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お人形.2
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「松流様、休憩にいたしましょう。何かお召し上がりになりますか?」
「うーん、あんまり」
緊急用の強い薬を打っていると、食欲も抑制されるようだ。ここ数日水分ばかり摂っている。
「庭に、何か軽く摘めるものを用意して。それと、プレタで御眼鏡に適ったものは、全て贈る手配で頼む」
「矢野さん、遊び慣れてるなぁ。おもいっきり大きなテディベアだ」
そつのない大人の余裕がちょっと気に触って、からかってしまう。
「テディベア? ああ、自分のお金でここを貸し切ったのは初めてですよ。他の顧客のお供ばかりで」
矢野さんは僕の格好を満足気に眺めている。くるりと一回転してあげた。
「レザーのライダースなんて雄っぽい服、初めて着た。どう?」
「どこかのアイドルのようだ」
襟足の黒髪を指でくるくるされる。
「アイドルか……もっと大人っぽくなりたい」
「承知いたしました。また次回に」
控えていたお姉さまが、柔らかく声をかける。
「矢野さま、テラスにご用意できました。平さま、上着の袖を少しお直し致しますので、お預かりしますね」
ガーデンテーブルに着くと、矢野さんは自然に僕を膝の上に載せる。何も言わず、自分のスーツジャケットを羽織らせる。
テラスタイルの足元に、蔓薔薇がわずかばかり咲いている。目前に広がる春満開の木立薔薇よりも、よりしっとりと落ち着いた風情を醸し出している。矢野さんの烟る匂いと混じって、心地良い。
「聞き良いご報告と悪いものがあります。どちらから?」
剥いてくれた枇杷をあーんされながら、僕は良い方を選ぶ。
「未承認の新薬は効く見込みがあるそうです。後ほど研究室へ戻りましょう」
小さなメロンボールがころりと口に転がる。
「松流様は軽すぎる。もう少し召し上がらないと。今度の薬は食欲性欲に副作用は無いそうです」
両手で抱えていた御茶のグラスが没収されて、テーブルの上に。
「悪いご報告は……いや、決断を迫るご提案と言うべきか」
矢野さんの手が、はっきり意志を持って僕の背中を撫ぜる。
「丸山朝陽はオメガの番を抱え込んでいます」
せんせいに……つ、が、い。
そうか。そうだよね。学園経営の一角を担う丸山のお家だもの。僕同様早くから婚約者がいて、番になっている可能性は高い。
「ただ、オメガ子宮発育不全で子は望めず。そのため、丸山本家から結婚は反対されており、未入籍です」
「そ……」
遠くで矢野さんの大きな声がする。
「松流様! 息をして! ゆっくり吐いて。そうです、ふーっ、そうゆっくり。ふーっと。大丈夫」
ああ呼吸するのを忘れたのか、とぼんやり思う。しばらく矢野さんの口の動きに集中して、息を合わせる。
唇に向けてポツリと呟く。
「つまり、番さんは先生に愛されて求められてるから、番なんだ。運命だろうと、僕の入るスキマなんてない。こんなに苦しいのに……」
矢野さんの唇が上から降ってくる。ついばむように何度も僕の朱唇に触れる。試すように熱い舌が僕をノックする。
力が抜け、口内から吸い出された。冷えた舌が矢野さんの中に。絡め取られ、先端からそっと噛まれ、かぷり、呑み込まれていく。
「松流様……」
時折、矢野さんは耳朶に軽く舌を這わす。呼吸を確保しながら、僕の口腔を優しく犯す。ざわりと上顎を撫で、根元から舌裏をなぞり、じゅるじゅると流涎を貪る。長い時間をかけて、二つの温度がとろけていく。
「ん」
嗚呼、喰われる。
狂ったオメガの運命まで全て、ぜんぶ喰らい尽くしてくれればいいのに。
「はぁ……キスしたいなら、煙草はやめてよ。この匂い、フェロモンじゃないよね」
「ええ。しかし、マーキングはマーキングです」
柔い首筋に、烟る残り香を吹きかける。
「運命を手放して、私を選んでいただきたいものだ」
「自分の意志で選べるなら、楽なのにな」
膝から滑り降りようとして、むしろギュッと引き留められる。彼はため息をついて、僕を抱き上げテーブルに載せた。
行儀の悪さに文句を言おうと開けた口が、急に甘味で塞がれる。矢野さんの唇が、マンゴーの欠片を直接僕に押し込む。
「お召し上がりください、松流様」
もう一つ果実を口移ししながら、驚くほど手際よく、真新しいカラーパンツを膝まで引き下ろす。まだしんなりとした陰茎に、恭しくキスを捧げた。
「やのさ、ん……」
「うーん、あんまり」
緊急用の強い薬を打っていると、食欲も抑制されるようだ。ここ数日水分ばかり摂っている。
「庭に、何か軽く摘めるものを用意して。それと、プレタで御眼鏡に適ったものは、全て贈る手配で頼む」
「矢野さん、遊び慣れてるなぁ。おもいっきり大きなテディベアだ」
そつのない大人の余裕がちょっと気に触って、からかってしまう。
「テディベア? ああ、自分のお金でここを貸し切ったのは初めてですよ。他の顧客のお供ばかりで」
矢野さんは僕の格好を満足気に眺めている。くるりと一回転してあげた。
「レザーのライダースなんて雄っぽい服、初めて着た。どう?」
「どこかのアイドルのようだ」
襟足の黒髪を指でくるくるされる。
「アイドルか……もっと大人っぽくなりたい」
「承知いたしました。また次回に」
控えていたお姉さまが、柔らかく声をかける。
「矢野さま、テラスにご用意できました。平さま、上着の袖を少しお直し致しますので、お預かりしますね」
ガーデンテーブルに着くと、矢野さんは自然に僕を膝の上に載せる。何も言わず、自分のスーツジャケットを羽織らせる。
テラスタイルの足元に、蔓薔薇がわずかばかり咲いている。目前に広がる春満開の木立薔薇よりも、よりしっとりと落ち着いた風情を醸し出している。矢野さんの烟る匂いと混じって、心地良い。
「聞き良いご報告と悪いものがあります。どちらから?」
剥いてくれた枇杷をあーんされながら、僕は良い方を選ぶ。
「未承認の新薬は効く見込みがあるそうです。後ほど研究室へ戻りましょう」
小さなメロンボールがころりと口に転がる。
「松流様は軽すぎる。もう少し召し上がらないと。今度の薬は食欲性欲に副作用は無いそうです」
両手で抱えていた御茶のグラスが没収されて、テーブルの上に。
「悪いご報告は……いや、決断を迫るご提案と言うべきか」
矢野さんの手が、はっきり意志を持って僕の背中を撫ぜる。
「丸山朝陽はオメガの番を抱え込んでいます」
せんせいに……つ、が、い。
そうか。そうだよね。学園経営の一角を担う丸山のお家だもの。僕同様早くから婚約者がいて、番になっている可能性は高い。
「ただ、オメガ子宮発育不全で子は望めず。そのため、丸山本家から結婚は反対されており、未入籍です」
「そ……」
遠くで矢野さんの大きな声がする。
「松流様! 息をして! ゆっくり吐いて。そうです、ふーっ、そうゆっくり。ふーっと。大丈夫」
ああ呼吸するのを忘れたのか、とぼんやり思う。しばらく矢野さんの口の動きに集中して、息を合わせる。
唇に向けてポツリと呟く。
「つまり、番さんは先生に愛されて求められてるから、番なんだ。運命だろうと、僕の入るスキマなんてない。こんなに苦しいのに……」
矢野さんの唇が上から降ってくる。ついばむように何度も僕の朱唇に触れる。試すように熱い舌が僕をノックする。
力が抜け、口内から吸い出された。冷えた舌が矢野さんの中に。絡め取られ、先端からそっと噛まれ、かぷり、呑み込まれていく。
「松流様……」
時折、矢野さんは耳朶に軽く舌を這わす。呼吸を確保しながら、僕の口腔を優しく犯す。ざわりと上顎を撫で、根元から舌裏をなぞり、じゅるじゅると流涎を貪る。長い時間をかけて、二つの温度がとろけていく。
「ん」
嗚呼、喰われる。
狂ったオメガの運命まで全て、ぜんぶ喰らい尽くしてくれればいいのに。
「はぁ……キスしたいなら、煙草はやめてよ。この匂い、フェロモンじゃないよね」
「ええ。しかし、マーキングはマーキングです」
柔い首筋に、烟る残り香を吹きかける。
「運命を手放して、私を選んでいただきたいものだ」
「自分の意志で選べるなら、楽なのにな」
膝から滑り降りようとして、むしろギュッと引き留められる。彼はため息をついて、僕を抱き上げテーブルに載せた。
行儀の悪さに文句を言おうと開けた口が、急に甘味で塞がれる。矢野さんの唇が、マンゴーの欠片を直接僕に押し込む。
「お召し上がりください、松流様」
もう一つ果実を口移ししながら、驚くほど手際よく、真新しいカラーパンツを膝まで引き下ろす。まだしんなりとした陰茎に、恭しくキスを捧げた。
「やのさ、ん……」
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