとお礼言えてなかった。ありがとうございました」
ちょうど正座していたから、三つ指をついてきちんと頭を下げる。色褪せた木の床に影が揺れる。
あの日、中等部生徒で未成年の僕と担任教師が、保健室で突発的に性行為に及んでしまっていたら。多分、ものすごく、絶対問題になったはずだ。運命だと主張したとしても。
「あー、いやー、あの時はちょっと踏み込み過ぎたっつーか。手を出して、悪かった」
一五もペコリと頭を下げる。
そうでした。彼に自慰を手伝わせてしまった記憶は残っている。思わず一五の大きな手に目を遣ってしまう。
お兄ちゃんじゃない、初めて僕の陰茎に触れた、他人の指。
温かさやその他いろいろな感触がブワッと戻って、ちょっと反応してしまう。あわあわと体育座りして縮こまる。一五も耳まで朱色だ。
「あ、なんだー、その、松流は学園辞めるんだと思ってた」
生暖かい空気を振り切るように、一五が声を張る。
「すぐに囲い込まれて登校できなくなるもんだ、ってさ。ほら、ベータのオレにまで威嚇しやがった男体アルファに」
抱えた膝から顔を出して、首を横に振る。
「三浦のアルファは……あ、オレん家、オレ以外ぜーんぶアルファだって言ったの、覚えてる?」
「うん」
「うちのアルファは囲い込むのが基本で。オメガのかーちゃんにも殆ど会ったことねーの、オレ」
僕の家と違って驚く。目を丸くして一五を見つめる。
父は、オメガのパパを着飾らせ威嚇フェロモンを纏わせて、見せびらかすように連れ回すタイプのアルファだ。血の繋がらない他人が遠慮なく会いに来る。書生として一緒に暮らすこともある。
「んで、相談って、アレだろ。ウンメーのマルセンだろ? お前ら今どーなってんの?」
校則違反で柴漬け頭に染髪していても、いつも授業をサボって教室にいなくても、やっぱり一五はイイヤツだ。気まずさをサッと消し去って、もう友だちの距離感。
「うん。無視されてる。まるっきりフェロモンなんて出してないフリ、されてる」
「マジか。あん時、ラットで松流を襲う勢いだったのに」
「せめて仲良くなりたいんだけど、どうしたらいいのかな?」
うーん、と乳白色の漆喰天井を見上げる一五。
「告白したら?」
ストレートだなぁ。
「まともに話したことないのに?」
「じゃあ、話さないとなー。教師だし、数学の質問しに行けば?」
それしかないよね。
「えー無理だ。一人じゃ、数学準備室とか行けない……」
「なら、オレが付いてく。面白そうだしな」
一五から自発的協力、引き出しました! 即ミッション完了。
「いいの? 一五、ありがとう!」
僕はにじり寄って、彼の手を両手で握る。掬うように見上げて、睫毛をゆっくり三回パチパチし、にっこり笑顔を贈る。
でも一五は僕の指を解いて、大きな手で僕の頭をわしゃわしゃし始める。仏頂面で。
あれ? 僕がこうすると、他の人は誰でも照れくさそうに喜ぶのに。
「一五? ……あ、三浦さん?」
「あー、松流は、もー『いちご』でもなんでも好きに呼べや」
苦虫を噛み潰した顔で、わしゃわしゃ。
「細けーこと言わねーから、オレに気を使うんじゃねー。松流、大変なんだから。もーいいから」
僕は目を瞑って、わしゃわしゃを堪能する。彼の大きな手は今日も気持ちがいい。
「一五」
「ん?」
「ありがと。このこと、二人の内緒にしてくれる?」
わしゃわしゃ。
「おー、わかった。放課後にラーメンでも奢れや。それでチャラね」
「ラーメン? いいけど。……準備できるかな」
「準備?」
「家に材料があるか知らないもん。あ、僕は自分で料理できないからねっ!」
なぜか、一五に爆笑された。
まあいいや。これで狭い学園内を綺麗に泳げる。今までのように悠々と、ひらひらと。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
R18 養い子ロキの献身
ああいああこ 【ゆる腐わ女子】
BL
【第五竜騎士団長】✕【養い子の侍従】
レビュー感想・ブクマお気に入り・表紙絵ファンイラスト・誤字脱字指摘・高評価批判 等々、反響お待ちしております
Twitter→ https://mobile.twitter.com/aaostudy1
喘ぎ声は 電子の触手 @densinosyokusyu さんの小説エディタに書いてもらいました
https://ci-en.dlsite.com/creator/3104
R18『クズアルファはぐずぐずに尽くし巣を作る』 #溺愛アルファの巣作り
ああいああこ 【ゆる腐わ女子】
BL
【序盤の当て馬系クズα】×【田舎のぽっちゃりΩ】
#溺愛アルファの巣作り
Twitterタグ企画
巣作りをするアルファが登場する一次創作BLを募集します。
企画:大島Q太さん @Qtathunder
後援:ゆかいな仲間たち
#ルクイユのおいしいごはんBL
BLおいしいごはん祭三回目!
・テーマは「ごはん」(スイーツもOK)
・男子同士のカップルが、ごはんを食べてほっこりする内容なら何でもOK
企画PRESENTS:ルクイユ書庫さん @RecueilArtFest
レビュー感想・ブクマお気に入り・表紙絵ファンイラスト・誤字脱字指摘・高評価批判 等々、反響お待ちしております
ああいああこTwitter
https://mobile.twitter.com/aaostudy1
部室強制監獄
裕光
BL
夜8時に毎日更新します!
高校2年生サッカー部所属の祐介。
先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。
ある日の夜。
剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう
気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた
現れたのは蓮ともう1人。
1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。
そして大野は裕介に向かって言った。
大野「お前も肉便器に改造してやる」
大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…
山本さんのお兄さん〜同級生女子の兄にレ×プされ気に入られてしまうDCの話〜
ルシーアンナ
BL
同級生女子の兄にレイプされ、気に入られてしまう男子中学生の話。
高校生×中学生。
1年ほど前に別名義で書いたのを手直ししたものです。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
R18『美しき毒』 #書き出し白雪姫
ああいああこ 【ゆる腐わ女子】
BL
#書き出し白雪姫
なんて素敵な企画! なのに、Twitter直載せがちょっぴり不安……タグ地雷確認お願いします。
冒頭書き出し文を統一して、そこから各自どんな物語が生まれるのか?
――ここから書き出し――
この鏡は何でも答えてくれるらしい。
「鏡よ鏡。世界で一番――」
さて、何を聞こうか。
――ここまで――
主催:てんつぶさん @tentubu5656
発案・書き出し文:猫宮 乾さん @ inuinudooooooog
レビュー感想・ブクマお気に入り・表紙絵ファンイラスト・誤字脱字指摘・高評価批判 等々、反響お待ちしております
ああいああこTwitter
https://mobile.twitter.com/aaostudy1
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる