吸血鬼の塔に乗り込んだ女剣士ですが思ったより好待遇です。

リリファルシアンの泉

文字の大きさ
上 下
6 / 8

6.蜘蛛

しおりを挟む
「あ……
いえ、私ももちろん、高熱を出すつもりで居たんですよ、うん」
「あ、アークのことが嫌いな訳ではないんだよ。
でもそういうことは恋人とやることだから、アークも嫌でしょ」
あ、何でここで同意を求めてしまったんだろう。
ここで嫌だと言われたらそれはそれで泣きそうになるだろうに。
「それについてはコメントを控えさせていただきます」
うまく回答を逃げられた!?
そうか、まぁキスに対してどう思うかは個人差があるかもしれない。
「犬に噛まれたのと同じって人も居るしね……」
「僕はどうしたら死亡フラグを回避出来るのか全然わかりません」
「そうだ、それ、大丈夫なの?」
「全然大丈夫じゃないです。
でも楽しいですよ、ヒロさんのおかげで」
何故自分が死ぬかもしれない状況で明るく微笑むことが出来るんだ、この吸血鬼は。

アークは頭のネジが一本抜けてしまったような妙な明るさのまま、人間に擬態するフリも忘れ私の手を引いて歩いている。
おかげで魔物に全然あわない。
「はは…… 敵に送られた塩も有効活用出来ない…… どうすればいいんだ……」
内容はよくわからないけれど、アークは死亡フラグのことで悩んでいるんじゃないかな。
「ねぇアーク、私に何か出来ることある?」
「ああヒロさん、そうですね……
左目の治療を試してみましょうか」
「わかったよ」
アークの死亡フラグと左目の治療とどう関係があるのかわからないけれど。

森の中の小屋にアークは案内してくれた。
中はベッドやソファーが置いてあるぐらいだけど、埃もなくて綺麗だ。
魔法でもかかっているのかな。
「そうだ。
ヒロさんは歩いて疲れたでしょう。
目の状態を見る前にひとまず休んで下さい」
「そんなに体力なくはないよ。でもありがとう」
「すみません、人間の体力がよくわからなくて」
アークに赤いジュースを渡される。
ちょうど喉乾いていたから飲み干したけど、これあの人間用の実では?
「あ、これ飲むと人間は眠くなるんだった……
一度仮眠をとって下さい。魔力と馴染んだ方が術がかけやすくなりますから」
「うーん、この実ってアークの魔力から出来ているの?」
「まぁ、ここの維持管理は私の魔力なので、そんなようなもんですかね」
「これ飲むとアークに親しみを感じる? 近づきたくなる? 気がするの。
うまく言えないんだけど」
「え、そんな効果があるの? まぁ魔力のやりとりしていたらそうか……
そういう風に身体が変わるの嫌ですか?
そうしたらもう飲まない方がいいとおもいますが」
「今の所は大丈夫かな」
でもあんまり長居すると、駄目かも。
お酒みたいなリピートしたくなる感じ。
私はお酒のことすっかり忘れていられる人だから、多分大丈夫だと思うけど。

2時間ぐらい眠って起きたんだろうか。
また身体が変わっている気がする。
不調を感じていた肩が軽くなっているような。
「起きましたね、ヒロさん。じゃあ左目をよく見せて下さい」
ベッドに腰掛けている私にアークが近づいて、左目を覗きこむ。
至近距離で見ても吸血鬼の瞳孔は縦長だったりしないんだね。
今は平時だからかもしれないが。
「どれぐらい弾かれるかなぁ……
恋仲なら楽なんですが」
「えっと?」
何でもないことのようにさらっと言う。
意識してるのは私だけか。
「魔力が身体の内側に入ることに抵抗されない関係の方が楽なんです」
「ああ、私が弾かなければいいんだね。
それなら大丈夫だと思う」
抵抗、境界をなくす、受け入れる、か。
「ええ、ヒロさん、魔力抵抗の操作随分上手いんですね。
そのまま保っていて下さい、やってみます。
目は閉じていて下さい」
目を閉じていたらイメージの中に紫色の身体の蜘蛛が現れた。
悪意は感じないけど、すごい外見だな。
蜘蛛苦手じゃなくて良かった。
蜘蛛が私の視界の途切れる所よりも近づいてきて、口から出した糸を前足で操って何かを一生懸命治してる。
ふふ、何かアークが恋仲なら~とかいうから身構えてたけど、蜘蛛じゃない。
蜘蛛なら別に男の人って感じしないから、視界よりも中に入られても恥ずかしくないなぁ。
蜘蛛が懸命に何かを治している姿を見ていると、だんだん可愛らしく見えてきた。
しばらくすると蜘蛛は治療を終えたようで、ぴょんと後ろに跳ねるとそのまま立ち去って行った。
「よし、終わりました。どうですか」
目覚めて最初に見たアークは汗だくだった。
右目を隠して確認してみるけど、よく見える。
「よく見えるよ」
「良かった!」
アークは少年のように無邪気に笑った。
吸血鬼なのにここまで邪気がなくて大丈夫かな?
「アークは、蜘蛛なの?」
「うぇ、確かにそうかもしれません。何故か糸が出せますし」
「目を閉じてる間、ずっと蜘蛛が目の治療してたんだけど」
「それはビジュアル的に厳しいですね…… ヒロさん、よく嫌悪感消せましたね」
「うーん、でも蜘蛛はアークだったよ」
「僕は蜘蛛男なのか……
ヒロさん、実態はそうかもしれませんが、虚構をよく見つめていて下さい。
このイケメンの方の僕を」
「アークは美形だけどイケメンって感じじゃなくない?」
「えぇ…… とにかく僕のような不定形の魔物は好かれたい相手のイメージの影響を受けやすいですから。
ヒロさんに都合が良いイメージをずっとしていて下さいね」
アークは私に好かれたいのか。
そうだよな、私に好かれればずっとご飯にありつけるし。
「わかった。
ねぇアーク、治療してお腹空いたんじゃない?」
「いいえ、ヒロさん今戦士の服じゃないですか。
肩を見せにくいので、着替えてからにしましょう」
「それもそうね」
アークは何故かほっとした顔になった。

今朝の洗濯物を一人で取り込んでいると、懲りずに水魔が出てきた。
「お前らなんでくっつかないの?」
「わりと距離は近いと思うけど」
「そのゼロ距離でなんでカップルにならないの? 恋人居た方が幸せじゃん」
「だから、アークは私のことは好みじゃないんじゃないかなって、この間話したじゃない」
「ほーん…… なぁ、もしかして姫さんの周りの男って、突然結婚してくれって言ったり、突然押し倒してきたりした?」
「え、何でわかるの」
「……」
水魔は哀れむような瞳で私を見る。
えぇ、なんかアークにもそんな目で見られたことがあるような。
「これは吸血鬼の旦那も大変だ……。
姫さん、だいたいの男は姫さんに対してすっごい、常に、下心があると思って接してあげな。
そうじゃないと可哀想だから」
「ええっ それじゃあ失礼な態度とることになっちゃわない?」
「うーん、それじゃあ意中の相手には早いとこ自分から告白してやった方がいいと思うぞ。
そうじゃないと吸血鬼ヤンデレ化くっころ展開とか」
最後の方何を言ってるかわからなかった。
「まぁ面白いことになる前にどうにかしろよ、じゃあな!」
水魔は水に戻った。

私がアークの居る小屋に戻るとアークはすぐに駆け寄ってきた。
「また水魔が出たでしょう。変なことされませんでしたか?」
「お話していただけだけど、何を言っていたか難しくてわからなかったの」
「はて?
あれであの水魔も長生きですから、実はすっごい博識とかあるかもしれませんが。
僕は難しい話はされたことないですね」
「あ、まだ日が高いから水浴びしてきていいかな?」
「いえ、水辺は水魔が出るので。
僕が毎日清浄化の魔法かけてるので許してください」
すでにかけてたのか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。 それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。 誰にも信じてもらえず、罵倒される。 そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。 実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。 彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。 故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。 彼はミレイナを快く受け入れてくれた。 こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。 そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。 しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。 むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。

櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。 ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。 気付けば豪華な広間。 着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。 どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。 え?この状況って、シュール過ぎない? 戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。 現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。 そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!? 実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。 完結しました。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

処理中です...