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王は踊りつかれた
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ぱたんと閉じた扉にようやく安堵のため息をついた国王を見て、ジョシュアは呆れた視線を送った。
「相変わらず怖いな…。」
どうやら今は幼馴染のジョシュアに話しかけているらしい。息が詰まりすぎたのか、気安い会話を求めているようだ。
「いつも言っているが、母が怒り狂うのは、同じ王族、貴族として余程有り得ない事をした時と、家族に害が及んだ時だけだ。
今回、まだマシだと言える範囲で終われたのは、テオドール殿下との婚約を早々に調えることができたからだ。
サイン付きの婚約届を要求した私に感謝しろ。アレがなければもっとひどい目に遭っていたかもしれんぞ。」
あの婚約届は渋々用意したものではあったが、なかった時のことを想像すればゾッとした。
「そんなにミシェル夫人はテオドール殿とクリスティーナ嬢を娶せたかったのか?」
「あの二人は幼少の頃、本当に仲が良くてね。もう二人でいる事が自然すぎる位だったんだ。二人とも幼いながらに互いを大事にしていた。親の欲目かも知れんが、二人が結ばれればさぞいい夫婦関係になるだろうと思わせられたほどだった。何より四歳年上のテオドール殿下がクリスティーナをとても大事にしてくれてね。婚約させるかと両家で相談しているところだったんだ。
それなのに私に打診もせずにあの伯爵家の思惑に乗ってしまったものだから。」
「う…。それはもう本当に済まないことをしたと…。」
「あの時だって、母は陛下のところに特攻しようとしていて、何とか公爵家総出で止めたんだ。あちらの国だって抗議の書簡を送ろうとしてたぞ…。まあまだ王家に打診していなかったのだからと何とか矛を収めてもらったんだ。
テオドール殿下は婚約が結べなかったことを本当に嘆いていた。二人が公務で顔を合わせる事があれば、テオドール殿下は毎回クリスティーナを気遣ってくれたようだよ…。
だというのに…!肝心の殿下があの体たらくだ。
正直、クリスティーナに対する正妃様のおっとりフォローと、側妃様のしっかりフォローがなければ無理にでも断ち切らせて領地に帰していたし、宰相もさっさと辞職していた。」
「ひっ…。」
「…陛下のその反応を見ていると、なぜ殿下がああなってしまったのかつくづく疑問で仕方がないよ。」
幼少期にミシェルに植え付けられた恐怖を思い出せば、身体が震えるのは今でも変わらない。
実のところ、国王もクリスティーナのミシェルを彷彿とさせるお仕置きに気づいていた。そして息子が震えていた事も知っていた。
気づいていたけれど、気づかないふりをしていたのは、過去の自分にとって、なんだかんだミシェルのそれが良い影響を与えたのと同様に、息子にも良い影響を与えるだろうと考えたからだ。
正直に言えば、あの頃の息子には誰もが手を焼いていた。それを幼い少女に任せてしまったという後ろめたさもあって、よほど酷いお仕置きでない限り手を出す必要はないと考えていた。
実際、クリスティーナが懸命に矯正を試みていた期間、確かに息子も側近候補たちも割と真面になった。
だというのに、ジルベルトが本格的にクリスティーナに諦められた瞬間、クリスティーナは潮が引くようにジルベルトから手を引いた。それはもう見事なほどの撤退具合だった。
そうして結局、前ほどの酷さはないが、ただひたすらに能天気なアホ息子になった。乱暴が鳴りを潜めただけまだマシなのか、何とも微妙な気持ちになったのは今も変わらない。
ギルバートを王太子に据えると決心したとき、クリスティーナにはギルバートの婚約者になる気はないかと内密で打診した事がある。
もともとギルバートの婚約者に内定しそうな令嬢は居たのだが、ギルバートが立太子するなら、すでに王妃教育が完了していて、実力もあるクリスティーナを据えた方が良い。
しかしクリスティーナは間髪おかずに否と答えた。それはもう見事なほどにはっきりと。一瞬不敬じゃないか?と考えそうになるくらい速かった。
そしてこう続けたのだ。
「僭越ながら申し上げます。
確かに私がギルバート殿下の婚約者になれば、国営には大いに役立つことでしょう。新たに王妃教育を施す必要もありません。しかし、納得しない貴族は多くおりましょう。無用な揉め事を起こす必要はないと考えます。」
「しかし、君の手腕はみな知っている。きみこそが次代の王妃にふさわしいというものは多いぞ。」
「陛下、不敬なことを承知の上で申し上げたい事がございます。これは私のみの考え。どうか咎は私のみに…。」
「クリスティーナ嬢には長年苦労させたのだ。不敬には問わないと約束しよう。」
「ありがとうございます。
私が婚約者としてこちらに上がるようになってから今まで、殿下が様々な事をしでかすため、必要以上に多くの苦労をしたと考えております。あまりの事に体調を崩す事もございました。
…そうして今、もう、私には誰かに尽くすだけの気力と体力が残っておりません。
そしてギルバート殿下の気質には私では合いません。是非ともギルバート殿下の気質に合い、互いに愛し支え合えるであろう方を迎えて頂きたいのです。
私のように、王家に振り回される人間をこれ以上増やしてほしくないのです。
陛下にもお心当たりがあるのではございませんか?」
「…そうだな…すまぬ。アレにも悪いことをしたという想いはある…。
そしてそなたの家にはずっと迷惑を掛け通している。その負債はミシェル夫人…そなたの祖母によって王家が受けた負債をもはや超えているだろう。
…ギルバートとの縁談の話は忘れてくれ。すまなかった。」
「いえ、私どもは変わらず王家に忠誠を誓う臣下でございます。王家に尽くすのは至極当然のこと。だというのに、このようなことを申し上げ誠に申し訳ございません。
陛下のお心の広さに心より感謝致します。」
そうしてクリスティーナはカーテシーを捧げ退出した。
残された国王は、まだ成人を迎える前の少女にこのようなことを言わせてしまったことを心から後悔した。おそらく貴族家の中でもクリスティーナと同じことを考えている家はあるだろう。王家への求心力を落とした原因は自分にあることを国王はよく知っていた。知っていたからこそ、クリスティーナの言葉をよく理解した。
そんなことを思い出していると、ジョシュアから今夜の夜会について問いかけられた。
「ところで、今夜の夜会で発表することについてだが…」
「ああ。クリスティーナ嬢の婚約のことと、ギルバートの立太子のことだな。
あのバカ息子については処分確定後に通知すると濁すしかないな。最終的な決定はクリスティーナ嬢のお仕置きの後になるからな。」
「ああ。あと一つ、ギルバート殿下とダンフォード侯爵令嬢との婚約が決まったと報せた方が良いと思う。婚約式の日取りは後日通知するということにして知らせておかないと、また鬱陶しいのが湧くからな。
新たな2組の婚約という慶事だ。昨夜のことをある程度は薄められるだろう。」
「そうだな…。そうしよう。ダンフォード家に、本日婚約の内定を告知すると報せる使いを出してくれ。」
国王のその言葉に側近が動き出した。
ちなみにこの側近たちもまた、幼少期にミシェルの恐ろしさが植え付けられている。さっきまでは必死に息をつめ、存在を消していた。ミシェルはもちろん存在に気づいてはいたが、今回は触れる気はなかったようだ。ただし、王都にいる間もそうかはわからない。目につかないように正しい行動するほかないのだ。
「で、ジョシュアはいつ隣国へ向かう?」
「とりあえず今日の夜会が終わって、一通り落ち着いたら領地へ向かう。
クリスティーナ達とともに隣国入りするつもりだ。」
「はやっ。え、本気?困る。来月にしよう?ていうか社交シーズンどうするの。」
「社交は必要最低限を次男に任せる。」
「ん?奥方も隣国へ連れて行くのか?」
「連れて行きたいけどな。まあそこは後で妻と相談する。今日の夜会は出るよ。本当はよその男に見せたくないんだけど。
着替えたら、母上たちのために用意してもらった部屋で妻と合流する。ああ、案内にそちらに通すよう伝えておかなくては。」
「相変わらず溺愛だねえ…。まあ奥方も綺麗だしな。」
「やらん。」
「いらん。」
「なんだと!?」
「えっ!?だっているって言ったらもっと怒るだろ!?」
「当たり前だ!」
「じゃあどうするのが正解なんだ!!」
まるで子供のようにじゃれあう王と宰相のやり取りを回りは見なかったことにして、やるべきことをやる事にした。
「相変わらず怖いな…。」
どうやら今は幼馴染のジョシュアに話しかけているらしい。息が詰まりすぎたのか、気安い会話を求めているようだ。
「いつも言っているが、母が怒り狂うのは、同じ王族、貴族として余程有り得ない事をした時と、家族に害が及んだ時だけだ。
今回、まだマシだと言える範囲で終われたのは、テオドール殿下との婚約を早々に調えることができたからだ。
サイン付きの婚約届を要求した私に感謝しろ。アレがなければもっとひどい目に遭っていたかもしれんぞ。」
あの婚約届は渋々用意したものではあったが、なかった時のことを想像すればゾッとした。
「そんなにミシェル夫人はテオドール殿とクリスティーナ嬢を娶せたかったのか?」
「あの二人は幼少の頃、本当に仲が良くてね。もう二人でいる事が自然すぎる位だったんだ。二人とも幼いながらに互いを大事にしていた。親の欲目かも知れんが、二人が結ばれればさぞいい夫婦関係になるだろうと思わせられたほどだった。何より四歳年上のテオドール殿下がクリスティーナをとても大事にしてくれてね。婚約させるかと両家で相談しているところだったんだ。
それなのに私に打診もせずにあの伯爵家の思惑に乗ってしまったものだから。」
「う…。それはもう本当に済まないことをしたと…。」
「あの時だって、母は陛下のところに特攻しようとしていて、何とか公爵家総出で止めたんだ。あちらの国だって抗議の書簡を送ろうとしてたぞ…。まあまだ王家に打診していなかったのだからと何とか矛を収めてもらったんだ。
テオドール殿下は婚約が結べなかったことを本当に嘆いていた。二人が公務で顔を合わせる事があれば、テオドール殿下は毎回クリスティーナを気遣ってくれたようだよ…。
だというのに…!肝心の殿下があの体たらくだ。
正直、クリスティーナに対する正妃様のおっとりフォローと、側妃様のしっかりフォローがなければ無理にでも断ち切らせて領地に帰していたし、宰相もさっさと辞職していた。」
「ひっ…。」
「…陛下のその反応を見ていると、なぜ殿下がああなってしまったのかつくづく疑問で仕方がないよ。」
幼少期にミシェルに植え付けられた恐怖を思い出せば、身体が震えるのは今でも変わらない。
実のところ、国王もクリスティーナのミシェルを彷彿とさせるお仕置きに気づいていた。そして息子が震えていた事も知っていた。
気づいていたけれど、気づかないふりをしていたのは、過去の自分にとって、なんだかんだミシェルのそれが良い影響を与えたのと同様に、息子にも良い影響を与えるだろうと考えたからだ。
正直に言えば、あの頃の息子には誰もが手を焼いていた。それを幼い少女に任せてしまったという後ろめたさもあって、よほど酷いお仕置きでない限り手を出す必要はないと考えていた。
実際、クリスティーナが懸命に矯正を試みていた期間、確かに息子も側近候補たちも割と真面になった。
だというのに、ジルベルトが本格的にクリスティーナに諦められた瞬間、クリスティーナは潮が引くようにジルベルトから手を引いた。それはもう見事なほどの撤退具合だった。
そうして結局、前ほどの酷さはないが、ただひたすらに能天気なアホ息子になった。乱暴が鳴りを潜めただけまだマシなのか、何とも微妙な気持ちになったのは今も変わらない。
ギルバートを王太子に据えると決心したとき、クリスティーナにはギルバートの婚約者になる気はないかと内密で打診した事がある。
もともとギルバートの婚約者に内定しそうな令嬢は居たのだが、ギルバートが立太子するなら、すでに王妃教育が完了していて、実力もあるクリスティーナを据えた方が良い。
しかしクリスティーナは間髪おかずに否と答えた。それはもう見事なほどにはっきりと。一瞬不敬じゃないか?と考えそうになるくらい速かった。
そしてこう続けたのだ。
「僭越ながら申し上げます。
確かに私がギルバート殿下の婚約者になれば、国営には大いに役立つことでしょう。新たに王妃教育を施す必要もありません。しかし、納得しない貴族は多くおりましょう。無用な揉め事を起こす必要はないと考えます。」
「しかし、君の手腕はみな知っている。きみこそが次代の王妃にふさわしいというものは多いぞ。」
「陛下、不敬なことを承知の上で申し上げたい事がございます。これは私のみの考え。どうか咎は私のみに…。」
「クリスティーナ嬢には長年苦労させたのだ。不敬には問わないと約束しよう。」
「ありがとうございます。
私が婚約者としてこちらに上がるようになってから今まで、殿下が様々な事をしでかすため、必要以上に多くの苦労をしたと考えております。あまりの事に体調を崩す事もございました。
…そうして今、もう、私には誰かに尽くすだけの気力と体力が残っておりません。
そしてギルバート殿下の気質には私では合いません。是非ともギルバート殿下の気質に合い、互いに愛し支え合えるであろう方を迎えて頂きたいのです。
私のように、王家に振り回される人間をこれ以上増やしてほしくないのです。
陛下にもお心当たりがあるのではございませんか?」
「…そうだな…すまぬ。アレにも悪いことをしたという想いはある…。
そしてそなたの家にはずっと迷惑を掛け通している。その負債はミシェル夫人…そなたの祖母によって王家が受けた負債をもはや超えているだろう。
…ギルバートとの縁談の話は忘れてくれ。すまなかった。」
「いえ、私どもは変わらず王家に忠誠を誓う臣下でございます。王家に尽くすのは至極当然のこと。だというのに、このようなことを申し上げ誠に申し訳ございません。
陛下のお心の広さに心より感謝致します。」
そうしてクリスティーナはカーテシーを捧げ退出した。
残された国王は、まだ成人を迎える前の少女にこのようなことを言わせてしまったことを心から後悔した。おそらく貴族家の中でもクリスティーナと同じことを考えている家はあるだろう。王家への求心力を落とした原因は自分にあることを国王はよく知っていた。知っていたからこそ、クリスティーナの言葉をよく理解した。
そんなことを思い出していると、ジョシュアから今夜の夜会について問いかけられた。
「ところで、今夜の夜会で発表することについてだが…」
「ああ。クリスティーナ嬢の婚約のことと、ギルバートの立太子のことだな。
あのバカ息子については処分確定後に通知すると濁すしかないな。最終的な決定はクリスティーナ嬢のお仕置きの後になるからな。」
「ああ。あと一つ、ギルバート殿下とダンフォード侯爵令嬢との婚約が決まったと報せた方が良いと思う。婚約式の日取りは後日通知するということにして知らせておかないと、また鬱陶しいのが湧くからな。
新たな2組の婚約という慶事だ。昨夜のことをある程度は薄められるだろう。」
「そうだな…。そうしよう。ダンフォード家に、本日婚約の内定を告知すると報せる使いを出してくれ。」
国王のその言葉に側近が動き出した。
ちなみにこの側近たちもまた、幼少期にミシェルの恐ろしさが植え付けられている。さっきまでは必死に息をつめ、存在を消していた。ミシェルはもちろん存在に気づいてはいたが、今回は触れる気はなかったようだ。ただし、王都にいる間もそうかはわからない。目につかないように正しい行動するほかないのだ。
「で、ジョシュアはいつ隣国へ向かう?」
「とりあえず今日の夜会が終わって、一通り落ち着いたら領地へ向かう。
クリスティーナ達とともに隣国入りするつもりだ。」
「はやっ。え、本気?困る。来月にしよう?ていうか社交シーズンどうするの。」
「社交は必要最低限を次男に任せる。」
「ん?奥方も隣国へ連れて行くのか?」
「連れて行きたいけどな。まあそこは後で妻と相談する。今日の夜会は出るよ。本当はよその男に見せたくないんだけど。
着替えたら、母上たちのために用意してもらった部屋で妻と合流する。ああ、案内にそちらに通すよう伝えておかなくては。」
「相変わらず溺愛だねえ…。まあ奥方も綺麗だしな。」
「やらん。」
「いらん。」
「なんだと!?」
「えっ!?だっているって言ったらもっと怒るだろ!?」
「当たり前だ!」
「じゃあどうするのが正解なんだ!!」
まるで子供のようにじゃれあう王と宰相のやり取りを回りは見なかったことにして、やるべきことをやる事にした。
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